価値の交換
「それで、今日来たのは、ただ遊びに来たわけじゃなかろう」
「はい。実は先日のブイヨン杯の賞品に私の昔読んでいた本を出したのです」
「不要品を賞にか。それは実に面白い」
「それが、字が読めないと言われまして、教える羽目になってしまったのです」
「はははは。それは傑作だ。笑いが止まらん。それでどうなった?」
「本を読みたいと言われまして。しかし私もそんなに沢山の本はありません」
「ははははは。それでうちに来たわけか。ディッシュ君。君は面白いな」
「はは」
「そうだな。執事を呼んでくれ」
「はい」
しばらくして執事が現れる。
「お呼びでしたか?」
「定期的に本を処分しておるだろ」
「はい」
「あれを、このディッシュにやれ」
「よろしいので?」
「あぁ。ただディッシュよ。無料というつもりはないよな」
「なにかできる事はございますか?」
「そのカエデの樹皮を定期的に用意しろ。それほど量はいらない。うちで食う分くらいだから」
「野兎は?」
「狩りをするからな。野兎はいらん。樹皮だけで構わん。どうだ?」
「よろこんで」
「とりあえず、本はどのくらいある?」
「百冊程度はご用意できるかと」
「二人で持ち帰れるな?」
「はい」
「じゃあ馬車まで運んでやれ」
「はっ」
「もう用はすんだだろ」
「はい」
「じゃあ、樹皮を楽しみにしておる」
「わかりました」
私達は領主の屋敷をあとにした。
(がたんがたん)
馬車は揺れる。領主から寄贈された本が、何度も崩れる。
「ねぇサラ。カエデの樹皮なんて、なぜ欲しがったのかしら」
「ここらへんでは珍しいのでは?」
「カエデが?
あんな木どこにでもあるんじゃないの?」
「嬢ちゃん。カエデはこの辺じゃ少ないぞ。ここらは乾いてるからな。川沿いならともかく、そうそう見つからん」
御者が言った。
「なるほど。そういう事ね」
「ねぇカエデ」
私はサラの方を見る。
「私はサラです」
サラは膨れる。
「冗談よ。可愛いんだから」
「弄らないでください。それでどうしたんですか?」
「木こりにとっては樹皮は無価値だったじゃない。でも領主様には価値があった。領主様には価値のない本が、私達の村にとっては価値がある。面白くない?」
「そうですね。面白いですね」
「私達に有り余っている物はなにかしら?」
「私の美しさと才能でしょうか?」
「じゃあ、それを切り売りしましょう」
「じょ冗談です。仕事を増やさないでください。大体田舎暮らしと言えば、ゆったりとした生活ですよ。私、前より忙しくなってるじゃないですか」
「楽しいでしょ。新しい刺激で」
「まぁ前はワンパターンだったから、こっちのほうが刺激的ですけど」
「じゃあ、サラの場合、都会のほうが、ゆったりとした生活だったわけね」
「こっちはノンビリはしてますけどね、でも忙しくはあります」
「それで有り余っている物は?」
「草ですね」
「嬢ちゃん。馬糞も余っとるぞ」
御者が笑う。
「馬糞か……、他にない?」
「馬小屋の藁も定期的に変えるからな。あれも余ってると言えば、余ってるな」
「ありがとう。サラは?」
「ディッシュ様の体力ですかね」
「まぁ、多少余ってるけどね」
「しかし、一番は広大な空間じゃないですか?都会だと、これほどの空間はありません」
私は何かないかと、ふと本を見る。
そこには『図説‐薬になる草花と毒になる草花』という本があった。
「ねぇサラ。この本」
私はサラに本を手渡す。
サラは本を読みだす。
「ディッシュ様。この草、農場の近くにあります。この草、下剤なんですね。メチャゲリーナって言うんだ」
「メチャゲリーナ。うちのかみさんも飲んでるよ。都でも人気の薬だよ」
御者は言った。
「これ、草刈りの時に刈ればいいんじゃない?それで売るの」
「それ良いですね」
「嬢ちゃん。それは気を付けないといけないよ。草は刈ると植生が変わる」
御者はこちらをちらりとみる。
「どういう事?」
「ワシらも馬小屋の周りの草を刈るんだが、毎年同じ草が生えるとは限らん。別の草が生えてきてな。最終的には手ごわい草が残るようになるんだ」
「だったら有用な草だからといって、それをどんどん取ってたら、使えない草ばかりが残るって事?」
「ワシも学者じゃないから、わからんが、そういう事になるかもしれんな。ほれ、もう着くぞ」
私達は荷物を降ろし、本を運んだ。
村人を一人つかまえ、領主さまから本を寄贈していただいたから、皆で読みに来ても良いと伝えてくれと言った。
私はサラとハシに会いに行く。
「ハシ。どう?」
「ディッシュちゃんもサラちゃんも、おかえり。うちは何も問題ないぞ」
「この本なんだけど」
「これは野草の本か。ほぉこれうちにも生えとるな。下剤になるのか」
「これを刈って、売りに行こうと思ったんだけど、御者さんに、草を刈ると、毎年同じ草が生えるとは限らん。別の草が生えてきて、最終的には手ごわい草が残るようになると言われたの」
「あぁ、それはあるな。でも全部取らずに残しておけば、また増える草も多いぞ」
「そうなの?」
「あぁ。あとは換金性が高いものなら、畑に植えるのも良いし、たとえば畑として使えない場所に、この草を植えるのもいいかもしれない」
「そんな場所あるの?」
「あるある。畑として使えない場所なんて山ほどあるわ」
「どんな場所」
「そうじゃな。日当たりが悪い、傾斜がきつい、石が多い、水はけが悪い。とかじゃな」
「ディッシュ様。この本に生息場所まで書いてありますよ。日当たりが悪いとか、水はけが悪いとか」
「傾斜がきついとか、石が多いとかは書いてないね」
「どれどれ。それでも、結構な野草が手に入りそうだな」
「じゃあ、明日は使ってない土地を探しに行きましょうか?」
「おぉ、わかった。調整しておくよ」
私達は家に戻る。
村人がひっきりなしに訪れていた。
「何の騒ぎ?」
「皆さん。本を読みに」
「こんなに?」
「はい」
「ディッシュ様。この村の向学心は驚くほどですね」
「うん」




