虫
私の足元をムカデが横切る。
「うわ。ムカデ」
「ディッシュ様。殺しましょう」
「別に殺さなくて良い。益虫だってハシが言ってたから」
「わかりました。いつでもお呼びください」
「ねぇ。ムカデとか蜘蛛とかいるじゃない。こういうのを一つの壺に入れて、共喰いさせる呪術ってあったよね。あれ報復にどうかしら」
「ディッシュ様。その呪術は見破られると、術者に返ってきます。ディッシュ様がおやりになってはいけません。御身に危険が」
「そうなの。それは大変。この案は却下ね」
「やるなら、誰か別の者にやらせましょう」
「別にしなくても良いから」
「そういえばムカデを油に漬け込むと、虫刺されの薬になると、村の老婆が言ってました」
「そうなの?」
「あげようか?と言われましたが、ドロドロに溶けたムカデが入った油と聞いて、断わりました」
「さすがに、私も無理かも」
「しかし、なんでも活用することは、さすがに難しいですね」
「そうよね。活用できると考えると、色々アイデアは出るけど、抵抗があるのも多いわ」
「世界からの恵みは多いけど、活用しきれないから、未活用な部分もあるのかもしれませんね」
「そうね。活用することが、既存の方法より効率が悪ければ、採用されなくなるものね」
「もしかすると、そうやって、廃れていったものは、多いのではないでしょうか」
「そうかもね。おばあちゃんの知恵的な、あれおばあちゃんのおばあちゃんの知恵とかもあると思うのよ。それを十代とか重ねると、ほとんどその当時の知恵は残っていないんじゃない」
「そうですね。このムカデは焼くと美味しいと聞きましたが、他の食料がある現状。食べたいと思わないですものね」
「代替可能なものは、より便利なものに代わって、単一化されていく。農業と同じね」
「でも、そこに危険性があるから。全てではないにしろ。活用する道は残しておいたほうがいいのかもしれませんね」
翌朝、私達はハシと土地を見て回る。
ハシの言うように、たしかに使われていない土地はかなりあった。
感覚では、全体の三割……いや、場所によっては四割くらいはありそうだった。
「ずいぶん多いわね」
「ワシもここまで多いとは思わなんだ」
「上手く活用できそう?」
「ちょっと自信がないな。どう使えばいいか見当がつかない」
家に戻ると、見知らぬ少年が私達を待っていた。
「ディッシュさん、申し訳ございません。小作人は足りてると断わったのですが」
小作人の一人が頭を下げる。
小作人志望にしては、小奇麗な恰好をしている。
「あなた。名前は?」
「シュガーです」
「小作人希望なの?」
「小作人というより、ここに置いて頂きたいのです」
「置く?私に何かメリットがあるの?」
「僕は力仕事は苦手です。でも頭を使うのは好きです」
「頭を使うのが好き……。あのね。今私が悩んでいるのが、土地の事なのよ」
「土地ですか」
「うん。広い農地を持っているのだけど、三割くらいは未活用なの。もったいないと思わない?」
「そうですね。それは多少の余裕を取った上での三割ですか?」
「どういう事?」
「道で例えると、道の幅はギリギリ馬車一台分通ることができれば、足りますよね」
「まぁ足りるわね。でもそれは現実的ではないわ」
「それは?」
「余裕がないと、人や他の馬とすれ違えないでしょ」
「そうです。では道の幅を広くしすぎると、どうなりますか?」
「そうね。今度はムダに費用がかかるわ。工事もタダではないし」
「その通りです。広い農地をお持ちでも、それをすべてギチギチまで使うと、その余裕がなくなります」
「あなたの望みは?」
「食事と寝るところ。あとは本。いろんな人の話も聞きたいです」
「お給料とかは?」
「払いたくなったら、払ってください」
「わかったわ。でもまったく力仕事なしはダメよ。多少はやってもらう」
「はい」
シュガーは嬉しそうに笑った。
それからサラにシュガーを紹介させた。
それからシュガーは農場のあちこちを見て回っていた。
数週間後の事。
「ディッシュさん。お話良いですか?」
「あぁシュガー。どうしたの?」
「ひとつ提案があります」
「何?」
「鶏を何羽か分けて頂きたい」
「それで?」
「それと運搬場の掃除を任せて頂きたい」
「するとどうなるの?」
「養鶏ができます」
「説明してくれる?」
「はい。今の麻袋は目が粗く、運搬場では多量の穀物が落ちています。この穀物をより分けて、食料にするのは困難です。しかし鶏が食べる分には関係ありません」
「なるほどね。それでどれくらい飼えそうなの?」
「常に百羽程度はいけるかと」
「常に百羽というのは、鶏は卵用途だけじゃないという事?」
「はい。卵を産めなくなった鶏は肉質が堅いらしく、あまり美味しいものではなさそうですが、じっくりと煮込んでスープにすれば、良い出汁が取れ、使用人達で消化できると思います」
「今卵を産めなくなった鶏はいるの?」
「はい。見つけています」
「調理はできる?」
「はい。できますが、鶏を捌いたことがありません」
「サラ。手伝ってあげて」
「はい」
二人は厨房に向かった。
五時間後。
「できました」
シュガーとサラはスープを持ってきた。
一口すする。
「わかったわ。その案を採用しましょ。スープは晩御飯ね」
晩御飯が始まる。
使用人達の目が輝いている。
「これは最近入ったシュガーの提案でできたスープよ。皆飲んでみて」
皆目を輝かしてスープを飲む。
「これは美味い」
あちこちから声が聞こえる。
「これは卵を産まなくなった鶏を捌いてスープにしたものなのだけど、養鶏の分野を少し拡大して、たまにこのスープが飲めるようにするわ」
「どれくらいの間隔で?」
フォークが尋ねた。
「週に1~2回程度かと」
シュガーが答える。
皆盛り上がる。
「これからどうするか。皆に説明できる?」
「はい」
シュガーは説明しだした。
皆頷いている。
「じゃあ。これもったいないんじゃないかって思ったら、シュガーに言えばいいのか?」
声がかかる。
「えぇそうよ。シュガーに言って。シュガー。あなたでもできない事はあるわ。困ったら私や皆を頼りなさい」
「はい」
「じゃあ、冷めないうちに食べましょ」




