王国の頭脳
「ディッシュさん。あのシュガーという少年。宰相の息子さんでは?」
グラスは耳打ちする。
「知ってるの?」
「直接面識はありませんが、なんどかお見かけしたことはあります。たしか病弱で、どちらかで養生なさっていたと」
「ねぇあなた宰相の……」
シュガーの動きが止まる。
「そうですか。知られてしまいましたか。こうなれば生かしては」
シュガーは病んだ笑みを浮かべる。
「勝てると思っているの?」
私は強気の顔をする。
「ムリです」
シュガーはうなだれた。
「でしょ。私の名前ディッシュ。どこかで聞き覚えがない?」
シュガーは少し考え込む。
「第三王女様と同じ名前ですね。憧れているのですか?」
「それよ。私本物」
「えっうそ。可憐な姫君が?」
「なによ。農家に染まった?」
「いえ。キレイな方だとは思っていましたが」
「思っていましたが?」
「あまりにも、野趣が……」
「野蛮とでも言いたいの?」
「いや。そうではありません。野性的な魅力というか、肉食というか、猛獣というか……」
「フォローになってないじゃない。まぁ良いわ。話を聞かせて」
「えっと。僕の出生の秘密から?」
「そんなのは良いわ。王国が滅ん……、いえ。こうなってから」
「僕は宰相の次男なのですが、生まれつき病弱でして、この辺りで養生をしてたのです。そうしたら、この有様で」
「見つからなかったの?」
「父が厳しいもので、護衛もなく知り合いの農家に滞在させたのです」
「結果的にバレなかったと」
「はい。でもその知り合いが、さすがに宰相の息子を置いておくのはと、思ったみたいで、ここを紹介されました」
「その知り合いは、私達の事知ってるの?」
「それはないでしょうね。たぶんどこでも良かったんだと思います。父が健在な頃は丁寧に接してくれましたが、最後のほうは」
「ひどい扱いだったのね」
「そうですね。おかずを一品減らされました」
「そ、そうなんだ。まだマシなほうね」
「何を言ってるのですか。もともとパンとスープ。おかずが一品だったので、パンとスープだけです」
「うわ。それはお気の毒に。それでうちに来たわけね」
「あの姫様……、姫様は拙いのですね。王女殿下。いやそれはもっと拙い。ディッシュ様」
「ディッシュ様とお呼びしてもいいのは、侍女たる私だけです」
サラは目を光らす。
「ではディッシュさん。復興は?」
「別に考えてないわよ」
「しかし対外的に見ると、復興を考えてそうですよ」
「ウソ?」
「村人への教育、軍事訓練、備蓄。どう見ても」
「一応ね。村人の教育は行きがかり上しかたなく。軍事訓練は害獣対策。備蓄は飢饉とかの備えよ」
「う~ん。領主からは?睨まれていませんか?」
「最初は使者が来て、軍事訓練かと問われた。それで害獣対策と答えて、大会の事を説明したら、ブイヨン杯の名前を冠しても良いと許可をもらったの。教育に関しては、行きがかり上だと説明して余ってる本ももらったわ」
「ブイヨンと言われましたよね」
「えぇ。知ってるの?」
「たしか帝国の中でも、新興の貴族だと思います」
「なぜそんなに詳しいの?」
「父が貴族の動向には気をつかっており、私達にもよく言ってましたから」
「それでどうなの?」
「大丈夫なのではないでしょうか」
「なぜ?」
「新興の勢力ゆえですよ」
「……」
「つまり、うちは今安定的な税収が確保できる駒。しかも農民の支持を得ている。そして害獣駆除も行っている。これは模範的な領民とも言えます。大義名分があったとしても、攻撃するのはリスクでしかない。農民が一気に離反する可能性すらある。そうなると新興勢力の貴族だとひとたまりもありません」
「なるほど。そういえば防衛を任せる的な事を、使者が言っていたわ」
「だとすれば、素性は怪しいが、駒として使おうという気なのかもしれませんね」
「つまり私はラッキーだったと」
「特にラッキーでもないでしょう。中堅の貴族であっても、この駒は捨てない。上位の貴族なら、なおさら捨てませんね」
「なぜ?」
「将来的に強い駒に育つかもしれないからですよ。奇貨居くべしですよ」
「私達、この農場を発展させたいのだけど、目立たずにするには、どうしたらいいかな?」
「わかりやすいのは、土地でしょう」
「土地?」
「貴族が一番把握しやすいのが、土地の広さです。土地の広さでおおよその収益や、人数などを把握します」
「それはわかるけど、どういう事?」
「つまり、今の土地を最大限活かす流れで、できれば土地を増やさないということです」
「ちょっと普通の流れとは逆ね。普通だと農地を増やすわ」
「そうです。農地をどんどん増やすと、わかりやすく脅威に映る。しかし片田舎で、筋肉質の組織なら目立たない。脅威を判断するのは、見た目の膨らみ具合です」
「都ならわかる発想ね。土地代が高いから、省スペースで最高の売上を取ろうとする。それを田舎でするって事?」
「そうです。防衛にも有効ですよね。ピッチャーさん」
シュガーは笑った。
「なぜ私の事を?」
「あなた有名人ですから。知ってますよ。どうです。間延びした戦線の危険性は熟知されておられるのでは」
「おっしゃる通り、シュガー殿の言う手にも一理あります。ただ……」
「ただ?」
「ここの農地は数か所が飛び地になっておりますゆえ、防備は少し厄介です。防備面で考えると、いくつか土地を買い足し、形を整えたほうが」
「ピッチャー、いえグラスさんの意見に私も賛成です」
「しかし、売ってくれるかしら」
「それなら大丈夫だと思います。あの土地は村のお婆さんの土地で、お婆さんは身寄りもなく、かといって、なかなか耕しにもいけないそうですので、ただ売ってくれでは、なびいてくれないと」
「なかなか難しいわね」
「でしたら、そのお婆さんの土地を借り上げて、私達が小作料を納めるのは?それでおばあさんが亡くなった時に、土地を譲ってもらう」
シュガーは言った。
「うん。良い案ね。しかしおばあさんが亡くなった時に、その土地の代金を誰に支払うの?」
「……」
「まぁ良いわ。とにかくおばあさんの所に行ってみましょう」




