訓練
「戦う意思はありません」
男は手をあげる。
「名は?」
「ピッチャーです」
「ピッチャー?どこかで聞いたことがあるわね」
「ディッシュ様。近衛騎士団長と同じ名前です」
「あなた王国のピッチャー家の?」
「はい。御内密に。騎士団長の次男です」
「なぜここに?」
「実は私、他国に留学しておりまして、戦争があったと聞き、戻ってみたら、家族は皆……」
「なぜ他国に行かないの?」
「行くところがないのです」
「それでここに」
「はい」
「あなた武術は?」
「父には敵いませんが、兄よりは強いかと」
「ディッシュ様。騎士団長の長男は、かなり強かったはずです」
「そう。じゃあサラと少し手合わせしてみなさい」
「ディッシュ様」
サラはじっと私を見る。
「こんなに美しい方と戦うのは」
ピッチャーは言った。
「ディッシュ様。この方は正直者です。採用された方が」
「なに言ってるのよ。少し褒められたからと言って、木剣でいいから戦いなさい」
「わかりました。ピッチャーさん。では戦いましょう」
「あなたはお強い。手加減はできませんよ」
「望むところ」
サラとピッチャーの模擬戦が始まった。
サラが押しているように見えるが、
ピッチャーの方が一枚上手か。
私はそう思った。
「やめ!ピッチャーさん。なぜ真剣に戦わないの?」
「模擬戦とはいえ、女性に手は上げられません」
「まぁ良いわ。私はディッシュ。そう言えばわかるわよね」
「まさか第三……」
「内緒よ」
「それはもちろん。私は護衛を行えば?」
「小作人よ。ただ何かあった時には守ってね」
「もちろんでございます。御身はこの命に代えても」
「だからやめてよ。ここでは私はただのディッシュ。農家のディッシュよ」
「はい。ディッシュ様」
「様じゃないでしょ」
「しかしサラ殿も」
「私は侍女ですから、特別です」
「そう、サラにディッシュちゃんとか、言われたら気持ち悪いでしょ。」
「もうディッシュ様ったら照れて!可愛い」
サラはなぜかうれしそうだ。
「しかし、ピッチャーって珍しい名前だから、拙いわね。バレそうじゃない?」
「では何と名乗りましょう」
「ピッチャー……」
「ディッシュ様。グラスで良いのでは?」
「グラス?なんで」
「ピッチャーより、小さそうだから」
「なるほど。それ良いわね」
「ちょっと待ってください。なんかホークとか、そういう強そうな名前にしてくださいよ」
「ダメよ。目立っちゃうじゃない。少し弱そうくらいがいいのよ」
「そうですよ。それにグラスは草でもありますから、案外手ごわいですよ」
サラは言った。
「そうね。農場に来て初めて思ったわ。草ってやばいくらい強いと」
こうして、
グラスが農場に加わった。
「ねぇグラス。ここの小作人に軍事訓練を施すとしたら、どうする?」
「よくぞ。決意されました。お家再興ですね。私が……」
グラスは涙ぐんでいる。
「いや違うわよ。猪とか盗賊対策。一応ね。ここらへんの一番大きい地主だし。なにかあったときはね。頼られるでしょ」
「あぁ。そういう事ですか。この中に軍の経験があるものは?」
「一応戦えるのは、サラくらいでしょうね。弓と剣は使えるのは」
「短時間で成果を出したいという事でしょうか?」
「そうね」
「では槍と投石機は?」
「槍って簡単なの?」
「とりあえず突けばなんとかなりますからね。練習時間は最短で済むでしょう」
「そう。投石っていうのは?」
「石を投げる道具があります。結構遠くの敵を攻撃できますし、弓よりも練習時間が少なくて済みます。それに矢もいりません」
「そうなの。じゃあそれで訓練任せられる?」
「はい。どれくらい練習させましょう」
「どれくらいが良い?」
「そうですね。毎日五時間くらい訓練すれば、十分練度はあがるかと」
「いやいや、どこにも攻め込まないし。最低限の防衛用」
「それなら一日十分でも頂ければ」
「わかったわ。ではお願い」
「では人数分の槍を備えますゆえ、ご予算を」
「ちょっと待って。ねぇサラ」
「はいディッシュ様。軍事訓練そろそろさせようと思うのだけど、槍の予算が必要だって」
「槍とはどれくらいの値がするものなのでしょうか?」
サラは尋ねる。
「さぁ、私は自分で買ったことがないゆえ」
「どういう事?」
「兄や父のおさがりばかりでしたので」
「ねぇ農家が槍とか揃えてたら、不自然じゃない?」
「たしかに、農家にはふさわしくなさそうですね」
「でもディッシュ様、さすがに鍬とか持って戦うのは……」
「絵的に?」
「はい」
「そうね。槍だったら、とりあえず、棒とか竹があれば練習できるんじゃないの?」
「もちろんです。それで練習しますから」
「ねぇ。ここらへんに竹あったかしら?」
「近くにありますよ。取ってきましょうか?」
「じゃあ、サラとグラス二人で、人数分の槍の練習用の竹を取ってきてくれる?」
「はい」
二人は近くの竹林に向かった。
二時間程して、二人は多量の竹を抱えてくる。
「なんでそんなに多量に?」
「グラスさんが、予備用にというので」
「私は一つ予備があったほうが良いと言っただけです。サラさんが、保存用と鑑賞用とと言い出した」
「やはり、保存用は必須でしょう」
「鑑賞はいらないよね」
「たしかに」
サラは苦笑いをした。
次の日から訓練は始まった。
軍事訓練と思われないように、言い方を工夫した。
「今日から、槍と投石の訓練をするわ」
私は皆の前で言った。
「それは軍事訓練とかですか?」
フォークが質問する。
「まず投石なんだけど、以前も猪の被害があったの。そういう猪が入ってきた時に、倒して肉を食べる用よ」
「猪肉食えるんですか?」
小作人の一人が言う。
「わざわざ狩りにはいかないけどね。来たら食べましょう」
「じゃあ練習頑張ります」
声が聞こえた。
「槍は?」
質問が来る。
「槍はね。近くに迫って来た時に身を守れるようにね。一応このグラスが、以前傭兵の仕事をしてたから、皆を守るように伝えてるのだけど、グラスがいないとき、皆で守れるようにしておきたいの」
「盗賊とかもいますしね」
誰かが言った。




