神の御使い
「ところで、その少年はなんじゃ」
ハシはフォークを見た。
「初めまして。フォークです。こちらでお世話になる事が決まった小作人です」
フォークは頭を下げる。
「フォーク。あんた変わったモノを連れてるな」
「はい。テントウムシです」
「いや。そりゃ見たらわかるが。あんたテントウムシ使いなのか?」
「テントウムシ使い?」
「いやわからなかったら良いんだが」
「師匠。テントウムシ使いって、あの?」
「あぁ、でも自覚がないようだし。それでそのテントウムシは言う事を聞いてくれるのか?」
「言う事を聞いてくれるか?基本、畑にアブラムシを食べに行くのを手伝っている感じです」
「あぁそうか。じゃあお前さんは、基本巡回しながら、作業をしてくれ」
「はい。それは良いですが、そんな働き方で良いのですか?」
「フォークお前さんの良いところは、知らないが、ひとつ言えるのは、そのテントウムシは役に立つ。だからお前さんがくるくる回って、テントウムシをあちこちで食事させてくれると、作物がよく育つ。それを基準にして、やることを考えよう」
「僕、気持ち悪くないのですか?」
「奇妙ではあるが、羨ましいとも思うぞ。テントウムシはワシにとって神の御使いのようなものでもあるからな」
「神の御使い」
「あぁ。そいつらはただお腹が空いているだけ、本能で生きているだけなのに、ワシらが都合のいいように動いてくれる。それは御使いであろうが」
……
それから一月が経ち、農地は順調に仕上がっていった。
もともと稼働中の畑もあったから、その収穫を食べる事もできた。
しかし、野菜や穀物、豆と芋ばかりで、飽き飽きしてきた。
「あぁ肉が食いたいわ」
私は呟いた。
「村の農作物を荒らす猪がいるそうですが……」
サラはお茶を淹れる。
「猪って美味しい?」
「それはかなり」
「狩れる?」
「もちろん」
そんな流れでサラは、
村の農作物を荒らす猪を探しに行った。
農地の隅のほうに、猪がいるのが発見された。
サラは弓を構える。
猪はサラに向かって走り出す。
「サラさん危ない」
ハシが前に飛び出した。
「邪魔です」
(しゅん)
矢は放たれ、猪はばさりと倒れた。
ハシは驚いて腰が抜けている。
サラはハシに手を差しだす。
「サラさん強いんだな」
「強くはありません。ほら手が震えている」
「ではなぜ?」
「ディッシュ様に肉を……、いえ村の敵を倒すため」
サラはそう言った。
サラは皆の助けを借り、猪を木にぶら下げ、血を抜き、器用に肉を捌きはじめる。
「サラ。あなた肉なんて捌けたの?」
「はい。料理長と賭けをして負けた時に、何度かやらされました」
「何の賭けをしたの?」
「姫様が野菜を食べられるかどうか勝負です」
「どんな賭けよ?」
「いえ。料理長がこの料理ならセロリ食べるぞ。というので、いえ……、姫様がセロリを食べるなんてありえませんと言ったのです。それで賭けに」
「えっ?それで私セロリ食べてたの?」
「はい。ずいぶん気に入っておられましたよ」
「まじか。それで何の料理にいれたのよ」
「それは言えませんよ。言ったらその料理食べないかもしれないじゃないですか」
「まぁ良いわ。それでこの肉どうしましょう。さすがに私達だけじゃ食べきれなくない?」
「でしたら、村の人にも振るまいましょう」
サラは笑った。
サラが準備をしている間に、私は村長に伝えに行く。
前は必ず同行していたが、
最近は近場であれば、同行しなくなった。
もう安全だと思っているのだろう。
「村長さん!」
私は村長の家のドアをノックする。
「あら!ディッシュちゃん」
「あっスプーンさん。お元気でしたか?」
「元気よ。元気。それでどうしたの?」
「あの村の農作物を荒らしていた猪を狩ったんです」
「うそ。あの猪。助かるわ。それでわざわざ報告に?」
「今サラが捌いているのですが、私達だけでは食べきれないので、村の人達にもおすそ分けしようと思いまして」
「うそ。猪肉。いいじゃない。新鮮なの?」
「はい。新鮮です」
「まだ調理はしてない?」
「まだ調理はしてないです」
「内臓あるでしょ。あれ調理させてもらえない?ワインで煮込むと美味しいのよ。お肌にもいいし」
「それは是非」
「じゃあ、準備して……、他の奥さんに伝言を頼んで、と。手伝ってもらえる?」
「もちろん」
それから、スプーンさんは、大きな鍋とワイン、そして香草を持って、うちに訪れた。
手際よく内臓の赤ワイン煮を作る。
村長はあちこちに猪を狩ったことと、猪肉を振る舞うことを言って回ってくれた。
村人達は、猪を狩ってくれたお礼と、猪肉代として、いろんなモノを持ってきてくれた。
じゃがいも、あやしげな木の人形、大きな目が描かれたタペストリー、髑髏の文様の入った錆びついたナイフ、何かの貝殻、なにかの大きな骨。
どう考えても、いらないが、
「あんたの所だったら、使いこなせると思って」
と言われると、断りづらかった。
肉はあっという間になくなった。
最終的に骨もスープになり、猪は完全に使い切られた。
「これで農作物の仇は討った」
村長は笑った。
仇か……、
その言葉は私には少し重かった。
「ディッシュちゃん。お前さん。なんかあったのか?」
ハシさんは言った。
「うんうん。別に……、皮はどうしようかなと思って」
私は誤魔化した。
「皮な。なめせば使えるが、結構面倒だからな」
「そういう職人はいないのかな?」
「ここにはな。なめす前に塩漬けにしておくといいが、塩は高価だからな」
「すぐにだったら?」
「まぁ、すぐにだったらできるが」
「あの。こういう猪とか、野生動物が作物を荒らすとかは、よくある話なの?」
「あぁ、そうだな。割と起こるな」
「来るたびに狩ったとすれば、鞣すとかもムダにならないんじゃない?」
「そうじゃな。覚悟をすれば、いいかもしれんな。やるか?」
「そうね。村の問題は私の問題でもあるから。全部うちで皮を処理しましょ。肉は皆で食べて」
「よしわかった。道具はワシが持っとる。あとはタンニン染めの為の木の皮を取りにいかんとな。明日フォークを使うぞ」
「うんお願い。農業と関係ないのに」
「いや。それも含めて農業じゃよ」
ハシは笑った。




