# 第三章 # 「婚活パーティー、四十歳の壁」
# 第三章
# 「婚活パーティー、四十歳の壁」
日曜日。
午後三時。
名古屋駅近くのホテル。
修司は、鏡の前でネクタイを直していた。
「……よし」
と言ったものの。
全然、よくなかった。
胃が痛い。
婚活パーティーは、何度来ても慣れない。
受付の女性が笑顔で言う。
「本日はご参加ありがとうございます♪」
修司は会釈した。
会場には、すでに男女が集まっていた。
三十代後半から四十代中心。
みんな、ちゃんとして見える。
スーツ。
会話力。
清潔感。
年収。
修司は、自分だけ場違いな気がしていた。
「では、一対一トークスタートです♪」
始まった。
一人目。
「お仕事は?」
「マンション管理です」
「へぇ〜」
笑顔。
でも。
微妙に空気が止まる。
二人目。
「ご趣味は?」
「読書とか……」
「へぇ〜」
また止まる。
三人目。
「将来の夢とかあります?」
「……小学校教師になりたくて」
「えっ?」
女性は驚いた顔をした。
「今からですか?」
「あ、はい……」
「すごいですね」
でも。
その後、会話は続かなかった。
修司は少しずつ、
心が削れていくのを感じた。
周りを見る。
笑っている男性。
連絡先を交換している人。
自信がある人。
自分だけ、
取り残されている気がした。
――四十歳、独身。
――介護あり。
――マンション問題だらけ。
――夢は教師。
客観的に見れば、
不安定なのかもしれない。
休憩時間。
修司は会場の外へ出た。
自販機の前。
冷たい缶コーヒー。
「……帰りたい」
本音が漏れる。
その時。
スマホが震えた。
【白石春菜】
修司は少し驚きながら電話に出る。
「もしもし?」
『あ、すみません。今、大丈夫ですか?』
春菜の声。
少し安心する。
「はい」
『実は、401号室の子が熱出しちゃって』
「あっ」
『お母さん、日本語あまり話せなくて困ってて……』
修司はもう、
体が動いていた。
「今から戻ります」
『え?』
「すぐ行きます」
電話を切る。
そして。
修司は婚活会場を見上げた。
ホテルのキラキラした照明。
笑い声。
綺麗な服。
幸せを探す場所。
でも。
今、自分が向かいたい場所は、
そこじゃなかった。
修司は小さく息を吐いた。
「……何やってんだろうな、俺」
そう言いながら。
少しだけ、
笑っていた。
春風マンション。
401号室。
中では、小さな男の子がぐったりしていた。
母親はフィリピン人女性。
オロオロしている。
「ダイジョウブ……?」
春菜が落ち着いて声をかけていた。
修司はすぐに動く。
「病院、調べます」
「あ、ありがとうございます!」
男の子は苦しそうだった。
修司は額に手を当てる。
熱い。
「救急相談に電話します」
春菜が横で通訳を手伝う。
二人で動く。
慌ただしい。
でも。
不思議だった。
婚活会場にいた時より、
ずっと自然に話せていた。
しばらくして。
病院へ向かう準備が整う。
母親は何度も頭を下げた。
「アリガト……アリガト……」
修司は首を振る。
「大丈夫です」
その時。
春菜が、ふっと笑った。
「高瀬さん」
「はい?」
「やっぱり教師向いてると思います」
「え?」
「子どもと話す時、すごく優しい顔してます」
修司は言葉に詰まった。
そんなこと、
言われたことがなかった。
春菜は続ける。
「婚活って、“条件”で見られること多いじゃないですか」
「……まぁ」
「でも、本当に大事なのって、こういうところだと思うんです」
修司は何も言えなかった。
ただ。
胸の奥が、
少し熱くなっていた。
夜。
病院から戻る頃には、
雨が降り始めていた。
春菜はマンション前で足を止める。
「今日はありがとうございました」
「いえ」
少し沈黙。
雨音だけが聞こえる。
すると。
春菜が小さく笑った。
「婚活、どうでした?」
「……惨敗です」
「あはは」
笑われた。
でも。
嫌じゃなかった。
修司も少し笑う。
「向いてないのかもしれません」
「そんなことないですよ」
春菜は傘を閉じながら言った。
「ちゃんと、人を大事にできる人ですから」
その言葉が。
雨より静かに、
修司の心へ落ちていった。
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# 第三章 完
## 次回予告
# 第四章
「母の記憶、消えない味」
認知症が進み始めた母。
修司は介護と仕事の両立に限界を感じ始める。
そんなある日。
母が突然、
“春風マンションを出ていく”
と言い始めて――。




