# 第十七章 # 「教員試験の日」
# 第十七章
# 「教員試験の日」
九月。
まだ暑さの残る朝。
修司は早く目が覚めていた。
時計を見る。
午前五時。
教員採用試験の日だった。
四十歳。
何度も諦めかけた夢。
何度も「無理だ」と思った夢。
それでも。
今日だけは逃げたくなかった。
修司は静かに深呼吸する。
「……行ってくるか」
鏡を見る。
少し疲れた顔。
でも。
昔より、
ずっと前を向いている顔だった。
朝食を作る。
母も起きてきた。
「おはよう」
「おはよう、母さん」
母は少し考える。
そして。
笑った。
「今日、大事な日?」
修司は驚く。
認知症で、
昨日のことも忘れることがある。
それなのに。
母は覚えていた。
「うん」
「試験」
母は嬉しそうに頷く。
「頑張って」
たった一言。
それだけで。
胸がいっぱいになる。
マンションを出る。
すると。
入口に人がいた。
ラジェス。
ミラ。
田村。
子ども達。
そして春菜。
修司は固まった。
「え?」
田村が腕を組む。
「何その顔」
ラジェスが笑う。
「オウエン!」
子ども達も叫ぶ。
「先生になってー!」
修司は思わず笑った。
涙が出そうだった。
春菜が前へ出る。
「高瀬さん」
「はい」
春菜は、
小さなお守りを渡した。
手作りだった。
フェルトで作られている。
少しいびつ。
でも。
とても温かい。
「みんなからです」
修司は受け取る。
言葉が出ない。
春菜は笑った。
「いってらっしゃい」
修司は何度も頷いた。
「……いってきます」
試験会場。
若い受験生が多い。
二十代。
三十代前半。
修司は少し緊張した。
場違いかもしれない。
そんな考えも浮かぶ。
でも。
ふと、
ポケットのお守りに触れた。
春風マンション。
母。
春菜。
住民達。
一人じゃない。
そう思えた。
修司は前を向く。
そして。
試験会場の扉を開いた。
数時間後。
試験終了。
修司は大きく息を吐いた。
手応えはわからない。
できた問題もある。
難しかった問題もある。
でも。
後悔はなかった。
全力だった。
夕方。
春風マンションへ帰る。
中庭。
そこには――
なぜか横断幕。
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おかえり!
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修司は吹き出した。
「なんですかこれ!」
田村が得意げに言う。
「子ども達が作ったのよ」
アニタが胸を張る。
「先生!」
まだ合格してない。
でも。
その呼び方が嬉しかった。
本当に。
その夜。
中庭で小さな食事会が開かれた。
豪華じゃない。
でも。
笑顔がいっぱいだった。
修司は、
みんなを見渡した。
数ヶ月前。
ここはバラバラだった。
苦情ばかりだった。
孤独だった。
なのに今は。
家族みたいだった。
その時。
春菜が隣に座る。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
少し沈黙。
そして。
春菜が微笑む。
「東京の返事、出しました」
修司の心臓が跳ねる。
「……それで?」
春菜は空を見上げる。
秋の星が見えていた。
そして。
ゆっくり言った。
「お断りしました」
修司は目を見開く。
「え?」
春菜は笑う。
「後悔してません」
「でも夢だったんじゃ……」
春菜は頷く。
「夢でした」
「でも」
修司を見る。
真っ直ぐ。
優しく。
「今はここでやりたいことがあるんです」
修司は何も言えなかった。
胸がいっぱいだった。
春菜は続ける。
「それに」
「?」
少し照れながら。
小さく笑った。
「好きな人もいますし」
修司の顔が真っ赤になる。
周囲から拍手が起きる。
どうやら住民達は、
全部気づいていたらしい。
「やっとか!」
「オソイ!」
「結婚しろー!」
大騒ぎだった。
修司は空を見上げる。
夢はまだ途中。
マンションの問題も終わっていない。
母の介護も続く。
人生は簡単じゃない。
でも。
一つだけ確かなことがあった。
人は一人じゃ生きられない。
支えられて。
支えて。
少しずつ前へ進む。
そして。
春風マンションには今日も明かりが灯る。
誰かが帰ってくる。
誰かが笑う。
誰かが「おかえり」と言う。
それが。
高瀬修司の守りたかった場所だった。
---
# 最終章 完
## エンディング
**『春風マンション管理人日記』**
親から受け継いだ古いマンション。
問題だらけだったその場所は、
いつしか人と人を繋ぐ場所になった。
四十歳独身の管理人、
高瀬修司。
彼の挑戦は終わらない。
教師の夢も。
恋も。
人生も。
まだまだこれからだ。
**― 完 ―**




