# 第十五章 # 「初めてのデート」
# 第十五章
# 「初めてのデート」
八月の終わり。
春風マンションの住民達は、
最近なぜか妙にニヤニヤしていた。
理由。
高瀬修司、四十歳。
恋をしている。
しかも、
バレている。
本人以外には。
管理人室。
修司は書類整理をしていた。
すると。
ラジェスが突然入ってくる。
「シュージさん!」
「なんだ?」
「ハルナサン、サソワナイ?」
修司は固まる。
「な、何の話だ」
後ろから田村静子も現れる。
「いい加減にしなさいよ」
「田村さんまで!?」
「四十にもなってモジモジして」
「うっ……」
田村の言葉は容赦がない。
さらにミラまで参戦。
「ハルナ、イイヒト」
「ワタシ、オウエンスル」
完全に包囲網だった。
修司は頭を抱えた。
その日の夜。
春菜は集会室で、
子ども達へ日本語を教えていた。
「“ありがとう”は?」
「アリガトウ!」
「よくできました」
笑顔。
優しい声。
子ども達も嬉しそうだ。
修司は入口から見ていた。
胸が少し苦しくなる。
東京へ行くかもしれない人。
今ならまだ会える。
でも。
いつまで一緒にいられるかわからない。
その時。
春菜が気づいた。
「あれ?」
「高瀬さん?」
修司の心臓が跳ねる。
そして。
勢いで言ってしまった。
「こんど、ご飯行きませんか」
沈黙。
修司は死にたくなった。
言い方。
もっとなかったのか。
春菜は目を丸くしたあと、
ふわっと笑った。
「はい」
それだけだった。
でも。
修司には十分だった。
そして迎えた日曜日。
人生初ではない。
でも。
十年以上ぶりのデートだった。
修司は朝から落ち着かない。
服を三回着替えた。
髪も整えた。
ラジェスに見つかる。
「オー!」
「デート!」
「違う!」
全然違わない。
待ち合わせ。
名古屋駅。
春菜は白いワンピースだった。
修司は一瞬、
言葉を失った。
「お待たせしました」
「い、いえ!」
緊張で声が裏返る。
春菜が笑う。
「そんなに緊張してるんですか?」
「してません」
「してますね」
見抜かれていた。
二人は商店街を歩く。
喫茶店へ入る。
本屋へ寄る。
特別なことは何もない。
でも。
不思議なくらい楽しかった。
春菜が笑う。
修司も笑う。
気づけば、
時間があっという間に過ぎていた。
夕方。
川沿いの遊歩道。
夏の終わりの風が吹いている。
春菜がぽつりと言った。
「今日、楽しかったです」
「俺もです」
本音だった。
心から。
すると。
春菜が少し黙る。
そして。
静かに言った。
「東京の返事、来週なんです」
修司の胸が締め付けられる。
ついに来た。
その話。
春菜は空を見上げる。
「まだ決められなくて」
「……」
「夢だったんです」
修司は頷く。
応援したい。
本当に。
でも。
その先を考えると苦しい。
春菜は続ける。
「でも今は」
「離れたくない場所もできちゃって」
修司は息を止める。
夕焼けが二人を照らしていた。
沈黙。
風の音だけ。
そして。
修司は人生で一番勇気を出した。
「春菜さん」
「はい」
「俺……」
声が震える。
情けないくらい。
でも。
逃げたくなかった。
「春菜さんが好きです」
春菜の瞳が揺れる。
修司は続けた。
「東京へ行く夢も応援したい」
「でも」
「できれば」
言葉が詰まる。
それでも。
ちゃんと伝えた。
「できれば、これからも一緒にいたいです」
夕焼けの中。
春菜は何も言わなかった。
ただ。
目に涙を浮かべていた。
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# 第十五章 完
## 次回予告
# 第十六章
# 「春菜の答え」
人生初の告白。
返事はまだ聞けない。
そして春菜が出した答えとは――。
一方、
春風マンションには売却問題を揺るがす大きな転機が訪れる。




