表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無銘雑貨店 ~存在しなかった記憶の代償~【完結済】  作者: 伊勢吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/15

第6話:死者改変の影

──世界の綻び


その日の店は、開店しているのが不思議なほどに「不安定」だった。

棚の硝子瓶は意味もなくカタカタと震え、壁の古時計の針は、ある時は猛烈な勢いで逆回転し、ある時は凍りついたように止まった。


店主はカウンターで、いつになく険しい表情で虚空を睨んでいた。その手元の「帳簿」のページが、風もないのに激しく捲れ、文字が墨のように滲んでは消えていく。


「店主、街の様子が変です。さっき、商店街の入り口で、昨日まであったはずのタバコ屋の建物が、跡形もなく消えていました。更地ですらない、最初からそこには何もなかったみたいに……」


俺の報告に、店主は答えない。ただ、店の奥に視線を向けた。

そこには、一人の男が立ち尽くしていた。


──禁断の再会


「……死んだ彼女を、連れてきてほしい」


男の言葉は、店内の空気を凍りつかせた。

彼はやつれ果て、幽霊のような足取りで店主の前に進み出る。その手には、一枚の集合写真が握られていた。以前、俺の知人が言っていたのと同じように、その写真の端に写っているはずの女性の輪郭が、不自然に霧散し始めている。


「ここでは『存在しなかった思い出』を作れるんだろう? なら、彼女が死ななかった記憶を私に売ってくれ。代わりに、私の未来も、他の思い出も全部差し出す」


「それは不可能です」

店主の声は低く、拒絶の意思が籠もっていた。

「死者に関わる改変は世界に歪みを生む。死者は既に時間の外側にいます。そこに干渉すれば、あなたという存在の土台そのものが崩壊する」


「構わない! 彼女がいない世界の方が、よっぽど壊れているんだ!」


男が叫んだ瞬間、店内の硝子瓶の一つが弾け飛んだ。

中から溢れ出したのは、かつて誰かが捨てたはずの「死の瞬間の記憶」だ。それは黒い奔流となって店内に渦巻き、俺の視界を塗り潰していく。


──創造主の「揺れ」


――雨。

――ひしゃげたガードレール。

――そして、横たわる少女。


フラッシュバックが俺を襲う。これまで以上に鮮明な、心臓を直接握り潰されるような痛み。

だが、その中で、店主が叫んだ。


「……やめなさい! 戻ってこないものを追うのは、ただの呪いだ!」


その声は、冷徹な店主のものではなかった。

妹を救えず、世界を改変してまで彼女の死を「薄めよう」とした、一人の兄としての絶叫。

店主は男の肩を掴み、力任せに押し戻した。その際、店主の袖から覗いた手首が、写真のように白く透け、今にも消え入るようになっているのを俺は見届けてしまった。


「禁忌は存在そのものを摩耗させる。……私たちが犯した罪を、これ以上広げないでください」


──侵食する空白


男は力なく崩れ落ち、最後には「彼女を忘れる」ことさえ許されないまま、追い出されるように店を去った。

静寂が戻った店内には、割れた硝子の破片と、消えかかった思い出の残滓だけが漂っている。


俺は震える声で、店主に尋ねた。

「……今、自分のことを『私たち』と言いましたか」


店主は、ひび割れた手首を隠すように袖を整え、再び無表情な仮面を被った。


「聞き間違いでしょう。……それより、あなたの左手の薬指に、なぜそんな日焼けの跡があるのですか? あなたは、誰かと約束をしていたのではないですか」


言われて視線を落とすと、そこには確かに、指輪をはめていたような白い跡があった。

俺の過去が、店主の過去が、そしてこの店の秘密が、隠しきれない異臭を放ちながら溢れ出そうとしている。


外に出ると、空には月も星もなかった。

ただ、塗り潰されたような漆黒の「空白」が、少しずつ街を呑み込み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ