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第91話 王都凶来・友よ

 ミクセス王国、王都にて。


 市民の暴走や邪神獣たちの襲来などで王都が騒乱する中、一箇所、かえって不気味に静かな場所があった。


 王都東部、牢獄近辺で、二人の少年が建物三棟に空いた穴を挟んで対峙していた。


 一人は荒れ狂う海の如く、暗濃な青い髪を持つ長身の少年――『都築(つづき)正義(まさよし)』。


 一人はついさっき春雷の如く煌めく赤髪を手に入れた、強靭な体躯をした少年――『飯尾(いいお)護(まもる)』。


 片方は恩人への義を果たすため。片方は単純に守りたいものを守るため。

 互いに譲れない使命をもって、二人は対峙していた。


 先に仕掛けたのは都築。彼は建物三棟に空いた穴を素早く潜り、相手と間合いを詰めた時、

「【トリトーン・バスター】!」

 水流を帯びた槍を横一文字に振る。


 同じ瞬間、飯尾は都築の攻撃を、あたかもスロー映像を見たようにはっきりと捉えた。

 都築のスキルの威力に怖気づくことなく、こちらからも数歩前に出て相手の懐に潜り込む。


 そして都築の槍が命中する寸前、

「【雷卦破砕脚】!」

 飯尾は彼の腹部に前蹴りを打ち込み、建物三棟の壁に空いた穴を再度潜らせた。


 都築は槍の石突を地面に押し付け、ふっ飛ばされた威力を軽減し、大路地で素早く体勢を立て直す。


 だがその直後、都築の全身に何らかの衝撃が炸裂し、彼は片膝を突きかけるほどふらついた。


 その隙を突くべく、飯尾は地を蹴り、凄まじい速さで駆け、

「【沢卦裂空脚】!」

 右足を突き出し、都築めがけ跳び蹴りを放つ。


「【ラオメドン・ガード】!」

 都築は前方に水のバリアを展開し、それで飯尾の攻撃を受け止めた。


 まもなく数秒後、水のバリアは分散し、衝撃波を発した。

 この突然来た衝撃波を浴びて、都築は二メートルほど後方へ押し飛ばされる。


 刹那、飯尾は再度都築の目前に迫り、片足を真横に伸ばして、

「【水卦旋刈脚】!」

 全身の力をバネに、都築への顔面に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


 これにより都築は後方の建物の外壁に叩きつけられる。数秒後、都築の顔面から衝撃が発され、彼はさらに背後の建物の内壁にめり込んだ。


「見たか都築……これが鬼に金棒、虎に翼、そして飯尾に【神寵】って奴だ!」


 神寵【フッキ】。その効果は主に二つ。


 一つは、自分の周囲二メートル以内に入った敵が発する微細な動作や魔力の流れを隅々まで感じ取るパッシブスキル【八卦攻防陣】により、敵の攻撃をはっきり読み取ること。

 もう一つは、自身の格闘技全てが何かに命中する度に、その地点から音属性エネルギーが炸裂し、内部に響き渡るような衝撃を発生させること。


 元より格闘技に精通していた故に、神寵で得た力を考慮しない素の腕前であれば、一年二組内でも上位の強さを誇っていただろう飯尾。


 その底力がこの【神寵】により、ついに花開いたのだ。


「さぁ、どうする都築……まだやるか?」


「……言わずもがなだァァァ!」


 都築は更なる力を引き出し、自身の纏う水のオーラをより鮮明に輝かせる――【オケアノス・エンハンス】の効果を強める。


 真壁の再来――それを彷彿させる都築の圧倒的な立ち姿に、飯尾は微かに両足を震わせる。


 都築は槍を後ろに引いて構えて、

「【トリトーン・バスター】!」

 やや離れた位置にいる飯尾めがけ、水流を纏わせた槍を振るう。

 

 最中、水流が刃先から溢れだし、槍のリーチが倍近く伸びる。


「なっ、そんな真似まで……」


 飯尾は若干反応が遅れたものの、どうにか都築の槍を跳んでかわす。


 スキル【八卦攻防陣】は敵が自身の周囲半径に入らなければ、攻撃を読み取る効果は発揮できない。先程の攻撃は都築の槍のみが入っていたため、対処が遅れたのだ。


 ようやく【神寵】に目覚めたことで調子に乗ってしまった。と、飯尾は自戒し、着地するや否や都築めがけ走る。


 都築もこれに応えるように、槍を大上段で構えて前進。

 お互い、大路地の中央で間合いを詰め切ったところで、


「【ケートス・レイジ】!」

 先に都築が水流を帯びさせた槍を振り下ろし、


「【地卦転伐脚】ッ!」

 数秒遅れて、飯尾はサマーソルトキックを繰り出す。槍は上へと弾かれ、音属性も加わって都築は二重に体勢を崩した。


 が、都築は、飯尾がこうすると読んでいたかのように、すぐさま槍を一回転させ、切先を真正面を刺突するように向けて構え直す。

 そこで都築は槍を強く握りしめ、槍に猛々しく流れる水を纏わせ、

「【トリアイナス・ヴァリアント】!」


 サマーソルトキック終了後の飯尾めがけ、怒涛の如く突き出す。連動して、その水流が前方へと豪快に噴出する。


 今の都築は【八卦攻防陣】の範囲にある。

(もはやこの距離ではかわすのは無茶だ……これに打ち勝ってこそ俺だろうしなぁ!)

 飯尾はパワー比べに賭けた。彼は右手を後ろに引いて力を溜めて、

「【火卦剛衝拳】!」

 強烈なパンチを繰り出した。


 そして二人は各々の攻撃を通さんと力をかち合わせる。


 この戦局の硬直を動かしたのは、都築だった。


「理津子さんが居なければ、俺の人生は何もなかった……だから是が非でも俺は理津子さんのために、たとえ人道に反するとしても、俺は忠を尽くさねばならんのだァァァ!」


 真壁のため、ただそれだけの単純かつ甚大な気概を以てして、都築はさらに力を振り絞り、槍で飯尾の拳を押し返す。

 そして飯尾は都築の気迫と技の威力に負け、大ダメージを負いながら、建物六棟を背中で貫かされた。


「予測能力と追加の衝撃……これら二つの能力を以てしても、自身の力の限界を超えた攻撃は防げないようだったな……」


「ゆぅぅぅだぁぁぁんするなぁぁぁぁぁッ!」


 飯尾は貫きかけた七棟目の外壁を強く蹴り、勢いよく都築の元へ戻ってきた。

 右手の流血具合といい、彼は相応に負傷していた。だが飯尾はそれを感じさせない様子で戻ってきた。


 刹那、飯尾は都築との間合いをゼロにしたところで、

「【風卦撃砕拳】!」

 都築の顔面に渾身の拳を叩き込み、彼の背中で正面にある建物六棟を貫いた。


 その先にあった王都を縦に真っ二つにする大通りで、都築は槍をブレーキのように刺して踏みとどまり、叫ぶ。

「まだ生きていたか貴様ァッ!?」


「忘れるんじゃねぇよ……たとえ【神寵】を得てもなぁ、俺の最強の武器は『我慢強さ』なんだぜッ!」

 と、言い返しつつ、飯尾は再び都築に迫り、

「【水卦旋刈脚】!」

 左足で回し蹴りを放つ。


 都築はすかさず右を向き、槍を振るう。

「【トリトーン……ッ!?」

 だが間に合わず、彼は左方向へ蹴り飛ばされた。


 耐久力に関しては、都築でもジョブ【戦士】相当にある。

 都築はすぐに地面から起き上がり、飯尾に警戒しつつ辺りを見渡す。


 彼が起き上がった場所は王都中央の大広場――あの忌々しい一日の舞台であり、真壁の戦没地であった。


 故に、都築はその悲劇をより鮮明に追憶し、ますます激昂する。

 

 そんな都築へ、飯尾は大広間へ駆けながら語る。

「……大事な人がいるのはお前だけじゃねぇんだよ。俺にだって、祐、美来、海野……守りたい奴は大勢いるんだッ! それをお前なんかに踏みにじられてたまるかァァッ!」


「……俺だって、貴様ごときに理津子さんを、これ以上傷つけさせるものかァァッ!」


 今は亡き己が救世主のため、都築は義憤を燃やし、水のオーラを輝かせ、より力を増強させて、飯尾へと迫る。


 そして彼は全身全霊を込めて、槍に猛々しく流れる水を纏わせて、

「【トリアイナス・ヴァリアント】ォォォッ!」

 宿敵・飯尾めがけ強烈に突き出す。


 ただ単純に色々護るため、飯尾は感覚を研ぎ澄まし、都築の覚悟に満ちた渾身の一撃を完璧に読み取り……都築の槍をサマーソルトキックでへし折る。

 刹那、飯尾は手刀、回し蹴り、正拳突き、前蹴り、ジョルトブロー、跳び蹴りを、音属性の衝撃を余すこと無く添えて矢継ぎ早に都築へ与える。


 そして飯尾は都築の顎へアッパーを食らわせかち上げる。

 自身の身体能力をフル活用して飯尾も空へ跳躍し、都築へ追いつく。


「何故だ、何故だ何故だ何故だ! 何故俺が、飯尾なんかに遅れを……!」


「単純な理由だ! 俺のほうが全部強いんだよッ!」


 そこで飯尾は都築の右腕を掴み、

「これで終いだァァァッ! 【覇卦護神闘】ッ!」

 一本背負いの形を取った状態で落下し、重力と気合を乗せて都築を地面に叩きつけた。


「ご……はぁッ……!」


 二人が落下した場所は王城正門に通ずる橋の前だった。

 そこにいた王城の守護兵たちは、堂々と立つ飯尾と、瀕死の都築を見て、前者へと喝采を送った。


 しかし飯尾はそれを『やめろ』と叫んで制した。

 その理由はすぐに分かった――都築は満身創痍の身体を無理くり起こし、飯尾を睨んだ。


「……まだやるかい?」


「……いいや、もう十分だ……」


 今の都築は得物の槍も失い、一歩歩むだけでも苦痛となるほどのダメージを負っている。誰か一人でも殺すことは到底不可能に見えた。

 だがそんな彼にも、唯一使える武器があった。


 神寵【ポセイドン】で得たパッシブスキル【エナリオス・ドミニオン】。その効果は水全てを操ること。


 真壁への狂信的とも言える忠義が運命を引き寄せたのだろうか。今、彼の背後には王都を取り囲む堀がある。そしてそこは、大量の水で埋められている。


「おいお前ら! 堀の中の様子がおかしいぞ!」


 一人の護衛兵が気づいた時、堀を満たす水は、大時化の海のように、地面ギリギリまでかさ増し、荒れていた。

 それで飯尾は、都築の目論見に気づいた。


「テメェ、さては王都を沈める気か!?」


「……申し訳ない……今俺ができることは、これしかない、のだ……!」


 堀から水が溢れ始めてまもなく、二メートルほどの波浪が王城の堀から現れた。


「そうか、これがお前の最後の抵抗か……わかった」

 飯尾は目の前に、そびえ立つ絶壁の如く現れた大波を正面に据えたまま、拳を強く握る。


「じゃあこれは、俺が責任を持って受け止めてやるよ……【風卦撃砕拳】ッ!」


 そして飯尾は大波めがけて正拳を叩き込む。

 正拳より流された音属性エネルギーは波浪の隅々までに伝わり、それを水しぶきへと変えた。


 大時化していた堀の水は徐々に落ち着き、元に戻っていった。


 この時、都築は、衝撃の余波を受けて後方へふっ飛ばされ、王都正門に激突していた。


「……こんな俺に、役目を与えてくれて……ありがとう、ございました……理津子、さん……」

 と、つぶやいた後、都築は、全てをやり尽くした上で帰れる。と、言うかのような笑みを浮かべながら、そっと目を閉じた。


「……チッ、ムカつくな。真壁の手下にあんないい友達がいるとかよ」

 と、飯尾はぼやいた後、空に拳を掲げて、


「【フッキ】って言ったか……ありがとう、俺にリベンジを果たさせてくれて」

 と、自分の神寵に感謝の言葉を告げた。


(……どこの何の神様なのか全く知らんけど)


【完】

話末解説


■登場人物

【都築(つづき) 正義(まさよし)】

 レベル:77

 ジョブ:【戦士】

 神寵:【ポセイドン】

 スキル:【トリアイナス・ヴァリアント】、【エナリオス・ドミニオン】


 一年二組の一人。真壁の右腕的存在。

 堅物と言えるほどの真面目。特に真壁への忠義に厚い。

 恵まれた強靭な身体を生かしドッシリと構えて敵を討つスタイルを得意とする。

 神寵【ポセイドン】に覚醒してからは、攻防一体のスキルを会得し、より一層真壁の頼もしい副将と化した。

 真壁との古くからの付き合いがあり、唯一、彼女のことを『理津子さん』と下の名前で呼べる人物。

 ポセイドンとは、ギリシャ神話の海神。オリュンポス十二神の一柱。最高神ゼウスに次ぐ実力者と知られている。


【飯尾(いいお) 護(まもる)】

 レベル:85

 ジョブ:【格闘家】

 神寵:【フッキ】

 スキル:【覇卦護神闘】、【八卦攻防陣】など


 有原の親友の少年。自分の父親が有原の父親の同僚のため、家族ぐるみで特に縁が深い。

 類まれな度胸と情の厚さに反比例して頭が弱い。

 父親から習った柔道を含めて、格闘技に傾倒しており、戦闘では鍛えた身体と格闘技で友達を守る。

 一、周囲半径二メートルの敵の動作を読み取る【八卦攻防陣】。

 二、音属性を流し、ガードを貫通して衝撃を伝える効果が追加された各種攻撃スキル。

 この二つの能力を神寵【フッキ】の覚醒によって得たことで、比類ない近距離ファイターとして大成した。

 元の世界に帰ったら海野に相談して、有原に色々な漫画を読ませたいと考えている。

 どの神寵を与えるか迷った登場人物ランキング堂々一位。

 伏犠(フッキ)とは、中国神話に登場する、妹の女神・女媧(ジョカ)と共に大洪水から生き延び、人類の祖となった神。八卦、魚釣り、婚姻制度など、様々な文化を発明した神でもある。

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