第90話 王都凶来・単純に護る
ミクセス王国・王都東部、牢獄付近にて。
飯尾と都築。片方は雪辱、片方は復讐を果たすべく、ここで激戦を繰り広げていた。
「【カリュブディス・スパイラル】!」
都築は水流の螺旋を纏わせた槍を真正面に向け、飯尾めがけ突撃する。
飯尾は横へ短く跳んでかわした後、
「【旋刈脚】!」
彼の側面めがけ回し蹴りを繰り出す。
「【ラオメドン・ガード】!」
しかし、都築に真横に水のバリアを作られて、防がれた。
バリアを解除してすぐ、都築は水流を纏わせた槍を連続して突き出してきた。
「【スキュラ・スタンピード】!」
飯尾は五撃をかろうじてかわし、最後の一撃のみはやむを得ず都築の槍の柄を掴んで止めた。
飯尾の目先には都築の槍先がギリギリまで迫り、どうにか止まる。
「あっ……ぶねぇッ!」
飯尾は槍先を力ずくで横へそらし、近くの地面に突き刺させた。
すかさず飯尾は蹴りを放つ。
「【破砕脚】!」
しかし都築は迅速に槍を引き抜き、
「【トリトーン・バスター】!」
その反動をそのまま流用して、水流を帯びさせた槍を、飯尾の横めがけ力強く振るう。
飯尾はやむを得ず、足先を横へ転換し、蹴りを槍に当てることとなった。
飯尾は都築の槍と数秒押し合った後、六歩ほど後方へ押し退かされた。
「ダメだ、技術の面でもパワーの面でも勝ってやがる。あれから俺だって色々修行してきたってのに、全然力量差が埋まってねぇ……けど!」
飯尾は油断せず構え直し、
「まだまだこっからだ! 息が続く限りどうにかしてやればそれでいい! 粘り強い俺ならなおさらだ!」
と、都築への啖呵と自分への激励を同時にこなした。
「であれば速やかに終わらせるのみだァァァ! 【オケアノス・エンハンス】!」
と、詠唱した直後、都築の全身は水のオーラに包まれる。
これによって全てのステータスが強化された状態で、都築は槍を振り上げながら飯尾に突撃する。
そして、都築が飯尾の目の前に踏み込んだ瞬間、槍が豪快に振り下ろされる。
「【ケートス・レイジ】!」
飯尾は全力で後方に跳び、都築の槍の穂先が何でもない地面にめり込むのを見た。
飯尾は全身で衝撃を感じつつ、空へ打ち上げられた。
槍の直撃は避けられても、足元から噴出した水流――ここに来る前に見たものと比べて、規模も勢力も二倍ほどある――は避けきれなかった。
「ぐぁぁぁ!」
しかし都築の望み通り、これにて決着とはならない。
飯尾は相応のダメージを負いながらも、今もどうにか戦える余力はある。
少なくとも、周到に落ちてきた自分を待ち構えている都築を確認し、反撃を講じるだけの余力は十分に残っていた。
それを飯尾は実践する。
彼は空中で身体を回し、きりもみ回転を起こしながら都築へと落下。
そして王都の大地を目前とした時、足を突き出し、重力と回転を味方にして、
「くらぇぇぇぇ【裂空脚】!」
都築へ跳び蹴りを繰り出した。
「【ラオメドン・ガード】!」
都築は堅実に眼前に水のバリアを展開する。
飯尾はバリアに真っ向から激突する。ものの数秒で貫き、都築の顔面をしかと捉えた。
バリアが壊されるや否や、都築は構えていた槍に水流を纏わせ、
「【トリトーン・バスター】!」
飯尾めがけ一気に振るった。
刹那、飯尾の急襲の威力は、完全に殺された。
そして飯尾は背後にあった石造りの建物三棟の壁を背中でぶち抜かされる羽目になった。
飯尾は四棟目の外壁に作ったクレーターから脱出し、悠然と迫る都築を揺れる視界の中に納める。
全身から発される激痛を堪え、それを悟られないよう、勢い余って不自然な笑みを浮かべながら、飯尾はぼやく。
「これはヤベェ……まさかここまで巻いてきやがるとは……」
「……逆だ、貴様が無用に抵抗したから、俺はこれだけ貴様などに時間を割かねばならんのだ……!」
「……そもそもな話、有原は再三に渡って『一緒に助け合おう』って言って、お前らが心を入れ替えてくれるのを待ち望んでたんだぞ。それさえ利口にできればこんな戦いもせずに済んだんだぞ。
なのにテメェは、真壁真壁真壁真壁と死んだ主君? 上司? に拘泥して国を滅ぼすなど報いを与えるだの、ふざけたこと言いやがって!
その癖『時間取られた』とのたまわれちゃあ困るん……」
「黙れェェェェェェッ!」
山の如く果てしなく溜まった憎悪全てを発散し、王都中にその意を轟かすように、都築は激しく怒号を放った。
「貴様などに達観ぶられてたまるか……主君だの上司だのと……安い言葉で理津子さんからの恩義を侮辱するなァァッ!」
「恩義……? なんだよ、それ……?」
どうせ答えるわけがないだろう。と、飯尾は思いながらも、軽い気持ちで都築へ尋ねた。
すると飯尾の予想に反して、都築は自身の過去を語る。
*
今日、有原たちの住む某市のある地域に君臨する建設会社と言えばどこか? と、問いかければ十中八九『真壁グループ』と答えが返ってくる。
しかし九年前にこれと同じ質問をすると、多少、別意見も散見されるはずだった。
菊田建設――隣町にもう一つの地方ゼネコンがあるからだ。
第三者からすれば悪質とも言える手法でライバル企業を蹴落とし、勢力図を広げていった真壁グループ。
その制覇に待ったをかけた最後の敵が、菊田建設であった。
真壁グループの武器が『(前時代的な手法による)迅速で安価な施工』と言うならば、菊田建設の武器は『歴史』にある。
菊田建設は源流が室町時代からの歴史ある建設会社。規模的には真壁グループよりも小さい。
だが、その歴史と、安定した経営状況もあり、地域からの信頼は新参者の真壁グループと比べて非常に高い会社だった。
値段を最重視する公共工事の受諾数に関しては真壁グループの後塵を拝していたが、民間からの案件に関しては強く出れた。
これによって菊田建設は真壁グループの侵略にも抵抗できていたのだ。
地域一帯を支配する、その野望を抱く真壁グループは、当然この状況を良しとしなかった。
故に真壁グループは菊田建設をいかなる手段をもってしてでも破るべく、情報収集を開始した。
すると真壁グループは、菊田建設の『都築定義』という社員に目をつけた。
表から読み取れる企業情報によると、都築はそれなりの役職を持ち、一見すると社内の重役と思われるような人物であった。
しかし真壁グループが秘密裏に収集した情報によると、彼は非常に肩身が狭い状況に立たされていたという。
今から十年前、都築は菊田建設上層部の不正を行政へ内部通報した。
すると社内上層部は適当に作り上げた新設の部門の、何の権威もないポストへと、都築を異動させた。
そこから都築の職務は草むしりや荷物運びといった雑務中の雑務に変わった。給料も福利厚生も新入社員にすら劣るものを与えられるようになった。
行政や法曹に頼って改善を試みたこともあった。
しかし菊田建設の伝統とフットワークの重さ、それから上層部の暗い意向により、まともに相手にされることはなく、むしろ徐々に徐々に立場は悪くなっていった。
作戦をより正確なものとすべく、真壁グループの社長は重役を引き連れ自ら極秘に都築と対面した。
彼は、もう明日命が消えてもおかしくはないほど疲弊していた。
さらに当時、都築は『自然な理由を作るため』ということで、小学生になる手前の息子を連れてきていた。
父親の憔悴が余波を及ぼしてしまったか、人見知りが激しく、暗い子供だった。
この事実を知った途端、社長を始め、真壁グループの面々はこの悲劇の親子の姿に、胸が塞がる思いをした。
同時に、彼らは喜んだ――これが菊田建設を倒す銀の弾丸になると。
真壁グループは、子会社などの自社が持つコネクションをふんだんに利用し、菊田建設が行った都築への仕打ちを大々的に流布した。
悪い噂はやがて地方企業のほとんどへと伝染し、菊田建設は瞬く間に追い詰められた。
菊田建設の上層部は世間へ体裁上の謝罪を行いつつも、都築の口封じを試みた。
しかし、真壁グループの用意周到はそんな甘い火消しを許さない。
それを未然に防ぐべく、真壁グループは都築一家を自社の中に匿っていた。どころか、逆に、この口封じを菊田建設の悪行の決定的証拠として利用し、菊田建設にさらなる追い打ちを仕掛けた。
九年前、信頼を砕かれ、経営は傾いた菊田建設は真壁グループに有用な部分のみ吸収され、跡形もなくなるという哀れな末路を遂げることとなった。
そして、この一連の騒動のキーマンとなった都築定義は真壁グループに転職することとなった。それも、この作戦の鍵となった恩賞と、元からの能力を見込まれ、役職を与えられて。
こうして都築定義は、菊田建設での不遇を埋めてもなお、お釣りが来るほどの厚遇を受けることとなり、自然と心の傷を癒やしていった。
しかし彼の息子、正義は、すぐには子供らしい明るさを取り戻すことはできなかった。
正義は、以前から真壁グループに貢献してきた社員の子供たちにいじめられていた。
真壁グループは他派閥に対して、当然のごとく排他的な姿勢を取っている。
この思想は子供たちにも受け継がれており、正義は、菊田建設から来た外様の子供と差別されたのだ。
正義はこのいじめをただただ耐えた。もし自分が周りに相談すれば、父親の立場がまた危うくなるのではと思ったからだ。
そうして正義は、両親の前では明るい顔をしながら、内ではますます暗い性格になっていった。
父親が真壁グループに転職してから半年が経ち、正義は小学一年生になった頃。
放課後、正義はいつものように真壁グループ社員の子供が集まる、学童のような場所に来て、父親の仕事が終わるのを待った。
そして正義はいつものように他の子供たちにいじめられていた。彼はいつものようにそれをじっと我慢していた。
最中、一人の少女が危険性を承知の上で、長方形の積み木を、正義の顔めがけ思い切り投げつけた。
正義は目をつむり、手を前に出して防御しようとした。だが、彼のどこにも積み木が当たることはなかった。
フェイントをしかけたのだろうか。と、思った正義は、確認のため恐る恐る目を開いた。
するとその目線の先で、積み木を投げた少女が、他の少女にビンタされていた。
何があったのかわからない正義は、なんとなく周りを見た。ここにいる子供たち全員が怯えていた。
そしてビンタをした少女は踵を返し、一つ上の学年と思うほど凛とした風体をはっきりと都築に見せた。
以降、正義は周りからいじめられることはなくなった。
同時に、正義は頻繁に例の少女の元に呼ばれるようになった。
――真壁理津子と都築正義、二人の関係はここから始まったのである。
*
「なるほど、な……」
家族を救ってくれた恩と、自分を救ってくれた恩。そして自分を導いてくれた恩。
都築の言う恩義が何かわかった飯尾は、都築が真壁を『主君だの上司だの、安い言葉で語るな』と言った理由もなんとなく理解した。
(そりゃキレたくなるか。自分の存在意義を作った『救世主』を安い呼び方したら……)
飯尾は都築に尋ねる。
「して、その昔話をもってして、そんな真壁を殺した世界は悪、それを罰する自分は正義……って言いたいわけか?」
都築は槍を構えて、
「言い遺したいのはそれだけかァ……?」
(つまりは『はい』ってことか。そんくらいはっきり言えよ……)
飯尾は都築に気づかれないように、一瞬笑ってから、
「わかった、じゃあ言わせてくれ」
いつ都築が不意打ちを仕掛けてくるかわからない。だが、飯尾はろくな構えを取らず、彼に対抗して、ある昔話をする。
「俺の親父は大っていう名前で、職業は警官なんだ。その職に至るまでの経緯が結構ヘンなんだ。ひょっとしたらひょうきんな親父らしいホラ話なのかもしれないけど……
親父が大学三年の時、普通に街を歩いてたら職務質問を受けたんだ。
体育会系でヤンチャな類ではあったけど、そんな御用になることはしてないし、格好も明らかにヤバい感じじゃなかったから、『何があったんだろうか』とビクビクしながらな。
そして警官が免許と学生証を返してくれた直後、親父はこう聞かれたんだ。『真面目に、警官になってみませんか?』と。
わりとそういうことあるんだと。職務質問と見せかけて警官がスカウトすること。
で、親父はそこでハッキリバカでかい声で答えたんだと。『誰かを守る仕事がしたいんで、是非!』とね。
……どう、面白いか?」
都築は眉一つ動かさず、槍を握りしめたまま、
「以上か?」
「ちょっと笑ってくれると嬉しかったんだがなぁ、はぁ……いやまだだ。
これを聞いた時さ、俺思ったんだよ。もっと凝った理由はなかったのか、って。街を平和にしたいとか、犯罪をなくしたいとかさ。
そもそも親父は思考回路が単純なんだよな。
俺に護って名前をつけたのも、『大事なものを守れるように』ってつけたらしいし。
難しい漢字の方の『護』なのは、同僚兼友達が、二週間前に生まれた息子に『祐』って洒落た字を使った名前を与えたから、それへの対抗意識らしいし。
……けどよ、お前の話を聞いてたら、なんかそういうことで良いような気がしたんだ」
「……何故だ?」
ついに自分に興味を持ったか。と、飯尾は都築に多少感心して、
「何故かって? そりゃあ、お前みたいな凄い奴でも、動く理由は単純だとわかったからだ。
けど、俺はその逆を行ってしまっていた。
『強くなって周りに追いつく』とか、『みんなの帰る場所を守る』とか、『リベンジを果たす』とか、俺は考えすぎて、俺が本当に本当にしたいことを見失っていた。脱線していたんだよ」
そして飯尾はようやく構えを取りながら、歯を見せて笑い、都築へ叫んだ。
「だから今から俺は心機一転、原点回帰する……単純に『守りたいものを守ってみせるとな』ぁッ!
さぁ来い都築ッ! 色んなものを守るため、お前を倒してやるからなぁッ!」
「あいわかった……そんな些細な気づき程度でこの劣勢が覆ると思うなァァァァ!」
都築は槍に帯びさせた水流の螺旋を飯尾へ向け、怒涛の如く彼へ迫る。
集中力の賜物か、危機故に冴えてきたのか、はたまた疲れたためか――飯尾は、突然遅くなったように見えた都築へ、半分無意識で右正拳を突く。
「【風卦撃砕拳】!」
飯尾の右正拳は、螺旋水流を帯びる都築の槍先に真正面から激突した。
正拳と刺突の威力は互角。二人はその場で勢いを失い、拮抗して止まる。
かと思いきや数秒後、都築の全身に槍を通じて何らかの衝撃が遅れて響いた。
槍に纏われていた水は飛び散り、飯尾は今日初めて飯尾と相対した地点まで吹っ飛ばされた。
何故都築が遅く見えたのか、何故見知らぬスキル名を口走ったのか、何故散々力負けしていた都築を押し返せたのか――飯尾はこの状況を全く理解できなかった。
だが、飯尾はふと地面に出来た水たまりを見て、その答えを知った。
「やっぱ、単純なのがいいんだな……」
そして飯尾は、さっきの自分ほどではないが、吹っ飛ばされたことに驚きを隠せずにいる都築を睨みつつ、真紅に輝く前髪をサッと整えて、
「待たせたな! さぁ、こっからが本当の勝負だぁッ!」
と、これまでの鬱積を吐き出すように、周囲へ堂々と言い放った。
【完】




