第92話 王都凶来・嘘みたいな再会
ミクセス王国の王都北部にそびえ立つ王城。
その最も高い尖塔の屋根の上に、少年は座っていた。
彼の視界に広がるのは王都――国民が狂い同士を襲い、邪神獣が暴れ回る、騒乱の渦中にあった王都である。
少年はこの地獄絵図を、ついさっきまで純粋に喜んでいた。
だが、今は違う。狂喜しているのは変わりないが、手放しではそうできなくなっていた。
我を失った国民たちは、正気を保っている兵士たちにより取り押さえられ、邪神獣は、ここに残っていた界訪者五人が撃破していく。
こうして王都の騒乱は、徐々に収束しつつあったからだ。
「ほう、思ったより『問題解決能力』が高いようじゃないか……有原と陽星ら不在という危機下でもここまでやるとはな」
少年は目を凝らし、自分からみて左――王都東部の辺りを見ていた。
今は丁度、都築が、神寵に覚醒したばかりの飯尾の回し蹴りで飛ばされたところだった。
少年はそれと、離れた位置で気絶し伸びている鳥飼を見てぼやく。
「結局こうなっちまうのかよ……ガッカリさせてくれるなぁ~真壁一派の連中の詰めの甘さはッ! やはり頭目がいないとダメってワケか」
そして少年は、立ち上がりつつ、静かに笑った。
このまま争いが収束していく時を待っていたのだから。
騒乱に飲まれた者たちが安堵しかけた時に、この祭りの最大の衝撃を齎すことを待っていたのだから。
「さてじゃあ行こうか。前奏曲を終わらせ、本編を開始するためになッ!」
少年は前のめりに身体を倒し、尖塔の屋根から落ちた。
そこから少年は空を切り、目指す場所へと飛行する。
*
ミクセス王国・王都、南部の門付近にて。
飯尾が都築を止めるために離脱した後の界訪者たち――桐本、大関、稲田、松永の四人は、邪神獣二体と戦っていた。
殴った箇所に爆炎を起こす、ゴリラ型の邪神獣【暴虐のゴクライムス】と、一歩一歩で周囲一帯の地面を揺らし敵の自由を奪う、馬型の邪神獣【蹂躙のボロダルタ】。
真壁と久門、別々の相手と場所で倒されたはずの敵が、ここで同時に現れた。
強敵二体とただ一つの場所で同時に戦うだけ。と、一行は見積もっていたが、今回はそんな安易な話では済まなかった。
ゴクライムスはボロダルタに跨り、推進力と地面の振動の能力を得ながら、四人へと拳を何度も振るう……という連携技を繰り出してきたのだ。
この邪神獣が連携するという意外な脅威に、四人は苦しめられた。
だが、やがて彼らは『ゴクライムスは攻撃が大振り』であることと、『ボロダルタは勢い重視なので進路が直線的』という、例え連携しても元の邪神獣から何も変わっていなかった弱点に気付いた。
これを見抜いた後、桐本、大関、稲田の攻撃者三人はボロダルタとゴクライムスの進路にあえて立ち塞がった。
ボロダルタが放つ地面の揺れに足を取られないようにタイミングよくジャンプし、拳を紙一重でかわしてから、騎手であるゴクライムスへ一点集中で攻撃し落馬させる。
「ボロダルタは俺に任せて、輝明と晴幸はゴリラを!」
「あいよ、光!」
「頼んだぞ光!」
落馬後、自前の筋力で巨体を起こそうとするゴクライムス。
そこへ稲田と大関は接近し、
「【アドラ破砕脚】!」
「【金竜怒闘】!」
高熱を帯びた蹴りと、黄金の炎を帯びた掌底の連打をお見舞いし、黒い塵へと変えた。
直後、桐本はボロダルタの胴体目掛け、
「【天忍穂の穿】!」
天叢雲剣で一閃を繰り出し、こちらも黒い塵に変えてやった。
こうして二体の邪神獣をさばき終えた後、稲田は蹴りを放つ際に地面に刺した槍を引き抜く。
「ふぅ……最初はちょびっとヤバい感じがしたが、やっぱり楽勝だったな!」
桐本は稲田たちのところに戻って、彼へ一言。
「けどボロダルタにゴリラが乗った時、一番驚いてたのは輝明だったよね?」
「それは気のせいだ!」
「相変わらずうるさいな……輝明」
と、つぶやいてから、大関は二人から離れる。
「……無事ですか、松永さん?」
半壊した建物の中でうずくまって隠れていた松永に声をかけた。
松永は僅かに首を縦に振って返事し、立ち上がる。
あの邪神獣二体の激しい攻撃が繰り出される場にいるのは危険。と、大関と桐本は戦闘中に判断して、ここに隠れてもらっていたのだ。
建物から出た後、松永は王都南門を見つめた。
邪神獣の仕業だろうか、その門は分厚い氷に閉ざされており、とても開けられない状態になっていた。
さらに、前々からゲルカッツとレイルらが、周囲への救援要請の狼煙を上げているが、それらは何故か効果を表さない。衛星拠点などからは増員が来てもおかしくない頃合いなのに。
この王都は、固く閉ざされた巨大な鳥籠となっている。そう考えざるを得なかった。
松永の表情は常に暗い。だが、今の暗さはきっと、この閉鎖された王都で起こった悲劇を憂いてのことだろう。と、それを見て思った上で、大関は松永に声をかける。
「安心してください、もう残る邪神獣は一体。この騒ぎは俺たちがもうすぐ終わらせますから……」
松永は何も言わず、大関から数歩距離を置いてそっぽを向いた。
「……そうですか……すみません」
実際に松永が何で機嫌を損ねたかはわからなかったが、大関はとにかく申し訳なく思って、反射的にそう言った。
「別に謝らなくったっていいだろ、晴幸。お前は何も悪いことしてないんだから」
と、大関の後ろから稲田は言った。
「そう、だと良いんだが……」
「言い切れよそこは。それに、アイツはちょっとよくわかんないところがあるから……」
すかさず桐本は注意する。
「こらこら、それは完璧口が悪いよ輝明」
「ちっ、やっぱお前が出てくると思った……で」
「急に『で』で話題変えないでよ輝明」
「残る邪神獣を倒しに行こうぜ、お前ら!」
大関は言う。
「……そうだな。ここでおちおちしてはいけない。残る一体を倒さなければな」
「だね。飯尾さんのことも心配だし、早く他行こっか、輝明、晴幸、松永さん!」
「おう! そうこなくっちゃだな!」
「……」
こうして四人は残る一体の邪神獣の討伐を急ぐ。
すると、その四人を影が覆った。
四人は一斉に上を向くと、
「噂をすれば影とやら……ということかな?」
「全く、都合よく来やがったなこのクソドラゴンめ」
サイズに関しては遥かに小さいものの、かつてトリゲート城塞を地獄に変えた忌々しい黒竜――最強の邪神獣【邪悪のテラフドラ】が、遥か上空に佇んでいるのが見えた。
「ついに来たか……皆、大きさが違えど奴はテラフドラだ! 気を引き締めて行け!」
「おう!」
「任してよ!」
「……」
テラフドラは首を下へ向け、地上を見下すと同時に、四人は気勢を上げた。
そして、トリゲート城塞以来のテラフドラの戦いが幕を開ける……
「……いいや、その必要はない。こんな相手はてめーらにとっては何の意味もない」
……寸前、テラフドラは突如、黒い塵と化して消えた。
「え……終わり!? んなまさか!?」
「いや、そんなわけある!? あのテラフドラがこんなあっけなく終わるなんて……」
「一体、奴の身に何があったって……!?」
大関はいち早く敵意を察知し、声を出す。
「光! 松永を守れ!」
「り、り、了解!?」
「【金竜昇進】!」
すかさず大関は上方向へ高速移動した。
そこで彼は、無数に降り注ぐ火の弾を、張り手の連発で全て打ち消す。
さらに両腕を正面に構え防御体勢を取り、落下の勢いを乗せた強烈な刺突を白刃取りで止めた。
そして、大関は自分の目を疑いながら、正面の敵へと尋ねる。
「お前……どうして……!」
「ご覧の通りだ」
と、短く答えた後、右手で突き出した長剣から冷気を放ち始める。
「【霊氷を統べるヘル】」
冷気は瞬く間に剣を伝って大関へと流れ、彼に気づいた時にはもう、首から下が全て凍りついていた。
「な、ぜ……お前なんかが……!?」
そして少年は、木っ端微塵に砕け散る大関の氷片を背に、桐本、稲田、松永の前で、余裕綽々にふんわりと着陸する。
三人は、言葉を発することができなかった。
大関の死を受け止めるのでも精一杯なのに。何よりも今、目の前にいる人物の存在が、信じがたいものであったからだ。
「オイオイオイオイ、何で久々に会ったって返事しないんだよオメーら。さては久々すぎて顔姿を忘れちまったって言うんじゃあねーよな?」
彼は何度も自分の顔を親指で指してアピールする。だが、まだ三人は応答しない。
彼は両手を外へ開き、ベタな呆れる様のジェスチャーをしてから、
「これでも気づかねーのか。はぁ、やれやれだぜ……じゃあ、よく見ろよこのハンサム顔をよぉ〜!」
その両手で顔を押さえて、ゆっくりと上へ動かし両髪をまんべんなく撫でる。
すると隼の羽根めいた焦げ茶色の髪は、左半分が青く、右半分が赤い奇妙な髪色に変わる。
そして彼は左右で橙と青緑と、色が異なる双眸を三人へ向けて、
「で、思い出したか、俺のこと?」
今、五感から感じる現実を飲み込めきれないまま、桐本と稲田はかろうじて口を開き、彼の問に答える。
「思い出したかって問題じゃねぇよ……もう忘れるわけないだろうが……」
「どうしてここで、こんなことしたんだよ……雄斗夜!?」
「質問に質問で返す初歩的なミスなんかしちゃあ、せっかくのイケメンが台無しだぜ、光」
と、桐本へ対して、逢坂は言った。
【完】
話末解説
■魔物
【蹂躙のボロダルタ】
レベル:55
主な攻撃:巨体を生かした突進、地面の揺さぶり
馬型の邪神獣。
一歩一歩で地面を揺らし、地に立つ敵の動きを封じて蹂躙する。
真壁一派の手柄とされたものの、既に久門一派が倒したはずだったのだが……
【暴虐のゴクライムス】
レベル:56
主な攻撃:巨体を生かした突進、爆炎を引き起こすパンチ
ゴリラ型の邪神獣。
強靭な筋力から生まれる強力なパンチと、殴った箇所から爆炎を引き起こす能力で暴虐の限りを尽くす。
ミクセス王国を実質支配していた頃の真壁一派によって倒された。はずだったのだが……




