第112話 陰キャたちは進む
ヒデンソル王国、王都から北東方面にある平原にて。
日が昇りかけた頃、現国王、槙島英傑は五千ほどの騎兵を率いて王都へと向かっていた。
先程王都上空を横切った邪神獣、【邪悪のテラフドラ】。
それと、奴が向かう先にあると思わしき秘宝にして切り札【邪神珠】。
この二つの標的を目指して、槙島は常識的の範疇を超えた進軍速度で北東へと向かっていた。
逢坂によって邪神珠を奪われたことから始まり、先代国王への忠義のためと王国旧来の勢力による包囲網を食らい、この邪神珠奪還軍を編成するにあたっても過去の権力者や新体制に反発する民衆からの妨害を受け、無駄な手間をかけさせられた。
今でもなお旧来勢力は槙島への反逆を続けている。彼がここに居られるのも、『神々』たちが王都を守れているからこそのものだ。
この何から何まで自分の思い通りに行かない現実に苛立ちどころか殺気すらも覚えつつ、槙島は軍の先頭で氷の馬を駆っていた。
その道中、彼らの斜め前上に、一つの漆黒の流星のようなものが飛んでいた。
何かの凶兆、あるいはテラフドラそのものではないかと、背後の騎兵たちが戦きざわめく中、槙島は冷静に、
「静まれ、警戒しろ」
と、一言告げ、進軍を停止させ、空を見上げ続けた。
槙島の警戒は適切だった。
漆黒の塊は徐々に高度を下げ、彼らの方へと迫る。
「【神器錬成:グングニル】」
槙島はルーン文字が刻まれた刃を持つ槍――神器【グングニル】を傍に出現させ、万が一に備える。
そして漆黒の塊ははっきりと確認できるほど槙島たちに接近し、
「わぁぁぁ! 落ちるんですのぉぉぉ!?」
漆黒の塊――漆黒のオーラに包まれた鳥飼は、槙島の手前に墜落した。
「お、思ったよりも痛くなかったですわね……」
墜落後、それと自分の身体を包んでいた漆黒のオーラが消えた後、鳥飼は全身のあちこちについた砂ホコリを払いつつ立ち上がる。
「ヒィッ!?」
そして、目の前にいる殺気立った槙島と背後に物々しく並ぶ軍隊に驚き、尻もちをつく。
鳥飼はブルブルと震える右手人差し指で、氷の馬に乗る槙島を指して、
「あ、貴方は一体誰ですの……!」
すると槙島はグングニルを鳥飼の首スレスレ狙って、彼女のすぐ近くの地面に突き立て、
「忘れたとは言わせないぞ、鳥飼……真壁の影に隠れてニタニタと俺のことを嘲笑ってたこの外道が!」
「ヒィィ! そ、そのぶつぶつ言うような口調は……さてはあなた槙島!」
槙島はグングニルを遠隔操作し、地面から引き抜いた後、今度はその刃先が鳥飼の眼前に向くように空中に留める。
「こ、今度は何ですの!」
「……貴様の右手の近くに転がっているそれは何だ!」
そう言われてすぐ、鳥飼は地面に置いている自分の右手を見る。
と、その近くには、ウェスミクス村からここまで飛ばされる原因となった漆黒の宝玉【邪神珠】があった。
「こ、これはその……! 逢坂から取ったものです……!」
「……返せ、それは俺のものだ!」
「はい、返します返します!」
何故槙島がこれの所有権を主張するのかすらも気にせず、鳥飼はグングニルをよけつつ素早く立ち上がり、邪神珠を馬上の槙島へと差し出した。
槙島がそれを受け取り、じっと見つめてから、一言。
「……偽物ではないようだな」
「それはそうでございましょうよ……なんせそれは私をここまで避難させてくれ……」
安心したのもつかの間、鳥飼の眼前に、槙島はグングニルを再配置する。
「!? どうしてです!? 私はちゃんと邪神珠を返しましたわよ!?」
「……さっき言ったばかりだろうが。真壁の影に隠れて俺を嘲笑っていたことといい、俺はお前にだって殺す理由となる恨み辛みは山程あるんだからな」
「そ、そのくらいで人を殺す理由になるものですか?」
と、鳥飼が恐る恐る言うと、槙島はさらに殺気立ち、声を荒げる。
「貴様らみたいな人より優れた権力と環境を持ち、都合の悪いことは軽々と他人になすりつけられるような連中に、俺が受けた苦痛の程度を『安い』と決められてたまるか!
俺が貴様らみたいな身分の高さに反比例して道徳のない人間に、一体どれくらい俺の尊厳は踏みにじられたと思っているんだ! なぁ、鳥飼楓!?」
すると鳥飼は瞬く間に、グングニルの刃を離れるために数歩下がって土下座した。
「お、お願いしますわ! せめて命だけはお助けくださいませ! 出来る限りの贖罪は致しますので……!」
「やかましい。貴様のような外道の言い分は聞き飽きた……貴様のできる贖罪は往生際よく命を断つぐらいだ!」
鳥飼は涙がこぼれっぱなしの顔を上げて、グングニルを挟んだ先にいる槙島を見上げ、必死に懇願する。
「どうかお願いします……ならせめて、私を殺すのは他の因縁の相手を殺してからにしてください……!」
「黙れ。貴様は信用ならん。それに、貴様の始末を遅らせる理由がどこにある……」
「ありますともありますとも! ほら、例えば、貴方の復讐のための戦力になるではありませんか……」
槙島は、背後に整然と並ぶ騎兵を親指で示して言った。
「貴様に頼らなければならないほど、俺は戦力には困っていない」
「お待ちを、槙島様」
するとここで彼の副将に扮した『神々』が、槙島へこんな耳打ちをした。
「ここは彼女を配下に加えるべきかと」
「……何故だ?」
「彼女の言い分にも一理あるからです。斥候の情報から考えるに、貴方の復讐相手――ミクセス王国の戦力も相当増強されているとのこと。
対して我々は国内の有象無象の反乱をただ鎮圧することでさえ手間が掛かっている始末。ですから、ここは彼女をこちらに加えておくべきかと思われています」
「……奴は信用できないと言っているではないか。それに、あの様子からして、奴はまた有原と石野谷の郎党に負けてきたと思うのだが……」
「撹乱や雑兵清掃などに利用する分なら有用かと思います。それに、仮に奴が裏切ろうとしても、もはや彼女に今の槙島様の地位を脅かすほどの能力はないでしょう。もちろん、我々も彼女の動向はしっかりと監視いたしますので」
「……わかった、貴様を信用しよう」
神々の一人との話を終えて、槙島は彼女へと向き直す。
「俺の不興を買うような真似をすれば、直ちに死をくれてやる……いいな」
「は……はい、わかりましたわ、槙島様!」
*
ウェスミクス村での一件から一日後、飯尾、三好、石野谷、松永、それから畠中はようやく王都に帰還した。
しかし間もなく、そこに残留していた騎士団長レイルから、
『今僕たちは、槙島さんに備えてトリゲート城塞にいる。なるべく無理しないでみんなもこちらへ来てほしい』
と、有原からの伝言を預かった。
テラフドラ・テュポーンの激戦の疲れがあるものの、槙島が来るとなればそうは言っていられない。
五人は多少の準備と休憩を挟んだ後、急ぎ王都を出発。そして一日後、五人はトリゲート城塞に到着した。
「ただいま、祐、美来ちゃん!」
「お帰りなさい、皆さん!」
「お帰り皆! そしてごめんなさい。王都に帰って間もなくまた遠路はるばるここに来させちゃって!」
「いいってことよ! なんだかすごくヤバそうなことになっているんだからよ……」
そして五人はすぐに要塞内にある館の一室で行われる軍議に参加した。
開始直後、すっかり軍議の仕切り役が板についた海野は言う。
「まず、皆様に朗報がございます。かつてここで死んだとされていた俺たちの同志、畠中新さんが無事生還していたらしく、今ここにいます」
出席した一年二組の面々とミクセスの将たちは一斉に畠中を見つめる。と、同時に畠中は驚き、フリーズという現象の手本のように固まった。
それから十秒後、海野が目線で『立って挨拶しろ』と伝えてから畠中は立ち上がり、
「は、は、は! 畠中です! 生きてました! 皆様にはご迷惑をおかけしました! はい!」
と、素早く言って、素早く着席した。
「……さて、仲間が帰ってきた喜びを噛みしめたいのは山々だが、生憎今は一刻を争う状況になるかもしれない事態だから、それは一旦止めてほしい。
皆様をここに集めたのは既に聞いている通り、かつてミクセス王国とファムニカ王国の同盟が再締結された直後襲来し、双国に多大な被害を齎した槙島についてだ。
彼は今、ヒデンソル王国の国王となり、国軍を動かしてこのトリゲート城塞に攻め入ろうとしている」
「な、槙島が……ヒデンソル王国の王に……!?」
と、松永が驚いたように軍議会場が瞬く間にどよめく。
海野は手を思い切り叩いて鳴らし、速やかに場を鎮める。
「……ああ、わりとつい最近に、皆様が見たとおりの武力で強引に簒奪したんだと。
しかし奴の下剋上は何もかも簡単には上手くいかなかった。即位後、先代国王派の臣民から猛反発が始まり、相当国が荒れんでな。
その隙を潰すために、国内の情報統制が厳しく張られ、こちらに届くまで時間がかかった。
最近になって、かつて久門が倒したという邪神獣【堕落のジェナフォ】の邪結晶がヒデンソルの王都へ動いた。などの兆候があるにはあった。
だが、より鮮明な事実を俺が知ったのは、わりとつい最近だ」
三好はビシッと手を上げて尋ねる。
「ちな、どうやって知ったのそれ?」
「二重スパイだよ。奴がミクセス王国に放った諜報員をとっつかまえて逆に差し向けた。思ったよりもすんなり服従できた。『前の王の統治もアレだが、今の王の統治はあまりにも自分勝手過ぎる』と、そいつも槙島に対して不満を抱えてたんでな」
海野は話を続ける。
槙島は即位後、国内各地での反乱を鎮圧する間にも、大軍を編成していた。
その目的については民衆から再三にわたって尋ねられたが、槙島はただ『倒すべき敵を倒すため』としか言わなかった。
言えるはずがない。なんせ王の狙いは完全に私情により狙っている敵――ミクセス王国の一年二組たちだからだ。
そして彼はミクセス王国を滅ぼせるほどの大軍を率いて、現在このトリゲート城塞へと迫っているのだ。
「ちょっとここで質問いいですかー?」
話の最中、武藤は小さい背丈を補うために椅子の上に立った上で手を挙げた。
行儀悪いな。と、海野は小声でつぶやいてから彼女へ尋ねる。
「はい、どうしました武藤さん?」
「何で槙島はここを襲おうとしているの? こんな頑丈な要塞よりももっと安全に攻め込めそうなところあるよね?」
「それに関しては確定してないが……恐らく、『大陸』において奴の苦難の起点となったこのトリゲート城塞で快勝することで、心情的にもより完璧な復讐を遂げるつもりなんだろう。
あるいは、そういう予想をこちらがしてくれることを望んで、本当は貴方の言う通りもっと攻めやすい場所を狙っているかもしれない。
だから念のため、王都に滞在していたファムニカ王族御一行は速やかに帰国させて、そちらでの警戒をしてもらっている」
「そっか、どうせならまた会いたかったけど、そっちの方がアイツらのためだろうな」
と、石野谷はつぶやいた。
「というわけで、今、槙島はヒデンソル王国の王となり、その権威を乱用して俺たちを王国ごと潰そうとしている。
……今のところ、具体的なあちらの規模や作戦はわからないが、ひとまず、ここで待機して奴の出方をうかがうことにしよう。では祐、ここで一つ激励を」
有原は真っ先にそれに『はい』と言ってから立ち上がり、
「とにかく、これからは王国を守れるように、そして、皆様にとっても、槙島にとっても良い結末を迎えられるように頑張りましょう!」
直後、軍議が行われているこの一室に、一同が肯定する声が響いた。
「あ、あの……」
その中で畠中は一人、誰かに何かを言いかけたが、一同の返事にかき消され、誰にも届くことはなかった。
「では続いて、栄光の遺跡に挑んでいた四人が出くわした事件に話して貰おうかな」
この後も軍議は続き、情報の共有と今後の方針についての調整が行われた。
その中で、畠中は先程言い損ねてしまったことを改めて言おうとせず、ただ空気を読んで黙り続けた。
*
その日の夜。
トリゲート城塞の城壁や城内などの各所では夜襲に備え、何人もの兵が警備を行っていた。
そんな中、
「あれ、えっと、貴方は一年二組の……」
「は、はたな、畠中新です! 怪しい者ではございません!」
城内を出歩いていた畠中は、一人の兵士に遭遇した。
「ああ、確か貴方はつい最近合流したという……」
「はい、そうです、はい」
「して畠中さん。こんな時間に何の用でしょうか?」
「あ、それはですね……なんか今日は眠れなくて、ちょっと城の周辺を散歩して疲れよっかなーって思いまして……はい」
「そうですか……わかりました。ですが、監視の兵の中には厳戒態勢故に神経質になっている方もいるため、くれぐれも不審なことはしないように……」
「わかりました! はい、では失礼します!」
そう言って兵士から離れた畠中は、とにかく不自然に思われないように城内を進む。
(そういえば、前にここで戦ってた時、ここから逃げ損ねたんだったなぁ……)
そして畠中はトリゲート城塞の三つある出入口の一つ、北東門へとたどり着いた。
(出撃のときのイメージトレーニングがしたいです。出撃のときのイメージトレーニングがしたいです……)
畠中は脳内で自然な言い訳を考えながら、そこで見張っている門番に声をかけようとする。
その寸前、
「おい、こんなおっかない真夜中にお出かけか? 度胸はある方がいいのは確かだが、ありすぎるのもアレだぞ畠中」
と、背後から石野谷に話しかけられ、
「ヒィィィィッ!」
畠中はいかにも畠中らしい悲鳴を放った。
【完】




