第8話 地球出張
「はぁ? 出張!?」
グレアムの声が、運用部の小さな会議室に響いた。
正面に座ったマーカス・レインは、眉一つ動かさない。
「聞こえてるなら繰り返させるな」
「聞こえたから聞き返してるんだよ。なんで俺が地球まで行かなきゃならないんだ?」
「お前だけじゃない」
マーカスが端末を操作する。
表示された移動予定者の欄には、グレアム・ヴェイル。
そして、その下にもう一つ。
No.003 P.A.T.I.――登録呼称、パティ。
「私も同行します」
隣に座っていたパティが言った。
「それは分かる。お前を置いてグラディヴスだけ持っていく方が怖い」
「私を機体の付属品のように扱わないでください」
「だったら、俺だって付属品じゃないんだから行かなくていいだろ?」
「駄目です。屁理屈です」
「なんでお前が決めるんだよ!」
「……あのなぁ。お前ら、話を進めていいか?」
マーカスが額を押さえた。
反対側ではダリオが黙って予定表を眺めている。その隣でエレナは露骨に嫌そうな顔をした。
「で、何日いないのよ?」
「往復と検査込みだ、しばらく空ける事になる。その間はダリオとエレナが現場担当だ」
「うわ」
「……何だよ」
「別にグレアムがいないのはいいのよ?」
「おい、どういう事だそりゃ」
「でも、グラディヴスまでいなくなるんでしょ? 困るわぁ」
「そこかよ」
「そこ以外に何があるのよ」
ダリオも予定表から顔を上げる。
「最近、何かあった時に『グラディヴスなら届くかもしれない』って選択肢が増えてましたからね」
「試験機に頼るのがおかしいんだよ」
「その試験機を実際の救難に使ってるのは俺達でしょう」
「まあ、そうだけどよ」
マーカスが机を指で叩いた。
「だから、その試験機を一度きちんと調べるんだ。不具合が出ても困るからな」
画面が切り替わる。
第三世代クアドリガ先行統合試作一号機、XQA-01グラディヴス。
四本の共通推進モジュール。
AEドライブ。
細分化されたMMR区画。
遠隔受電系。
熱管理系。
機体各所に検査項目が重ねて表示されていく。
「これまでの実績は、有人12G試験。その直後の長距離緊急出動。フォボスでの貨物船事故。それに軌道送電ステーションでの複数方向荷重」
「全部、ちゃんと帰ってきただろ?」
「帰ってきたから調べるんだ。動いてる機械が壊れてないとは限らん」
それを言われると弱かった。救難機に乗る人間ほど、それを知っている。
「通常検査ならこっちでもやってるだろ」
「今回は製造元から正式に要請が来た。本社設備で総点検したいそうだ」
「製造元って……」
グレアムは少し考えた。
「どこだ?」
マーカスが止まった。
「お前、自分の機体を作った会社も覚えてないのか?」
「飛ばすのに会社名がいるか?」
「整備班の前では絶対言うなよ」
「アークライト・オービタル・エンジニアリングです」
パティが補足した。
「AOE。地球圏に本社を置く宇宙機メーカー。グラディヴスは同社火星支社を中心として設計、製造されています」
「ほら、知ってるだろ?」
「今、私が言いました」
「二人で一人みたいなもんだよな、相棒」
「その認識には複数の問題があります」
「チッ」
エレナがグレアムを指差した。
「機体を調べるのは分かったけど、なんでこいつまで?」
「操縦者だからだ。機体ログだけじゃ分からない部分がある。何をしようとして、どう操作して、どういう判断で負荷を掛けたのか。本社側が直接聞きたいそうだ」
「ログ見ればいいだろ、んなもん」
「ログに『グレアムが何となくいける気がしたので実行』とは出ないからだ」
「そんな操縦してねえよ」
パティが顔を向ける。
「類似する判断は複数回確認されています」
「裏切り者」
「事実です」
マーカスが会議室の入口へ視線を向けた。
「それと、今回、火星支社から設計側の人間も同行する。どうぞ」
ドアが開いた。
一人の女性が入ってくる。
作業服に近い簡素な服装。片手には端末。
会議室に入るなり、彼女はまずグレアムを見た。
「あなたがグレアム・ヴェイル?」
「そうだけど……」
「12G出した人?」
「……必要だったんだよ」
女は短く息を吐いた。
「その直後に4,000km飛んだ?」
「救難だったからな」
「貨物船にぶつかった?」
「向こうから来たんだよ」
「巨大構造物を四点同時に支えた?」
「あれは他に手がなかった」
一つ答えるたび、女の眉間の皺が深くなっていく。
「なるほど。報告書が嘘じゃないことだけは分かった」
「初対面でひでえな」
「エイドリアン・ケラー」
女が名乗った。
「AOE火星支社。グラディヴス設計主任」
グレアムは一瞬黙った。
「……あんたがあれ、作ったの?」
「そうよ」
グレアムはパティを見る。
「お前、知ってた?」
「はい」
「裏切り者」
「意味が分かりません」
ケラーの視線がパティへ移る。
「久しぶり、No.003」
「お久しぶりです、ケラー主任」
今度はグレアムが止まった。
「なに、お前ら知り合いなの?」
「開発時に複数回接触しています。あなたが前席搭乗員へ選定された時点で、機体の主要開発工程は終了していました」
「……俺だけ初対面か。開発が終わってたのは知ってるけどよ」
グレアムは改めてケラーを見る。
「なんか釈然としねえな」
「こっちもよ。作った機体が完成した途端、知らない男に渡されて、次にまともなデータが来たと思ったら12G出してるんだもの」
「ちゃんと無事に帰しただろ」
「それを言われるのが一番腹立つのよ。壊れてれば『使い方が悪い』って言えるのに、帰ってくるから設計側が間違ってなかったことまで証明される」
「設計主任が言う台詞か、それ」
「設計者っていうのは、自分が正しかったと分かると次はもっと無茶な設計を始めるの」
「嫌な人種だな」
「自覚はあるわ」
エレナが小さく笑った。
「なんかグレアムと相性良さそう」
「どこがだよ」
「面倒臭いところ」
「おい、コラ」
マーカスが書類を閉じた。
「さて、顔合わせも済んだな。ケラーは機体側の検査立ち会い。グレアムとパティは運用側のヒアリング。出発は予定通りだ」
「拒否権は?」
「ない」
「だと思った」
「じゃ、土産よろしくね」
エレナが言った。
「……何がいい?」
「休暇」
「地球に売ってたらな」
「二週間分」
「高えよ」
「当然、経費で」
「エレナ、却下だ」
マーカスが即答した。
「ちょっと、まだ申請してないんだけど?」
数日後。
「……ひどい姿だな」
「輸送状態です」
「分かってる」
グレアムは貨物区画の観察窓越しに、固定されたグラディヴスを見上げた。
四本の推進モジュールは中央船殻に沿って折り畳まれ、大型の輸送フレームへ固定されている。
推進剤は輸送規定に従って減らされ、主系統も停止。普段なら僅かな入力にも反応する巨大な機体が、今は完全に荷物だった。
船体側の表示には貨物管理番号まで付いている。
『大型特殊機械 固定確認』
「大型特殊機械」
グレアムが読み上げる。
「分類上は適切です」
「夢がねぇな」
「輸送分類に夢は必要ありません」
「お前、自分が乗ってる機体を荷物扱いされて何とも思わないの?」
「グラディヴスに感情はありません」
「グラディヴスの話じゃなくて、お前の気分の話だよ」
「では、グレアムが何とも言えない気分になっているのを眺めている気分です」
「俺の実況をしろとは言ってねえ」
少し離れたところで、ケラーが作業員と固定状態を確認している。
火星で見るグラディヴスとは違う。荷物にされた姿は、思っていた以上に大きな機械に見えた。
「自分で飛んでいければいいのにな」
グレアムが呟く。
「無理よ」
いつの間にかケラーが隣へ来ていた。
「一応AEドライブがあるだろ?」
「あるからって惑星間輸送船にはならないわよ。電力、熱、乗員の生活、故障時の冗長性。何週間も単機で航海するようには作ってない」
「でも、行けないわけじゃない」
「『行ける』と『まともな運用』は別よ」
「パティと同じこと言うな」
「彼女の認識が正しいのよ」
パティが二人の間へ顔を出す。
「合理的な判断が一致しているだけです」
「二対一になったよ……」
「ほら、諦めなさいな」
惑星間航行の大半は、退屈だった。
それは良いことでもある。何週間も掛かる旅で、毎日何かが起きていたら困る。
船は低加速を続け、航程の中盤を過ぎれば地球へ向けて減速へ入る。
グレアムには操縦席もない。任務もない。
何度か貨物区画へ行き。
グラディヴスを眺め。
何度かパティに「異常ありません」と言われ。
そのうち、自分でも何を確認しに行っているのか分からなくなった。
「……超絶、暇だな」
「現在、私達へ割り当てられた作業はありません。本社ヒアリングに備えて、過去の運用ログを再確認できますが」
「……仕事以外がいい」
「休息を推奨します。船内には運動施設、映像設備、共有娯楽区画があります」
「最初からそっち言えよ」
グレアムは食堂の椅子へ身体を預けた。向かいにはパティ。
食事をするわけでもない。ただ、そこにいる。
「別に俺に付き合わなくてもいいぞ?」
「他に優先度の高い行動がありません」
「そういう言い方されると、俺の優先順位がすげえ低そうだな」
「現在選択可能な行動の中では最上位です」
「……ならいいか」
「はい」
その時、隣の席を通り掛かった年配の乗客が二人を見る。
「お二人も地球へ旅行ですか?」
グレアムは一瞬止まった。
「いや、俺達は――」
「出張です」
パティが答えた。
「あら、お仕事。大変ねえ」
「はい」
女性は笑って去っていった。
グレアムはパティを見る。
「普通に答えたな」
「質問内容に問題はありませんでした」
「いや、そうじゃなくて……何でもない」
パティはもう一度窓の外へ視線を向けた。
こうしていると、グラディヴスの後席AIには見えない。
同じ船に乗って、同じ場所へ向かっている。ただの同行者に見えた。
それを言えば面倒な説明が始まりそうなので、グレアムは黙って飲み物へ口を付けた。
地球圏へ近づくにつれて、景色は変わった。
「……物が多いな」
グレアムの最初の感想は、それだった。
青い地球そのものではない。その周囲だ。
軌道上の施設。
船。
発電設備。
居住区。
貨物拠点。
曳船。
作業艇。
火星にも同じ種類の物はある。だが数が違った。
「右前方、見える?」
いつの間にか後ろにいたケラーが言った。
「あの長いやつか?」
「その奥よ」
グレアムが表示を拡大する。
巨大な構造物が三つ並んでいる。
中央には船体らしきものが固定され、周囲を無数の作業機が動いていた。
「造船所?」
「大型軌道船渠なのよ」
「三つも?」
「四つよ」
「三つだろ」
「よく見て、右端」
よく見ると、さらに外側。まだ骨組みだけの巨大構造物が組み上げられている。
「……増やしてんの?」
「足りないからね」
グレアムはしばらく何も言わなかった。
火星なら、大型船渠一つで何年も政治と予算の話になる。それが三つ動いていて、足りないからと四つ目を作っている。
「ごちゃごちゃしてんな」
「それを地球人は文明って呼ぶのよ」
「火星人は?」
「必要な物だけ置く」
「置く物がないだけじゃねえの?」
「言い方」
その時、視界の端を四つの機影が横切った。
「ん?」
輸送船とも作業艇とも動きが違う。
四機。互いの間隔を崩さず、こちらとは別の航路を流れていく。
「クアドリガだな」
「識別出来ます」
パティの視線が僅かに動く。
「OSQ-34【ミレス】。四機」
「軍用か」
「はい」
距離が縮まり、一瞬だけ機体形状がよく見えた。
四肢。
中央船殻。
人型寄りの構成。
左右が綺麗に揃っている。
兵装ラックも、推進器も、外装も。
四機が四機とも同じ姿だった。
「なんか、普通だな」
「何と比較してですか?」
「うちの」
「グラディヴスは先行統合試作機です」
「それにしたって、向こうは真面目そうだ」
「機械の外観から性格を判断するのは適切ではありません」
「お前の見た目に騙された俺に言う?」
「私は騙していません。勝手にそう判断されただけです」
ミレス編隊はそのまま離れていく。
こちらへ干渉するわけでもない。ただ、地球圏の景色の中に存在している。
「格好いいですか?」
パティが突然聞いた。
「は?」
「先ほどから見ていますので」
「まあ、悪くない」
「グラディヴスと比較すると?」
「なんで張り合ってんだよ」
「比較を求めています」
「……グラディヴスの方が面白いな」
「そうですか」
「嬉しい?」
「評価結果を記録しました」
「絶対ちょっと嬉しいだろ? なぁ」
「根拠がありません」
「はいはい」
グレアムは遠ざかっていく機影をもう一度見た。
ミレス。
その名前だけ覚えた。
AOE本社側の工廠は、工場というより一つの街だった。
複数のドック。
組立区画。
試験設備。
資材保管施設。
その間を無数の作業機と人間が行き交っている。
接岸後、輸送フレームごと運び出されたグラディヴスを追っている途中、グレアムは足を止めた。
「……またいるな」
隣接する整備区画。一機のミレスが固定されていた。
外装の一部は既に外され、推進器らしきユニットが整備アームに吊られている。
作業員がそれを取り外す。横から運ばれてきた別のユニットが、そのまま同じ場所へ収まった。
迷う様子もない。
調整も短い。
交換。
確認。
終了。
「あの修理、早いな」
「交換してるだけだからよ」
「同じ部品がそのまま付くんだな」
「付かなかったら量産機として困るでしょう?」
グレアムはケラーを見る。
「ミレスもAOE製なのか?」
「そうよ、看板商品ね」
改めて二機を見る。
一方は地球側の量産軍用機。同じ部品、同じ外装、同じ整備手順。
もう一方。火星からわざわざ運んできたグラディヴスの周りでは、既に何人もの技術者が集まり始めている。
一人が機体図を表示し、もう一人が首を捻り、別の一人がケラーを呼んだ。
「主任。この補助系統、火星側の図面と本社保管版でリビジョンが違います」
「最終変更はこっち。後でログ送るから」
「了解」
グレアムが指を差す。
「……あっちと全然違うじゃねえか。同じ会社なんだろ」
「同じ会社だから同じ物を作るなら、支社なんていらないわよ」
「なるほど」
グレアムはミレスを見る。さらにグラディヴスを見る。
「兵器としては、あっちの方が正しい気がするな」
「だから売れるのよ。ミレスは必要な性能を決めて、必要な数を作って、壊れたら同じ部品に替えられる」
ケラーはグラディヴスを見上げた。
「こいつは、そもそも違うところから始まってるから」
「救難機で、試作機だから?」
「それもあるわ」
「じゃあ何だよ?」
ケラーは少し考えた。
「その話は明日ね。今日は本社側の検査項目を先に終わらせる。構造、MMR、熱履歴、AE、推進系。話を始めたら長くなるから」
「そんな長い話なのか?」
「十年以上前から始めればね」
「俺が乗るより前なのは知ってるよ」
「設計より前の話」
グレアムが眉を寄せた。
「設計より?」
横にいたパティがケラーを見る。ほんの少しだけ、何かを確認するような視線だった。
ケラーは端末を閉じる。
「グレアム。No.001は知ってる?」
「そりゃ知ってるが……」
火星で暮らしていれば、名前くらい誰でも知っている。
生命維持。
インフラ。
物流。
都市機能。
火星社会のあちこちを支える基幹管理AI、それがNo.001だ。
「明日、その話をする」
「今しろよ」
「今日はあなたの機体をバラす方が先」
既に作業員達がグラディヴスへ固定具を取り付け始めている。外部電源が接続され、検査用の表示が機体各所へ次々と重なっていく。
「ちゃんと元に戻るんだろうな?」
「戻すわよ。私たちを何だと思ってるの?」
「俺のおもちゃを奪うカーチャン」
「いい子にしてればすぐ終わるわよ」
ケラーは笑いながら作業員達の方へ向かった。
グレアムはその背中を見送り、その隣に立つパティを見る。
「お前、今の話知ってるのか?」
パティは少しだけ考えた。
「はい。ただし、私が説明するより、開発経緯を知るケラー主任から聞く方が適切です。明日説明があります」
「絶対何か隠してる時の言い方だぞ、それ」
「隠してはいません」
「くっそ……」
グレアムはグラディヴスを見上げた。
地球まで何週間も掛けて来た。
自分の機体を作った人間と初めて会った。
地球で当たり前のように飛ぶ軍用機を見た。
そして、自分が何度も命を預けた機体には、まだ知らない話があるらしい。
出張初日。
グレアムは、自分の機体について知らないことを、一つ減らすどころか、また一つ、増やしていた。




