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ECCENTRIC ORBIT  作者: きんかん


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第28話 もう一つの手

 中継ブイの固定環が、マニピュレーターの先でゆっくり回った。


「そこで保持してください」


 グレアムは入力を止めた。

 ブイの細いアンテナが、画面の基準線に重なる。後席でパティが接続を切り替える間、グラディヴスは同じ姿勢を保っていた。


 フォボス宇宙港で船の推進系異常が続いてから、数日が過ぎていた。

 今日の仕事は、救難用中継ブイの点検だった。応答を確かめ、姿勢を直し、次へ回る。予定表に並んだ順番を、途中で変える必要もない。


「通信状態、正常です。保持を解除して構いません」


 把持部を開く。

 ブイは押し出されることもなく、その場に残った。グレアムは腕を引き、少し離れた位置からアンテナの向きを見た。


「次、どっちだ?」


「進入禁止範囲を避ける形で進路を出します」


「進入禁止? この辺りにそんなもん……ああ、あれか」


 画面の隅が拡大された。

 大きな船が、船首を斜めにこちらへ向けていた。中央の船体から上下左右へ張り出した四つの区画が、黒い宇宙に十字を描いている。

 手前を小型艇が横切った。それが脇へ回り込むまで、グレアムは張り出した区画の大きさを少し見誤っていた。


「はい。アウクシリア級、【トゥテラ】です」


「来てたんだな。もう一隻は地球の方か?」


「【ソスピタ】は地球寄りの航路にいます。こちらは医療資材と交代要員の受け渡しです」


 小型艇の識別表示には、MRSSの名があった。

 通信一覧へ目を移すと、地球側から乗ってきた医療班の引継ぎと、火星側から積む救難資材の確認が続いている。

 トゥテラ自身の所属は、そのどちらでもなかった。船籍を問わず遭難者を拾う、中立の惑星間救難船だ。地球と火星を行き来する二隻に、両方の救難組織が人と物を渡している。


『こちらの点検も終わり。そっちからトゥテラ、見えるか?』


 別のブイを担当していた作業班だった。


「よく見えるぜ」


『航路にあれがいりゃ、最悪でも助けは来るって気になるな』


「ブイのおかげでそれが出来るんだ、ちゃんと直しとけよ?」


『だから今、やってるんだろ!』


 グレアムは笑って、点検記録を送った。

 向こうの完了表示も並ぶ。航路を覆う中継点のうち、今日の担当分が順に点灯していった。


 次のブイへ向けて機体を回す。

 十字形の船影は画面の端へ移り、拡大表示が閉じると、他の船と同じ小さな光に戻った。


 パティが次の作業項目を読み上げた。

 グレアムは接近速度を落とし、またマニピュレーターを伸ばした。




◇




 格納庫へ帰ると、グラディヴスの駐機位置の横に、見慣れない部品が二つ並んでいた。


 細長いタンクに短いノズルが付いている。

 機体の中央船殻へ沿わせる形らしく、取付具の向きまで左右で対称だった。

 その脇に立つケラーが、降りてきたグレアムへ手を上げた。


「お帰り。ちょうどよかった」


 グレアムは顔をしかめた。この顔は、いつも面倒事を持ち込んでくる。


「こっちは良くねえ」


「まだ説明もしてないだろ」


「端末を持ったあんたがここにいるんだから、大体は分かる」


 ケラーは否定せず、端末を起こした。

 画面にグラディヴスの側面図が現れる。左右のタンクが定位置へ収まり、機内から伸びる熱循環の経路につながった。


「ほれ見てみろ。これはTES、Thermal Ejection System。そのまんま、熱投棄システムだ。No.001がこの前の救難ログを見て、停止の原理と要求仕様を組んだ。こっちで実物にした」


 図の脇には、先日の船へ取り付くグラディヴスの映像があった。

 並走し、腕を掛け、機体を固定する。配管へ手を伸ばせるようになるまでにも、対象の推力は掛かり続けていた。


「触る前に相手の出力を落とせれば、取り付く方も楽になるだろ? こっちの熱を相手に押し付けて、オーバーヒートさせるんだ」


 グレアムは端末より、実物の先端を見た。

 短いノズルの口が、機体の前方へ向いている。


「まるで機銃でも撃つみたいだ」


「熱を捨てる装置だが?」


「船に向けて、だろ」


「たまたま投棄方向を選べるだけだが?」


 隣でパティが装備仕様を受け取った。


「登録区分は、補助熱管理・熱投棄系救難装備です」


「ほら」


「まぁ、立派な御題目だ」


 ケラーが端末を操作すると、タンクの断面が開いた。

 中には、熱媒と書かれた領域がある。


「標準型は片側200kg、左右で400kg。熱媒だけの重さだ。交換式だから、使ったら降ろして補充できる」


「中身は水か?」


「シロキサン系の合成熱媒。真空へ出しても簡単には蒸発しないし、絶縁性もある。船体を腐食させず、熱だけ渡して、そこに留まってもらう」


 表示の中で、太い管を流れてきた熱媒がノズルへ押し込まれた。

 通過する時には流れやすくなり、外板に当たると薄く潰れて、再び粘る。


「硬い弾は入ってない。細くまとめても出せるし、広く撒くこともできる。左右は別々に動く」


 パティが、今度は機体側の図を拡大した。

 機内の熱を示す線が、左右のタンクへ分かれている。


「投射する前も使えます。機体各部の余剰熱をこちらへ移せば、高出力運転を続けられる時間が延びます」


「停船装置っていうより、追加の冷却器じゃないか」


「両方だ。熱を抱えておいて、必要なら熱媒ごと外へ捨てる。燃料や電力は増やせないけど、熱で先に動けなくなるまでの余裕は増やせる」


 グレアムはタンクの端から端まで目を走らせた。

 グラディヴスなら、燃料が残っているうちに熱の都合で手を緩めることがある。その時間を後ろへずらせるなら、撃たなくても積む意味はあった。


「ただし、これは機体のMMRで軽くならない」


 ケラーが船殻の外側を指した。


「タンクもノズルも、中身も閉殻領域の外だ。本体を軽くするほど、こっちの重さが利いてくる。3倍の大容量タンクもあるけど、その分デメリットも大きい。今回はこの標準型で合わせる」


「制御への反映は可能です。推進、姿勢、MMRの設定を調整します」


 パティの返答に、グレアムは片眉を上げた。


「お前が頑張れば、重さが消えるってわけじゃないだろ」


「消えません。その分も含めて動かします」


「わかった」


 グレアムはノズルへ目を戻した。


「で、こいつを食らった船は、どう止まる?」


 ケラーは、試験用の小型作業艇を画面に出した。

 外板の一部に色が付き、アンテナとセンサーの周囲が除外された。


「丈夫な外板を選んで、熱を渡す。相手の熱処理が追い付かなくなれば、MMRの効率が落ちる。そこで保護制御に、MMR率と推進出力を絞らせる。焼き切るところまで上げるんじゃない」


「相手が自分で出力を落とすように、熱くしてやるのか」


「そう。船体や冷却系の配置を見て、No.003とFCSで狙点を決める」


「救難モードの初速は100から150m/sです。投射速度と撒き方を、外板が耐えられる範囲へ合わせます」


 グレアムは、仕様欄のその下へ目を止めた。


「……おい、戦闘モードって書いてあるぞ」


「そっちは最大1,000m/s。動く相手へ届くまでの時間を縮める。一射の量も流量も増やさず、速度を上げる。その代わり、反動もポンプの負担も電力も増える。撃つたびに再加圧が必要だ」


「そっちも、熱を渡すだけですって顔するのか?」


「高速で当てれば、外板が変形することはあるだろうけどね。出来て損はないだろ?」


 ケラーは試験項目へ戻した。


「それに、何にでも効くわけじゃない。大きな船なら熱を飲まれるし、MMRを使ってない相手もいる。保護系が壊れていたら、狙いどおりには出力を落としてくれないさ」


「この前の弁が直るわけでもないしな」


「ああ。最後に触って止める仕事は残る。そこへ行く前に、できることを増やしたい」


 それなら、とグレアムはうなずいた。

 追い付けることと、安全に取り付けることは別だった。つかむ瞬間に相手の推力が少しでも落ちていれば、機体にも、その中にいる人間にも余裕ができる。


「あと、非常用の経路もある」


 ケラーが別の線を出した。

 外付けタンクを経由せず、内部冷却系の一部から投射系へ向かっていた。


「タンクの熱媒を使い切った時や、本体が熱限界に近づいた時には、内部の熱媒も捨てられる。ただ当然、その後の本体の冷却能力は削られるがな」


「おい、帰れなくなるやつじゃねえか」


「投棄量によります。最低循環量と乗員保全、帰還に必要な余裕を下回る要求は、制御系が拒否します」


 パティが経路の途中にある制限表示を示した。


「今日は接続と拒否条件の確認までです。内部熱媒は投棄しません」


「それなら、今日は帰れそうだな」


「今日以外も帰ってもらうよ。機体を置いてこられたら困るだろ」


 ケラーは端末を閉じ、取付作業を待っていた整備員へ声を掛けた。




◇




 左右にタンクを付けたグラディヴスは、さっきまでと少し動きが違った。


 試験空域でMMRによる質量軽減率を上げ、指定された推進と旋回を順にこなす。

 普段ならもう動きが収まるところで、グレアムはわずかに長く入力を残した。

 姿勢がそろう。パティの補正値が、脇の表示で更新された。


「外側の分が残るな」


「はい。現在の搭載量に制御を合わせているので、このままキャリブレーションを続けてください」


 高出力運転を続けると、機内からタンクへ流れる熱量が増えた。

 いつもなら出力を抑える目安にする表示に、まだ余裕がある。一方、左右の熱媒の温度は上がり続けていた。


 別画面に、試験監視側から見たグラディヴスが出た。

 赤外線画像では、船体の両脇がはっきり明るい。


「これは随分目立つな」


「タンクが引き受けた熱です。断熱と低放射率処理で抑えていますが、見えなくはできません」


「隠れて仕事する日には向かないか。いや、そんな日はあんのか……?」


『今日はよく見える方が助かる。温度分布、こちらでも取れてるよ』


 ケラーの声が入った。

 グレアムは出力を落とし、試験艇へ機首を向けた。


 無人の小型作業艇が、試験計画に従って航行している。

 独立した遠隔停止系の確認は済んでいた。航路を制限した空域の外縁には回収機が待ち、関係のない船の進入がないことも管制から届いている。


「最初は左。救難モード、収束パルス。初速100m/s、投射量1kgです」


 パティが狙点を出した。

 側面の耐荷重外板だった。センサーの細い支柱は、その範囲から外れている。


 照準は作業艇そのものより、わずかに進行方向へ先行していた。

 そこまで熱媒が飛ぶ間にも、相手は動く。予測位置の横には、届くまでに広がる範囲も重ねられている。


「その板なら、向こうの冷却系へ熱が入るんだな?」


「配置図と照合済みです。投射可能」


 グレアムはトリガーを押した。


 左側から短く、熱媒が放たれた。

 機体がわずかに押し返され、姿勢制御が受け止める。


「保持熱、低下しました」


 まだ、作業艇には届いていなかった。

 機内の計器が先に動き、その後で、光を拾った熱媒が外板に当たった。薄く潰れたものが、板の継ぎ目の手前で広がりを止める。


 閃光も、爆発もない。

 赤外線画像へ切り替えると、飛んでいった熱媒も、外板に残った跡も明るかった。


「……こりゃずいぶんと熱そうだ」


「はい。対象外板の温度、上昇中です」


 変化は一度に来なかった。

 付着した場所から温度分布が広がり、遅れて作業艇の熱管理表示が動く。まだ、航行出力には制限が掛かっていない。


『付着は予定範囲内。次、右側の広角散布へ進めて』


 グレアムは少し横へ回った。

 パティが、外板の広い範囲を囲む。ノズルが開き、次の熱媒は幅を持って飛び出した。


 薄い跡がいくつも付き、つながった。

 一か所の温度を急に上げず、広い面から熱が入っていく。


 計画された短い投射を重ねるたび、TESの熱媒残量が減った。

 その分の熱が機体を離れ、作業艇側の余裕が少しずつ小さくなる。グレアムは二つの表示を交互に見た。


「次、左右同時です。狙点を分けます」


 側面の二つの区画が指定された。

 グレアムが機体を置き直すと、左右のノズルがそれぞれの点を向いた。


「いいぞ」


 今度は二つの反動が重なった。

 グレアムは機体を保ち、作業艇から流れてくる値を待った。


「MMR保護制御、作動。質量軽減率が下がっています」


 同じ推力に対する加速が鈍った。

 続いて、推進出力にも制限が入る。作業艇の噴射が弱まり、計画された低出力状態へ移った。

 船はそれまでの速度を持ったまま進んでいる。グレアムは並走を続け、追加投射を止めた。


「外板の有意な機械損傷はありません。所定の熱負荷と保護制御の作動を確認。こちらの保持熱も、計画どおり減っています」


『確認した。投射試験、終了』


「でもこれより速く発射出来るんだろ? やっぱり武器じゃねえのこれ……」


『熱投棄システムだよ。壊してないだろ?』


「最低威力で壊れたら尚更だろ……」


 グレアムはトリガーから指を離した。

 作業艇の外板には、熱媒がまだ貼り付いていた。回収機が接近し、弱い噴射を続ける船の横へ、無理なく位置を合わせていく。


 この前は、あの位置を取るところから仕事だった。


「まぁ確かに、使い方次第か」


 グレアムは回収機への引継ぎを終え、進路を格納庫へ向けた。




 帰投中、パティが次の勤務予定を開いた。


 航路外縁側の設備点検と、その周辺での救難待機。緊急の呼出しではなく、まだ担当を割り振っているところだった。


「この区域も担当可能です。今の試験結果で、熱収支を計算し直しました」


 往路と作業、その後の帰還までが画面に並んだ。

 以前の構成では、往路の途中から出力を抑え、熱の逃げる時間を取る計画になっている。新しい方では、その区間を短くしても、作業と帰りの余裕を残せた。


「燃料は同じだけか?」


「はい。推進剤と電力の条件は同じです。装備の重さも含めています。ただし、明日の出発前に熱媒を補充し、十分に冷やしておく必要があります」


 パティが、今日使った分を示した。


「……持てるんなら限界まで常に持っておきたいのが人情だが、機体の挙動を考えると二の足を踏むな」


「そうですね。グレアムの感覚次第ですが」


「我慢出来る範囲ではある」


 グレアムは新しい経路の終わりを見た。

 そこまで行って働いても、帰ってこられる。


「ちょっとは遠くまで行けるようになったな」


「マーカスへ、追加の担当可能範囲として送りますか」


「ああ。同時に補充と点検の時間も入れといてくれ」


 パティが予定を送り、帰投経路を前へ戻した。

 その先の航路には、トゥテラの識別表示がまだ残っていた。こちらからは、もうその特徴的な十字形までは見えない。


 グレアムは明日の担当区域をもう一度確かめてから、格納庫への進入許可を求めた。

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