第27話 異物混入
『非常停止、作動しません。予備系も閉止を確認できない!』
船長の声を聞きながら、グレアムは照らされた外板へ機体を寄せた。
船首の向きは安定している。回転を追う必要も、進路を横へ押し出す必要もなかった。ただ、止まるはずの加速が続いていた。
「船内の固定は?」
『全員、済んでいます!』
「了解。外から止める。姿勢はそのまま保ってくれ」
相手に合わせて、自機も前へ加速する。
固定点が画面の中で静止した。すでに開いてあるレスキューデータへ目を走らせ、グレアムは固定具を当てた。
「接触。閉じるぞ」
前席へ、固定成立の表示が出た。
グレアムは自機の推力を調整し、支持部へ余分な力が掛からないところを探す。
「主機の停止まで、推力の変化をこちらで受けます。遮断部へ入れます」
パティが作業機構を導いた。
配管の向きも、先端を入れる角度も、近づく前に確認してある。グレアムは手前の構造材を避け、燃料側を挟んだ。
圧潰を始める。
船体を押し続けていた力が弱まり、固定部の荷重が変わった。グレアムも、自機の出力を落とす。
「流量低下。燃焼室圧力、低下しています」
前席の端に、管制への送信表示が点いていた。今起きた停止不良の記録が、先行6隻の資料へ追加されていく。
パティの報告に、船長が何か言いかけた。
グレアムは、まだ配管から手を離さなかった。
残っていた噴流が短くなり、消えた。
「主機停止。上流側の閉止を確認しました」
「下を切る。船長、再起動はしないでくれ」
潰した部分を保ったまま、その先を切り離す。
供給の再開も漏出もないことを確かめ、グレアムは作業機構を引いた。
相手の船は、得た速度のまま進んでいた。
航路図の予測線は、もう先へ先へと伸び続けてはいない。パティが現在の運動を管制へ送り、保持を続けるための推力へ切り替えた。
『止まりました。主機、止まっています!』
「ああ。そのまま待っててくれ。曳航を回してもらう」
さっきまで、警告の一つもなかった船だった。
船長が停止不能を告げてから、グレアムはこの船を探す必要がなかった。
「パティ、港の方へ今のも送れ」
「送信しています。先行6隻の補給履歴に、この船の記録を追加しました」
彼女は、作業側の表示を残したまま管制回線を開いた。
「同一設備からLCH4を受けた対象が、新たに停止不能を起こしました。船内の非常系でも完全遮断できず、外部処置で主機停止。重大症状は、引き続き小径の燃料制御系へ偏っています」
『受信した。これで7隻だな』
「はい。同設備の利用船一覧と、未出港船の現在位置も更新しています」
グレアムは、画面の端に並ぶ識別を見た。
事故船の名前だけではない。港内で補給を終え、これから出る船が混ざっていた。
「そいつらを飛ばすな。出てからじゃ、全部に追いつけねえ」
『宇宙港管制へ回している。補給設備も止める』
MROCCから受領が返り、別の回線が開いた。
港内の運用表示に、使用中だった補給設備の識別が出る。その下へ、停止の指示が付いた。
『該当LCH4補給ライン、使用停止。新規接続は禁止する。接続中の船は、補給系統を隔離し、設備側の確認を待て』
担当者の復唱が続いた。
供給停止。系統隔離。次に接続する予定だった船への待機指示。
グレアムは事故船の固定を保ちながら、その声を聞いていた。
自分たちが潰した配管より、ずっと手前の流れが止まっていく。
『同設備の利用船は、発進許可を取り消す。主推進は使用しないこと。燃料系統の点検が終わるまで待機せよ』
出港待ちの一隻から、問い合わせが入った。
『こちら、切離し準備に入っています。補給は完了、船側の点検も正常です』
『正常表示でも対象だ。切離しを中止し、現在の固定を維持せよ』
返事まで、少し間があった。
『了解。切離しを中止します。接続は維持』
その船の出港予定が、待機へ変わった。
グレアムは表示を一度見て、目の前の船体へ視線を戻した。
今つかんでいる船も、ついさっきまで正常だった。
「船側の点検だけじゃ、まだ通すなよ」
『分かっている。対象船は個別確認が済むまで動かさない』
管制から、補給を受けた船の一覧が返ってきた。
パティが手元の記録と照合する。設備側に残る供給記録と、船側に残る受入記録。同じ一隻が別の欄へ重複していないか、移動した船を見失っていないかを確かめていた。
「補給後の主機使用履歴を重ねます。異常発生済みの7隻と、それ以外を分けてください」
船の印が、港内と港外へ分かれた。
港外の七隻には、それぞれの停止状態と引き渡し先が付く。港内の船は故障を報告していないが、出港を待つ欄から外されていた。
補給後、まだ主機を使っていない船。
接続を保ったまま、作業を止めた船。
噴射予定を取り消し、管制から次の指示を待つ船。
受領確認が埋まっていく。
『対象船には点検班を回す。系統を隔離したうえで、必要な船は推進剤を抜き取る。設備の分解は安全部門へ引き継ぐ』
「こちらの補給記録との照合、完了しました。対象船の現在位置に未確認はありません」
パティは、最後まで残っていた欄を閉じた。
新しい救難要請は入ってこなかった。
代わりに、回収側の到着が告げられた。
『これより取り付く。固定位置を送ってくれ』
グレアムは、空けていた側を確認した。
作業灯が向こうの外板へ届き、回収機の先端がゆっくり降りる。パティが圧潰した場所と切断位置、船側で使える系統を送った。
相手の固定が成立した。
支持を渡し、荷重が移るのを待ってから、自分の固定具を開く。
『引き取り完了。こちらで保持する』
グレアムは船体から離れた。
握り潰した部分の周囲には、作業前と同じ外板が残っていた。
『ありがとうございました。まさか、うちまで同じことになるとは……』
「まだ終わりじゃないぞ。主機は点検が済むまで使わないでくれ。後の人にも、同じことを聞かれると思う」
『はい。記録は残してあります』
「頼む」
回線を返し、グレアムは機体の状態を確かめた。
推進剤は減っていた。熱も残っている。帰還の余力を見てから、作業姿勢を解いた。
「結局、何隻だ」
「外部遮断が4隻。船内の保護機能、予備系で停止したものが3隻です。未発症の対象船は、この7隻には含めていません」
「……四隻か」
グレアムは操縦桿から片手を離した。
指を伸ばすと、同じ形で握っていたことが分かった。
「対象設備の停止を確認。利用船の発進停止も完了しています。これから事故調査側が、設備と船の燃料系を照合します」
「じゃあ、俺達はここまでだな」
「原因そのものは、まだ特定できていません」
「ああ。だから記録は全部渡してくれ。どの部品が壊れたかは、そっちで調べてもらう」
パティが転送先を切り替えた。
停止指令と実流量。接触前の船体の動き。外部遮断の開始と、主機が止まった時刻。
グレアムも確認を入れ、処置の記録を送った。
「今回は、補給履歴まで調べましたね」
「次に飛ぶ奴がいたからな。あれを見なきゃ、どいつを止めればいいか分からなかった」
「今は、その船が港に残っています」
「なら、間に合った」
グレアムは帰路を選んだ。
航路図には、港で点検を待つ船の印が残っていた。
管制から、帰還経路の指示が届いた。
彼はそれを復唱して、推力を掛けた。
◇
後日、事故調査部門から報告書が届いた。
控室の机へ端末を固定し、グレアムは添付画像を広げた。
暗い背景の上に、薄く、不揃いな破片が並んでいる。画面では大きく見えるが、横に置かれた尺度は、その小ささを示していた。
「これが、入ってたのか」
「複数の船から、同じ系統の樹脂片が検出されています。発見された位置と量は、それぞれ違います」
隣のパティが、事故調査側の比較図を開いた。
グレアムは、救難時に見た船の外形を探した。高速連絡船。回っていた旅客船。港の作業船。そして、最後に追いついた一隻。
今度は外部遮断部ではなく、船の中の燃料系統が拡大された。
「外部処置を行った4隻では、弁が閉まる面や、弁を動かすための細い流路、流量を調整する機構の周辺から見つかっています。閉止を妨げる位置です」
閉じるはずの面へ、破片が挟まっていた。
別の船では、細い通り道に残っている。グレアムは、あの時画面に並んでいた指令と実流量を思い出した。
止める信号は、届いていた。
「自分で止まれた方は?」
「船側のフィルターで捕捉されたものや、太い流路に残ったものがあります。異物が残っていても、予備遮断弁より上流で留まり、別の弁で供給を切れた船もありました」
大型船三隻の図が並んだ。
同じ大きさの破片を重ねると、流路に対して占める割合が変わる。ただ、径だけを比べても、閉じた弁と閉じなかった弁のすべては揃わなかった。
「量も形も違います。どこまで流れたか、弁の構造、主機の使用履歴も影響しています。今回、大型船が自力で止まれたことは、次も止まれるという意味ではありません」
「小さい奴から見たのは、外れてなかった。だが、でかい奴を外しちゃ駄目だったわけだ」
「はい。発進停止は、船の大きさで除外せずに掛けています」
グレアムは頷き、次の画像を開いた。
船から集めた破片の隣に、設備から取り外された部材が置かれていた。
縁が欠け、表面の一部が剥がれている。
「補給設備に使われていた、極低温用のポリマー部材です。ここから脱落した微細片が、LCH4と一緒に船へ渡っていました」
調査報告には、部材の損傷と、各船で回収された破片の組成が対応付けられていた。
さらに補給時刻と故障箇所が重なる。同じ設備を使ったというだけの線が、現物を介してつながっていた。
「燃料の検査は、通ってたんだろ?」
「供給元側の燃料分析は正常です。上流のフィルターにも異常はありませんでした」
パティが設備図を出した。
燃料が送られ、濾過され、船へ渡る。その経路の途中に検査の記録が付いている。
損傷した部材の印は、その先にあった。
「ここで、最後のフィルターを通過しています。破片が出たのは、それより下流です」
グレアムは指で流れを追った。
濾過された燃料が部材の横を通り、船の接続口へ向かう。途中で入ったものを、もう一度捕まえる設備側のフィルターはなかった。
「燃料を調べたところより、後で混ざったのか」
「はい。補給を受けた時点で、船側へ持ち込まれています」
冷やされ、また温度が戻る。
圧力が掛かり、抜ける。接続と切離し、機械の作動が繰り返される。
報告書の使用履歴には、それまでの運用が並んでいた。部材はその中で少しずつ傷み、微細片を落とすようになっていた。
船型も、運航会社も、整備を受けた場所も違う。
それでも、補給する時には同じところを通る。
グレアムは、最後の結論を読んだ。
補給設備部材の劣化による異物混入。
その異物による、船側燃料制御系の作動不良。
各船の故障位置、回収された異物、設備の損傷、補給履歴を突き合わせた結果だった。意図的な混入や破壊工作を示す痕跡はなく、設備部材の劣化による事故と結論されている。
「誰かが入れたわけじゃ、なかったんだな」
「はい」
グレアムは椅子へ背を戻した。
小さな破片の画像が、目の前に残った。
先に船の中を調べていたら、この破片を見つけるより前に、別の船が出ていたかもしれない。
「元を止めておいて、よかった」
パティは、報告書に添付された設備の状態を出した。
使用停止の表示は、まだ解除されていなかった。
グレアムは記録の保存を確認し、端末を閉じた。
休憩区画の画面でも、同じ事故を報じていた。
補給設備の映像に、立入を制限する表示が映っている。
その向こうでは、別系統の補給作業が続いていた。誘導に従って船が移り、空いた場所へ次の作業機が入る。
『――フォボス周辺で発生した7隻の推進系異常について、調査では、特定の補給設備の部材劣化が原因と結論されました。破壊工作を示す証拠は見つかっていません』
画面の下に、ニュースのSNSアカウントへ寄せられた言葉が流れた。
また事故?
同時に何隻も壊れるものなのか?
メルクリウスも、本当に事故だったのか?
グレアムは、その名前のところで足を止めた。
パティも隣で画面を見る。
貨物船の衝突未遂と、ミスリル工場の破壊工作。記事には、それらを振り返る項目も付いていた。
メルクリウスの失われた後部と、燃料の通り道に残った小さな樹脂片が、同じ画面に並んでいる。
「メルクリウスとは、原因が違います」
「ああ。社会が不安になると、こういう奴が出てくるんだよ」
グレアムは、さっき見た設備図を思い出した。
どこを通って、何が船へ入ったのか。調べた側は、一つずつ線をつないでいた。
事故原因は疑う余地のない、論理的なものだ。
画面の前にいた男が、隣へ声を掛けた。
「俺、明日乗るんだけどなぁ〜」
「遅れは出てるらしいぞ。運航の方、確認したか?」
「した。今のところ予定どおりだってさ」
男はそう答えたが、すぐには立ち去らなかった。
グレアムは二人の前を避けて、その脇を通った。
休憩区画には、いつもの往来があった。
飲み物を受け取る者も、呼ばれて仕事へ戻る者もいる。画面を見ずに通り過ぎていく者もいた。
パティが、手元でニュースの本文を開いた。
「こちらには、濾過部より下流で混入したことも書かれています」
「残しておいてくれ。聞かれたら、見せられるようにさ」
「分かりました」
出発予定を知らせる案内が流れ始めた。
グレアムは通路へ出る前に、もう一度だけ振り返った。
男が、端末を顔の前へ持ち上げた。
「……やっぱり、予定どおりだな。大丈夫かなぁ」
傍らの連れも、その画面をのぞき込んでいた。




