第23話 プロフィール
グラディヴスが最後に撃たれたところで、映像が止まった。
グレアムは腕を組んだまま、画面の中の自分を見ていた。
何度見ても、4番機の射線は変わらない。
「ここまでを、一続きの評価として記録します」
担当者が結果を閉じた。
単機比較ではグラディヴスの勝利。
続く複数機評価では、途中で加わった増援を含め、ミレス四機のうち三機に撃墜判定。最後の一機がグラディヴスを止めた。
「二機のままで終わらせた結果は、取れていません。その点も明記します」
「そこは頼むぞ」
隣でケラーも頷いた。
条件変更に文句はあった。だが、撃たれた記録を消したいわけではなかった。
画面が、右前肢の動きへ切り替わる。
銃の指向を残したまま、機体が別の方向へ加速していた。
「外部装備の認識から、姿勢制御、射撃判断までのつながりは確認できました。後席から前席へ提示した情報も、こちらの記録と照合済みです」
パティが、自分の端末で同じ箇所を開いた。
「次に、支援系統について確認させてください。No.003は、今回の判断をどの範囲まで独立して行っていますか?」
「私が観測情報を整理し、機体制御を組み立てています。進路と射撃の最終判断はグレアムです」
「No.001側から判断を受け取っているわけではない?」
「はい。今回の運用は私自身の処理です。また、私は基本的にはスタンドアロン型なので、コアシステムと常時接続をしているわけではありません」
グレアムは腕を解いた。
担当者の画面から、機体図が小さく退いていた。
「運用中の判断履歴や、前席とのやり取りは、No.001へ同期されますか?」
「常時同期はしていません」
今度は、別の担当者が口を開いた。
「では、No.001からの強制命令や、判断内容の上書きは可能なのでしょうか」
パティは少し間を置いた。
「私が確認している範囲に、その実施例はありません。ただし、それだけで不可能とは判断できません」
「製造元だろ。お前にも分からねえのか?」
「私を製造したことと、私がNo.001の内部をすべて把握していることは別です」
グレアムはパティを見た。
彼女は困った顔をしてはいない。分かっている範囲を、そのまま答えていた。
「No.003相当の個体を、追加で製造できるかについては?」
「私が製造・起動された実績はあります。今後どの程度まで製造できるかは、私からは確定できません。データが不足しています」
端末へ、未確認という記載が入った。
「No.001そのものに異常が起きた場合、外部から隔離や停止を行う手段は確認されていますか?」
グレアムがケラーを見る。
彼女は、机の上の資料を少し戻した。
「こちらが持っている資料も、あなた達と同じよ。存在と実績は分かっている。内部構造や、外から確実に止める方法までは確認できていない」
「ええ。今回、何か追加で確認されたことがあるかも含めて、整理しています」
「俺達が見てきたのは、こいつがどう動くかだぞ」
グレアムがパティの方へ顎を向ける。
担当者は頷いた。
「その実績が、想定していた以上でした。高い能力を持つ支援AIと、それを作った基幹システムについて、どこまで分かっていて、何が分かっていないかを確認したいんです」
分からないという返事は、何度か続いた。
同じ言葉でも、そのたびに別の欄へ記録されていく。
「地球圏側で、同じ能力を再現する場合はどうでしょう」
次に開かれたのは、グラディヴスの構成図だった。
戻ってきたと思った図の横に、No.003の欄が置かれる。
「機体をもう一機作る話と、今回と同じ運用が出来るかという話は、分けてちょうだい」
ケラーが言った。
「機体側なら製造工程を洗い直せる。でも、同じ部品を揃えれば、今の前後席まで付いてくるわけじゃない」
「No.003をこちらで作れないなら、No.001自体を複製して、作らせる方法は?」
グレアムは、目だけを質問者へ向けた。
ケラーも、すぐには返さなかった。
「複製できるかどうかが、まず未確認ね。それが出来るとして、どこへ置くつもり?」
「地球圏の基盤に接続して、同じように機能させることを考えています」
「接続先の方を、同じに出来ますか」
資料を確認していた担当者が顔を上げた。
「地球にもAIはあります。医療、物流、交通、企業や軍。それぞれ、長く使ってきた仕組みと結び付いています。データの形式も、認証も、誰が操作してよいかという権限も同じではありません」
並べられた項目を、グレアムは眺めた。
「全部つなぎ直すのか?」
「火星と同じ範囲で働かせようとすれば、接続するだけでは済みません。古い設備を残して動かす期間も必要ですし、切り替えに失敗した時、どちらへ戻すのかも決めなければなりません」
「病院も港も、その間ずっと使うしな」
「はい」
ケラーが、No.001の欄だけを囲んでいた枠を外した。
「火星は、比較的新しい小さな社会を、No.001を中心につないできた。地球は違う。ここのAIを一つ取り替えれば、全部そうなるわけじゃないわ」
古い仕組みを残すのか。
新しい方と並べて動かすのか。
止まった時の責任を、誰が持つのか。
質問の先に、また質問が増えた。
「No.001が危険だから使わない、という話ではありません。複製に成功したとして、そのために地球側をどこまで変えるかです」
担当者は、地球側の接続先を表示したまま続けた。
「費用も、移行中の危険も、今の仕組みを使っている側が引き受ける必要があります」
グレアムは椅子へ座り直した。
自分たちの機体を調べていた時より、画面の中にあるものが、ずっと大きくなっていた。
「なら、社会基盤には接続しない方法ではどうでしょう」
最初に複製の話を出した担当者が、No.001の欄へ戻った。
「隔離した環境で限定的に動かす。今取得できるデータを与え、No.003相当の新しい実装を作らせる。そこまでなら、地球全体の移行を待つ必要はありません」
「検討する意味はあるわね。複製と限定稼働が成立するかを、別に確かめる必要はあるけど」
ケラーはパティを見た。
「ただ、それで今ここにいる彼女が、もう一人出来るとは考えないで」
「私の運用後の経験や、グレアムとの間で得た判断の文脈は、No.001がすべて持っているわけではありません」
パティが言った。
「同じ初期設計の個体が出来たとしても、現在の私と同じではありません」
「そこまで同じである必要はありません」
担当者は、起動初期の運用記録を開いた。
「推力配分、MMR、熱と電力、センサーの統合。初期の段階から、これだけの支援が成立しています。この能力だけでも、十分に検討する価値があります」
グレアムは、今よりぎこちなかった頃の操縦入力を見た。
その時から、後ろにはパティがいた。
「任務を決めるのは人間のまま、操縦者1人の意図を複雑な制御へ展開する部分を使う。その場合、人型の身体まで同じである必要があるかも、分けて考えられます」
「機体に載せる支援機能として?」
「ええ。まずは必要な能力と、再現すべき範囲を整理したい」
ケラーが、その項目を控えた。
パティも記録を閉じずに聞いていた。
部屋を出ると、グレアムは首を回した。
「はぁ、かったりぃ……。なんかよ、途中からグラディヴスの話じゃなくなってなかったか?」
「途中からではなく、後半の大部分です」
「だよなぁ?」
パティの隣で、ケラーが端末を抱え直した。
「あれだけ動けば、その支援をしてる相手と、それを作った相手まで気になるでしょうね。理屈は分かるわ」
「で、本音は?」
「設計主任を呼んだんだから、もう少し機体の話をしてほしかったわね!」
グレアムは短く笑った。
「俺も、飛び方の話ならもう少し出来たぞ」
「その話は、これからよ。救難屋に初めて銃を持たせて、ミレスを三機落とすところまでは想定してなかったんだから」
「俺だって、そんな使い方する予定はなかったよ」
「持たせたら動いた理由を、ちゃんと整理するわ。動いてよかった、で済ませないでね」
返事をする前に、次の確認項目が送られてきた。
返却用の保持具に、模擬銃が収まった。
右前肢のマニピュレーターが開き、整備員が引き取っていく。貸与の記録に返却確認が入り、試験用の設定が終了処理へ移った。
グレアムは観察窓から、空になった把持部を見上げた。
火星から持ってきた作業装備は、輸送のためにまとめられている。
「返す物は、これで全部か?」
「はい。運用記録の引き渡しも完了しています」
「よし。帰るぞ」
「輸送の準備が終わってからです」
「分かってる、とっととやっちまおう」
グレアムは、帰りの予定を開いた。
輸送船が地球圏を離れてからも、パティの端末にはミレスが映っていた。
グレアムは飲み物を持って、その隣へ座った。
「まだ撃たれたところを見てるのか?」
「最初の試験から比較しています。グレアムは、試験中に戦闘行動への適応速度を上げています」
「嬉しくねえ評価だな」
「慣れていない表示を確認する時間が減り、相手の運動と自分の進路を一緒に判断するようになっています」
画面の中で、グラディヴスが射線を外した。
今度は、最初の単機戦だった。
「慣れないままじゃ撃たれるからな」
「はい。ただ、判断に使っているものには、救難時との共通点があります」
「そりゃな、俺にはそれしかねえもの」
グレアムはカップを置いた。
相手が動く先へ、機体を運ぶ。手を出すために残すものと、諦めるものを決める。
「次は、いつもの仕事に使いたいぜ」
「帰還後の予定も、すでに届いています」
「それは……もう少し後でいいや」
パティは予定の通知を端へ寄せ、再び運動の記録へ戻った。
MRSSの格納庫で、エレナはグラディヴスより先にグレアムを見た。
「で? 何機落としたの?」
「なんで勝った前提なんだよ」
「え、負けたの?」
「……最後はな」
「単機戦で1機。続く複数機評価で3機。合計4機へ撃墜判定を与えています」
パティが答えた。
エレナの隣で、ダリオの手が止まる。
「……機体の検査じゃなかったんですか?」
「俺も最初はそう思ってた」
「いったい何を検査してきたのよ、あんた達」
「そこはAOEの本社に聞いてくれ。ほれ、見るか?」
グレアムが荷物を置くと、ダリオは笑いながら記録の一覧を受け取った。
「複数機評価は、最初から4機ですか?」
「2機で始まって、1機落とした時に2機追加だ。こっちは聞いてねえ」
「途中で?」
「そう。そのまま続きだ」
ダリオは指で時刻を追った。
少しだけ、顔から笑いが消える。
「残った機体が、増援とすぐ組み直したんですね」
「ああ。数が減っても、その分だけ楽になるわけじゃなかった」
「あとで動きも見せてもらえます?」
「自分で乗りに行くなよ」
「……まだ何も言ってませんよ」
「目が言ってんだよ」
エレナが、ダリオの端末を横から覗いた。
「見るだけにしておきなさいよ。こっちは、留守番の報告も残ってるんだから」
グレアムは荷物を持ち直した。
目の前の台には、次の勤務で使う保持具と回収容器が並んでいた。
パティが確認を始める。
グレアムも、手近な固定具を引き寄せた。
「こっちの確認からでいいか?」
「はい。次はその隣です」
いつもの順番だった。
グレアムはその作業が、自分を日常へと戻してくれているように感じていた。
パティ宛にノーラから連絡が来たのは、帰還後の仕事が一段落した時だった。
彼女は端末を見てから、グレアムへ顔を向ける。
「ノーラさんから、お食事の誘いが来ています」
「ノーラ? ……ああ、あの時の」
グレアムは自分の端末を置いた。
「いつの間に連絡先交換してたんだ?」
「先日、事故後の手続きでステーションへ来ていた時に再会しました。その時です」
「へぇ、そうだったのか」
パティは、予定を確認していた。
グレアムが何か言う前に、空いている日を選ぶ。
「会いに行くのか?」
「はい。前に観た映画の話も、まだしていませんので」
グレアムは、食堂を出た後の通路を思い出した。
古い喜劇の紹介を見て、ノーラが笑っていた。
「お前、結局あれ、気に入ってたもんな」
「グレアムも一緒にどうですか。映画は一緒に観ましたし、食事もしますよね」
「食事はするけどよ。その誘い方はどうなんだ」
「では、ノーラさんに3人でよいか聞きます」
「まだ返事してねえぞ」
パティが入力を止め、こちらを見た。
グレアムは、空いている日を確かめた。
「……ああ。行くよ」
端末の向こうで、返事がすぐに戻ってきた。
待ち合わせの通路で、ノーラは先に二人を見つけた。
「お帰りなさい。お仕事で地球まで行かれてたんですね」
「行かされてきた、の方が正確だな」
「ふふっ、そんな言い方しなくても」
ノーラが笑う。
パティは淡いブルーグレーの袖を直し、小さく頭を下げた。
「誘っていただいて、ありがとうございます」
「私も、お話したかったんです。今日はこっちへ行きませんか。前の店より少し奥なんですけど」
旅客の流れを外れ、商業区の通路へ入る。
グレアムは、並んで歩く二人の少し後ろをついていった。
ノーラが店を指し、パティが入口を見る。
席へ着くと、ノーラはメニューをパティへ寄せた。
「前に、パンと合わせた方がおいしいって言っていましたよね。ここのも、試してみてください」
「では、それにします」
パティが皿を選ぶ。
グレアムも注文を済ませると、ノーラが少しためらってから口を開いた。
「そういえば、前から少し気になっていたんですけど」
「何だ?」
「前のお昼の時、グレアムさんが、食べるのかって聞いていたでしょう。何か、食事に制限があるんですか?」
「ああ、逆だよ。こいつ、食わなくても平気だから」
ノーラがパティを見る。
「私は電力で動いていますので。食事は通常の補給に必要ありませんが、食べることは出来ます」
「……そうなんですか?」
「はい。No.001によって製造・起動されたP.A.T.I.実働個体、No.003です。グラディヴスでは後席を担当しています」
ノーラの目が、少し大きくなった。
それから、確かめるようにパティの顔を見た。
「No.001って、火星の……。パティさんが、No.003?」
「はい」
「……名前は聞いたことがありました。でも、こうして一緒に食事をしていたなんて」
料理が届き、ノーラが卓の上を空けた。
パティの前へ置かれた皿から、湯気が上がっていた。
「じゃあ、今日は味を確かめるために?」
「それもあります。ノーラさんとお話もしたかったので」
ノーラは、持ち上げかけたスプーンを置いた。
「……そう言ってもらえると、誘ってよかったです」
グレアムは自分の皿へ手を伸ばした。
パティも、パンを小さくちぎっている。
「あの時、降りている間に話してくれたのも、パティさんだったんですよね」
「はい。皆さんの返答を、前席のグレアムへ伝えていました」
「ニュースでグラディヴスの名前を見ると、お二人のことを思い出すんです。あの船が来てくれたんだなって」
ノーラはパティを見て、少し笑った。
「でも、No.001が作った人だったとは思っていませんでした。前には、映画を観に行く人だと思っていたので」
「映画も観ます」
「ええ、そうですよね。それで、どうでした? あの映画」
パティが一度、グレアムの方を見た。
グレアムは口の中のものを飲み込んだ。
「俺を見なくていいだろ」
「主人公が、説明を増やすほど疑われるところが面白かったです」
「あそこ、私も好きです。黙っていればいいのに、格好をつけようとするから」
「黙ってても疑われる奴はいるんだ」
「今は映画の話ですよ?」
ノーラが言い、パティが頷く。
グレアムはパンへ手を伸ばした。
話は映画の失敗から、買い物の失敗へ移っていった。
前に買ったカップの話になると、パティが淡い緑色、と覚えている色を口にした。
「今も、あれを使っていますか?」
「ええ。結局、前からあった方を奥へ寄せてしまって」
「順番には使わなかったのですね」
「そうなんです。ちゃんと使い分けようとは思ったんですけど」
ノーラが肩をすくめた。
パティは自分のカップを少し回し、持ち手へ指を掛け直した。
皿が空いてからも、二人の話は続いた。
グレアムは追加の飲み物を頼み、卓の端へ肘を置いた。
やがて店を出ると、ノーラが通路の分岐で足を止めた。
「今日は、来てくださってありがとうございました」
「こちらこそ。また連絡してもよいですか?」
「もちろんです。今度は、別の映画でも」
パティは頷いた。
予定表を開くより先に、返事をしていた。
「はい。楽しみにしています」
◇
帰ってから、ノーラはカップを棚から取り出した。
淡い緑色の持ち手へ指を掛けると、昼間の会話を思い出して少し笑った。
湯を用意している間に、知人から通話が入った。
近況を話し、今日の外出の話になる。
「救難の時にお世話になった人たちと、ご飯を食べてきたの」
『前にも会ったって言ってた人?』
「そう。グラディヴスに乗ってる、グレアムさんとパティさん」
ノーラは椅子へ座った。
「それでね、あのパティさん、コアシステムのNo.001が作ったNo.003なんだって。名前は聞いてたけど、私を助けてくれたあの人だったのよ」
『へえ。そうだったんだ』
「全然気付かなかった。今の技術って凄いのね、言われるまで普通の人だと思ってたわ。前の時はこれから観る映画の話をしてたし。あの二人、なんかお似合いなのよね」
ノーラは、カップへお茶を注いだ。
持ち手は、やはり指にちょうどよかった。




