第22話 仮想戦闘
『次は2機です。二機一組での運用を確認します』
グレアムは、並んだ識別枠を見た。
今回の相手には、1番機と2番機の番号が付いている。
「さっきの倍かよ」
『ミレスの基本的な戦術単位です』
「そっちの基本に合わせるんなら、こっちにももう一機欲しいんだけどな」
「ありません」
後席から即答が来た。
グレアムは息を吐き、右前肢の指向を確かめる。地球側から借りた模擬銃は、先ほどと同じ位置に収まっていた。
『今回はEKS-8も評価に含めます。誘導と損傷は仮想判定です』
「キルサットまで使うのか」
表示の中で、ミレス側の兵装条件が更新される。
MOI-40Cの射撃条件に、誘導体の到達域が加わった。
「砲だけ見てりゃいいわけじゃなくなったな」
「両機の射線と、誘導体の軌道を重ねます」
パティが表示を整理する。
グレアムは、前の試験で自分が選んだ経路を閉じた。
ミレスが離れていく。
片方がこちらの正面寄りに残り、もう片方は横へ広がった。どちらも、ただ距離を取っているわけではなかった。
『準備確認。比較評価を開始します』
先に動いたのは1番機だった。
こちらへ砲口を残し、斜めに距離を詰めてくる。
グレアムがその先へ指向を置くと、横の2番機から新しい軌道が伸びた。
「仮想キルサット、接近」
外部映像には、飛び出した物は見えない。
その上に重なる表示だけが、こちらへ向かって曲がってくる。
グレアムは機体を外へ振った。
誘導体の到達域を抜けようとする進路に、1番機の射線が重なる。
「おい、そっちか!」
加速を別方向へ逃がす。
今度は2番機の砲口が、こちらの進む先を向いていた。
片方を見てから、もう片方を見る。
その間に、最初の相手が次の位置へ移っている。
「……追わせてるのは、こっちだけじゃねえな」
「誘導体を避ける進路を、相手機の射線で押さえています」
パティが、二機の位置関係を前面へ出した。
キルサットの予測軌道はその外側を回り、グラディヴスが横へ抜ける先を塞ごうとしていた。
グレアムは推力を増した。
迫っていた到達域の縁を外す。だが、そこから1番機へ狙いを戻す前に、2番機が指向を合わせてきた。
仮想弾道が走る。
追尾枠を捨て、機体を押し下げる。画面の上へミレスの識別表示が流れた。
逃げることは出来る。
逃げた先で撃とうとすれば、別の相手が待っている。
「パティ、1番機が動いた分だけじゃなくて、2番機が穴を埋めるまでを見せろ」
「両機の予測を揃えます」
1番機が砲口をこちらへ回す。
2番機はその後方へ寄らず、離れた位置から援護を続けていた。
グレアムは、正面の機体へ近づく進路を選んだ。
「1番機へ寄せる」
「2番機の射線が通ります」
「まだ撃てないだろ」
開いていた距離を詰める。
1番機は、こちらの加速から離れる方向へ噴射した。同時に砲口が動く。無理にこちらへ追従せず、狙える距離を取り直すつもりだ。
その動きに合わせて、2番機の射線が回ってくる。
グレアムは、そこまで見てから進路を変えた。
中央船殻を傾け、接近の加速を横へ逃がす。
右前肢は1番機の予測位置へ残した。
1番機が避けた先へ、砲口が向く。
2番機がこちらへ合わせ直す間にも、グラディヴスの横向きの速度は増えていった。
「そのまま。指向を保て」
追尾枠が狭まる。
相手を追って機体を向け直していた時より、射撃条件が早く揃った。
グレアムはトリガーへ指を掛けた。
◇
グラディヴスがまだ二機の射線を逃れていた頃、評価室でケラーは隣の席へ目を向けた。
軍側の立会人が、空域外で待機している二機を指している。
「増援を入れよう。二機編隊のデータは十分取れた」
「まだ決着していません。今変えたら、最初の条件での比較は終えられませんよ」
評価担当者が振り返った。
画面では、ミレスの1番機がグラディヴスから距離を取り直している。2番機の援護射線が、その横へ回り込んでいた。
「その先を確認する。連続した部隊運用の評価へ移る」
「一度区切って、条件を揃えてからでないと正確なデータは……」
「相手は、今日初めて火器管制を使った救難の操縦者だろう。こちらの搭乗員には、まだ出来ることがある」
ケラーは、立会人の指先を見た。
グラディヴスが援護射線から外へ出ようとするたびに、その指が机を叩いていた。
「搭乗員の腕を疑ってるわけじゃないでしょう。比較の条件の話をしてるのよ」
「だから、この条件を追加した上で記録してくれ」
増援への指示が出た。
待機していた二機の航跡が伸び始める。
ケラーは時刻を記録した。
最初の二機はまだ、どちらも撃墜判定を受けていなかった。
◇
ミレスの1番機が、仮想弾道の先で姿勢を変えた。
グレアムは指向を追わせる。
回避方向へ加速しても、すでにこちらから離れようとして付けた速度は残っている。パティの予測が、そのずれを取り込んだ。
命中表示が出た。
次の射撃を重ねる前に、相手の状態表示が切り替わる。
『1番機、撃墜判定』
「まず一――」
「ミレス増援、2機。交戦空域へ入ります」
グレアムは、数えかけた口を止めた。
外側から、二つの識別枠が寄ってくる。
3番機。
4番機。
「なんだそれ。テストになるのか?」
『部隊運用の追加評価へ移行しています。交戦を継続してください』
「先に言えよ!」
返事を待つ間にも、2番機が動いた。
失った僚機のところへ戻ろうとはしない。増援の間へ進路を通し、そのままグラディヴスへ砲口を残す。
3番機が外へ開く。
4番機はさらに離れた位置から、キルサットの仮想軌道を伸ばした。
「残存3機。2番機が接触を続けています」
グレアムは、2番機へ向けかけた照準を止めた。
その先から追えば、3番機の射線を横切る。
進路を外へ変える。
待っていたように、キルサットの到達域がそちらへ伸びた。
「……切り替えが早い」
「2番機との位置関係に合わせています。さっきの回避方向も押さえられています」
グレアムは、さっきと同じ側へ入力しかけた手を戻した。
増援が来たばかりでも、向こうは初対面の飛び方をしていない。
2番機が圧力を掛け、外側の二機が逃げ先を受け持つ。
一つを避ければ、次が来る。
その次を待つ位置へ、もう一機が動いている。
グレアムは射撃を見送った。
「全部は追わねえ。3番機を残せ」
「他2機の射線と到達域を優先表示します」
画面の中心から、二つの拡大映像が外れた。
危険な範囲だけが残る。
3番機は2番機の外側から、こちらへ指向を保っていた。グレアムが右へ抜けようとすれば、そこを押さえられる位置だ。
グレアムはその右へ、あえて少しだけ加速した。
3番機の砲口が追ってくる。
4番機からの誘導体も、そちらへ曲がり始めた。
「戻すぞ。回避機動に乱数を混ぜろ」
パティがモジュールの配置を変えた。
加速の向きが小刻みに変わり、そのたびにキルサット側も予測軌道を修正する。グラディヴスに追従するほど余計な推進剤を使っていく。
3番機の仮想弾道は、まだ右へ進む先を横切った。
曲がってきたキルサットの軌道も、その先へ膨らんでいる。
空いた時間は短い。
グレアムは3番機の予測位置へ銃を向けたまま、2番機の射線を外す方向へ推力を振り分けた。
視界が傾く。指向がそれを追って補正される。
「3番機、回避」
「追う。機体はこのまま」
射撃入力を入れた。
3番機は外へ加速したが、こちらの砲口は、その機動を追い続けていた。
仮想弾道が重なる。
『3番機、撃墜判定』
グレアムは息を吐く間もなく、銃を引き戻した。
空いた場所へ進もうとしたところで、2番機がそちらを向く。
4番機が、別の角度から距離を合わせた。
「残存2機」
「減ったはずなんだけどな……!」
機体を振る。
2番機の射線を逃れた先で、キルサットの到達域が閉じてきた。
押し返せば4番機の砲口が待っている。
グレアムは加速を緩めず、さらに別の方向へ進路を逃がした。
どちらの機体も、落ちた3番機を振り返らなかった。
片方が撃つために、もう片方が動く。
その分担が、さっきよりはっきりしていた。
グレアムが2番機へ寄せれば、4番機は距離を詰めずに外側へ回る。3番機を落とした時と同じように横向きの速度を削ろうとすると、その先へ射線が来た。
覚えられている。
「その減速では、4番機の射撃条件へ入ります」
「だったら上へ――」
「誘導体の到達域です」
グレアムは口を閉じた。
腕を向けた先から、また照準が外れていく。
キルサットを外すために動き、砲を避けるために戻す。
機体はまだ応える。推力を足せば、今いる場所からは抜けられた。
だが、抜けた先で銃を向けられない。
グレアムは、次の回避経路へ視線を移した。
そこも、二機が待てる場所だった。
ダリオなら、どうする。
長く一緒に飛んできた男の機体は、こちらが危ないと思った側へ、もう出ていることがあった。
使えるだけの推力を残したまま、安全な抜け道が見つかるのを待つ奴ではない。
だから、こちらが後を受け持つこともあった。
今は、自分しかいない。
「パティ。逃げる方じゃない」
グレアムは2番機の方へ、進路を引き直した。
外へ離れるのをやめ、その射線を斜めに横切って内側へ抜ける。
「ここを、先に通れないか?」
パティが計算を重ねる。
いくつかあった経路が消え、一つが残った。
「加速を続ければ、2番機が指向を戻す前に内側へ入れます。ただし、その先では4番機に射線を通されます」
グレアムは、二機の位置を見た。
2番機を落としてからも、こちらの速度は残る。その先で回避を始めなければ、4番機へ自分から飛び込むことになる。
「撃ったら、すぐそっちを外す」
「間に合う保証はありません」
「ああ。分かってる」
グレアムは操縦桿を握り直した。
余裕を残して外へ逃げ続けても、二機の射線は崩れない。
「行くぞ」
推力を上げた。
体が座席へ押し付けられる。
右前肢を伸ばしたまま、残る推進モジュールが向きを変えた。中央船殻を傾け、加速と指向を別々の方向へ通す。
2番機の砲口が回ってくる。
グレアムは、その先を横切った。
仮想弾道が、グラディヴスの通った後ろを抜ける。
機体の動きに合わせて右前肢の関節が開き、模擬銃が相手を捉え続けた。
「4番機、指向変更」
「見てろ。こっちは合わせる」
2番機が離れようとしている。
だが、今度はこちらの方が、その回避先へ早く射線を置ける。
グレアムはトリガーを引いた。
相手の姿勢に合わせて指向を送り、仮想弾道を重ねる。
命中。
まだ終わらない。
「もう一度!」
射撃が通る。
相手の状態が、損傷から戦闘継続不能へ変わった。
『2番機、撃墜判定』
グレアムは銃を向け直すより先に、回避を入れた。
4番機の射線が、進路の先へ掛かっていた。
その外側へ、すでに射出されていた仮想キルサットが回ってくる。
「外へは抜けられません」
「なら、下だ!」
パティが推力を振り直す。
体を押す力が変わり、グラディヴスは下方への速度を増し始めた。
それでも、2番機へ踏み込むために付けた速度は消えない。
表示された経路は、4番機の射線を横切っていた。
もう少し、下へ。
グレアムは入力を続けた。
4番機は追ってこなかった。自分の射撃条件を保ち、こちらが抜けようとする先へ砲口を送っていた。
仮想弾道が重なる。
機体状態の図へ、損傷表示が広がった。
『グラディヴス、撃墜判定。評価を終了します』
操縦桿を押す手に、まだ力が入っていた。
グレアムは表示を見た。
射撃の受付は止まっている。4番機へ向き直ろうとしていた砲口の先で、識別枠が交戦終了の状態へ変わった。
「……くっそ!! 行けなかったかっ!」
「はい。戦闘継続不能の判定です」
後席の声は、いつも通りだった。
グレアムはゆっくりと推力を戻した。
実際の機体には、異常はない。
まだ大きく残っている相対速度を、帰投のために削っていく。
勝手に足された二機のことは、腹が立つ。
それでも最後の機体が、自分の先を押さえていたことは変わらなかった。
「思わず熱くなっちまった。あいつ、俺が2番機を追ってる間に待ってたな」
「こちらが選んだ進路で、射撃条件が成立しています」
パティが最後の位置関係を残した。
グレアムは、自分の機体から伸びる経路を目で追った。
2番機の射線を抜け、相手を撃てる位置へ出る。
そこから先に、4番機がいた。
抜けられると思ったところまでは、抜けられた。
「……ダリオの真似は、難しいな」
「最後の進路ですか?」
「ああ。あいつなら、まだ使えるだろって言いそうだった」
グレアムは一度、操作器から指を離した。
「……でも、選んだのは俺だ。あいつのせいじゃない。そこは覚えておけ」
「記録しています」
パティはそれ以上、何も付け加えなかった。
外部映像に、こちらに手を振りながら離隔を取っていくミレスが映る。
先に撃墜判定を受けた機体も、自分の推力で戻っていた。
破片も、救難要請もない。
グレアムは帰投経路を開いた。
次に操作器を握った時には、指の力が少し抜けていた。
◇
評価室の結果欄に、ミレス側の勝利が表示された。
軍側の立会人が、背もたれへ体を預ける。
「止められたな」
「はい。最後の射撃は致命弾です」
評価担当者が判定を確認した。
ケラーもその弾道を追い、次に、結果一覧の表示範囲を広げた。
1番機、撃墜判定。
3番機、撃墜判定。
2番機、撃墜判定。
4番機、戦闘継続可能。
その下に、グラディヴスの撃墜判定が並ぶ。
「投入4機。損失判定3機です」
評価担当者が読み上げた。
立会人は、背もたれから体を戻した。
「増援を受け入れた後の再編は出来ていた。最後に残った機体も、それまでの位置関係を使っている」
「そこは記録で確認できます。ただ、二機編隊の比較は途中で条件を変えています。独立した試験結果には出来ません」
ケラーは、増援投入を決めた時刻へ印を付けた。
その後に、最初の撃墜判定が続いている。
「この連続した条件で止めた、という結果にして。最初から4機で始めたことにも、2機で一度負けたことにもしないでね」
評価担当者が頷く。
記録には、開始時の二機と、途中から入った二機が別々に残された。
味方が作った射線を別の機体が引き継ぎ、相手が抜けた先で、さらに次の機体が待っていた。
それを成立させても、四機のうち三機を失う判定が出た。
「グレアムは今日、初めてだったのよね……?」
ケラーが言うと、評価担当者は射撃制御の使用記録を開いた。
最初の接続確認から、まだ同じ日の記録が続いていた。
立会人は何も言わなかった。
勝利の表示を消さず、その横へ三機の損傷判定を並べていた。




