第17話 ダリオとエレナ
勤務用の端末に、見覚えのある工場が映っていた。
長い中央構造の片側が欠け、そこから離れた破片に識別番号が振られている。火災の時には、赤い警告と救助要請で埋まっていた画面だ。今は白い予測線が、その周囲を静かに通っていた。
エレナは図面を拡大し、マーカスの机の向こうを見た。
「今度は、ちゃんと仕事の依頼なのね」
「今までも仕事だったんだがねえ」
ヴィクターが胸元から端末を取り出す。
「買い物について来るのも?」
「そっちは、あんた達が先だったろう」
隣でダリオが小さく咳払いをした。
エレナは気付かなかったことにして、処理範囲の表示へ目を戻す。
「MNSAからの協力要請だ。施設周辺の残骸整理と、回収作業の安全確保。サルースCで出てもらう」
マーカスが、調査艇の進入予定線を示した。
二件目のテロと認定された低軌道ミスリル合金製造施設には、まだ大きな部材が残っている。手前を漂う破片の予測線が、調査艇の経路と重なっていた。
「回収する物と、動かしていい物の区分は?」
「一覧にしてある。大きい物をどこへ運ぶかも、現地の受け側とは話がついてるよ」
ヴィクターが資料を送り、工場の一角へ枠を付けた。
「それと、この辺り。事故ログを見ると、電力変換設備の周りで安全系に説明のつかん動きがある。制御盤や配線、それから壊れ方のおかしい物。見つけたら、処分する前に知らせてほしい」
「ばらばらになってたら、どこの物かまでは約束出来ないわよ」
「分かる範囲でいい。あんた達が普段見ている壊れ方と違う、それだけでも構わん。位置と状態を残して連絡をくれ。詳しく調べるのはこちらでやる」
「対象には触らず、回収班へ渡すんですね」
ダリオが指定範囲を作業図へ重ねた。
「ああ。俺は基地にいるから、現地班を通して呼んでくれ」
「待てない時は、安全確保を優先しろ」
マーカスが言った。
「動かす前後の状態は残す。だが、必要な処置まで止めるな」
ヴィクターも頷いた。
エレナは処理対象を受信し、最初の候補へ印を付ける。隣でダリオが、そこへ入る経路を開いた。
「じゃ、準備しましょ。今度は付き合いじゃなくて勤務よ」
「ええ。そこは助かります」
先に扉へ向かった背中へ、エレナは軽く目を細めた。
サルースCの後席へ収まると、機内の音がいつもの近さになった。
空調の低い響きに、前席から聞こえるスイッチの音が重なる。エレナは外部作業装備の表示を開き、固定具と索の状態を確かめた。
「後席、準備完了」
「こちらも。出ます」
管制への応答を挟み、機体が離れていく。
エレナは現地から届いた映像へ目を移した。接近までの間にも破片の位置は変わる。受け入れ先の空きと照らし合わせ、作業順を組み直した。
最後の減速を終えると、前方に工場の残骸が広がった。
太陽光を返す外板と、光を吸うような黒い穴。その間に細い骨組みが渡っている。遠目にはつながって見えたものが、近づくと別々に動いていた。
調査艇はその外側で待っていた。
「奥の板より、手前の2番から。そっちが先に出入りと重なるわ」
「もう向けてます」
細長い架材が、作業画面の中央へ入ってきた。
端には折れた配管が残っている。回るたびに配管の先が遅れ、架材より広い範囲を掃いていた。
「配管は掴まない。根元の枠を取るわ」
「右から取れます」
ダリオが回転の外側へ機体を置き、架材の端を通り過ぎさせた。そのまま少し下へ抜けると、エレナが選んだ二つの保持点が同時に見えた。
上側の腕を送り出す。固定具が触れる直前に、残っていた横ずれが消えた。
「取れる」
「どうぞ」
固定具が枠を挟んだ。
反対側も掴み、エレナは荷重を確認する。配管の先は、まだ機体と違う速さで動いていた。
「先を押さえる。それまで回転はこのまま」
下側の装備から索を回す間、ダリオは対象と一緒に回り続けた。配管を支え、固定を知らせてから、初めてその動きが緩んだ。
荷重が増えるたびに推力が一度抜け、先端の振れが小さくなると、また制動が掛かる。
架材が落ち着く頃には、サルースCは受け入れ位置へ向いていた。
「そのまま右へ。固定架台が空いた」
「索を外す側、こちらでいいですか」
「ええ。向こうにも送る」
エレナは固定状態と、解除する順番を回収艇へ伝えた。ダリオが架材を僅かに傾けると、受け側の保持具が索を避けて入ってくる。
荷重が向こうへ移った。機体が戻ろうとする動きも、前席が抑えた。
『受領。固定状態、良好です』
「2番、引き渡し完了」
記録へ時刻を入れ、次の対象を開く。
サルースCはもうそちらへ向き始めていた。
「現物を見て、順番を変えるかもしれないでしょ」
「変わったら言ってください」
折れ曲がった外板の裏へ回ると、取付枠が見えた。先ほどの架材がなくなった分、横から大きく回り込まずに済む。
エレナは次の移送先を出し、戻る向きも合わせて送った。
「この順だと、最後に同じところへ戻らなくて済みますね」
「でしょ。さっき、あっち側が見えたから」
裏の取付枠へ、保持点を置く。
「もう少し上……うん、そこ」
ダリオはもう機体を止めていた。
「言う前に止めるの、やめてくれない?」
「言われてからだと、通り過ぎますから」
「私が遅いみたいじゃない」
「止める場所が分かりやすいんですよ」
返す言葉を考えるより、手を動かす方が早かった。
エレナは取付枠を掴み、外れかけた薄い部分を索で押さえた。固定を終えると、ダリオが機体ごと回転を落とす。
運び出す間に、その奥の骨組みもよく見えた。次の保持点を選び、受け入れ先を確かめる。
処理済みの印が増えていった。
後席で固定を解き終える頃には、次の接近へ向けて機体が動き出す。エレナは戻ってきた腕を畳み、その空間を使って推進器が向きを変えるのを確認した。
奥の骨組みを運び出すと、その陰から黒い箱が現れた。
蓋はなく、側面の一部も失われている。背面の板から配線の束がはみ出し、ばらばらの方向へ先を向けていた。脇には大きな枠材が浮き、箱から伸びた線が、その端の近くを通っている。
「制御盤かしら。先に周りを撮るわ」
ダリオが距離を詰めた。
作業灯が箱の内側へ差し込む。潰れた板金。裂けた被覆。引き延ばされ、細い毛のように広がった導体。
その隣に、短く揃った端があった。
「待って。まだ触らないで」
機体は箱へ届く手前で動きを合わせた。
エレナも伸ばしかけた腕を止め、映像を拡大する。
「配線。束が分かれたところを見て」
「……そこだけ、きれいですね」
周囲の線は長さも切れ方もばらばらだった。被覆ごと潰れたものも、引き抜かれたものもある。枝分かれした一群だけが、ほとんど同じ位置で途切れていた。
「少し左へ。重なって見えてるだけかもしれない」
「回ります」
箱との距離を変えず、機体が横へ滑った。
捲れた側板の陰から、線の先が出てくる。
端は、やはり揃っていた。
エレナは作業灯の向きを変えた。周囲の板金で光る場所が移る。線は側面だけでなく、途切れた面まで黒く変色していた。
「切れた面も焼けてる。周りと同じ壊れ方には見えないわね」
「呼びますか」
「呼びましょ。これ以上は、現物を調べてもらわないと」
エレナは腕を待機位置へ戻した。
裏側も確かめたい。掴める場所は見えている。だが、そのために回してしまえば、今見ている線と枠材の位置関係は失われる。
拡大を戻し、箱の向き、脇の枠材、周囲を漂う小片を同じ画面へ収めた。接近前の記録も呼び出し、手前の外板を除けたところからつなぐ。
「位置と姿勢、出ました。周りも残してあります」
ダリオから届いた記録を重ね、MNSAの現地班へ送った。
「制御盤らしい残骸を見つけました。配線の一部に、周囲と違う切れ方があります。ヴィクターに確認をお願いします」
『了解。そのまま待機してください』
エレナは箱の印を通常の回収一覧から外した。
すぐ脇の枠材も残す。
『エレナさん、聞こえるかね』
ヴィクターの声が入った。
「聞こえるわ。気になったのは、最後の拡大映像。端が揃っていて、そこまで焼けてるように見える」
『この束には、まだ触っていないんだね』
「制御盤ごと未接触よ。手前の物を除けたら見えた。その作業から記録を付けてある」
『助かる。そのまま渡してほしい。線だけ抜いたり、切り分けたりはしないでくれよ』
「分かってるわよ」
『いや、念のためだ。あんた達、仕事が早そうだからねえ』
ダリオが現地班の回収艇を作業図へ出した。
「枠材は残しておきましょう。こちらが退けば、反対から入れます」
エレナは示された経路を追った。こちら側から箱を引けば、線の先が枠に触れる。反対側には、背板を支える余地があった。
「ええ。その方が触らずに済むわね」
『では、そちらから入らせよう。現地班との調整を頼む』
ダリオが経路を送り、機体を引いた。
エレナは回収艇の作業範囲を確かめ、その外側に残った処理対象を選ぶ。
「待つ間に、離れた方をやりましょう。ここへ噴射を向けない経路で」
「出してあります」
進路は箱と枠材を大きく迂回し、回収艇の接近方向も空けていた。
エレナは確認を返し、次の保持点を送った。
外側の部材を移送し終える頃、MNSAの回収艇が入ってきた。
ダリオは箱の側面が見える位置へ機体を戻した。エレナは作業灯を向け、こちらの腕が回収装備へ張り出さないよう畳む。
『背面側から保持します。配線は、隣の枠に掛かっていますか』
「掛かってはいません。ただ、箱だけ回すと触れます。今の向きのまま、そちらへ抜いてください」
側面の映像を送り、線の先端と枠の端を示した。
回収側の保持具が止まる。送った角度を確かめてから、背板を支えた。
箱がゆっくり動き出した。
線の先が、枠材の縁へ近づく。
エレナは操作器に指を置いたまま、二つの輪郭を見続けた。
ダリオが僅かに機体を振った。
重なりかけた輪郭が離れ、線と枠の隙間が見えた。
「今の位置、いいわ」
「維持します」
いつもなら、こちらが固定を終えている。
エレナは指を動かさず、向こうの保持具が背板を送り出すのを見ていた。
隙間が狭くなり、それから広がった。
「抜けた。接触なし」
『確認。収容します』
回収班が容器を寄せる。箱とハーネスが背板ごと収まり、配線の周りに隙間を残して固定された。
透明な蓋が閉じるまで、エレナは記録を切らなかった。
『収容完了。現地での引き渡しを確認しました』
「こちらも確認。回収前後の記録を送ります」
箱のなくなった場所を撮り、残った枠材の位置も添える。
時刻の対応を付け終え、エレナは操作器から指を離した。
ダリオは回収艇が十分に離れるまで待った。
「では、残った枠を」
「もう位置を出してるわよ」
サルースCが、さっき退いた経路から入り直す。
枠の回転に合わせて機体が置かれた。エレナは腕を伸ばし、固定を終える。荷重を確かめると、ダリオが機体ごと回転を落とした。
今度は、途中で待つ必要がなかった。
枠材を移送し、進入経路の端に残った破片を片付ける。受け側へ最後の固定を引き継ぐと、その向こうで調査艇が灯りを点けた。
来た時には外板と骨組みで塞がれていた場所を、誘導線に沿って進んでいく。
エレナは船尾が抜けるまで見届け、完了記録を送った。
『進入経路の確保を確認。MRSSの作業を終了とします』
「了解。帰投します」
ダリオが応答し、機首を返した。
エレナは固定具を収納し、使用した索の状態を記録へ付け足す。
「拾うより、見てる方が肩が凝るわね」
「手を出せませんでしたからね」
エレナはようやく背もたれへ身体を預けた。
作業用の表示を閉じると、画面がずいぶん広くなった。
◇
サルースCを整備班へ引き継いだ後、二人は基地の受入区画へ向かった。
MNSAの回収艇も帰着していた。運搬台には、現場で閉じた容器が載っている。その脇で、ヴィクターが担当者の説明を聞いていた。
「お疲れさん。作業の方は片付いたかね」
「指定範囲は終了しました。調査艇の進入も確認しています」
ダリオが完了記録を示す。
エレナはその横へ、発見から回収までの映像を開いた。
「前後の作業とつながってるから、映ってる物がどこへ行ったかも追えるわ。回収先の受領記録も付いてる」
「ありがとう。こちらの記録と合わせておこう」
容器の窓から、焼けた箱が見えた。
画面で拡大していた配線の束は、箱の片隅に収まっている。エレナは端末をその横へ置き、最初に気付いた角度の映像を出した。
「出所の照合は?」
ヴィクターの問いに、回収担当者が施設の図面を開く。
「残った取付部と配線の配置が一致しました。溶解・保持炉区画と電力変換区画の境界にあった、補機・安全系制御盤です。これは、その多芯制御ハーネスを含む破片です」
図面の中で、細い線が制御盤へつながった。
出動前にヴィクターが枠を付けた範囲だった。
男は容器の窓へ顔を近づけた。
口元に残っていた緩みが、僅かに消える。立つ位置を変え、蓋の反射を避けて、もう一度配線の端を見た。
すぐには何も言わなかった。
「何か分かる?」
「調べる物が出来た。今言えるのは、そこまでだね」
ヴィクターは身体を起こし、担当者へ向き直った。
「このまま正式な鑑定へ回してくれ。現地の映像と、元の位置の照合資料も一緒に頼む」
担当者が頷き、引き渡しの確認を送った。
エレナは時刻と受領先を確かめる。通常の回収物とは別に残っていた、最後の欄が埋まった。
「これでいい?」
「ああ。よく残してくれた。詳しく聞く必要が出たら、また声を掛けるよ」
「勤務中にお願いします」
ダリオが答えた。
「こないだのこと、まだ気にしてるの?」
「次の休みまで予定に入れられたくないだけです」
「そりゃ、すまなかったねえ」
ヴィクターも口元を緩めた。
だが、容器の搬出が始まると、視線はすぐにそちらへ戻った。
エレナは端末を閉じた。
ダリオが出口へ片手を向ける。
「行きましょうか」
「ええ。お疲れさま」
扉の前で振り返ると、ヴィクターは運搬台の脇を歩いていた。
こちらを見物していた時とは違い、もう二人の方を見ていなかった。
エレナはダリオに追いつき、受入区画を出た。




