第11話 見えない危険
「まずは第3区画。外側からだ」
「はい」
中央構造をかすめるように滑る。
止まらず、一つの場所へ留まらない。
外板のすぐ横を抜けながら、光学、赤外、レーダーの情報を拾っていく。
遠目には一つの施設だったものが、近づくほど継ぎ目と傷の集まりへ変わっていった。
「ここ、妙に熱いな」
「ブリーフィング時の値より上昇しています」
「記録。次だ」
「右上へ38度。放熱系の裏側を確認します」
機体が反転する。
グラディヴスが施設の影へ潜り込むと、火星からの反射光が消えた。
「暗いな……」
「補正します」
明度調整されたモニター上に、外板上に細い亀裂が浮かび上がった。
「これ、爆発でやったのか?」
「位置が一致しません」
「爆発は2回あったんだろう?」
「二次爆発とも一致しません。爆発後の構造変形によって発生した可能性があります」
「可能性、だな。まだ断定すんなよ」
「はい」
「よし、次だ」
白い噴出へ回る。
「……これは何だ?」
「工程用不活性ガスを主成分として検出。冷却系由来の成分も微量に含まれています」
「違う成分が同じ場所から?」
「いえ、一致しません」
「シミュレーションを見せてくれ」
表示に、ガスの噴出点を予想した二つの点が浮かぶ。
僅かにずれている。
「近いけど別か」
「はい」
「現場管制。ここの配管図あるか」
『送る。……そこまで回り込めるのか?』
「そのために来たんだよ」
グラディヴスがさらに進む。
施設の反対側へ回り込む途中、漂流していた外板片が進路へ入った。
「前、気をつけていくぞ」
「認識しています。右へ抜けます」
パティが先に経路を出した。
グレアムは表示を一瞥し、そのまま操縦桿を合わせる。
「いいぞ」
「はい」
機体が外板片の横をすり抜ける。
破片がモニターの端を流れ、その向こうから次の外板が現れる。
グラディヴスは機体を捻りながら、まるで踊るかのように破片の隙間を抜けていった。
『グレアム、作業員を確保しました』
ダリオの声。
「状態は?」
『意識清明。スーツも生きてます。軽い打撲がある程度です』
『バイタルも安定してる。救助区画に入れたわ』
エレナが続く。
『搬送艇が来たら引き渡す。そのまま残りを探すわよ』
「了解」
ダリオの方は問題なく仕事が進んでいるようだった。
グレアムは視線を施設へ戻した。
「次、避難モジュールAだ」
「現在、モジュール内圧力は正常です」
「だから見るんだよ。何もなきゃ安心できるだろ」
「了解しました」
施設中央から少し離れた位置に、独立気密モジュールが張り出している。
外見上、大きな損傷はない。
照明も生きていた。
「管制、避難モジュールAの中と話せるか?」
『了解。回線、繋ぐぞ』
短いノイズ。
『……こちら避難モジュールA。聞こえてます』
落ち着いた女性の声だった。
「こちらMRSSだ。中には何人いるんだ?」
『11名、内2名軽傷。気密、生命維持とも正常です』
「火や煙は?」
『ありません』
「分かった。今はそこにいてくれ」
『……外はどうなっています?』
グレアムは一瞬、施設全体を見た。
「大丈夫だ、問題ない」
少し間があった。
『……お願いします』
「任せろ」
通信が切れる。
「パティ、接続部を見るぞ」
「確認します」
グラディヴスが避難モジュールの下へ回る。
外板。
トラス。
気密結合部。
一見すると、大きな異常はない。
「……いや」
グレアムが速度を落とした。
「戻せ。今の接続部、3秒前」
映像が戻る。
「ここだ」
一本の支持部が、僅かにずれていた。
「変形しています」
「事故前図と比べてみろ」
線が重なる。
ずれ自体は小さい。
「熱は?」
「周辺平均より高いですが、危険域ではありません」
「原因がわかるか?」
「現時点では特定出来ません。中央構造からの変形伝播、熱膨張、二次爆発時の一時荷重。複数の可能性があります」
グレアムは表示を見たまま黙った。
危険域ではない。
だが、ここが破壊されれば要救助者が危険に晒される。早めに移送したいが、それ自体が新たなリスクになる。
「グレアム」
「何だ?」
「現時点で避難モジュールAから避難者を移動させる必要性は低いと判断します」
グレアムがパティを見る。
「理由は?」
「内部環境は安定しています。接続部は監視対象ですが、進行性の破断は確認出来ません。避難者を移動させること自体が、新たな危険を加えます」
自分が聞くより先だった。
「ああ。俺もそう思う」
「その代わり、監視対象へ追加します」
「わかった、頼む」
更に機体を進める。
「次、Bを見るぞ」
「はい」
避難モジュールBの外板に大きな損傷はない。気密も維持されていたが、通信はまだ戻っていなかった。
少しずつ。
数字だったものに場所が付く。
場所だったものに人が入る。
通信の向こうの声と、外から見える構造がようやく重なっていく。
事故前の図面だった施設が、今そこにある形へ変わっていく。
「パティ、観測結果を全体の情報に統合してくれ」
表示が切り替わった。
最初に受け取った施設図の上へ、グラディヴスが拾った情報が重なる。
変形。
熱。
漏洩。
避難者。
作業機。
使える通路。
死んだ通路。
灰色だった場所が、一つずつ埋まっていく。
それでも、いくつか空白が残った。
埋まった場所が増えた分だけ、その空白が前より目につく。
「最初の火元、ここだよな?」
「はい」
「二次爆発は?」
「こちらです」
「……離れてるな」
「はい」
「間は?」
「爆発直前の記録が欠落しています」
「これ、熱が回っただけで説明出来るか?」
「現時点の情報だけでは断定出来ません」
「……そうか」
答えは出ない。
だが、何が分かっていないのかは、さっきより分かった。
『MRSS機へ』
現場管制の声が戻る。
『第3区画は作業機だけでしばらく持たせられそうだ。火の方へ1機回そうと思う』
「やってくれ。無理ならすぐ言えよ」
『了解した』
『グレアム』
ダリオ。
『人員側はこっちで回せます。搬送艇が来たら収容した1人を渡して、そのまま未確認者を探します』
「了解、気をつけろ」
グレアムは施設を見る。
まだ火は消えていない。
未確認者も残っている。
避難モジュールAの接続部には、小さな変形がある。
そして、最初の爆発と二次爆発の間には、まだ埋まっていない空白がある。
「パティ」
「はい」
「もう一周するぞ」
「経路を更新します」
グラディヴスが再び施設の外周へ沿う。
一周目とは違い、正面モニターには事故前の図面だけでなく、先ほど自分たちが拾った変形、温度分布、ガスの漏洩点、使える通路が重なっていた。
同じ施設を見ているはずなのに、最初に近づいた時よりもずっと形が分かる。
見えるようになれば安心出来ると思っていた。
その一方で、分かったからこそ気になる場所も増えていた。
「第3区画は?」
「変形量に有意な変化はありません。温度も先ほどとほぼ同じです」
『こっちも問題なし。さっき拾った作業員、救急搬送艇へ引き渡したわ。意識もそのまま』
エレナに続いて、ダリオの声が入る。
『引き渡し完了後、こちらは未確認者の捜索へ戻ります』
「了解。無理すんなよ」
『そちらも』
「分かってる」
現場へ着いた時には、どこから手を付けるべきかすら見えなかった。今は作業機が構造を支え、ダリオとエレナは人を探し、救急搬送艇も到着している。
火も損傷もなくなってはいないが、少なくとも何をすべきかは見えてきた。
『MRSS、こちら現場管制。火勢の拡大は止まった。まだ消火には時間が掛かるが、このままなら押さえ込める』
「分かった。構造側に変化が出たらすぐ寄越してくれ」
『了解』
通信が切れ、グレアムはようやく一度、深く息を吐いた。
「……なんとかなりそうだな」
「現時点では、救難状況は改善しています」
「そこで現時点とか付けるなよ、怖いだろ」
「必要な表現です」
「分かってるよ」
グラディヴスは最初に見つけた亀裂の横を通過する。変化なし。白いガスの噴出も量そのものは増えていない。
放熱設備の裏を抜けようとしたところで、モニターの端に小さな黄色い表示が出た。
「……何だ?」
「温度変化を検出しました」
「どこだ」
表示が拡大される。
避難モジュールA。正確にはその本体ではなく、一周目に見つけた接続部より少し施設側、トラスの根元とその奥にある設備区画の一部だった。
「さっきのところか?」
「近接していますが、同一箇所ではありません」
「どれくらい上がったんだ。危険域か?」
「外板表面温度は一周目の観測値から上昇していますが、まだ危険域には到達していません」
「上がり方は?」
僅かな間があった。
「一定ではありません。直前の観測より上昇率が大きくなっています」
グレアムは操縦桿を倒した。
「寄るぞ」
「経路を修正します」
遠くから見れば、避難モジュールAは何も変わっていなかった。
白い外殻。生きている照明。施設本体へ伸びる接続トラス。
外からは静かに見えるその中に十一人いる。さっき話した女性もいる。
『……お願いします』
彼女の声が頭をよぎった。
「パティ。モジュールの内部は?」
「気密正常。生命維持にも異常はありません」
「接続部はどうだ」
「先ほど確認した変形量から、大きな変化はありません」
「じゃあ、この熱はどこから来てるんだ?」
「確認します」
赤外表示が切り替わり、外板の温度が塗り分けられていく。
一周目にはぼんやり広がっていた熱が、今は一箇所だけ濃くなっていた。
避難モジュールそのものではない。その付け根、施設側の設備区画だった。
「これ、火災区画から離れてるよな。二次爆発の場所からも」
「はい。どちらからも離れています」
「現場管制、確認をしたい。避難モジュールAの付け根、この設備区画は何だ?」
『待て、図面を出す。……保守用のサービス区画だ。配管と電路が通ってる。普段、人は入らない場所だ』
「中には何がある?」
『記録上は特別な危険物はない。今そこの監視が死んでるんだ。こっちからは分からん』
「分かった。パティ、中を見られるか?」
「直接観測は出来ません。外板温度と周辺の熱流から内部状態を推定します」
「やってくれ」
「既に開始しています」
グレアムは速度を落とした。グラディヴスがモジュールの接続部へ近づいていく。
そこだけ見れば静かだった。外から見える火もなく、ガスの噴出もない。ただ、黒い空を背景に白い構造物が浮かび、その奥で火星がゆっくりと流れている。
通常表示では何も起きていない。
モニターの上でだけ、見えない熱が赤く滲んでいた。
「温度、まだ上がってるのか?」
「はい」
「原因となる候補は出せるか?」
「熱移送系の損傷。設備内部に残留した高温物質。電力系統の異常発熱」
一拍置いて、パティが続けた。
「現在の配管図では説明出来ない局所加熱が進行している可能性もあります」
「……なんだそれ」
「現状の観測だけでは特定出来ません。改修作業後、図面が改定されていない可能性もあります」
グレアムにも、似た現場の経験があった。
工場というものは生き物だ。
度重なる改修で、当初の図面から構造が大きく変わることはよくある。そして、図面とはただの情報だ。更新されなくても、ある程度現場は回っていく。
だが事故の時、そのずれは突然大きな意味を持つ。
だから、やったことから追いかけていくのが、現状把握するには一番いい。
その記録すらなければ、お手上げだが。
「現場管制。そこの区画、事故前の作業記録を――」
その言葉はパティの声に遮られ、最後まで続かなかった。
「グレアム、温度上昇率が急増」
「どこだ!?」
「サービス区画内部――」
赤外表示の一点が、一気に白く潰れた。
次の瞬間、光が弾けた。
「――っ!」
音はない。あるはずがない。
それでもグレアムには、巨大な何かが目の前で砕けたように感じられた。
サービス区画の外板が内側から裂け、白い破片が放射状に飛び散る。続けて、避難モジュールAへ繋がっていたトラスが大きく撓んだ。
「接続部、破断しました」
一本。二本。
熱を受けていた支持部が爆圧を受けて次々とちぎれ、残った構造へ一気に荷重が移る。
「パティ、押さえ――」
「駄目です、間に合いません」
最後の接続部が弾けた。
さっきまで施設の側面に張り付いていた白いモジュールが、施設から押し出されるように離れていく。
グレアムの視界の中で、施設とモジュールの間に黒い隙間が開いた。
その中には十一人がまだ取り残されている。
「……嘘だろ」
避難モジュールAは、ステーションから完全に分離していた。




