第10話 分担作業
「……グレアム」
エレナが言った。
「何だ?」
「さっきからパティちゃんのこと見すぎ」
「……は?」
反射的に、グレアムはパティを見た。
少し離れた端末の前で、パティが整備員と話をしている。
見てから、自分で反応したことに気付いた。
エレナが笑った。
「ほら、見た」
「んだよ、話に出たから見ただけだろ?」
「その前も見てたわよ」
「見てねえし」
「見てましたぁー」
「見てませんでしたよ」
横からダリオが口を挟んだ。
「ほら見ろ、ダリオだってこう言って……」
「ただし、出張から戻ってきてからなら、前より多い気はしますね」
「……お前はどっちの味方だよ」
エレナが吹き出した。
向こうで話を終えたパティが、三人の方へ歩いてくる。
「グレアム、何の話をしているのですか?」
「パティちゃん、あのね――」
「何でもねえよ!!」
声に驚いたパティが足を止めた。
「……?」
「悪い、本当に何でもないから」
「そうですか」
そう返したパティは、納得したようには見えなかった。
彼女は数秒、グレアムを見た。
「地球からの帰路以降、私を見る頻度が増えています」
「お前までそれ言うのかよ!」
「観測事実です」
「事実だろうが、今言わなくてもいいだろ!」
「また、私が発言した後、返答までの時間も――」
「やめろ!」
「何故ですか?」
「何故って……」
言葉に詰まった。
何故。
そんなもの、グレアムの方が知りたかった。
十年前から欲しかったもの。
もっと出来ることがあれば。
もっと早く手を伸ばせれば。
そう思い続けてきたものが、今では自分のすぐ隣にいる。
そこまでは分かった。
分かったから困っているのだ。
理由が分からなかった時より、分かってしまった今の方が扱いに困る。
「……ねぇ、地球で何かあった? あったでしょ?」
エレナが顔を歪めてニヤけた。新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。
「……何もねえよ」
「ふうん……?」
「マジでその顔やめろ、うぜぇ」
クソが、と心の中で毒づいた、その瞬間、格納区画に警報音が響いた。
一秒前までの空気が消えた。
笑っていた顔が、誰からともなく仕事の顔へ戻る。
ダリオが動く。
エレナも壁面表示へ向き直った。
パティの視線も変わる。
『救難出動。グラディヴスおよびサルースC、即時発進準備』
室内にあるスピーカーから、管制担当の声がした。
「ったく、戻ってきたばっかりだぞ……」
『詳細は移動中に送る』
「ほら、行くわよ!」
「分かってる!」
グレアムは駆け出した。
パティが横へ並ぶ。
「グレアム」
「何だ?」
「先ほどの回答が途中ですが」
「今……聞くのか?」
「いえ、後でも構いません」
「だったら後にしろ、仕事だ」
「了解しました」
◇
グラディヴスが基地ステーションを離れた時点で、分かっていたことは多くなかった。
火星低軌道。
有人施設。
火災。
爆発。
救難要請。
しかし、MRSSが飛ぶにはそれだけで十分だった。
詳しい事情は、現場へ向かいながら拾えばいい。
『MRSS管制から各機。リンク確認』
「グレアム機、良好だ」
『ダリオ機も良好です』
ダリオの声がスピーカーから返る。
正面モニター表示に、MRSS管制から送られてきた施設図が開いた。
『今回の現場は民間の軌道材料工場だ。航空宇宙用のミスリル合金を作っている』
「危険物の多い、面倒なやつだな……」
『そうだ。常駐38名。34名まで所在確認』
「残り4人か」
『現時点ではな』
「どういう意味だ?」
『事故時の点呼に欠落がある。勤務交代と船外作業が重なっていた。先方に照会中だ』
表示に細長い施設の模式図が出る。
よくある標準的な様式のステーションだった。
長い中央構造物があり、往還用のシャトルベイが二つ。
電力供給用の小型原子炉がベイとは反対側の区画端にあり、中央部が作業スペースになっているようだった。
原子炉からはラジエーターが対称に二つ配置されている。
熱移送配管はそこだけでなく、作業区画にまで伸びていた。
『第一報は電源設備付近の爆発と火災。施設側が自力消火を開始。その時点では外部救援は不要だと判断している』
「で?」
『その7分後に二次爆発が発生。原因は不明、複数区画で電力と通信が落ちた』
図の一部が赤く変わる。
『現地からの情報は断続的だ。今から送る数値も一部は数分前のものになる』
「避難は?」
『独立気密区画2か所への退避を確認。最後の報告では双方とも圧力正常だ』
「最後っていつだ?」
『4分前だ』
「結構前だな」
たった四分だが、事故現場の状況が変わるには充分な時間だ。
表示の数字が古いと分かった途端、その四分が妙に長く見える。
グレアムは施設図を見る。
「パティ」
「はい」
「今ある情報で、一番まずいのは?」
「人命を優先するのであれば、所在未確認者です。次に火災区画近傍の生命維持停止区域」
「避難モジュールは?」
「受信情報上は正常です」
「受信情報上は、か」
「はい」
「他には?」
「何についてですか?」
「まだ見えてない危険だ」
「観測出来ていない危険を特定することは出来ません」
「そりゃ……そうだな」
グレアムは鼻から息を吐いた。
「事故がこの先どう転ぶか、何通りか出してくれ」
「了解しました」
表示が増える。
火災拡大。
電力喪失。
冷却停止。
構造加熱。
減圧。
二次的な設備損傷。
どれも可能性でしかない。
画面を埋めるほど候補は増えても、現場が一つに絞られるわけではない。
「この中で一番ありそうなのは?」
「情報不足です。順位付けの信頼度が低すぎます」
「そうか……」
グレアムはしばらく表示を見ていた。
「……もう一回だ」
「何をですか?」
「今の」
「あれから追加情報はありません」
「分かってる。念のためだ」
「同一条件で再評価します」
数秒。
「出力結果には、有意な変化はありません」
「そうか」
グレアムは正面へ向き直った。
『グレアム、何か出ました?』
ダリオから通信が入る。
「いや、まだ何も。そっちはどうだ?」
『こっちもです。エレナは?』
『今、施設のEVA記録を見てる。……あ、待って』
「何だ」
『事故直前に1人、予定にない船外作業へ出てるわ』
「じゃあ行方不明は全部で5人か?」
『かもしれない。点呼側に入ってるか確認中』
「こちらグレアム。管制」
『聞いていた。こちらでも照合する』
「パティ」
「はい」
「1人増やして再評価をしろ」
「条件が変化しました。再評価します」
表示が組み替わる。
グレアムはそれを眺めた。
さっきと同じ再計算でも、今度は入力そのものが変わっている。
これなら意味がある。
『更新。避難モジュールA、圧力正常』
「Bは?」
『通信断』
「いつから?」
『約2分』
「圧力は」
『最後の値は正常』
グレアムの指が表示の端を叩く。
「パティ。条件にBが減圧してる場合を入れろ」
「追加します」
「正常の場合も残せ」
「はい」
「火災が収まってる場合も」
「追加」
「広がってる場合もだ」
「既に含まれています」
「構造――」
「グレアム」
そのやり取りをパティが遮った。
「……何だ?」
「情報が更新されるたび、私は再評価しています」
「ああ」
「その間にも、あなたから同一条件での再評価要求があります」
グレアムは黙った。
「……悪いか?」
「悪いとは言っていません。理由を確認しています」
「念のためだ」
「何に対する念ですか?」
「……見落としたくないんだよ」
「これまでも見落としを前提にはしていません」
「分かってる」
声が少し強くなった。
自分でも分かっていることを、正面から言葉にされると苛立った。
パティは黙った。
「……分かってるよ」
グレアムは正面を見たまま言った。
「ただ、他にもある気がするんだ。もっといい手が」
少し間があった。
「現在の情報だけでは、具体的な行動を確定出来ません」
「ああ」
「現場を確認してから決めるべきです」
当たり前の答えだった。
グレアムは小さく息を吐いた。
「……そうだな」
『現場まで3分』
管制の声が入る。
「じゃあ、今は飛ぶか」
「はい」
「……見えた」
事故施設が火星の縁から現れた。
最初に目についたのは、妙な角度で光を返す放熱設備だった。
次に施設本体。
図面で見ていた直線が、現実では途中から僅かに折れている。
形が違う。
「中央軸、曲がってないか?」
「変形しています」
「管制、これは聞いてた話よりひどいぞ」
『こちらでも確認した』
「避難モジュールBはどうだ」
「視認可能。圧力維持」
「通信だけか」
「現時点では」
「Aは?」
パティが表示を拡大する。
「圧力維持。ただし情報が足りません」
『グレアム、作業機3機を確認しました』
ダリオの声。
『2機が第3製造区画の外周支持を押さえてます。もう1機は船外作業員の捜索中』
『待って、こっちでも拾った!』
エレナが続く。
『予定外EVAに出てた作業員かも。宇宙服のビーコンが応答してる。テレメトリも取れた、心拍あり、スーツ内圧正常』
「無線は?」
『今つなぐ。……応答あり! 意識あるわ』
「そっちのサルースで拾えるか?」
『行きます』
ダリオが即答した。
『収容したら加速を落とし、後続の救急搬送艇へ引き渡します』
『搬送艇、現場まであと8分』
管制から割り込む。
「頼んだ。こっちは人を載せられねえ」
『了解しました』
別の通信が入った。
『MRSS、こちら現場管制! 聞こえるか!』
「聞こえてる」
男の声だった。背後で警報が鳴り続けている。
『第3製造区画の外周支持が歪んでる。作業機2機で押さえてるが、手が塞がってる。そっちへ回せるなら――』
確かに、この状況ならグラディヴスが肩代わりすることも出来る。
しかし、それで手が空いた作業機で出来ることは少なそうだった。
「すまないが、今押さえてる連中はそのまま続けてくれ」
『何?』
「そいつらの方が、その場所の状態を分かってる。今から俺たちが割り込むより早い。そちらで対処出来ない状況になったらすぐ行く」
一瞬、通信の向こうが黙った。
『……分かった』
「他に問題はあるか?」
『外部監視が半分死んでる。正直、どこが見えてないかも全部は分からん』
「どうりで情報が少ないわけだな」
グレアムは施設を見回した。
白い噴出。
赤く焼けた外板。
歪んだ中央構造。
ところどころ消えた照明。
図面では同じ色だった区画が、現場ではそれぞれ違う壊れ方をしていた。
その間を作業機たちが動き続けている。
「提案があります。グラディヴスで施設外周を巡回します」
表示上に、灰色の領域がいくつも浮かんだ。
「固定監視系の欠損が大きすぎます。現在の施設図は事故前形状と、残存センサーからの推定を含んでいます。グラディヴスから近距離観測を行い、現在形状へ更新することを提案します」
グレアムは一瞬だけ考えた。
「確かにそれは必要そうだ……」
『人員側はこっちで見ます』
ダリオが先に言った。
『予定外EVAを回収したら、避難モジュールと未確認者を追います。そっちは施設を見てきてください』
「よし、任せた」
『任されました』
「パティ、近いところから行くぞ」
「経路を表示します」
四本の推進モジュールが開いて加速を始め、グラディヴスは事故現場へと近づいていった。




