閑話6 藪の二羽より、手の一羽
――20XY年3月6日、サンフランシスコ/東京/ロンドン/世界中の編集画面
金曜日、人類はようやく見出しに疲れ始めていた。
最初の日は、すべてが速報だった。
二日目は、すべてが解説だった。
三日目は、すべてがコメント欄になった。
四日目には、ロケットがまだ必要かどうかが問われた。
五日目には、待っていた科学者たちが、自分たちの沈黙まで記録し始めた。
そして六日目。
世界は、そろそろ「まとめ」を欲しがった。
人間は、分からないものに長く触れていると、まとめたくなる。
経緯。
要点。
時系列。
関係者。
画像。
発言全文。
各国反応。
陰謀論。
宗教的解釈。
科学的評価。
市場への影響。
今後の予定。
そういう見出しを並べると、何かを理解したような気がする。理解したわけではない。ただ、画面をスクロールできる形に置き直しただけだ。
だが、現代ではそれもひとつの理解だった。
そして、その理解を最初に置く場所の一つが、オンライン百科事典だった。
百科事典は、世界の墓地ではない。
だが、似ているところがある。
出来事が生きているあいだ、人は叫ぶ。祈る。怒る。投稿する。買う。逃げる。集まる。泣く。笑う。
少し時間が経つと、誰かがそれを項目名にする。
項目名になった瞬間、出来事は少しだけ見えなくなる。
あるいは、消えないために固定される。
どちらなのかは、編集者にも分からない。
*
午前四時十二分、サンフランシスコ。
ミストラルシェルフは、台所の椅子に座ったまま、ノートパソコンを開いていた。
本名は別にある。
仕事も別にある。
だが、開放百科事典の中では、彼はもう十七年ほどミストラルシェルフだった。最初は大学時代に作った適当な名前だった。使っているうちに、適当な名前の方が本名より長く残ることがある。今では、本名で呼ばれるより、ユーザー名で呼ばれる方が少し落ち着く。
それは、良いことではないかもしれない。
だが、百科事典を十七年編集している人間には、そういう歪みが少しずつ増える。
彼の画面には、作成されたばかりの記事が開かれていた。
記事名は、すでに五回変わっている。
最初は、
《20XY年地球外生命体来訪事件》
だった。
三分後、別の編集者が、
《20XY年全世界通信事案》
へ移動した。
さらに別の編集者が、
《アンドロメダ来訪者》
へ戻した。
その後、
《アンドロ》
という短い記事名で作り直され、即座に差し戻され、
今は、
《20XY年3月1日の全世界映像割り込み》
になっていた。
ミストラルシェルフは、画面を見たまま、冷めた紅茶を飲んだ。
不味かった。
茶葉のせいではない。
時間のせいだ。
記事上部には、大きな注意書きが貼られている。
《この記事は現在進行中の出来事を扱っています。内容は急速に変更される可能性があります。》
その下に、さらに注意書き。
《この記事名について議論中です。改名提案ページを参照してください。》
さらに下。
《信頼できる情報源に基づかない記述を追加しないでください。》
さらに下。
《存命人物に準じる慎重な記述が求められます。》
ミストラルシェルフは、最後の一文で少し手を止めた。
存命人物に準じる。
人物なのか。
存命なのか。
そもそも生命なのか。
どれも未確定だった。
だが、未確定だからといって、雑に扱っていい理由にはならない。
むしろ逆だった。
相手が何なのか分からない時ほど、人間は相手を都合のいい対象物に変えやすい。
神。
悪魔。
兵器。
少女。
宇宙人。
移民。
侵略者。
推し。
アンドロ。
どれも、便利すぎる。
便利すぎる言葉は、百科事典では危ない。
彼はトークページを開いた。
議論は、すでに戦場だった。
《“アンドロ”が一般的呼称として定着しているため記事名に採用すべき》
《本人が名乗っていない愛称を記事名にするのは不適切》
《公式機関は“来訪者”を使用》
《“来訪者”は中立でない。来たという前提を含む》
《映像割り込みは技術的事象名であり、本人の存在を断定しない》
《しかし接触予告まで含めるなら“映像割り込み”では狭い》
《地球外生命体は科学的確定がない》
《異星知性体は?》
《知性は本人発話から推定可能》
《独自研究》
《独自研究ではなく一次資料に基づく記述》
《一次資料だけで記事名を決めるな》
《報道機関多数が“アンドロメダの来訪者”を使用》
《報道機関は見出しで短縮しているだけ》
《では“20XY年アンドロメダ来訪危機”》
《危機と書くな》
《人類史上初の接触なのに弱すぎる》
《百科事典は興奮する場所ではありません》
最後の一文を見て、ミストラルシェルフは少しだけ笑った。
百科事典は興奮する場所ではありません。
たしかに、そうだった。
だが、百科事典の裏側で人間が興奮しないわけではない。
むしろ、裏側はいつも興奮している。
ただ、記事本文には出さない。
それが技術だった。
彼は保護依頼ページを開いた。
すでに別の管理者が半保護をかけている。新規アカウントと未登録利用者は編集できない。だが、それでも追いついていない。十年以上編集歴のある利用者たちが、普通に殴り合っている。
荒らしより、善意の古参の方が記事を壊すことがある。
それもまた、百科事典の現実だった。
ミストラルシェルフは、管理者権限のボタンを見た。
全保護。
つまり、管理者以外は編集できない状態にする。
押せば静かになる。
押さなければ、記事は壊れ続ける。
押せば、開かれた百科事典が世界史の最初の日に門を閉じることになる。
押さなければ、門の中に人が殺到して、何も残らないかもしれない。
彼は、トークページに短い文を書いた。
《記事名については、現時点で“20XY年3月1日の全世界映像割り込み”を暫定維持します。これは対象の性質、由来、生命性、意図を断定しないためです。一般的呼称としての“アンドロ”は本文内で扱えますが、本人呼称でも公式呼称でもないことを明記してください。》
送信。
三秒後、返信がついた。
《腰が引けすぎ》
ミストラルシェルフは、もう一口紅茶を飲んだ。
やはり不味かった。
彼は保護ボタンを押した。
理由欄に書く。
《現在進行中の世界的事案につき編集合戦が発生。記事名・導入部・画像使用に関する合意形成まで一時的に全保護。》
保存。
画面に小さな緑の通知が出る。
保護されました。
百科事典が、世界史に鍵をかけた。
*
午後九時二十八分、東京。
日本語版の編集者、春霞は、会社の給湯室でスマートフォンを見ていた。
残業中だった。
本来なら、今日は月末処理の残りを片付けるだけの日だった。請求書。承認。支払予定。上司の判子。春霞の仕事は、世界史とはあまり関係がない。
だが、彼女のスマートフォンの中では、世界史の導入部が荒れていた。
《アンドロは、20XY年3月1日に地球全域の通信網へ出現した、アンドロメダ銀河由来を自称する存在である。》
彼女は、その文を見て顔をしかめた。
強い。
強すぎる。
存在である。
由来を自称する。
出現した。
どれも一つずつは逃げているようで、並ぶと妙に断定的になる。
彼女は編集画面を開いた。
《アンドロ》は、ネット上で広がった非公式な呼称である。
そこから書き始めたくなる。
だが、それでは愛称の記事になる。
本題は、来訪者か。
通信事案か。
社会現象か。
それとも、全部か。
給湯室の電子レンジが鳴った。
誰かの弁当が温まった音。
春霞は少しだけ現実に戻る。
職場の給湯室には、いつもの匂いがある。
インスタント味噌汁。
温めすぎたカレー。
洗剤。
紙コップ。
誰かが置きっぱなしにしたスプーン。
ここで、人類史上初の地球外接触に関する導入部を直している自分が、少しだけ馬鹿みたいだった。
でも、誰かが直さないといけない。
彼女は画面に打った。
《本項では、20XY年3月1日に発生した全世界的な映像・音声割り込みと、その後に生じた政治的・社会的・科学的反応について記述する。映像内の存在については、各国政府・主要報道機関・科学機関で呼称が定まっていないため、本項では原則として「来訪者」と表記する。》
長い。
百科事典の導入としては、少し長い。
だが短くすると嘘になる。
彼女は保存しようとして、警告に気づいた。
《このページは保護されています。編集できません。》
春霞は、給湯室で小さく笑った。
負けた。
いや、負けではない。
保護されたなら、トークページへ行けばいい。
百科事典の編集者は、本文を直せない時、議論を直す。
それもまた、仕事だった。
彼女はトークページに案を貼った。
保存。
今度は通った。
その瞬間、同僚が給湯室へ入ってきた。
「まだいたんですか」
「少しだけ」
「アンドロですか?」
春霞は、スマートフォンを伏せた。
「仕事です」
「そっちも仕事なんですか」
同僚は冗談のつもりで言った。
春霞は少し迷ってから答えた。
「たぶん、仕事です」
給料は出ない。
誰も頼んでいない。
上司も知らない。
だが、世界が自分の名前をどう書くかは、たぶん仕事だった。
少なくとも彼女にとっては。
*
午前十一時五分、ロンドン。
コモンズヘロンは、画像削除依頼ページを開いたまま、しばらく手を止めていた。
彼女は画像管理者だった。
本業は大学図書館の職員。
副業ではない。
趣味というにも少し重い。
十年以上、自由ライセンス画像の確認と削除と復帰をしてきた。博物館の収蔵品。古い写真。政府発表画像。新聞社の写真の無断転載。パブリックドメインだと誤認された肖像画。投稿者本人が撮ったと主張するが、どう見ても報道写真の切り抜きである画像。
画像は、文章より嘘をつきやすい。
そして、文章より信じられやすい。
今朝の削除依頼対象は、白い翼の少女の静止画だった。
いや、少女と書いてはいけない。
来訪者。
未確認存在。
アンドロ。
どれも違う。
ファイル名は、
《File:Andro first appearance 20XY cropped.png》
だった。
最悪の名前だった。
まず、Andro。
非公式呼称。
first appearance。
最初かどうか分からない。
cropped。
切り抜き。
そして、アップロード者の説明欄にはこうある。
《全世界に公開された映像のスクリーンショットであり、人類共有の歴史的資料であるため自由利用可能。》
違う。
歴史的資料であることと、自由利用可能であることは違う。
全世界で見られたことと、著作権や利用許諾が消えることは違う。
人類共有、という言葉ほど、しばしば個別の権利を踏みつける。
コモンズヘロンは削除依頼の議論を読む。
《これは史上最重要画像であり削除すべきでない》
《自由ライセンスが確認できない》
《撮影者が存在しない可能性がある》
《通信そのものが来訪者側の生成であるなら地球の著作権法が適用されるのか》
《米国政府の画面にも表示されたのでPD-USGovでは?》
《政府が作成した画像ではなく政府画面に表示された画像》
《フェアユースで英語版にローカルアップロードすべき》
《コモンズはフェアユース不可》
《相手文明の著作権表示がない》
《著作権表示どころか法体系が違う》
《なら公有では?》
《違う》
最後の《違う》だけ、やけに力強かった。
コモンズヘロンは、画面の上部へ戻った。
画像そのものを、じっと見た。
白い衣。
純白ではない。
絹に似ているが、絹ではない。
翼。
淡い青の目。
中学生くらいに見える背丈。
地面に足を預けていない体。
それは、たしかに歴史的だった。
そして、だからこそ、雑に扱ってはいけなかった。
彼女は、削除票を入れた。
理由欄に書く。
《歴史的重要性は認めるが、自由ライセンスまたはパブリックドメインであることが確認できない。全世界に表示されたことは自由利用の根拠にならない。必要であれば各言語版で非自由利用方針に従って限定使用を検討すべき。》
送信。
一分後、返信。
《人類史を削除する気か》
コモンズヘロンは、眼鏡を外した。
目頭を押さえる。
人類史を削除する気か。
削除依頼で何度も見た種類の怒りだった。
だが、今回だけは少し刺さった。
彼女は返信を書いた。
《人類史を削除するのではありません。人類史を“自由に使える素材”だと誤認しないために削除します。》
送信。
今度はしばらく返信がなかった。
少し勝った気がした。
勝っていい場面ではない。
それでも、少しだけ救われた。
*
午後一時四十分、ニューヨーク。
ニュースルームでは、オンライン百科事典の記事が何度も画面に映されていた。
それ自体が少しおかしい。
報道機関は本来、百科事典に載ったことを根拠にしない。
少なくとも、そういう顔をしている。
だが、記者も人間だ。
急いでいる時、まとまったページを開く。
時系列。
人物名。
発言。
各国反応。
出典リンク。
外部リンク。
そして、間違い。
間違いまで含めて、便利だった。
国際部の若い記者が言った。
「記事名、また変わりました?」
「保護された」
デスクが答える。
「何で」
「編集合戦」
「世界史でも編集合戦するんですね」
「世界史だからするんだよ」
デスクは、記事上部の注意書きを見た。
《この記事は現在進行中の出来事を扱っています。》
便利な文だ。
報道機関も、すべての画面にこれを出したいくらいだった。
この記事は現在進行中の出来事を扱っています。
私たちも現在進行中の人間です。
間違える可能性があります。
後で直します。
許してください。
そう言えたら、どれだけ楽か。
だが、ニュースの画面はそこまで正直には作られていない。
「百科の表記は“来訪者”か」
「はい」
「うちもそれで統一」
「“アンドロ”は?」
「ネット上の呼称として説明。見出しでは使うな」
「他社は使ってます」
「他社は他社」
「検索で負けます」
「負けろ」
若い記者が顔を上げた。
デスクは、疲れた声で言った。
「今日、検索で勝つと、明日たぶん恥をかく」
それは名言というには弱かった。
だが、現場の指針としては十分だった。
*
午後三時二十二分、ロンドン。
コモンズヘロンの削除依頼は、長くなっていた。
長くなりすぎていた。
議論の途中から、著作権ではなく哲学になっている。
《非地球文明に著作権主体性はあるのか》
《著作権法は人間の創作物を前提としている》
《AI生成画像と同じ扱いか》
《本人の身体の外観に著作権は発生しないのでは》
《しかし映像表現としては創作性がある》
《通信のスクリーンショットに撮影者はいるのか》
《画面を撮影した人間の創作性は薄い》
《ではパブリックドメイン?》
《各国で異なる》
《自由ライセンスが確認できないなら不可》
最後の一文に、コモンズヘロンは頷いた。
それでよかった。
難しい時ほど、原則へ戻る。
原則は完璧ではない。
だが、混乱した時に机へ戻ってくるための印だった。
彼女は最終判断を書いた。
《削除。自由ライセンスまたはパブリックドメインであることが確認できないため。歴史的重要性は保持理由として十分ではない。各言語版における非自由コンテンツ方針に従った限定利用は別途検討可能。》
実行。
画像が消える。
白い翼の少女が、画面から消えた。
その瞬間、彼女は少しだけ胸が痛くなった。
削除に慣れていても、痛い時は痛い。
とくに今回は、相手が何なのか分からない。
人間なのか。
生命なのか。
映像なのか。
使者なのか。
来訪者なのか。
それでも、自分たちは彼女の画像を勝手に切り抜き、ファイル名をつけ、カテゴリへ入れ、削除した。
その手つきは、少し乱暴だった。
だが、残すこともまた乱暴だった。
彼女は、削除ログを確認した。
残っている。
ファイル名。
時刻。
理由。
実行者。
削除された画像は見えない。
だが、削除されたことは見える。
それがせめてもの礼儀だった。
*
午後五時五分、東京。
春霞は、帰宅途中の電車でトークページを読んでいた。
座れなかった。
吊り革につかまりながら、スマートフォンで議論を追う。
電車の中では、周囲の人々も同じ話題を見ている。
ニュース。
切り抜き。
株価。
宗教者の声明。
NASA会見。
ロケット延期。
SETIの説明。
そして、百科事典。
彼女の隣に立つ高校生二人が話していた。
「アンドロの記事できてる?」
「あるけど、名前違う」
「何て?」
「三月一日のなんとか映像割り込み」
「長っ」
「百科事典っぽい」
「アンドロでよくない?」
「政府も使ってないらしい」
「でもみんな使ってるじゃん」
春霞は、画面を見たまま少しだけ笑った。
そう。
みんな使っている。
だからといって、百科事典がそのまま使っていいとは限らない。
だが、使わなければ読者に届かない。
届く言葉と、正しい言葉。
この数日、あらゆる場所でその二つが喧嘩している。
政府文書でも。
NASAのページでも。
SNSの削除理由でも。
ロケット会社の社内説明でも。
SETIの会議でも。
そして、百科事典の記事名でも。
春霞の投稿した導入部案には、いくつか返信がついていた。
《長いが現時点では妥当》
《“来訪者”も到来を前提にしている》
《“映像内存在”では不自然》
《“未確認存在”はオカルト寄り》
《“アンドロ”は本文で扱うべき》
《導入部第一文にネット上の呼称を入れると重心がずれる》
《主要報道が“アンドロ”を採用した場合は再検討》
《一週間後に改名議論》
一週間後。
春霞は、その言葉を見て不思議な気持ちになった。
一週間後には、彼女は来ている。
南芝生に。
たぶん、画面の中ではなく。
それまでに記事名が決まるのか。
それとも、本人が来てもまだ決まらないのか。
後者の方がありそうだった。
百科事典とは、そういう場所だ。
宇宙人が降りても、改名議論は終わらない。
電車が揺れた。
春霞は吊り革を握り直す。
スマートフォンの画面には、誰かが新しい節を提案していた。
《呼称》
良い。
独立した節が必要だ。
彼女は、駅に着く前に短く返信した。
《賛成。ただし“愛称”ではなく“呼称”で。本人の意図と無関係に形成された社会的呼称として扱うべき。》
送信。
電車が駅に着く。
人が降りる。
人が乗る。
世界史の編集は、満員電車の片手でも進む。
*
午後八時二十分、サンフランシスコ。
ミストラルシェルフは、夕食を食べ損ねていた。
冷蔵庫には昨日の残り物がある。
温めれば食べられる。
だが、電子レンジの前まで行くのが面倒だった。
画面の中では、保護された記事が静かに表示されている。
静かに見える。
裏側のトークページは、まだ燃えている。
彼は、導入部を読み直した。
《20XY年3月1日の全世界映像割り込みは、20XY年3月1日に世界各地の放送、通信、公共表示設備等で同時に確認された映像・音声事案である。映像内では、アンドロメダ銀河由来を主張する未確認の存在が、九日後に連邦首都の大統領府南芝生で人類の代表者と接触する意向を表明した。》
悪くない。
悪くないが、気持ち悪い。
事案。
映像内。
主張する。
未確認の存在。
意向を表明。
まるで警察発表と新聞記事と百科事典が混ざったような文だ。
だが、今はそれくらいしかない。
美しい文は、たいてい早すぎる。
ミストラルシェルフは、脚注を確認した。
NASA会見。
ホワイトハウス声明。
国連事務総長コメント。
主要報道機関。
各国政府。
宇宙機関。
宗教指導者声明。
SNS企業の透明性ログ。
SETI会合の要旨。
画像はない。
画像は、まだない。
文字だけの記事になっている。
世界中が彼女の姿を見たのに、百科事典の記事には姿がない。
それは不完全だった。
だが、不誠実ではない。
ミストラルシェルフは、トークページの一番下に新しい節を立てた。
《画像掲載について》
書き始める。
《現時点で自由利用可能な画像は確認されていません。公式映像のスクリーンショットや報道映像の切り抜きを安易に掲載しないでください。歴史的重要性は理解しますが、著作権・人格権・来訪者本人の扱いに関する倫理的問題が未整理です。画像がないことは記事の欠陥ですが、権利不明の画像を置くことは別の欠陥です。》
送信。
すぐ返信がついた。
《画像がない百科事典記事は弱い》
彼は返信した。
《弱い記事と違法な記事なら、弱い記事を選びます。》
送信。
今度は、しばらく静かだった。
*
夜更け、ロンドン。
コモンズヘロンは、削除ログをもう一度見た。
自分でも、少ししつこいと思う。
だが、確認しないと落ち着かない。
世界史の画像を削除した日。
その記録がちゃんと残っているか。
削除理由が雑ではないか。
他の管理者から異議が出ていないか。
彼女は、ログの横に表示された小さな文字を読んだ。
《Deleted by CommonsHeron》
自分の名前。
ユーザー名。
それが歴史の端に残る。
誇らしくはない。
むしろ怖い。
未来の誰かが、なぜ消した、と言うかもしれない。
未来の誰かが、よく消した、と言うかもしれない。
未来の誰かが、どちらも言わないかもしれない。
ただ、ログだけが残る。
彼女は、机の横に置いていた紅茶を飲んだ。
冷めていた。
今日は、どこでも紅茶が冷めているらしい。
*
同じ夜、東京。
春霞は自宅の机で、記事の「呼称」節を下書きしていた。
《アンドロ》という呼称は、全世界映像割り込み後、SNSおよび動画共有サイトを中心に広がった非公式な略称である。語源は「アンドロメダ」に由来するとされるが、機械・人造物を連想させる語感も含まれるとの指摘がある。
ここまで書いて、彼女は手を止めた。
「との指摘がある」
出典がいる。
誰が指摘したのか。
どの報道か。
どの論文か。
どの有識者か。
自分が思っただけなら、書いてはいけない。
百科事典は、思いつきを置く場所ではない。
たとえ、その思いつきが正しそうでも。
春霞は、その一文を消した。
《語源は「アンドロメダ」に由来するとみられる。》
これも駄目だ。
みられる。
誰に。
彼女は、検索する。
新聞記事。
ネットメディア。
言語学者のコメント。
SNS分析会社のレポート。
使えそうなものを三つ開く。
そのうち一つは見出しが煽りすぎている。
一つは専門家コメントが短すぎる。
一つは、データ元が明記されている。
それを使う。
《一部報道では、呼称の広がりについて「アンドロメダ」に由来する短縮形と説明されている。》
弱い。
だが、出典に合っている。
百科事典では、弱い文の方が強いことがある。
彼女は保存しようとして、まだ保護中であることを思い出した。
保存できない。
だから、トークページへ貼る。
そういう迂回が、百科事典には山ほどある。
遠回り。
だが、遠回りだから残るものもある。
*
深夜、サンフランシスコ。
ミストラルシェルフは、最後に保護記録を確認した。
解除予定は、二十四時間後。
たぶん延長することになる。
延長したくはない。
だが、するだろう。
記事は、まだ短い。
画像もない。
導入部は硬い。
呼称節は未完成。
科学的評価の節には、NASA会見とSETI会合だけが置かれている。
宗教的反応の節は、聖座といくつかの主要宗教団体の声明だけ。
社会的影響の節は、SNS、教育、模倣行為、詐欺、プラットフォーム対応の概要。
市場への影響は別記事へ分割する提案が出ている。
軍事的影響も同じ。
記事は、全然足りない。
足りないのに、もう読まれている。
世界中の人間が、この足りない記事を開いている。
足りない記事を見て、少しだけ分かった気になっている。
それが怖かった。
ミストラルシェルフは、記事冒頭の注意書きを少し直した。
《この記事は現在進行中の出来事を扱っています。最新情報を反映していない可能性があります。未確認情報の追加は避け、信頼できる情報源に基づく記述をお願いします。》
よくある文。
見慣れた文。
だが、今夜はその文が少し祈りに見えた。
最新情報を反映していない可能性があります。
未確認情報の追加は避けてください。
信頼できる情報源に基づいてください。
それは百科事典のお願いであると同時に、人類のお願いでもあった。
私たちはまだ分かっていません。
だから、急いで名前を置かないでください。
急いで画像を貼らないでください。
急いで神にしないでください。
急いで敵にしないでください。
急いで愛称だけで閉じ込めないでください。
ミストラルシェルフは、編集画面を閉じた。
台所へ行き、冷蔵庫を開けた。
残り物は、もう食べる気がしなかった。
彼は代わりに水を飲んだ。
世界史の日でも、人間は水を飲む。
戻ってくると、トークページに新しい投稿があった。
《記事名、これでいいんでしょうか。本人が来たら、本人に聞けるんですかね》
ミストラルシェルフは、その文をしばらく見ていた。
本人に聞く。
それは、百科事典の発想ではなかった。
本人の自己申告は一次資料であり、使い方に注意がいる。
記事名は、信頼できる二次資料に基づいて決める。
いつもの彼なら、そう返しただろう。
だが、今日はすぐには返せなかった。
南芝生に彼女が来る。
その時、人類は彼女へ何を聞くのだろう。
技術か。
意図か。
救済か。
脅威か。
魂か。
身体か。
名前か。
もしかすると、最初に聞くべきことは本当にそれなのかもしれなかった。
あなたを、何と呼べばいいですか。
ミストラルシェルフは、返信欄に短く打った。
《今は決めない、という選択もあります。》
送信。
それは、百科事典らしくない文だった。
だが、この夜の百科事典には、たぶん必要な文だった。
記事名は、まだ決まらない。
画像も、まだない。
呼称も、揺れている。
出典も、足りない。
それでも、ページは存在している。
不完全なまま、保護され、議論され、読まれ、直されるのを待っている。
世界の前に、短い名前を置くこと。
その暴力を、少しだけ遅らせること。
この日、オンライン百科事典が人類にできた返答は、それだけだった。
十分ではない。
だが、急いで間違った名前を置くよりは、たぶん少しましだった。




