第三節 キャンプを知ったヴィオナと安心安全の安山岩
メルカド伯爵邸の池側にある拠点に駆け戻ったルクレイはキョロキョロと見回したがヴィオナの姿はなかった。
「んー、ヴィーが戻っていないという事は乗馬服かレジン糸の進展があったのかな。ドレス風乗馬服はほんとヴィーの魅力を高めてくれる良い服だよな〜」
ルクレイはニマっと笑顔をこぼし拠点整備の訓練をしている侍女に声を掛けた。
「少し帆布を裁断して工作するお手伝いをお願いしたいの。出来る人がいてレベナから道具が届けば可能って聞いたんだけど」
声を掛けられた侍女たちは少し相談して一人が前に出てお辞儀をした。
「君が帆布を扱えるの?……良かった。うちには製布工房がないから本当に助かるよ。タープの手直しもお願いしたいけどチェアも形にしたいんだよね」
ルクレイはうんうんと頷き手招きしてテーブルに侍女を招待した。
「この骨組みは組み立てる感じ……タープの支柱みたいにレジン糸で繋がってないけど組み立てられそう?」
骨組みの一組を侍女に渡し組み立ての実演をルクレイが行った。
侍女は見様見真似で受け取った骨組みを組み立ててみた。差し込む支柱が少し分かり難かったが長さが違う事でなんとか組み立てる事ができた。
「これは組み立て式の椅子ね。支柱が長いほうが背中側で短いのが座面の前の方になる。この四箇所で帆布を固定する感じで座れるように調整するんだ」
ルクレイは簡単な絵を描いて座面のイメージを侍女に伝えた。
「柔らかい帆布を使うと作りやすいし座りやすいと思う。支柱はまだまだ詰める事になるからあくまでも試作品なんで色々と時間のある時に試してみて」
侍女が頷くのを確認するとルクレイのいつもの癖が出始めた。
「ついでなんだけどタープの形に関して工夫は出てきた?……んー、まだ工夫の段階まで来てないか。まだ帆布も少ないし仕方ないのかな」
侍女の返事にルクレイは腕を組んで目を瞑った。
「いっか。……僕が欲しいと思っているタープに六角形があるんだけど分かる?」
ルクレイの質問に「ろくかっけい?」と侍女はキョトンとした。
「そこか……。これも絵に描いた方が伝わる案件だな」
ルクレイは六角形のヘキサタープをメモに描いていく。支柱は二本でガイロープは八本を描き込んだ。ついでにサブポールを使った絵も描き加えた。
「これは四角より使いやすくなる形なんだよね。支柱のない四箇所にロープを張るけど四角より張りやすい。で、こっちの小さな支柱は使い勝手かな」
ルクレイはサブポールの意図は高い位置にタープを維持するためと説明した。高くすることで空間が広めに使えるのでお勧めと話しておいた。
侍女はルクレイの描いたタープの絵を真剣な表情で見ていくつか質問をした。
「後は馬車とかが使える場合も四角は悪くないけど少し不便な場合がある。馬車はどうしても止める向きに制約があるからタープの設置にも制約が出てくる」
ルクレイは馬車の絵をサラサラと描きタープも描き込んだ。そしてタープの側面に少し歪になる三角の形を追加しガイロープを加えた。
「こんな感じで側面に少し出すと横風にも対応がしやすくなるんだ。この側面に出す部分は三角に拘る必要はなくて風や陽の光を遮れれば十分だからね」
ルクレイは描いたメモを侍女に渡し「執事長たちと相談して」とさらりと仕事を執事長に回した。帆布の調達などを考えると合理的ではあった。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、これでキャンプチェアとヘキサタープは進むな」
ルクレイは荷物を減らしたので池を掘り進め土を運ぼうと席を立った。
「レイ、その『キャンプチェア』と『ヘキサタープ』って何ですか?」
背後から涼やかな声がかかった。
「あっ、ヴィーの方は終わったの? これから掘削して土を運ぼうと思ってたところなんだよね。その辺りは作業しながら説明するね」
ルクレイはスッと手を差し出しヴィオナにエスコートを申し出た。ルクレイの手にそっと指先を乗せ「お願い」とヴィオナはエスコートを受けた。
ルクレイはキャンプチェアとヘキサタープの説明をヴィオナに行った。少し分かり難かったので「実物で確認しようね」と詳細を先送りした。
ヴィオナの方はレジン糸を撚り合わせる点が盛り上がり過ぎた。服飾師のリランんだけでなく針子たちも話に入り実際に撚り合わせ始めてしまった。
直ぐにレジン糸が足りなくなるのが目に見えていた事でカリスタ伯爵夫人がヴィオナに増産指示を出した。ヴィオナは黙々とレジン糸を生産していた。
「リランの暴走がちょっと想定より強くて逃げられませんでした。リランはとても勘が鋭くて逃げれた事はありませんが……。でもリランは大好きです」
ヴィオナの話では騎士団にルクレイが鍛錬指導をした話もリランは食い付いたという事だった。恐らく騎士団長は詰められるだろうとヴィオナは笑った。
「本当はドレス風乗馬服のデザインが大人ぽい点を確認したかったの。ユミナは似合ってると言ってくれるけどデザインが浮いてないかな?」
ヴィオナが上目遣いでルクレイに似合っているか尋ねた。
「似合ってるよ! ドレスと歩き方が違うけど足運びがすごく自然でめちゃ淑女感が強く出てる。自然な足運びで優雅さが出てるからほんと凄いよ」
「そう?……レイが気に入ってくれてるなら嬉しいから良いかなぁ」
ルクレイの大絶賛にヴィオナの表情は明るくなったが少しだけ影が残った。
「大人ぽいというのは折り目が少なくてふわっとした時の動きのスマートさだと思うんだよね。ドレスの時のヴィーをクルンと回すとフワリ感が強いよ」
ルクレイが「あのフワリ感はちょー可愛い」とうんうん頷いていた。
「フワリ感ですか……」
「ドレス風乗馬服はやっぱり乗馬服を元にあるからね。折り目を増やしてもドレスぽくはならないと思う。むしろフワリ感を足す方が良いかもしれないよ」
ドレスは膨らませても違和感が少ないが乗馬服を膨らませると違和感が出てくる。これは構造上どうしようもない点とルクレイは考えていた。
その構造自体がヴィオナの活動的な側面を刺激して魅力的に見せているとルクレイは考えていた。ドレス風乗馬服は淑女に寄せているため妥協は必要だった。
「足す……あっ! ドレスでも布を足しますね。活動的な部分を残すようにフワリとなる布を上手く足せば不足している点が補えるかもしれません!」
ヴィオナの声のトーンが跳ね上がった。そして「ちょっと言ってくる!」とルクレイに断った。ルクレイは「気をつけてね」と快く送り出した。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイはヴィオナが駆けて行くのを見送り池の掘削を始めた。池の奥側はSUPや小型推進魔道具の試験を行う事を考えて水深は2m程度と考えていた。
「まぁ奥側を全部2mにするのもあれだから外周付近は2mで小島付近は1.5mぐらいにすれば良いよね。取水口とかから土は入るから最初から入れる感じと」
奥側から掘ると土を集め難くなるため小島付近から掘り進めた。
土が集まれば水壁で巨大な桶を発動し土を一気に詰め込んだ。といっても桶に丁度良いぐらいの土山を作り桶を沈めると土が桶に収まるので楽な作業であった。
「ふふ、今回の運搬はヴィーが忙しいから僕が終わらせちゃおう。たぶん十回ぐらいで運び終わると思うんだよね。まぁその分だけ土が足りないんだけど」
ルクレイが展開た水壁の桶は巨大である。桶の中に入っている土だけでも相当な重量だった。流石に重いと判断したルクレイは手袋に魔力を流し活性化させた。
手袋を活性化すると筋力強化の付与が活性化する。ルクレイはかなり重いものが持てる筋力があるところに強化が乗るとちょっとした不注意が危険だった。
危険性に気が付いたルクレイは危なくなさそうな時に活性化させるようにし始めていた。慣れれば力の制御が上手くいくようになると考えていた。
「さて、これで今回分は運び終わるな。転圧してないけど小山はやっぱりあまり大きくならなかった。転圧すると一層目を切るかもしれない……」
ルクレイは一層を3m程度で定義して五層の15m程度の小山を考えていた。
「境界を見ると基本的に左右が狭い楕円な土地に小山を築く事になる。目測で奥行きが60m程度で幅が40mぐらいだからやっぱり大きい……のか?」
ルクレイは運び終わった分でまだ2mぐらいしか積み上がっていない事に気が付いていた。明らかに土が足りていなかった。
「細かい計算は無理だから感覚任せになるよね。一層目の3m分を積んでみるしかない。でもなー、池の土だと一層分に届かないのは確実なんだよな」
感覚的に転圧したら確実に1.5mぐらいになるだろうと踏んでいた。境界に石を並べたので小さくするのは微妙に納得できなかった。
「やっぱこの小山はでかくね?」
普通に考えて150m近くも境界として石を並べている時点で気がつくべき点である。ヴィオナと雑談していた事で距離感も時間感覚もズレていた。
「これって結局は土木魔法で誤魔化すしかないよね? 造土で土をかさ増しすれば土は足りるけど何か負けた気がする……。やっぱり造石だよな」
ルクレイはコツコツと土を作っていく方法が今ひとつイケてないと感じた。ようは小山ぽい鍛錬施設があれば良い……ルクレイはそう結論づけた。
「そうだよ。土の中には石や岩がゴロゴロあるのが自然というものだ。石のない土だけというのがそもそも違和感しかない! 岩で水増しすれば良いんだ!」
「岩なのに水を増すのですか?」
背後から涼やかで心地の良い声が聞こえたがルクレイの背筋が伸びた。
「ヴィー、おかえりー。もう用事は終わった感じなの?……えっと……水は増さないよ? 水は池の方でこっちは小山だし……増すのは岩?」
ルクレイは背後に振り返りヴィオナにニッコリ微笑んだ。
「うん。伝えた瞬間に盛り上がったので逃げて来ました。リアンと距離があったので無事に逃げれたの。で、探知でレイが土を運んでるのが分かって……」
身振り手振りでリアンから逃げ切った功績をヴィオナは誇った。
「追い掛けて来たんだけど独り言を呟いていたので邪魔しないで後ろにいたよ?」
そしてニコッとしながらだいぶ前から後ろにいたことをバラした。
ルクレイの心の中で『ひょえー』と両手で頬を抑える姿が幻視された。
「そう?……僕さたぶん土が足りないと思うんだよね。だから岩を置けばその分だけ土が要らないかなって。ほら! 岩を入れれば頑丈だよ!」
ルクレイはフル回転している頭脳で言い訳をひねり出していた。
「そうですね。確かに頑丈な小山になりそうですね。でも、頑丈にするということは見えないからと禍々しい岩を埋めそうな気がします」
ヴィオナは目を細め首を傾げてルクレイに告げた。
「えー、そっ……それはないよー。いや、確かに使うのは騎士たちだから禍々しくても気にしないとは思うよ? それでも禍々しい岩は使わないよ?」
ルクレイは硬いという点で玄武岩が結構気に入っていた。しかし、女性陣には何故か『禍々しい』と突っ込みが入り使い勝手は最低な状態だった。
『どうする? この状況で玄武岩は出せない……。玄武岩は硬いけどマグマ関連だよな……。他にもあったはず……思い出せ! 溶岩なら岩盤浴だろ! あっ』
「そうそう禍々しい岩はお休みだよ? 転生礎石の仕舞う場所とか忙しすぎたからね。うんうん、違う硬い岩を出すから――『造石!』……」
「ドスン」
突然閃いたルクレイは言い訳をしながら造石を発動して岩を作った。
「あら、漆黒ではなくて禍々しさがないですね。これは普通の岩に見えますが頑丈なのですか? 今度は地味で今ひとつ頼りなさげですよ?」
『やった! 地味でも禍々しくないから成功だ! ありがとう安山岩!』
「これは『安山岩』という岩なんだよ! この岩もね硬いの。それこそちょー硬いから安心安全で使えるんだよー。とっても良い岩なんだよ〜」
ルクレイは何とか禍々しくない硬い岩を出せてテンションが上がった。
「それは良かったです。なぜこちらを先に出さなかったか気になりますが……」
ヴィオナの目の奥には楽しさがチラチラと見え隠れしていた。




