閑話 意外な再会と涼風の旋律がリガレアに向かう
リューウェンに向かう街道に一台の馬車を五頭の馬で囲った一団がいた。馭者席には男の子が座り馬車を操っているように見えた。
馬車にはリューウェンを治めるノルド子爵家の家紋があり周囲の馬車は距離を取っていた。馬車は停められることもなく門を通り街中に消えていった。
「おぅ、突然戻ってきたが洞窟は飽きたのか? 結局は馬車で入ったとこまでは聞いてるんだが……普通は馬車で入らないと思うぞ」
グレアル子爵はラウンジに入るとティアーヌを揶揄りにきた。
「アイテム袋をフィオたちが使えないからルクレイくんたちに相談しようと戻ったの。二層は踏破したけど現役時代には及ばないのよねー」
ティアーヌは戻った理由を伝えた。
「ついでに? 小箱から手袋が出たから使えるようにしたいって感じなの。大ディア相手にフィオとか殴っても打撃が綺麗に通らないのは困っちゃうわ」
ブランクの大きさも実感したとティアーヌは肩を竦めた。
「なるほどなー。でも二層踏破はアルフォンスたちに次いで二番目だ。船止まりの亀裂もまだ二層は踏破できてないからな。そういう意味ではやっぱスゲェぞ」
グレアル子爵は本人の言葉とは裏腹に『涼風の旋律』を評価した。
「あぁ、そうだ……ミモザの旦那が到着してる。洞窟に行ってると伝えたら森に出かけちまった。狩人って自己紹介してたんだが……少し変わってるな」
「えっ?……珍しく置き手紙を読んだのか。当分は村で狩人してると思ってたんだけど。そのうち帰ると思うのでリガレアに向かったと伝えて頂ければ幸いです」
「そうなのか? 伝えるのは全然構わないが……分かった」
グレアル子爵は首を傾げたが了承した。
ラウンジの扉がノックされ来客としてレグルスが訪問したと伝えられた。グレアル子爵は驚きながら入室を許可した。
「突然の訪問すみま……あれ? お母さんは洞窟に向かったのでは?……あっ、すみません」
挨拶の途中で母親のティアーヌがいることに気が付いたレグルスは挨拶を中断してしまった。
「気にするな。レグルスは親戚なんだからもっと気楽にしろ。いつでも好きな時に遊びに来い。リドルは毎日のようにあちこちの工房に入り浸ってるぞ」
グレアル子爵は笑顔でレグルスを受け入れ頭をガシガシ撫でた。
「レグはどうしてリューウェンに来たの?」
「ミレイと一緒にアル兄と会ってきたんだ。僕さちょっと悩み事があってアル兄に相談したんだけどリドルがしている事を見るの勧められた」
「あら、アルとリュミちゃんは元気だった?」
「うーん、ちょっと一杯一杯って感じだった。それでも助言してくれるアル兄は凄いなって思った。ソフィ姉とリサ姉が合流したからもう大丈夫だよ」
「やっぱり負担が強かったのね。ザルムで会った時に多少の違和感があったのよね。ちょっと浮かれてたからきちんと向き合えてなかったわ」
レグルスの言葉にティアーヌは項垂れた。
「アル兄がソフィ姉とリサ姉が合流できて良かったってこぼしてた。リュミ姉は王都で会った時と一緒だった。アル兄は三人揃うと安定するって言ってた」
「そうね。リュミちゃんとソフィちゃんとリサちゃんは会えばいつも一緒だったわね。アルは本当に良い縁を繋げたわ。元気に楽しく暴れて欲しいところね」
ティアーヌの言い方にレグルスは呆れた。
「あー、西部でも溢れは三つぐらい潰して洞窟を見つけてたよ。僕の頭の上にいる子はルサといって洞窟の四層にいたササビでみんな仲間にしてたよ」
「きゃぁー、その子可愛いです!」
レグルスの言葉で注目がレグルスの頭に向くとメリアが声を上げた。
「まぁなんだ。晩餐までゆっくりしていてくれ。レグルスも明日の船でリガレアに向かう予定か?」
レグルスは首を横に振り「リドルに合流します」と答えた。
その後、レグルスは捕まり洞窟の話をクラムたちに強請られ色々な話を披露した。ササビのルサはメリアの肩で乾燥果物を貰いながら寛いでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日の早朝にリューウェンを出港したノルド家の連絡船に『涼風の旋律』は乗船していた。連絡船は順調に海岸航路を帆走しレベナが見えてきた。
「お母さーん、港が見えたよー。あそこがレベナ?」
クラムが母親のカノンに尋ねた。寛いでいたカノンは「そうだね」と軽く答えた。一日で辿り着ける港がレベナしかないため確認すらしていなかった。
「カーン、カーン、カーン」
連絡船は入港を知らせる三連鐘を鳴らしレベナの港に滑り込んでいく。船尾風壁で減速した連絡船は桟橋への接岸を難なくこなし停船した。
「すごーい! お母さんピタッと止まったよ!」
メリアは母親のルナリエに驚きを伝えた。
「リューウェンに入港する時もそうだったでしょ? 理屈は全然分かりませんがアルフォンスが何かをした成果のようですね」
「お父さんの作るお船もピタッと止まる?」
ルナリエの反応の弱さをメリアは気にしなかった。メリアは父親が建造する河川船で同じ事が出来るのかとワクワクしながら質問した。
「さぁ? たぶん止まらないと思うわ。メリアは元々の連絡船を知らないから仕方ないわね。リグの作る船はもっと小さいでしょ? だから付かないと思う」
ルナリエが答えるとメリアはショボーンとした。
「相変わらずルナは手加減なしね」
ティアーヌはメリアの頭を撫で撫でしながら苦笑した。
◇ ◇ ◇ ◇
連絡船を降りたティアーヌたちは代官屋敷に歩いて向かった。リガレアに移動する方法を確認するためである。前に訪れたときは徒歩で移動していた。
「なんか活気がある? 前に来たのは現役の時だから随分前だけど寂れた村って感じだったよな?」
フィオが容赦の欠片もない評価を口にする。
「そうねぇ。印象としてはずいぶん大きくなってて町と言って問題ない感じですね。たぶん桟橋も増えてると思う。そもそも前は村長さんだったよ?」
ティアーヌが前に訪れた時は村だったと伝えた。
代官屋敷に到着したティアーヌたちは素性を伝え代官との面会を頼んだ。グレアル子爵の紹介状もありラウンジに通された。
「ようこそレベナにお越しくださいました。代官を任されたグレナンと申します。勿論、『涼風の旋律』も知っております。一度、当地に訪問されましたよね」
代官はにこやかに挨拶を交わした。前当主に抜擢され代官になる前に領都の部局で働いていた。その時に有名な冒険者パーティーが来たことを覚えていた。
「ルクレイ殿とヴィオナ様にお会いに来られたと伺いました。お二人は領都のリガレアに戻られてます。先ほど馬の手配を致しました。馬車ですと明日です」
代官は訪問の目的と人数を聞いていたので馬を手配していた。この時間でも馬であれば問題なく暗くなる前にリガレアに到着できるからである。
「現役の頃は徒歩で移動していたので勝手が分からず失礼を承知で伺ってしまいました。二人乗りの鞍でお願いしますね」
ティアーヌが代官に感謝を伝えた。
「村だった頃の記憶で訪れてあまりの変わりように驚きました。ここまで大きくするのはとても大変だったと思います」
ティアーヌは思った事を言葉にした。
「ありがとう御座います。先代の当主様が目をかけて育てた町です。前にお越しになった頃、私はまだ領都にいましたが先代様に任され皆と頑張った結果です」
少し驚いた表情を代官は見せたがティアーヌに礼を伝えた。
ティアーヌは頷き「本当に活気がありますね」と相槌を打った。
「この活気はルクレイ殿の成した事です。ヴィオナ様やマルセリオ様とフィリクス様のお力もあります。そしてノルド子爵家のリドル様にも助力頂いてます」
代官の表情に明るさが灯り今のレベナになった理由を話し始めた。
「ルクレイ殿が海からレベナに来られ製糸工房を立て直し造船工房に活気をもたらして下さいました。魚粉の生産もそうですし浜焼き場も作られました」
ルクレイが成した事を代官は並べていった。
「本当に素晴らしい方です。実は、オランド号で来られて最初に会ったのが私です。妻にも大変羨ましがられました。あの出会いは宝物です」
代官は少し赤くなった目を伏せた。
「ルクレイ殿は先代様の意志を引き継ぐと言って下さいました」
代官は少しだけ雑談をすると席を立ちラウンジから退室した。
◇ ◇ ◇ ◇
少し休んでいると扉がノックされ執事が馬の用意が出来た事を伝えに来た。ティアーヌたちはラウンジを出て馬に騎乗して代官屋敷を後にした。
クラムは一人で騎乗した。エグリアは母親ルナリエの前席、メリアは父親エザンの前席に乗っていた。昨晩戻り出発直前に気が付きミモザに捕獲された。
クラムはまだそれほど余裕はなかったが町中の移動は問題なかった。
町中の喧騒を感じながら北門に近づくとルナリエが声を上げた。
「あーー! ちょっと止まって! うちの旦那が歩いてたーー!」
慌てて馬を降りたルナリエが人混みの中に突撃していった。ミモザがヒョイっと降りてメリアだけになった馬の手綱を取り鬣を撫でて宥めた。
「えー、いくらなんでもレベナに旦那さんはいないと思うよ? 王都で集合なのにレベナにいたらビックリだよ」
ティアーヌが呆れた顔で飛び出したルナリエを目で追った。
ルナリエが男性を連れて戻ってきた。
「旦那を確保したからとりあえず出発しましょう」
ルナリエはそのまま馬へ騎乗した。カノンが肩を竦めて馬をルナリエの旦那に渡しクラムを前席に変えて騎乗した。フィオが「出発」と号令を掛けた。
「ルクレイたちは何したんだって感じだったな。代官の話もあれだったけど町中でちょくちょく名前が聞こえてきたぞ」
門を抜けて街道を速歩で駆けながら雑談を始めた。
「本当に前に来た時とは大違いでしたね。町中で即席魚粉を配布して味の感想を集めていたり浜焼き場があったりとかイメージが崩壊しました」
ルナリエはフィオの話題にかすりもしない話をした。
「レベナにルナの旦那さんがいた事が衝撃だったんだけど? なんでリアマスから王都に向かったはずの人がレベナにいたの?」
ティアーヌもかすらない驚きを口にした。
ティアーヌは本当に東方街道だけで辿り着くはずの行程で迷える事実に驚いていた。明らかに海まで来る日数の違いで気が付かないはずがないからである。
「いやー、面目もない。飛び乗った乗り合いが西に向かったから安心してたんだ。馬車は暇だから寝て過ごしていたんだ。気が付いたら終点のレベナだった」
ルナリエの旦那が頭を搔きながら言い訳を口にした。
「普通はザルム町で気が付くけど気が付かないのがリグだから仕方ないのよ。これも女神様の御心ですから感謝を捧げれば問題ありません」
ルナリエが苦笑いを浮かべながら旦那を擁護した。
途中、何度か休憩しメルカド伯爵領の領都に到着した。門で代官の紹介状を見せリガレアの街中を抜けて伯爵邸に着いた。
本館で執事長に身分と訪問理由を告げるとラウンジに案内された。
「はぁ、ほとんど飛び込みで貴族家に入り込むのが普通になってきた」
フィオがこの異常な状況に慣れ始めたと慄いた。
「何を言ってるの。メルカド伯爵家のヴィオナちゃんと一番意気投合してたフィオがヴィオナちゃんを訪ねるのが重要なのよ? まったく困っちゃうわ」
ティアーヌがフィオを揶揄り始めた。
「いやいやいや、俺は最初にダメ出しをしたはずだぞ!」
フィオがティアーヌの投げた餌に食いついた。
「バーン!」
突然扉が開いた。
「あー、フィオさん! 遊びに来てくれて嬉しいです!」
ラウンジにヴィオナが飛び込んできた。フィオを目ざとく見つけたヴィオナはフィオに駆け寄り抱きついた。その後ろには苦笑いしているルクレイがいた。
目を丸くしたフィオは「久しぶり?」とヴィオナに答えた。




