第七節 ドレス風乗馬服と髪飾りの破壊力と騎士の試練
メルカド伯爵邸の小道をルクレイとヴィオナは早朝から散歩していた。いつものようにルクレイはヴィオナをエスコートしていた。
「そのドレス風乗馬服は本当にヴィーに似合ってる。立ち姿はドレスの時の可憐さを見せてくれる。歩いても足捌きは乗馬服のようだけど淑女のままだよ」
ルクレイのテンションはいつもと違い高かった。
「もう……レイに褒められるのは凄く凄くとっても嬉しいけど……恥ずかしいです。お迎えに来てくれてからずっとですよ? とっても幸せですけど」
ずっと賛美され続けているヴィオナのテンションも高かった。ただ恥ずかしさは本当だった。会った瞬間に抱きしめられクルクルと回されていた。
フワリと揺れるドレスの裾のような優雅さがクルクルと回ることで演出された。可愛いを連呼するルクレイにまたギュとされ頬にキスを落とされた。
ユミナが「コホン」と咳払いして移動を促した。
ルクレイは恭しく手を差し伸べエスコートの許可を求めればヴィオナはそっと手を乗せ「許します」と二人のイチャ小劇場をユミナは見ることになった。
『まぁ、こうなるのは想定の範囲内です。髪留めのレースも褒め出しましたね。あのレースリボンは私も傑作だと思います。隠しリボンは似合い過ぎます』
ユミナは糖度が爆上がりするのは覚悟していた。身支度で選んだレジン糸に付いたレースリボンを隠しリボンとして編み込んだ時にダメなヤツと思った。
とにかく似合う。チラチラ見えているレースが小動物系のヴィオナの可憐さを引き上げていた。加えて淡い藍色の見せるリボンが致命的に可愛かった。
そこに仕上がったドレス風乗馬服も凶悪だった。背の低いヴィオナに合わなそうな大人びたデザインの服だが可愛さを引き上げ大人の背伸び感が漂っていた。
『クルクル回した時もドレスほどフワリ感はないはずなのに膨らみ方がドレスより綺麗に見えてました。ドレスは下着が心配ですがあの服に心配はないです』
ルクレイがこれを狙っていたとはユミナは考えていなかった。リランも凶悪さを前面に出したいわけではなかった。噛み合わせで凶悪化しただけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「小川の取水するところが良い感じだったから手が入る前にヴィーに見せたいと思ったんだ。景観の説明はしないからヴィーの目で見て欲しい」
ルクレイはユミナの視線に気が付き賛美を少しお休みにした。
「朝からレイの声が聞けて嬉しいわ。レイが見た素敵な場所に早朝から案内してくれるんだもん。身支度してる時からソワソワしちゃった」
既に池を過ぎて森の中に入っていた。ルクレイはヴィオナをエスコートしながら水路の横に二人で歩ける道幅を考えて水路の幅を決めながら進んだ。
「もう少しで着くよ。あっ……切り株がそのままだった。あれは邪魔だよね。木を伐採だけして放置しちゃってた。土木魔法の伐根を後で試してみるね」
「その魔法は記憶にないです。『ばっこん』ってどんな魔法でしたっけ?」
ルクレイが使うと言葉にした『伐根』はヴィオナの記憶になかった。
「あっ……土木魔法大全で開墾のページにちょっとだけ載ってた。ようは開墾で土を緩くして根を抜きやすくするのがお勧めって書いてあった感じかな」
「えっ?……それって魔法の説明なの?」
「さぁ、まぁ発動しなかったら開墾で緩くして根っ子を引き抜けば良いから特に問題はないかな。でもきっとあると思うよ? 土属性の発動言語は雑だから」
ルクレイは土属性の雑さをネタに笑った。
切り株を避けてヴィオナを小川まで誘導した。段差を落ちる水音に木々の葉を揺らす通り抜けていく風たちがヴィオナの髪を優しく触り離れていく。
「綺麗……」
早朝という事もあり少し暗いが木々は小川の道を木漏れ日で彩っていた。段差を落ちる飛沫が木漏れ日でキラキラと煌めいていた。
小さな空間だがヴィオナは目を奪われていた。
『確かに綺麗です。こういった景色をヴィオナ様は好んだ事も冒険派になった理由のひとつです。それにしてもルクレイ様は良いツボを押しまくりますね』
ヴィオナの感激と感動を邪魔しないように気配を消したユミナは絵画になりそうな二人を見ていた。ルクレイも邪魔をしないようにしている事が分かった。
「子どもの頃にこの場所は探索したはずです。この小川も覚えてます。綺麗と感じた事も覚えてますが……これほどとは思いませんでした」
小川を見つめヴィオナは静かに言葉を紡いだ。
「小川は姿を変えるし木々も育つし朽ちるよ。景色は常に変わり続ける。今この時の景色がヴィーの心を揺さぶる姿なのかもしれない。ちょっと焼ける」
「レイと一緒だから心に響いたのよ。隣にレイがいるだけで心が豊かになるの。今このときにレイと一緒に来たからこの景色に感動したのね」
ルクレイの言葉がストンと心に入りヴィオナは頬をうっすらと染めた。そして最後の一言にクスッと笑った。ルクレイの独占欲がヴィオナには心地よかった。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく景色を堪能した二人は戻ることにした。
「さてと、この根っ子を取り除いて戻る時に掘削で掘り進むね。来る時にヴィーをエスコートするのに必要な道幅は確認済みだから小道として残す予定だよ」
ルクレイはヴィオナに声をかけて根っ子に一人で近寄る。何となく少しだけ嫌な予感がしたのでヴィオナに風壁を頼み自分は水壁で防御を固めた。
「伐根!」「ズバァーーン」
地面に埋まっていた根の周囲の土が吹き飛び根が飛び出してきた。周囲に土を撒き散らし根は傍にあった木にぶつかり木が「バキバキ」と折れた。
「やっぱり基準がおかしい魔法だった。服とかは水壁で無事だけど術者保護が効いてるとは思えない魔法だな……。ヴィーは大丈夫? 土が飛びまくった」
「えぇ……風壁で防御してたから大丈夫……よ? あれが伐根なの? 根を吹き飛ばしてたけど……。巻き込まれた木も災難ね」
目を丸くしていたヴィオナとユミナだったがヴィオナはくすくす笑い出した。
「何となく嫌な予感がしたんだよね。根っ子が前に飛んで行ったのは術者保護だと思う。でも吹き飛ばされた土から身を護ってくれるとは思えないかな」
眉を寄せるルクレイを見たヴィオナはくすくすと笑い始めた。
「木の根って凄く張り巡らされるんだよね。たぶん『抜根』の根本的な問題は全ての根を取り除こうとしてるところだと思うんだよね」
「取り除くとダメなの?
ヴィオナには問題と聞いても問題点が分からなかった。
「木の根は広がる中で土や石や場合によっては岩を巻き込むんだ。それを一気に引き抜こうとしたら……そりゃ凄い勢いで色んな物が吹き出してくるかな」
眉を寄せ腕を組むルクレイを見たヴィオナは我慢できずに笑い始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
水路を掘削で掘り進みながらルクレイとヴィオナは池まで戻ってきた。水路は森の境界で掘削をするのを止めて庭師に任せる事にした。
ヴィオナはこのまま排水路も見てみたいと強請った。
ルクレイは了承し小山の広場を経由する案を提示した。ただ時間的に厳しいから途中からヴィオナを抱いて駆ける案が提出されヴィオナに了承された。
「つまり私はこのまま本館に向かうという……事ですね。状況確認も含んでますから致し方がありません。朝食はその服になりますので気を付けてください」
ユミナは色々と諦めヴィオナに服だけは汚さないように念を押した。
ユミナと別れルクレイとヴィオナは楽しそうに雑談しながら排水場所に向かった。ルクレイは掘削を発動して50cm幅で深さ18cmの水路を掘り進めた。
「小川にぶつかったね。傾斜的に大丈夫だから繋いでおくね」
ルクレイはヴィオナに説明して水路と小川を繋いだ。そして小川の横を足元に注意しながら進んだ。もちろんヴィオナを抱いて水壁の上も使った。
「下流側の排水は問題ないね。水位も想定の範囲内に収まってる。朝食の後に上流側を繋いで小川を切ろう。で、時間が押してるからこのまま駆けるよ」
何故か横抱きにしたままのヴィオナに駆ける事を伝えた。ニコニコしているヴィオナは頷き首に回した手に少し力を入れ……ルクレイの頬にキスをした。
真っ赤になりながらヴィオナは「行きましょう」とすました声でルクレイを促した。ルクレイは満面の笑みで「掴まっててね」と駆け出した。
ルクレイは水壁を空中にどんどん展開し駆け抜けていった。障害物も関係なく一直線に本館の玄関前に降り立った。
「レイ、余韻が少ないわ」
ヴィオナが少し口を尖らせて暗に急ぎすぎを指摘した。ルクレイはヴィオナをそっと降ろし「つい張り切っちゃった」と笑顔でエスコートを申し出た。
「もう……」
ルクレイの手にヴィオナは手を重ねて本館の中に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
小山の造成地は多くの従僕か各々の作業をしていた。土の運搬はまだ不要だったがついでのようにルクレイが広場に抜ける小道の伐根をしたためである。
これは従僕たちが多かったから行った側面もありルクレイの無計画というわけではなかった。二十個ほどの木の根は従僕たちには強敵だった。
木の根を抜いたルクレイはヴィオナと雑談しながら上流側の水路をどんどん掘り繋げていった。全て繋いだ水路を水が流れ下流側に抜けていった。
「綺麗に流れるものですね。水路の縁を整えたら庭園にあっても良い出来です。王都のタウンハウスにこんな感じの水場があると良いかもしれません」
繋がった水路は中々にヴィオナの好みだった。
「考えてみても良いかもね。水源を給水魔道具のようなものにすれば緊急時に役立つかもしれない。王都は水場が少ないから街中にも欲しいかも」
ルクレイは王都と聞いて水場が少なかった事を思い出した。横を流れるセトリアナ大河で水は視界に入るから当時はそこには気が付かなかった。
「そうだ! 小山の周囲を石で囲もうって考えたんだけど、どう思う? 少しでも崩れ難くする支えみたいな感じかな」
「囲うのは大変ではないてすか?」
突然湧いてくるルクレイの仕様変更にヴィオナは大変かどうかだけを確認した。急ぐ作業ではないので特に反対するつもりは欠片もなかった。
「それほどではないと思う。奥側にやってみて雰囲気を見てみようよ」
少しワクワク感の出ているルクレイにヴィオナは「良いですよ」と答え奥側への移動を促した。足場の悪い場所は抱っこしてくれるので嫌はなかった。
『ヴィオナ様は空中を駆けて戦えるのに抱っこを所望しますよね。あまりにも自然に横抱きしてますから横抱きに関する噂は完全に姿を消しました』
ユミナは足場の悪さなど気にもしない二人が茶番のようにイチャイチャしている姿を見ていた。最近は横抱きしていても誰も気にしない点に気が付いていた。
ユミナが見ているとルクレイはエスコートしながら掘削で溝を掘り造石で四角い岩を溝に落としていた。雑談しながら石造りの境界が作られていく。
『なぜポコポコと石壁の一段目が作られていくのでしょうか……。ズレたら二人で笑って手で直すとかおかしいです。というかよく見ると転圧もしてます』
全然気が付かなかったがユミナはルクレイが発動言語を唱えていない事に気が付いた。小柄のカップルが散歩する横に石壁が生まれる光景は目が痛かった。
「あっ、入口の方に騎士団長が来たみたいですよ。細かいところは無理ですが騎士団長は分かりやすいわ。三人で来たみたいですね」
探知に入ってきた人に気が付いたヴィオナがルクレイに伝えた。ルクレイは入口の方を見てヴィオナに笑顔で頷いた。
ルクレイは作業を止めてヴィオナを誘い入口に向かった。
「ルクレイ殿、ヴィオナ様。ご無沙汰しております」
広場の入口で騎士団たちとルクレイは合流した。打合せのため拠点に向かうためルクレイがヴィオナをエスコートして騎士団長たちを促した。
「実は坂を作るにあたって騎士たちの要望を聞きたいと思いました。せっかく造成するのですから駆けるだけだと勿体ないかなって思うんですよね」
ルクレイは騎士団長に考えを話した。
「ここはもう少し実践的な鍛錬場にしませんか?」
にこやかに話し掛けるルクレイに悪意は微塵もなかった。ただ鍛錬に使えそうな施設なら時間が掛かっても騎士たちが満足できるもの……そう考えていた。




