第二節 砂浜デートとマナーで報告書の糖度は毒?
ルクレイとヴィオナが砂浜を歩き感触を楽しんでいた。拠点では少し苦い顔でユミナが二人を見ていた。苦い顔になってしまったのはヴィオナの行動である。
『感触を調べるなら素足で調べないといけません』
ヴィオナはササッとブーツを脱いだ。靴下は脱がなかったがマナー的にアウトであった。しかしニコニコとルクレイにエスコートされては注意できなかった。
『まあ、マナー違反ですが奥様もルクレイ様が関わると寛容な判断が増えてます。大奥様は完全に煽る側ですし……。外でやらかさないよう頑張りましょう』
なし崩し的にルクレイの前ではマナーより甘える行動が増えているヴィオナにユミナは頭が痛かった。社交から離れている点も影響していると分かっていた。
『加えてソフィア王女殿下です。あの方はとても奔放な事が確定してヴィオナ様がかなり親友として影響を受けています。王女様に苦情は出せません……』
ユミナはヴィオナがソフィア王女に親友として完全認定されたお茶会を思い出していた。緩い会話に武術鍛錬とお茶会という社交が欠片もないものだった。
『そして……ヴィオナ様は国王陛下と両妃殿下の前でもソフィア王女殿下たちと緩くしてました。私が側付きで入れている時点で王家の方々も緩すぎです……』
ユミナは国王陛下とルクレイたちの面会も同席しカリスタ伯爵夫人とイゼルダ前伯爵夫人に報告していた。二人がニヤニヤしている時点でアウトだった。
足の感触を楽しみ砂を増量して楽しんでいる二人をユミナは遠い目で見ていた。しかし本館側から従僕の接近に気が付き気を張り直した。
「レベナからルクレイ様に荷物が届きました。製糸工房から糸との事です。加えて色染めに使う染料も含まれているとの事です」
従僕がユミナに届いた荷物の説明をした。
「届いた荷物はいつも通り工房に入れて。目録もいつものように作ってね。工房の加熱魔道具が足りなくなる可能性があると執事に伝えて下さい」
ユミナは従僕に指示を戻し荷物の受け入れを指示した。優先度は低いので夕食に戻るタイミングでヴィオナに伝える事にした。
夕食前の身支度をする頃合いになったのでユミナがルクレイとヴィオナに声をかけた。砂浜にはいつの間にか綺麗な石が置かれ二人で配置を話し合っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
池の拠点から身支度のため本館にルクレイとヴィオナは向かっていた。
「染料がリンダから送られて来たみたい。これでレジンを色染めできます。明日から色染めも少しやりますね。染料が届いた情報はお母様にもしないとです」
ユミナからの報告でヴィオナのやる気がポンと跳ね上がった。
「従来の糸も届いたみたいだし必要な時は持っていってね」
「ありがとう。レジン糸にレースや布をつける話とドレス風の乗馬服の話がちょっと大きくなりそうなの。どちらもお母様が食い付いてリランと騒ぎ始めたの」
ルクレイから話の出たアイデアをヴィオナは昼食後の身支度で服飾師を呼んで相談していた。その後に何回か侍女がヴィオナに話を聞きに来ていた。
「お義母さんが食い付いたの? あとリランって?」
「リランはうちの服飾師よ。わたしの服は全部彼女がデザインして仕上げてるの。小さい時からわたしの好みを優先して可愛い服を作ってくれるのよ」
ヴィオナの好みという点で活動しやすい服というニュアンスが含まれていた。冒険派のヴィオナを支えていた共犯とも言えた。
前方からヨルダムが荷車を引いて工房に向かいやってきた。
「何か取りに来たの?」
「はい。ガラスの原料と添加物を鍛冶工房に運びます。ブカゾール師匠からレシピを厳密に守ってガラスの試作をするように指示を受けました」
ヨルダムはルクレイにブカゾール師匠からの指示を説明した。
「そっかー。怪我だけは本当に気をつけてね。あと寝不足もダメだよ。あとガラスを鍋で転がした物をヨルダムが良い出来と思ったら見せてね」
「はい! ルクレイ様に見て頂けるのは嬉しいです」
ルクレイの注意を聞きながらヨルダムは笑顔で答えた。
「そうだ! ヴィー、魔法で出した砂でガラスを作ってみて貰う? 細かい成分は分からないけどガラスは作れると思う。出来がちょっと気にならない?」
「それは良い案です。個人色で作るガラスはレイの作った砂から作りたいわ」
ヴィオナがキラキラした目でルクレイにお願いした。
「品質の良い砂を作るね」
ルクレイはヴィオナに笑顔を向け頬に軽くキスを落としてヴィオナと別れた。ヴィオナの身支度は時間が掛かるため先に本館へと戻った。
ルクレイはヨルダムを伴って工房に向かった。
「土属性の土木魔法で砂を作ってみたんだ。その砂でガラスを作ってみて欲しい。そのままの砂と分離魔道具を通した二種類なんだけど良いかな?」
「もちろんです。……ところで僕は土属性なのですが習うことはできますか?」
ヨルダムは話を受けるとルクレイに尋ねた。
「うーん、魔法が使えたら検証の手伝いをお願いしたいけど教えるのは無理かな。最大の理由は僕が習っていないから教え方が分からないんだよね」
ルクレイは率直に教えられないと伝える。
「そして伯爵家の立場的に教えて良いのかが分からないのもある。ヨルダムだけに教える根拠がないんだ。特別扱いを正当化できないのは筋が悪い」
「そうですよね。率直に教えて頂きありがとう御座いました。特別扱いされるにしても価値を示せなければ仰る通りでした。大変失礼しました」
ヨルダムは深く頭を下げルクレイに謝罪を行った。
「言えることは属性を持ってるだけでは意味がないこと。まずは魔力を感じるところからだ。これは感覚の話なのでヨルダムがどれだけ真剣にやれるかだね」
ルクレイは下手な特別扱いが人を潰す可能性があり増長させてしまうリスクもある事から教えるつもりはなかった。まずは努力を見せてもらう必要があった。
ルクレイはふと記憶にある言葉が浮かんだ。
「この言葉は英雄のアルフォンスさんがリューウェンで行われた祝福の儀で話したものだよ。だから僕がヨルダムに言っても特別扱いにならないね」
ルクレイは予防線のようにアルフォンスの名を出し静かに言葉を紡いだ。
『魔力は皆さんの内から皆さんを見ています』
静かなルクレイの声がヨルダムの耳に届きルクレイは「大事な言葉だよ」とヨルダムに伝えた。この言葉はアルフォンスが辿りいた魔力の理だった。
ルクレイは工房に置かれている空の樽に造砂で砂を詰めていく。
工房内で迂闊な事をして惨事を招かないようにルクレイは標準の設定で造砂を繰り返し発動した。回数は多かったが段々とスムーズに発動されるようになった。
「魔法というのは繰り返す事で習熟が進む。これは鍛冶もガラス作りも同じ本質的なものだよ。努力は決して無駄にはならないから是非とも頑張ってね」
ルクレイはヨルダムに努力と継続に対する助言をした。
「ついでみたいで悪いんだけどタープの支柱を十本ほどブカゾールさんにお願いしておいて。あの支柱があるとタープを張るのがやっぱり落なんだよねー」
そして容赦なく追加の注文をヨルダムに頼んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
晩餐の場は少しざわついていた。ルクレイたちが食堂に入り席に着くとカリスタ伯爵夫人がヴィオナにレジン糸と乗馬服の話を始めたからである。
ルクレイはそれを横目にバルテア伯爵に池の状況を説明していた。
「午後は土木魔法の確認と浅い箇所を実際に掘削して砂地にしてみました。砂地はヴィーにも好評だったので工房側は浅めの砂地にしようと思います」
ルクレイは池の構想で決まっている部分を先にバルテア伯爵に伝えた。
「んん?……砂地? 砂を持ってくるのは大変だと思うんだが。その口振りだともう砂地になってるのか? いまいち状況が分かり難いんだが」
バルテア伯爵は砂という点を疑問に思った。少しの砂であれば近くの川で集めるが多い場合はレベナに採取と輸送を頼む必要があったからである。
「あっ、お父様。その事で報告がありました。レイが土木魔法で大全にない発動言語を見つけています。砂はその新しい魔法で作り出せます」
カリスタ伯爵夫人と話していたヴィオナがバルテア伯爵の発言に反応した。
「はぁ?……えっ?……発動言語を見つけた?」
ヴィオナの言葉が理解できずバルテア伯爵は尋ね返した。
「ええ、二つほど見つけてましたけど王宮魔法局に伝えますか? 伝えるのであれば情報を整理してお父様に見てもらう必要があります」
「くくく、ルクレイは面白いな。王宮の魔法局には伝えときな。土木魔法が増えるとか誰も想像しとらんだろ。これはこれで面白そうじゃ」
イゼルダ前伯爵夫人が話を引き取ってバルテア伯爵に決定を伝えた。
「はぁ……分かりました。書式は正直なところ存在していない。二人で書いて……悪いが俺でも振りじゃなく分かるような感じで頼む」
「分かりました。わたしとレイで書きますね」
ヴィオナはルクレイに視線を移すとルクレイは笑顔で頷いた。
「このあと一緒に書こうね。僕は魔法陣を描くから書く内容の精査をお願い。最終的な不足点はお義父さんとお義母さんが見てくれるからのびのび書こう」
ルクレイの言葉にヴィオナも笑顔で頷いた。その言葉を聞いたバルテア伯爵は苦い顔をしていたが特に口を挟まずにため息で誤魔化した。
「そういえば、お母様と話していてレジン糸を作る製糸魔道具をレイが発注するという話になってませんでしたか?」
「あっ……なってた。すっかり忘れてた。そうだよ、レオナールさんに巻上魔道具の見本を送る時に同封する予定だったのにすっかり抜けてた……」
ヴィオナの指摘にルクレイは忘れていた事を思い出した。
「そちらの発注書も書いてしまいましょう。でね、工房用に加えてここで使える家庭用も欲しいかなって思うの。リランが欲しがってるみたいなのよね」
ヴィオナが魔法の報告書と一緒に書こうと提案した。
「それは分かる。リドルから聞いた話だと全自動製糸魔道具が生まれたのは魔力を制御できなくても作りたかったからだってさ。思うことは同じさ」
服飾師のリランが欲しいという話をルクレイは当然と受け止めた。
「太さを変えられるように魔力照射を可変にしてもらえるように頼もう。ちょっと時間は掛かるかもしれないけど太いのや細いのは絶対に欲しくなる」
夕食が終わり二人はラウンジで報告書を書いていた。ルクレイは何度か発動した造砂の魔法陣をサラサラと描き起こしていく。
ヴィオナはユミナと書くべき項目を整えていた。
「転圧の方は一度試しで発動しただけなので覚えきれてなかった。後でちょっと試して魔法陣を描く事にする。という事で報告書の本文を書いていこうか」
ルクレイが報告書を書く方に加わった。ユミナは少し引いてヴィオナとルクレイの会話を邪魔しないように観察するポジションに入った。
『油断してはダメよ。この二人は油断したら報告書の中身の糖度を絶対に上げてきます。恐らく慣れてない魔法局の役人には致命毒になりかねません』
ユミナはルクレイの賛美を混ぜようとするヴィオナとヴィオナの貢献に砂糖をまぶすルクレイに横槍を少しずつ入れて糖度を落とす事に専念した。
本文が書き上がったのでルクレイは少し外に出て転圧を何度か発動した。
頭の中に浮かび上がる魔法陣を記憶して魔法陣を描き出し報告書の中に含めた。報告書と発注書は明日のレベナに向かう伝令に託される事になる。




