第一節 慌ただしい祝福の儀と新たなる旅立ち?
「ぼっちゃま、旦那様が昼食は本館で取るようにと連絡が来ました」
侍女のアユナが本館からの伝言を伝えた。現在は午前中の座学の時間で、左にマルセリオ、右にフィリクスが座り次の教師が入るまでの休憩となっていた。
「分かりました。リオ、リク、聞いた通りだよ。昼食は本館で取るから早めに移動しようね。今日は、何でも小ボア肉というのが手に入ったそうだよ?」
「「かしこまりー」」「こぼあにくー」「おにくかなー」「「おにくだよ!」」
「おっ、新しい突っ込みパターン! 良いね、可愛いと思う。ただ、二人とも普通に話しても良いと思うんだけど、どうかな?」
「「えー」」「こっちのほうが」「ひょうばんいいよ?」
「何となく分かるんだけど、たまに普通ぽくなるでしょ? 普通ぽいのが混ざると、やっぱり違和感を持たれちゃうから、普通ぽい方に寄せた方が良いと思う」
「「かしこまりー」」「これは」「駄目かな?」
「なるほど、『かしこまり』と『うけたまわり』を二人でハモるのは気持ちいいか。加減が難しいね。まぁ、ぼちぼち行こうか」
「「かしこまりー」」
午前中の座学が終わり、少年と双子は本館に向かって移動していた。
「今日の最後にやった『落とし人』の授業は、やっぱり先生はやり難そうだったね。落ちたものは致し方ないし、助からない人が多いのも事実なんだけどね」
「さすがに、ルクにぃを前にしてだから大変かなって思うよ?」
「そうそう、ルクにぃが気にしなさすぎ」
「話を聞く限り、『落とし人』は拾った人の身分が分からないから扱いが難しいよね。王宮への報告も義務化されてるし」
「報告義務」「父様覚えてるかな?」
「えっ? そこ? 忘れてたらまずくない?」
「「少しぐらい大丈夫!」」「だと」「いいよね」
「ちょっと不安になってきたから聞いてみよう」
本館に到着し三人が食堂に入るとバルテア伯爵はすでに席に着いていた。
「お待たせしてすみません」
少年が遅参の謝罪を口にした。
「離れから来たんだから気にするな。というか、何でまだ離れなんだ? 本館に入れるから、こっちに部屋を用意すれば良くないか?」
「まことにすみません。誰も不都合がなく、旦那様も気にしておりませんでしたので、そのまま放置されておりました」
執事長が眉を寄せ恭しく頭を下げる。
「でも良い点はありますよ? リオとリクは移動することで気分が切り替わります。先生方も、離れで授業を始めてから集中力に違いを感じるそうです」
バルテア伯爵は顎を撫でながら少し思案した。
「確か、カンコール工房主が師匠として来る話になったな。いっそのこと、あの離れはルクの工房的な場所にするか。本館の部屋は別途用意しろ」
執事長は「畏まりました」と答えた。
『なんか、普通にこのまま住む流れぽいなぁ。助かるけど、貴族家としてアリなのかな? その辺りが良く分からないけど聞くべきなのか……分からん』
少年はハッと思い出しバルテア伯爵に問いかける。
「伯爵様、リオとリクと話していたのですが、僕の報告って王宮に上げる必要があると聞いています。その辺りはどうなってますか?」
バルテア伯爵は目を見開き、「忘れてた」とこぼし目を手で覆い隠した。
「旦那様、ぼっちゃまは年齢的に十歳辺りと思われます。記憶がないとなると、念のため祝福の儀も受けさせて十歳以上かの確定情報が必要となります」
バルテア伯爵は「そうだった」と肩をガックリと落とし萎んでいた。
『追撃にまったく手を抜かない執事長さんだよなー』
ということで、少年の祝福の儀を行う手配を執事長が差配し、少年たちは小ボア肉のステーキに舌鼓を打ちながら楽しく昼食を取った。
領都の教会は、街の中央に作られた広場に隣接していた。広場の周囲には露店が並び、多くの人が行き交っていた。
伯爵邸から教会は近いが、貴族家として徒歩での移動とはいかず、馬車が仕立てられた。少年はその移動の不自然さが気になった。
「徒歩で行ける距離で馬車を仕立てるのはやはり無駄を感じますが伯爵様は気にならないのですか?」
バルテア伯爵は率直な少年の言葉に苦笑いを浮かべた。
「そうだな、俺は騎乗で移動するほうが好きだな。俺だけなら馬で移動するぞ。今回は、ルクだけでなく、リオもリクも付いてきたからな」
「「ルクにぃの」」「祝福の儀」「見逃せない」
「なるほど、リオとリクは常歩は問題ないです。今は、速歩のときの揺れを身体に馴染ませてます。バルムとフリムも同じ慣れの時期ですね」
「ルクの乗馬指導は変わっているが効果が高いと騎士たちの報告にあったぞ。馬の感情で身体の添わせ方を伝えるというのは記憶からかい?」
「記憶に乗馬に関するものは思い出せません。子どもの頃に乗ったという記憶の断片はありますが、お遊び程度で引き馬ですね。今の感覚はニロンのおかげです」
バルテア伯爵は「ニロンか」と少し難しい顔をした。
「ニロンは少し癖が強くてな、乗れないわけではないが馴染む騎士はいない。そうだな、ルクにニロンを預けよう。当分は相棒として行動してくれ」
「分かりました。後でニロンに伝えておきます」
少年の言い方にバルテア伯爵はクスッと笑みを漏らした。
教会に到着すると、先触れを出していたことでそのまま教会の中に案内された。
少年は同伴としてバルテア伯爵と双子を指定して個室に入る。個室にいた司祭は同伴者に目を見開いたが落ち着いた声で祝福の儀を始めた。
「よくここまで健やかに育たれました。女神の導きに感謝を」
司祭が短い祈りを行い少年に手をかざす。少年は体内で緩やかな波動が生まれ満ちていく感覚を得た。ただ、生まれ満ちていく感触に違和感を覚えていた。
『新たに波動が生まれたというより感じるようになったという感覚だな』
「基本属性ですが、これは〈水〉と〈土〉ですな。特異属性は認められません」
司祭の言葉に、少年は深く一礼し、感謝の言葉を伝えた。
教会を後にし、馬車に乗り伯爵邸に戻る。馬車の中では、少年はマルセリオとフィリクスに受けた属性に関する話をしていた。
「「ルクにぃは」」「水属性」「土属性」「「二つすごい」」
「えっ? そうなの? 座学で魔法の授業はないから知識がないよ」
バルテア伯爵は「三歳で習うからな」と、クククと喉を鳴らし教えてくれた。
「魔法は危ないから創生の女神様は子どもの魔力を封じた」
「祝福の儀を受けて初めて魔力を授かり魔法が使えるようになる」
双子は習った言葉を厳かな雰囲気を一生懸命作り、少年に伝えた。
「リオ、リク。教えてくれてありがとう。とってもカッコ良かった」
『たぶん波動として最初に感じた物が魔力なんだと思う。今は波動を感じないから、波動はたぶん認識の広がりが揺らぎになった感じなんだろうな』
少年は異世界転生大好きな『前世の記憶』に引き摺られそれっぽい内容を頭の中で考えていた。もし馬車でなく一人でいたら黒い歴史を作っていただろう。
『救助されてから今まで、魔法と認識できるものは見ていない。これは魔法というものの立ち位置が日常的でないということだろう。きっと呪文が恥ずかしい……』
「「ルクにぃ」」「馬車止まった」「さっさと降りる」
脳内が暴走していた少年に現実の世界が強制的にサラウンドで介入した。
「おっと、ごめーん。魔法のことを考えてたら集中しちゃったみたい」
教会から戻り、いつものように武術の鍛錬を始める。最近、マルセリオとフィリクスは、少年と同じような棒を仕入れ、木の小剣にはホコリが被っていた。
「ヤァー」「カーン」「ヤァー」「カーン」
「トォー」「カーン」「トォー」「カーン」
双子は足捌きに注意しながら少年に攻撃を加え横を抜け反転して攻撃を繰り出し後退するという流れを交互に繰り返していた。
「踏み出す足の場所はちゃんと確認するんだよ。凹んでたり石があったらよろけて隙が生まれるよー。今は身体が思った通りに動くか確認ねー」
「「はーい」」
しばらく同じ流れを繰り返し息が切れたところで給水のため休憩に入る。
「リオとリクの動きが凄く安定してきてるよ。寝る前と、起きた時の運動が効いてると思う。少しバランスが崩れても揺らがない感じになってるね」
「階段の上り下りが楽になった」
「隠れて移動するときに音が小さくなった」
『今でも隠れて移動しとるんかーい』
「まだ筋肉は付けられない。身体のバランスと動かし方が中心だからね。リオとリクは怠らずに継続してるよね。この継続も大事な武器になるからね」
武術鍛錬が終わり、三人は身支度をして晩餐までの時間は魔法の本を開き遊びながら勉強した。
今日の晩餐はラビ肉のステーキとパン、あっさり風味のスープと多めのサラダだった。双子はサラダを見て少年に視線を飛ばした。
少年は慌てて首を振り無実を主張した。
「とりあえず、急いでルクの資料を整えたから王都に送ろうと思ったんだ。だがな、正確な名前と年齢が分からない場合の注記に気が付いた」
子どもの攻防に気付かないバルテア伯爵はステーキを切りながら話し始めた。
「名前か年齢が分からない場合は、王宮で面接があると書いてあった……。というわけで、ルクは王都に一度行ってくれ」
少年はステーキを噛み締めた格好で固まった。
「「ルクにぃ」」「お出かけ」「羨ましー」
「えっ?……お出かけ? あっ、王都ですか……」
ステーキを皿に戻しバルテア伯爵に顔を向ける。
「騎士を三名付けるから騎乗移動で向かってくれ。王都までは騎乗移動で三日ほどだ。ニロンなら移動そのものは大丈夫だろう」
少年は『制度では仕方ないか』と考え、バルテア伯爵に了承を伝える。
「名前の案はルク、年齢は十歳で資料に入れてある。先ずは王都のタウンハウスに入ってくれ。王都までの通行証は用意してある」
「分かりました。移動ルートは騎士さんたち全員が知っていますよね?」
「そこは大丈夫だ。後は……向こうに妻と娘がいる。最終的な名前は妻のカリスタと相談して決めてくれ」
「名前を確定して王宮で面接を受ければ良いのですね?」
バルテア伯爵は頷いた。
「お願いが二つほどあります。……ひとつは、名前が決まったらメダル船長に伝えたいです。もうひとつは魔道具工房で少し勉強したいです」
少年は意を決しお願いを口にした。
「オランド号のメダル船長か! オランド号に送ってもらったと報告は受けているが、名前を伝える意味が少し分かりにくいぞ」
バルテア伯爵は少年に説明を促す。
「レベナで別れるときに、名前を思い出すか決まったら手紙が欲しいと言われました。あと、リューウェンに寄ったら顔を出して欲しいと……」
バルテア伯爵は目を細めた。
「船乗りは、基本的にそのような約束事はしない。メダル船長が慣例から踏み出すということは……よほど気に入られたようだな。気持ちは分かるな」
バルテア伯爵は王都からの帰路は船を使う許可を出した。騎乗移動とは比べものにならない費用が掛かるが、それがメダル船長への礼になると説明する。
「魔道具工房の件も許そう。カンコール工房主から産業局に打診があったぞ。言われて気がついたが、ルクの話は俺も耳にしていた」
バルテア伯爵は苦笑いで頭を掻いた。
「情報をカンコール工房主に伝えてくれて助かった。ついでで悪いんだが、王都で産業局に陣図を送ってくれるように話もつけてきてくれ」
『マジか……』
「伝はありませんが可能でしょうか?」
「すまん分からん。王都でカリスタと相談してみてくれ。言いたくはないんだが、産業局にあった打診は別ルートで上がってきた。産業局に監査入れてる」
『こりゃ、バタバタしてるとこだな』
「分かりました。奥方様を起点に詰めていけば産業局にたどり着くと思います」
バルテア伯爵は「すまんな」と感謝を示した。
「「ルクにぃ」」「新たなる」「旅立ち!」「「帰ってきてねー」」
双子は少年に抱きつき泣き始めた。少年は二人を抱きしめ、必ず帰るから鍛錬は怠らないように話した。




