閑話 大人たちのお茶会と子どもたちの冒険譚
王都は、祝福の儀を終え、静かな朝を迎えていた。中央南部の溢れは、討伐隊により封じられたという噂が、風に運ばれ流れている。
セトリアナ大河から吹く風は、冷たさを残しつつ微かに春の匂いを含んでいた。広場には冬の気配が残り、わずかに芽吹きの色が差している。
王宮の第二庭園にある温室は、外の気配を遠ざけたまま佇んでいた。高透明のガラス越しの光が、大理石の床に淡く落ちている。
「本日は、みなさんお忙しいところ集まって頂けて、とても嬉しく思います。お聞き及びと思いますが、中央南部の溢れは封じることができました」
リーズ側妃は言葉を区切りテーブルを囲む面々を見回した。
「特に、矢面に立った南部の皆さんには心よりお礼を伝えたいと思います。ヴィクトリア、カリスタのご主人には苦労を掛けさせてしまいました」
ヴィクトリア・アスグレイヴ侯爵夫人が、静かにティーカップを戻す。
「リーズ様、今回の苦労は領地を護るためでもありました。むしろ、南東部からの支援、なにより王宮討伐隊を派遣して頂けたのが今回の結果に繋がっていますわ」
ヴィクトリア侯爵夫人の話を受け、カリスタ・メルカド伯爵夫人が話を継ぐ。
「その通りですわ。アドミラからも、エドリック卿が率いた王宮討伐隊なくば、戦線は崩壊したと書かれておりましたわ」
「エドお義父様は、懲罰中ですから持ち上げる必要はありませんよ。いえ、もちろん王宮討伐隊は頑張りましたが、すべては、耐えきった南部の方々の功績」
マリンゼ・ヴァルデン辺境伯夫人は義父はばっさり切り捨てた。
「エドリック元辺境伯の事は置きましょう。今日はマティルダがいないので助かります。まだ、プンプン怒ってますからね」
リーズ側妃はため息を漏らす。
「あっ、でも、アルフォンスから取り成しが来てたわ」
リーズ側妃が、頬に指を当て思い出したように言葉を乗せた。
「はぁ、アルフォンス殿は本当に心が広いわ。うちのバルムスに春を運んでくれたのに、お義父様まで手を差し伸べるなんて恩ばかり積み上がってしまいます」
マリンゼがため息をつくと、リーズ側妃が「恩は置きましょう」と述べた。
「まぁ、森林管理はアルフォンス案件です。こちらをしっかり仕上げれば、アルフォンスは喜ぶ……そうリサリアが言ってました」
リーズ側妃はアルフォンスの婚約者であるリサリア情報を持ち出した。
「情報は集まりつつありますが、思っていたよりも状況は悪いですね。規模がある程度ある在地貴族は軒並み処罰対象になりそうです」
ヴィクトリア侯爵夫人に集まる情報は散々なものが多かった。
「お話を聞き色々と考えてみましたが、メルカド家も処罰対象と結論が出ました。詳細な資料は領地ですが産業局は人員の見直しに着手します」
カリスタ伯爵夫人は目を閉じ首を少しだけ振った。
「森林管理はお金を生みません。ここに手当をいれませんと……どうにも難しいかと。森林に使うお金を他に使う事も、元は良かれというものが多いでしょう」
エリシア・マリーニュ男爵夫人が制度設計に言及した。
「ひとつ注目したいのは、またアルフォンスですが、丸太輸送に対する何等かの案を陛下にお願いしたようです。バストリアに行った時に少し動かしたようです」
リーズ側妃は、資金源になる丸太の輸送に多少の期待を持っていた。
「うちの長男レオナールに丸投げしたようですわ。妙に張り切ってましたが、あちらに来てるレーネ嬢と婚約を考えてるようです」
イザベル・レストール伯爵夫人は少しだけ眉を寄せ恋愛話を解き放った。
「まぁ、それは素敵なお話ですわ。レオナールくんとレーネ嬢はバストリアで一緒に活動されてますよね。ザイーデ領さえ整えばマリナを戻せます」
リーズ側妃は次世代の陣容が整い始めていることを喜んだ。
イザベル伯爵夫人は、娘のマリナが役に立つのか少しだけ不安を感じた。
「そろそろ、ソフィとリサリアはアルフォンスに返さないとです。随分と頼ってしまい、ちょっと依存がね……。陛下も蹴りを入れて目を覚まさせるようです」
リーズ側妃は娘のソフィアが離れるのは少し寂しかった。
「そこは、うちと、ちょっとミレーユとエメリナに手伝ってもらって埋めようと思いますわ。お二人が出ても、逆に外から情報がもたらされるので悪くありません」
ヴィクトリア侯爵夫人は情報収集は肩代わりすると告げた――。
温室から外に出ると近くに第二庭園のガゼボが静かに佇んでいる。春になり、これから多くの人が訪れるガゼボは、春風と可愛い客人を迎えていた。
「よしっ、自己紹介の最後はヴィオナね。何気に、初顔合わせだけど王都には来てなかったの?」
ソフィア王女はグイグイと攻めの姿勢で押してきた。
「メルカド伯爵家の長女ヴィオナと申します」
スッと席から立ち上がり、挨拶の口上を述べドレスの裾を軽くつまみカーテシーを披露する。
「王都には子どもの頃に数回来たことがあるだけです。少ないのは……やらかしが多く、本日参加できたことは奇跡です……」
ヴィオナは少し顔を赤くしながら自己紹介をした。
「そう言えば、ヴィオナ様はお隣ですが初対面ですね。わたくしも領地にいましたので王都に来た回数はそれほど多くなく、王宮へ報告に来たぐらいですね」
紅茶のティーカップに口を付けていたリサリア・ノルド子爵令嬢が声を掛ける。
「リサリア様は、西方探索で西に向かったことはあるのですか?」
「いえ、わたくしは……船のあの臭いがどうにも無理なのです。子どもの頃は、お父様から逃げ回って船に引きずり込まれない立ち回りで忙しかったですわ」
リサリアは臭いを思い出したのか、顔を顰め答える。
「うちの母様も臭いがダメと先日知りました。リサ姉様のノルド家の連絡船に連れていき、今はもう臭いを消臭する手段があることを伝えましたわ」
エメリナ・レストール伯爵令嬢がリサリアの話を受け口を挟む。
「ふふ、アルが作った消臭魔道具のお陰で本当に快適になってますわ」
「それよりも、ヴィオナ様のやらかしがとても興味あります」
ミレーユが直球でぶつけてきた。
「わたし、とても冒険や探索が好きなのです。冒険を騙って何度も迷子や行方不明になるので……両親から王都禁止令が出てしまいました……」
話の流れからこぼれていたヴィオナは、突然振られ、思わず赤くなりながらやらかしを話してしまった。
「あれ?……記憶に引っ掛かる……! 思い出した! 王宮のお茶会で冒険に出た女の子が行方不明になって大騒ぎになった! えっ? それってヴィオナ?」
ヴィオナは真っ赤になり「わたしです……」と小さく答える。
「やったー、仲間がいたー。ヴィオ、今日から私たちは親友よ。どんどん王都に来て私と遊んでね。ただ、王都で迷えないから……迷子の一緒は無理だわ」
ソフィア王女は冒険仲間を手に入れたと両手を挙げ喜んだ。
「えっ?……え? 親友ですか……恐れ多くて…」
ヴィオナは、王族から愛称で呼ばれたうえに親友宣言で、困惑していた。
「大丈夫よヴィオ、わたしはアルと婚姻すれば平民だから……あれ?……大丈夫! ヴィオは弟いるんでしょ? ヴィオが平民と婚姻すれば一緒よ」
「落ち着きなさいフィア、それはかなり薄い期待ですよ。そもそも、ヴィオナ様はとても可愛いですから引く手あま……えっと、婚約者は?」
ソフィアの無理筋を窘めつつ、リサリアは天然で刺しに来た。
「えっ?……あの、婚約者の方は、ちょっとまだ、いません」
ヴィオナは赤くなりながら俯いた。
「大丈夫です、ヴィオナ様はとても可愛いです。メルカド伯爵家は王都に近いですし、直ぐに良い方が見つかりますわ。見つけたらグイグイ押すのがポイントです」
リサリアの天然の連打を繰り出した。
「リサリア、ヴィオナ様にはもう心に決めた方がいるようですわ」
ヴィオナは「あっ」と小さく声を上げて真っ赤になり俯いた。
「あら、レーネ、それってどういうこと?」
リサリアがレーネ・ブリスティア男爵令嬢に視線を移した。
「ヴィオナ様、リサリアの言っているグイグイは間違いではありませんよ? わたしはレオが好きですからグイグイ押して婚約のため二人で奔走してますわ」
レーネはレオナール・レストール伯爵子息との婚約話をさらっと暴露する。
ミレーユとエメリナが「「きゃぁ」」と歓声を上げた。
「あの、あの、わたしはルクレイが好きで、婚約して将来は婚姻したいと考えてます。あっ、ルクレイは『落とし人』で――「落ち着いて」……あぅ」
ヴィオナは耳まで真っ赤になりアウアウと言葉が壊れていた。
「ふふふ、ごめんなさいね。少しからかいが過ぎたようです。工房での二人の空気感がとても素敵だったので、もう少し聞きたかったの」
「いえ、言葉にして良かったです。わたしはルクレイが好きなのです!」
ミレーユとエメリナが「「きゃぁ」」と歓声を上げた。
レーネが少しだけ工房での出来事を説明した。落とし人の少年が、四日で風壁魔道具の基盤を作れる技術レベルにたどり着いたという部分でざわめきが起きる。
「それは……ちょっとどころではなく凄いですわね。四日で魔道具の基盤を完成させるところまで到達するのは至難ですわ」
リサリアは、アルフォンスに匹敵しそうな魔道具師に驚いた。
「ひとつ気になってることがありますの。ヴィオナ様、名を思い出せない彼の名前はどなたが命名したのですか?」
ミレーユが気になってヴィオナに問いかけを投げた。
ヴィオナは真っ赤な顔を上げ「わたしです!」と満面の笑みで答えた。
「ひと目見たときから、ルクレイが好きになりました。命名のチャンスは一度だけ、そのチャンスを逃すわけにはいきませんでした」
ヴィオナは両手をギュッと握り力説した。
「双子の弟たちが『ルク』と付けたので、私の好きな『レイ』を繋げ『ルクレイ』としました。あの……実は愛称で呼びあって婚約を誓い合ってます……」
ヴィオナは耳まで真っ赤にしながら自白した。
ミレーユとエメリナが「「きゃぁ、素敵です〜」」と歓声を上げた。
「あらあら、ヴィオナ様は可愛いですわ。これからもグイグイ行ってくださいね」
リサリアは自白したヴィオナに追撃を放った。
「あっ、ヴィオナ様向けの話がありますわ。アルが洞窟をハールベン伯爵領で発見しましたのよ。ちょっとデートには遠いかもしれませんが、いかがですか?」
唐突にリサリアは、冒険好きなヴィオナにデート会場として洞窟を推し始めた。
「あら? メルカド伯爵領からですと、リューウェンの洞窟の方が海路を使えば近かったかもしれませんね」
ヴィオナは赤い顔のまま「洞窟とは?」と首を傾げ、リサリアに質問する。
「ヴィオ、洞窟は冒険するところよ? マジ楽しいよ? パンチは唸るし、蹴りもイケるわ。お肉出るし小箱出る……一押しはアマドね。うちのチトリ可愛いよ?」
「えっ?…えっ? お肉? チトリが美味しいのですか?」
ソフィアが情報を詰め込み過ぎ、ヴィオナの混乱に拍車がかかった。
「えー、アマドは食べないよ? ちょっ可愛いよ? よし、ヴィオは公爵邸に遊びに来てもらうわ。チトリだけでなくチユウもいるし、小ボアたちもいるわ」
ソフィアはヴィオナを公爵家に連れ込むと決めた。なぜか、公爵家で生活しているソフィア王女は自室を持っていた。すでに女子会も開催する気満々であった。
「フィア? ヴィオナ様は冒険好きなのですよ? そこは『深緑の湖』にある洞窟を推すべきだと思います。ヴィオナ様のデートなのですから湖一択です」
リサリアのスイッチが入ったのか、湖推しが意味不明になってきた。
「アルお兄様も扉は断念されてますわ。湖を渡るのが難しいみたいです。移動する日数を考慮しますと、船止まり宿の亀裂がわたしは一推しと思いますわ」
そこにミレーユが亀裂というフックを放った。
「亀裂は小ボア、リューウェンはウルフ、ザイーデと湖は不明ですわ。リューウェン三層のホルンまで行ければ食は豊かになりますし、四層のアマドは外せません」
収穫物のアピールでリサリアが会話の主導権を取りに来た。
「あら? 確か、クレイモスの近くにも亀裂ありませんでした? 一層はラビでしたわ……忘れてください」
エメリナが記憶をほじくったが、ラビの喧嘩っ早さは評判が悪い。
「ヴィオ、細かいことはお泊まり会でしましょう。未知なロマンなら湖一択、間違いないわ。堅実ならリューウェンの洞窟ね。ただ、魔道士いるから邪魔ね」
ソフィアは既に、ヴィオナがどこかを選択する前提しか考えてなかった。頭の中で、湖なら許可は簡単に取れそうとまで思考が進んでいた。
「あっ、ヴィオの属性は?」
ヴィオナは突然振られ「あっ、風属性です」と素直に答える。
「ふふ、さすが親友だわ。私とヴィオは風友ね、『ちっちゃ可愛い風壁』を伝授するから楽しみにしてね。慣れれば『風壁パンチ』や『風壁キック』もイケるわ」
「そういえば、リュミが風壁の二段目に成功したと言ってましたわ」
リサリアがリュミエールの成長をソフィアに報告した。
「さすがに、アルやフィアのように、風壁をばら撒いて空中機動は難しいですよ? リュミに聞きましたが、普通に瘴気核の頭を攻撃してるそうです」
リサリアが微妙に正論を話し始めた。
「色々面白いから、ヴィオ、期待してね」
ヴィオナは『洞窟行く前提にたぶんなってる』と色々と悟り始めた。
しかし、良く考えてみるとワクワクが浮かび上がってくる。――そして行くなら『深緑の湖』だとヴィオナの頭に旗が立った。
王宮 第二庭園 温室
主催者:リーズ側妃
ヴィクトリア・アスグレイヴ侯爵夫人
マリンゼ・ヴァルデン辺境伯夫人
イザベル・レストール伯爵夫人(マリナ、レオナール、エメリナの母親)
カリスタ・メルカド伯爵夫人(ヴィオナの母親)
エリシア・マリーニュ男爵夫人(リュミエールの母親)
王宮 第二庭園 温室横ガゼボ
主催者:ソフィア第二王女(アルフォンスの婚約者)
リサリア・ノルド子爵令嬢(アルフォンスの婚約者)※王国唯一の在地子爵家
ミレーユ(アルフォンスの妹)
エメリナ・レストール伯爵令嬢(マリナ、レオナールの妹)
レーネ・ブリスティア男爵令嬢(長女)※王国唯一の在地男爵家
ヴィオナ・メルカド伯爵令嬢(長女)




