第七節 寂れすぎてぐうの音も出ない件を変えてみた
少年は領都を闊歩していた。と言いたかったが、ガッツリと馬車である。しかも、メルカド伯爵家の家紋付きである。
そして、少年は魔道具工房の前に立っていた。工房なのはたぶん大丈夫と信じたかった。なにせ、伯爵家の馭者が行き先を間違えるはずがない。
『魔道具工房だとは思うけど看板の文字がない件』
「カラーーン」
少年が葛藤している間に、勇者が扉を開け突撃していった。護衛の騎士たちも、勇者たちに続き戦場に突撃していった。
少年は首を振り、諦めて重い足を前に進めた。
「「たのもー」」「見学に」「参上……」
勇者たちは、「「誰もいないよ?」」と小首を傾げた。
『あの状態で入るのは、勇者と常連とご近所さんだけなんだけど……どうするか』
少年は「んー」と考え、三軒先のお店に届けば、このお店の工房主の心にも届くと決めた。
「カンコール魔道具工房の工房主カンコールさーん」
腹筋に力を入れ、肺から全ての空気を振動に変えたつもりで呼び出した。
「ドンガラッ……ガッシャーーン!」
少年が「届いた」と満足そうに頷く。
騎士たちに耳を塞がれた勇者たちは、目を丸くして少年を見つめていた。その代わり、耳を押さえしゃがみ込む騎士が三人いた。
「カチコミカァァーー」
工房の奥から男性が飛び出し、躓いて転び、ゴロゴロと転がり、開けたままの扉から外に転がっていった。勇者たちの目は輝いていた。
『ここは魔道具工房というよりコント小劇場だな。今の転び芸なら、魔道具工房より収入良さそうだ。僕は見る専だから、どうでもいいや』
「なんだ! お前ら――『チャキ』……いらっしゃいませ。本日のご要件、うけたまわり……」
「工房主のカンコールさんでよろしいですか?」
カンコール工房主は、首に当たる冷たい金属で動けず、コクコクコクコクと頷きを繰り返し続けた。
「メルカド伯爵家に居候している『落とし人』の……すみません、落ちた影響か名前が思いだせません。年齢も分からないので……どうしましょうか?」
少年は小首を傾げる。
勇者たちが前に出て「「ルクにぃ」」と、少年を指差した。
「はぁ……、ルク様でよろしいでしょ……えっ? おとしびと? マジか?」
カンコール工房主は、困惑しかない顔で接客の言葉が壊れた。
「はい、大海原の真ん中に落ちまして、ナンダル船長たちに拾われたので、今は『拾われ人』なので、よろしくお願いします。あっ、様は不要です」
少年は勇者たちにテーブルを確保するお願いをした。
「「うけたまわりー」」「ねぇ」「どういう意味?」
少年は「承ったという意味だよ」と笑顔で答えた。
「あっ、アユナさん忘れてきた……お茶が出せません。ここは――「私が淹れます」……いいのですか? 護衛隊長さんなら美味しいと思いますが……」
少年がチラッとテーブルを見ると、既に席に座る勇者二人と、加熱魔道具でお湯を沸かす若い騎士が粉末果物の話をしていた。
「お任せします。カンコールさん、お忙しいところすみませんが、魔道具に関してお話をお聞きしたいのです。お時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「もっ、もちろん問題ありませんが……できればこの剣を……」
少年はうなずき、「ここは安全なようです」と騎士に伝えた。
少年は「テーブルをお借りします」とテーブルに向かうと、勇者二人が間の空いた席を指差した。
「「うけたまわりー」」「空いた席を」「取っておいたー」
少年は「リオ、リク、ありがとう」と目を細めて答え、席に着く。
少し足がガクガクしながらカンコール工房主は、空いてる席に座りテーブルを囲み、お茶会が始まった。
「単刀直入に、言葉遣いはいつもの通りで。それで、なぜ閑古鳥なんですか?」
カンコール工房主はボリボリと頭を搔き「仕事がない」と項垂れた。
「だと思った。棚にあるの、埃被った加熱魔道具と乾燥魔道具だけですよね。思うに、修理がちょっと来るぐらいでは?」
「その通りだ……よく知ってたな」
「情報は力です。集めましたよ、伯爵家の侍女さんや従僕さんたちにお願いしちゃいましたが」
「ぼっちゃまは忙しすぎますから。我々、騎士たちも情報集めるの手伝いましたぞ。酒場は我々の勢力圏ですからな!」
護衛隊長が胸を張りガハハと笑った。
『出現頻度はガハハが多いのは、これが標準?』
「とても助かっています。忙しいのは、座学に顔を出し、武術と馬術の指導役だからです。……でも、リオとリクと一緒なので楽しいです」
「「ルクにぃー」」
双子は椅子からピョンっと降りて少年に抱きついた。少年は二人の頭を撫でながら、一緒に沢山勉強と鍛錬しようねと優しく話しかけた。
「「やるやるー」」「ルクにぃには」「負けないぞー」
勇者たちはサッと離れパンチを繰り出した、少年は優しくいなし、お茶が溢れるよと諭した。
「でも、腰の動きがずっと良くなってるよ。まだ、僕もだけど、成長期だから沢山野菜を食べようね」
「「ルクにぃ」」「僕たちは」「だまされないー」
「「この間のサラダはおおすぎ!」」
少年は首を傾げ、「そうだっけ?」と誤魔化した。
「「誤魔化したー」」
「はは、ごめーん。そうだよね、本題にはいらないと晩餐に間に合わなくなっちゃうよね」
双子は「「あれ?」」と、噛み合いが悪く落ち着かないような顔で、首を傾げた。
少年はスッと背筋を伸ばし話し始める。
「僕は、魔道具の勉強がしたいと思ってるんだ。いつか、自由に何時でも何処にでも行ける、そんな帆船が欲しいって思ってる」
カンコール工房主も目を細め真面目な顔になった。
「レベナに来るとき、ノルド子爵家のオランド号に乗ったんだ。オランド号は多くの魔道具を搭載してた。速くする魔道具や快適にする魔道具だったよ」
オランド号と出た瞬間にカンコール工房主の表情が驚きに揺れる。
「全て、アルフォンスさんの手作りだとメダル船長は笑ってた。アルフォンスさんは鼻歌を歌いながら作っていたみたい。暇つぶしにもしてるんだって」
少年は肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「カンコールさん、王都やリューウェンや、確かバストリアかな、新しい魔道具が多いらしいんだ。なんかさ、こう、新しい魔道具をやってみたくない?」
カンコール工房主の目が細まる。
「魔道具の基盤に入れる陣図は財産だぞ?」
「そこなんだけど、メダル船長の話だと、アルフォンスさんは作る先から王都の産業局に陣図を押し付けてるんだって」
「はぁ? そんなバカな……」
「アルフォンスさん、ソフィア王女殿下の婚約者というのもあって、リーズ側妃殿下にみーんな押し付けてるらしいよ。凄いよね」
カンコール工房主は口を開けたままポカーンとした。
「でもね、メダル船長は『単なる丸投げ』って言ってた。そこは置くとしてさ、産業局に言えば陣図は貰えるらしいよ」
少年は悪戯を楽しむ顔でカンコール工房主を見る。
「だから、カンコールさん、暇な時に指導役になって欲しい。陣図もらってさ、カンコールさんが調べる時に教えてくれたら、嬉しいなー」
「「カンコールさーん」」「僕たちも」「教えてね」
「えっ?……確定なのか? 断われ……いや、新しいのか……新しい陣図なんざ何十年ぶりだ? なんか、楽しそうな気がしてきたぞ」
「ふふ、僕は良いものを持ってるんだ。見せるだけだよ? リオやリクもハマった魔道具あるんだ。二人には作る約束してるしね」
「「ルクにぃ約束」」「ワクワク」「ドキドキ」
「これはね、驚くことに、アルフォンスさんも驚いた魔道具なんだってさ。乾燥、粉砕、消臭、調湿、風壁とかの魔道具作った人が驚く魔道具」
少年は荷袋から小さな木片を取り出した。
「あ?……それ木片だろ……って、それが魔道具?」
「そう、この木片が魔道具なの。すごくない?」
木片を受け取ったカンコール工房主は、マジマジと木片を検分していく。少年は桶を拝借し、荷袋から取り出した給水魔道具で水を張る。
「ちょっ、なんだその魔道具は! 水を生み出す魔道具か? 確かに水属性の魔法に造水はあるが……魔道具化されてた記憶がないぞ」
「そうなの? オランド号はこれ、いっぱい仕舞ってあったよ。帆船には必需品だもん。この魔道具は十個ぐらいもらったから、リオとリクにあげたよね」
「「ルクにぃにもらったー」」「アユナ」「狙ってる」
「えっ?……アユナ欲しがってた? 言ってくれればあげたのに。あー、侍女さんたちは、持ってれば色々役立つよね。気が付かなかった……」
少年は桶をカンコール工房主の前に置き、木片の穴が空いてる方を下に向け、起動してるから置くように使い方を説明した。
カンコール工房主は桶に木片を浮かべると木片の周囲にさざ波が沸き立った。
「これでどうなるんだ?」
「「木片を」」「指先で」「チョンするのー」
カンコール工房主は首を傾げながら、言われた通りに木片をチョンと突いた。
木片がスーーーーーーーっと水面を動いていった。そして、桶の端でぶつかるとクルクルクルクルと回転しながら水面を動いていった。
「えっ?……何でこんなに動くんだ?」
「これね、風膜魔道具と言って、風で膜を作り出す魔道具なんだよ。木片と水面の間に風の膜があって、それが滑る秘密なんだってさ」
「えぇぇー!……ちまい魔道具なのに、機能の意味が全然わからんぞ。どうなってんだ?」
少年は悪戯顔で「ひ・み・つ」と答えた。
少年は木片をヒョイッと摘み、荷袋に仕舞い込んだ。
「アルフォンスさんは、やっぱりアルフォンスさんでさ、これ見て作ったのが風壁魔道具というやつ。何でも膜に対して壁らしいの」
少年は「発想が飛んでる」と評価を口にした。
「ちなみに、船舶風壁魔道具ってオランド号に付いてて、これもアルフォンスさんが作ったんだけど、起動して頑張ると、帆船、三割速くなるんだよ」
「はぁ?……ちょっとまて、三割? ホントか?」
「三割だと引き波で、他の船を壊す凶器になるからって二割五分で我慢してると、メダル船長が言ってた」
カンコール工房主は口を開けたまま固まった。
「そうそう、さっきカンコールさんがやったチョンはね、メダル船長もやって、今のカンコールさんと同じになったんだってさ、笑えるー」
「「ルクにぃ酷い」」「僕たちも」「固まった」
「はは、ごめーん。あの時のリオとリクはめちゃ可愛いかった。アユナなんて悶えて叫んで部屋出ていった、ウケる」
「「ルクにぃ酷い」」
「そうだった、カンコールさん……カンコールさん?……あのね、ここ、隣がリューウェンでしょ。だから注意情報渡しておくね」
少年は指を一本立てて神妙な顔で話し始めた。
「あのね、『異変の英雄』にリュミエール嬢が出てくるんだけど、つい最近もレベナを通ってるの。ほら、僕がオランド号に乗ったとき近くにいたの」
カンコール工房主は驚きの顔をした。
「伯爵様から聞いたんだけど、平然と、大規模魔法の〈炎爆〉を数十個ばら撒いて、魔物の溢れを殲滅する手助けしたんだって」
「それ……〈炎爆〉のリュミエール……じゃん」
「あー、それそれ、リュミエールさん、〈炎爆〉って言うと怒るんだって。メダル船長が『言うなよ? 振りじゃないからな』って教えてくれた」
「怒る……おこるんかーーい。ダメゼッタイ!」
カンコール工房主は蒼白な顔で叫んだ。
「「ルクにぃあぶない」」「お口に」「縫い針」
『でた! このことわざ慣れねぇ……口が痛えよ!』
「それで、カンコールさん、僕たちと一緒に新しい魔道具、目指しますか?」
カンコール工房主は目を見開き、数回、深呼吸した。
「やるに決まってんだろ! ビシビシ鍛えてやる!」
少年はニコッと笑みを見せ、カンコール工房主に握手を求め、カンコール工房主は力強く握った。
『よし、これで少し前に進んだ』
少年は暇な時に伯爵邸の離れに遊びに来てねとカンコール工房主に伝え、カンコール魔道具工房を後にする。




