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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第一章 落とし人から拾われ人に進化した
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第六節 バルテア伯爵の帰還と静かなる攻防

「エィ! エィ! エィ!」

「ハッ! ハッ! ハッ!」


 少年が「はぃ、終了ー」と素振り終了を告げる。


「「ハァー、ハァー、ハァー」」


「リオ、リク、お疲れさまー、水分取るんだよー」


 地面でヘタっていた二人の男の子に少年は声をかけた。二人は息を荒げながらも起き上がり、侍女たちから水を受け取り口を付けた。


 男の子はメルカド伯爵家の子息で、長男はリオと呼ばれたマルセリオ、次男はリクと呼ばれたフィリクスという双子で四歳になったばかりである。


「「おいしー」」


 マルセリオとフィリクスはそれぞれ、お気に入りの粉末果物が溶けている、少し塩味のする水をゆっくりと飲み始めた。


 少年は目を細めそんな二人を眺めた。それでも棒を振り下ろし、ブンブンと風切り音を鳴らしていた。少年は既に鐘一つ分の時間は素振りをしていた。


『良く分からないけど、ほんと疲れない身体だな。筋肉は薄そうなのに、リオとリクを縦抱っことかおかしいんだけど……仕方ないか……出来るんだから』


「「ルクにぃ、やすんだー」」


 少年は素振りを止め、二人に向き直り「さぁこい!」と棒を身体の前面にほぼ水平で置いた。


 兄のマルセリオが「たぁー」と掛け声を発しながら棒を木小剣で「カァーン」と叩く。そのまま側面を駆け抜ける。弟のフィリクスも同じ動作で打ち抜けた。


 少年はクルッと振り返り、二人の攻撃を受ける――。


 少年が伯爵邸マナーハウスを訪れた初日に遭遇した双子は侍女から逃げていた逃走犯だった。少年を見掛けて声を掛け確保された。


 ガゼボで話し、双子に懐かれ、少年が滞在することになった離れのラウンジで話し込んだ。


 グラナム号が暴風を抜け、巻風で破損して少年を救助した話、ナンダル船長と違う破損を見つけ慌てた話、隣のハールベン伯爵領に流されてた話をした。


 ヘブラナでオランド号と出会った話は双子に好評だった。メダル船長に会った話は羨ましがった。晩餐も離れで食べ、そのまま一緒に就寝した――。


 少年は『落とし人』と呼ばれる、いわゆる海の遭難者である。海に落ちて生還する人は少なく、生還すると『落とし人』と呼ばれ保護される。


 少年は『明日は我が身』と肩を竦めていた。


 そんな少年は『転生者』であった。前世はガチ趣味でヨットに乗りソロセイリングをしていた。太平洋横断中に津波に巻き込まれ、落とし人になった。


 少年は『巨大津波は逃げれん』と納得していた。


 偶然、メルカド伯爵家の連絡船に拾われ、双子と一緒に武術鍛錬の時間を過ごしている。双子の座学も強請られ椅子を並べ受けていた。


 少年は当主のメルカド伯爵、伯爵夫人が不在のため本館の出入り許可が貰えていない。そして、伯爵家子息が離れで座学とおかしな事態になっていた――。


「「ルクにぃ!」」「お父様が」「帰ってくるの!」


 マルセリオとフィリクスは双子の力なのか、良く言葉を分担する。座学ではなぜか少年が真ん中に座らされるため、この分担は脳を揺さぶっていた。


『いつの間にか、ルクにぃと呼ばれてる件』


「そっか、座学なのに、リオとリクの笑顔が眩しいのは、お父さんが帰ってくるからか。僕も、お礼が言えるから嬉しいな」


「「ルクにぃのいじわるー」」


 双子は笑顔で、肩を落とし涙を拭く真似をした。


『そして、リオとリクなんて愛称の呼び捨てな件』


 座学や武術、馬術などに巻き込まれ一緒にしているうちに、そう呼んで欲しいと強請られた。恐ろしいほどにサラウンドなコミュ強だった。


「はは、ごめーん。でもリオとリクが笑顔なのはホントのことだからね。おばあさまに伝えた?」


「「忘れてたー」」


 マルセリオとフィリクスは「「いってくるー」」と、凄い勢いでラウンジから駆け出していった。


 少年は「アユナ、ご苦労さまです」と、勢いに間に合わせ扉を開いた侍女のアユナをねぎらった。


 だいぶ慣れたアユナは、王都で侍女見習いとして採用され、研修のためマナーハウスに来ていた。


 伯爵の出陣で戦闘侍女二名、伯爵夫人と長女が王都のタウンハウスに移動するため侍女四名、合計で六名がマナーハウスから抜けていた。


 そこに落とし人である少年が転がり込み、さすがに専属枠で出せる侍女が枯渇し、見習いのアユナが投入された。災難と取るか機会と取るかは本人次第。


「伯爵様が戻るのか、まだ先のこと考えてなかった」


「坊っちゃまは、マルセリオ様とフィリクス様に懐かれて、それどころではなかったかと。体力がありましても、あのスケジュールでは……ちょっと無理です」


 少年はアユナのフォローに苦笑いしか返せなかった――。


 今日の乗馬訓練は、敷地内にある走路は使わずに、許可をもらい鍛錬場の周囲で行った。


「リオ、背が曲がってるから、バルムが悲しい顔してるよー」


 少年が馬上からマルセリオに姿勢の注意を飛ばす。


 少年は借馬のニロンに「リクの横」と囁く。ニロンはクイッと向きを変え、フィリクスと愛馬のフリムに速歩で近寄る。


「フリムが歩きやすいって顔してるよ。その姿勢と視線を維持してあげてね」


 「リオー、バルムがニコニコになったよー」


 少年が伯爵家に居候して既に十日近く経っていた。ここ数日は、少年が双子の武術と馬術の指導役になっていた。執事長からも許可が出ていた。


「「馬術の先生」」「ルクにぃ!」「許可取った!」


 数日前、マルセリオとフィリクスが座学の後に、少年に宣言した。


「えっ?……許可を……取った?……執事長さん?」


「「もぎ取った!」」「姉様の」「お家芸」


『いやそれ、お家芸?……いや、真似したらお家芸?』


 そして、座学の後の乗馬訓練から少年が指導役になった。指導役だった騎士も苦笑いしながら頷き、手を挙げて仕事に戻っていった。


『まて、指導役も仕事だろ!……まぁやることは変わらない。ていうか、初日の次の日から武術、ずっと指導役になってたし…、今更か』


 少年は、前世で乗馬は子どもの時に、乗馬クラブ体験コースというのに数日間通った記憶しかなかった。


 しかし、馬との相性が良かったのか、バランス感覚が良かったのか始めから普通に乗れた。


 不思議と『機嫌が悪くなった』といった、馬の気分のようなものが感じられた。そうなると、機嫌の良い状態を維持する形で身体を整えるだけだった。


 借馬のニロンは耳元で話すと理解し、行動が必要なら行動する彼なりの判断力を見せていた。


「ニロンって、とっても落ち着いてるよね。背に乗せてもらうと、スッと心が落ち着く。何ていうかさ、少し雰囲気がメダル船長に似てる」


 ニロンはブルルと鳴き、首を撫でろと反らした――。


 本館の方から従僕の一人が駆けてきた。それを見た少年は従僕にサインを送り、静かな声で集合を告げた。


 声を聞いたバルムとフリムが、ゆっくりと回頭してニロンの下に集まった。


「旦那様、ご帰還されました」


 従僕の報告に、少年はマルセリオに視線を寄せる。


「ご苦労です、向かうので伝えてきて」


 マルセリオの言葉に、従僕はスッと頭を下げ、そのまま振り返り駆けて行った。


「ふふ、リオ、カッコ良かった」「良かったー」


 二人に褒められ、マルセリオは少し赤くなった。照れたマルセリオはバルムの耳元で呟く。


 バルムがブルルと鳴き、ゆっくりとした常歩で本館の玄関先に向かい始めた。それをフリムがブルルと鳴きついて行った。


「ふふ、リオとリクの晴舞台だよ。練習の成果を見届けないと、勿体ないよね? ニロンもそう思わない?」


 ニロンは少し呆れた雰囲気を出し、カッカッと二回地面を蹴る。


 少年は鞍の突起に手を置き、ヒョイッとニロンから降り玄関先に軽く駆け始めた。首を軽く振り、ニロンは速歩くらいで少年を追いかけた――。


 玄関先の手前で双子に追いついた少年は、声が聞こえる位置取りでニロンと並んで歩いた。


「父様、長らくの出陣、お疲れ様でした。馬上で失礼ですが、無事なご帰還、まことに嬉しく思います」


 マルセリオがキリッとした顔で口上を述べる。


「父様、兄様と家を守り通しました。無事なご帰還、まことに嬉しく思います」


 フィリクスがキリッとした顔で口上を述べる。


 マルセリオとフィリクスの口上を聞き終わった少年は、ニロンに合図して二人のもとに小走りで近づく。合わせてニロンがブルルと鳴いた。


 バルムとフリムが前脚を折り背を下げる。


 少年が二頭の間に入り、マルセリオとフィリクスに手を差し伸べ、エスコートして馬から降ろす。


 双子は「「父様ー」」と駆け出し、バルテア・メルカド伯爵の胸に飛び込んで泣き出した。


『出迎えはしっかりできても、そりゃ、長く離れてたから悲しくもなるよな』


 少年はバルムとフリムの首を撫でる。脚を戻した二頭はニロンに顔を向けブルルと鳴いた――。


 少年は馬房でニロンの手入れをしていた。バルムとフリムは馬房の従僕に任せた。従僕に二頭の勇姿を語り、念入りな手入れとおやつを頼んだ。


 手入れの終わったニロンに乾燥果物を振る舞う。


「ニロンがバルムとフリムに話を通してくれたから、感動的になったと思うけど、どう?」


 ニロンは楽しそうな雰囲気を漂わせブルルと鳴いた。少年もニシシと怪しい笑いで応えた。


 馬房に執事長が現れ、少年に本館に入る許可と顔合わせを行うため付いてくるように指示された。


「馬の手入れをした格好のままですが……」


「旦那様も旅装を解いてませんから問題ありません。既に清掃の手配は通達してありますよ」


 執事長は「湯浴みぐらい……」と愚痴をこぼしていた。


 少年は『珍しい』と、愚痴をこぼしながら本館に向かう執事長を観察していた。


 執事長に連れられ玄関先に回り玄関を通る。


「最初は玄関を通るというのも、ひとつの様式美です」


 館内の通路を先導しながら執事長が話しかける。ラウンジや食堂といったルートを通り、どんどんと奥に入っていく。


『ラウンジと思えば真っ先に通過したよ。これ、一番奥まで行くのか? 寝室ですとか言われても、反応のしようがないよ? 期待薄いよ?』


 図書室など、明らかに本来の道筋にないであろう扉の前まで通過していく。少年は仕方がないので、頭の中に地図を書きメモをする。


『海図や天気図を覚えた経験が役立ってる件』


 少年は地図に追記しながらでも暇になった。


 最近はまっている、長いタイトルを無駄に考える暇つぶしを始めた。暇なときに楽しんでるが、双子は暇を食い潰す達人のためニッチな楽しみだった。


 執事長が止まり、ノックして「ぼっちゃまをお連れしました」と用件を扉越しに伝える。


『ちょっ、なぜその呼び名を選択する!』


 室内から『ブフォッ』と音が聞こえ、咳き込む音が扉越しに聞こえた。


 執事長は扉を開け、「お入りください」と促した。


『いやいや、許可出てないよね?ってなぜ背後に回り込んで、背中押すの?』


 壁際のテーブルに男性が座っていた。


『はぁ? 言うことはあっても、ホントにテーブルに座らないよね? どゆこと?』


 執事長が一人掛けのソファーに誘導し、座れの圧力を掛けてきた。


「あの、伯爵様と呼ばさせて頂きます。伯爵様は旅装なのでテーブルにお掛けになってるのでしょうか?」


 バルテア伯爵は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。


「僕も、馬の手入れをしたばかりで汚れてます。鍛錬場の横にあるガゼボでお話を致しませんか? とても気持ちの良い風が通る素敵なガゼボですね」


 執事長は眉をピクッと動かしたが何も言わなかった。


『ギリギリ許した感じかな? 伯爵様しだい……』


「うむ、あのガゼボは鍛錬場の横というのが無粋だが、場所は確かに一番良いんだ。親父が鍛錬場さえ広げなければ……」


「いえいえ、鍛錬している姿が見れます。おばあさま……前伯爵夫人様は、リオ……マルセリオ様とフィリクス様の鍛錬をことのほか楽しまれました」


 バルテア伯爵が「母上が?」と目を丸くした。


「はい! マルセリオ様とフィリクス様もたいそう喜び怪我をしないよう落ち着かせる必要があるほど、喜んで武術や乗馬の訓練をされます」


 バルテア伯爵がテーブルから降り、少年に手を差し伸べた。少年は、少し目を開いたが握手を受けた。


「ガゼボに向かおう」


 バルテア伯爵が執務室を出ようとしたとき、少年が声を掛けた。


「マルセリオ様とフィリクス様をお誘いしましょう」


 足を止めたバルテア伯爵は、頷きながらお茶をサーブしようと待機していた侍女に指示した。そして、少年の肩を叩きガゼボに向かった。


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