第八節 双子の誇らしい訪問、土木魔法の評価
メルカド伯爵邸の食堂はいつもより静かだった。マルセリオとフィリクスがレベナにお出かけをしているからである。
「リドルくんは工房を確認して問題なければ実家に戻る予定だ。リオとリクは魔道具に問題がなければカンコールとリューウェンに向かう予定になってる」
バルテア伯爵の言葉は貴族家としてある意味で異例であった。
「えっ? リオとリクだけで行くのですか? アユナが帯同してましたが……見習いは取れたの? いえ、それ以前に四歳で他領に赴くのは……」
バルテア伯爵の言葉を聞いたヴィオナが眉を寄せ懸念を口にした。
「ヴィオの言いたい事は分かる。ただリドルくんが我が家に来ている時点で慣習は置く事にしている。魔道具の情報という名分も立つし俺の名代としての訪問だ」
バルテア伯爵はヴィオナに優しい目を向け言葉をかけた。
「まぁ素敵! 四歳のリオとリクが名代としてお父様に認められたという事ですよね。評価をそこまで積み上げてきた二人を抱きしめてあげたいわ!」
思わずヴィオナは席を立ち声を上げた。手をワキワキしたヴィオナだが抱きしめる対象のマルセリオとフィリクスは食堂にいなかった。
「うちはルクレイの底上げはある。それでも今の二人は自分たちで考え成果を出している。誇れる事を成し遂げてるからな。そう考えれば名代に相応しいさ」
ヴィオナの無作法は黙認してバルテア伯爵は話を続けた。
「リオとリクは西に向かう予定です。そこで他家の当主と会いますからその前にグレアルさんに会っておくのは大賛成です。その方が色々とやりやすいです」
ルクレイの考えを聞いたバルテア伯爵は頷いた。
「そういえば庭園計画は聞いて許可は出したが池も作るのか? あれ結構大変だぞ? 土を動かすのが大変なんだよなー。俺としては坂を作って欲しいぞ」
「坂ですか?……何で坂が欲しいのですか?」
バルテア伯爵が話題を変えて池と坂の話になった。
「ん? うちの騎士団の欲しい物リストの一位だからだな。もう不動と言っていい。ちなみに二位は水練できる川の整備だ。三位は森林探索という順位だな」
バルテア伯爵は首を傾げて不思議そうに返した。
「もしかして鍛錬に使える坂ですか? そんなのどこにで……あれ?……坂がない? そういえばレベナやザルムに向かう街道に目立った坂はない?」
「坂らしい坂はないぞ。唯一目立つ坂はリガレアから近い小山だ」
坂のなさをバルテア伯爵は平然とルクレイに伝えた。
「あれは……坂ですか? いや……斜面と言っても坂らしい負荷は掛かりませんよね。えっ? あれが一番目立つの? どんだけ平坦なんですか!」
何回か通ったルクレイはあれが坂と言われて唖然とした。
「違う違う。平坦な場所を選んだ結果として領内は平坦なんだよ。斜面らしいのは森林地帯と山岳地帯にしかねえ。だからずっと一位なんだよ」
バルテア伯爵は伯爵領の成り立ちに理由を押し付けた。
「確かに坂は鍛錬に向いてますね。ただ……満足できる坂が作れるほど造土で土が出せるかは確認してないです。午後に確認する予定ですが……」
「はぁ?」「「えっ?」」「くくく」
ルクレイの発言にバルテア伯爵は驚きカリスタ伯爵夫人とヴィオナは首を傾げた。イゼルダ前伯爵夫人だけが楽しそうに笑った。
「いやいや、造土?……無理だろ。あれは坂を作る魔法じゃないぞ。道の補修とかちょいちょいと土を入れる時に使う土属性の基礎魔法だぞ」
バルテア伯爵は常識を持ち出して正論を掲げた。
「えー、土木魔法大全には出す量の記述はありませんでしたよ? 別の教材にもきっと書かれていないはずです。世の中には坂が作れる魔法使いがいます」
ルクレイは量が書かれていないはずと盲点を掲げた。
「いないいない。王宮魔法局の公式見解がそれだ。ようは王国内では造土はそういうものだ。ただ最近はちょっと疑ってはいる。二人を見てると尚更にな……」
バルテア伯爵は旗色の悪さから撤退に入った。
「レイ、こう考えましょう。池のために掘れば土が出ます。まずはこれを使わないと土の処分に困ってしまいます。足りない分をレイが出せばいいわ」
「そっかー。ヴィーの案なら土は捨てなくて済むし再利用できるね」
ルクレイは歓声を上げてヴィオナの頭を優しく撫でた。
『旦那様は単に遠回しに言っただけですよ? ルクレイ様以外は全員が再利用すると理解してます。違う方向の天然で空気が甘くなってしまいました……』
魔法で坂を作るという発想が先に出るルクレイにユミナは戦慄を覚えた。そして機会を逃さず美味しいところをヴィオナが持っていったと気が付いていた。
「おー、たしかにそれならだいじょうぶそうだな」
バルテア伯爵は頬がピクピクしながらその方針を認めた。カリスタ伯爵夫人は肩を震わせイゼルダ前伯爵夫人はニヤニヤとルクレイたちを見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「無事に池の許可は出たし残土にも役割が生まれて良かったよねー。それもこれもヴィーのアイデアのおかげで助かったよ。お義父さんの許可も忘れてた」
ルクレイはまだヴィオナを賛美していた。流石に恥ずかしくなってきたヴィオナは真っ赤になり俯いていた。撫でやすいなとルクレイはまた撫で始めた。
『まだ続きがありました! ヴィオナ様は羞恥心で真っ赤になってます。そこに追い打ちのなでなでとは……恐ろしいです。庭師も固まったままです』
ユミナは池の予定地まで普通にエスコートしてきたルクレイに慄いた。到着するなり賛美の追加攻撃は威力過多と言ってもよかった。
「庭師さん、池の土を盛って斜面を作ることになりました。斜面は騎士たちが鍛錬で使うのですがどこが良いと思います? 出来れば景色も求めたいです」
ルクレイは撫でる手は止めず庭師に話を振った。
「はぁ……。斜面の話は前々から出ていました。場所の選定は終わってました。ただ庭園を作りますので景観を考慮して再検討させて下さい」
庭師は状況が理解できなかったが再検討を提案した。
「分かりました。残土は仮置きして決まったら運びましょう。……あっ、土を運ぶ方法が予定してる方法で大丈夫か確認しないと……ヴィー手伝ってね」
ルクレイの言葉にヴィオナは俯いたまま「うん」と答えた。
庭師は再検討のためこの場を辞して鍛錬場に向かった。
「それじゃ土木魔法を試してみよう。威力も分からないから池の真ん中で試すね。ヴィーとユミナは離れていてね。ヴィーは風壁で防御をお願い」
ルクレイはヴィオナに声をかけ頭を優しくポンポンとして中心の辺りに移動した。ヴィオナは無言で俯いたまま池の予定地から出た。
『明らかにヴィオナ様のテンションが振り切れてますね。口を開くとダダ漏れになるから塞いでるのは長い付き合いで分かります。今日は大サービスの日です』
ユミナは今日の出来事をカリスタ伯爵夫人に報告すればお小遣い確定と確信した。もしかすると大奥様もお小遣いを出してくれるかもと期待に満ちていた。
『さて魔力くん、初めての土木魔法行くよ! ふふふ、重機は流石に買えなかったけど小型のショベルカーは使ってたから勝手は分かる!』
ルクレイの前世の記憶が暴走気味になっていた。
『まずは掘削を標準的に発動しよう。何事も基本が大事だからね! その結果から少し調整して使いこなせるようになるから魔力くんも期待してね!』
「掘削!」
ルクレイは満を持して発動言語を唱えた。
ルクレイの目の前の地面が「モコッ」と持ち上がり土が飛んで横に落ちた。
「……ん? これだけ? これって1m四方ぐらいで……深さは10cmぐらいか? えー、これで終わりなの? いや……ミニショベルカーなら……」
ルクレイはあまりのショボさにがっくりと肩が落ちた。明らかにルクレイの感覚では掘削ではなかった。手で掘り起こすには大変な量ではあったが。
「現実は受け入れよう。確かに標準では使い勝手の良い大きさかもしれない。標準で5m四方とかだと使い難いよね。次は……何だっけ?」
ルクレイは試す順番を考えていたが全て飛んだ。
「開墾!」
思い付いた発動言語をルクレイは唱えた。場所はきちんと掘削した場所とは違う場所だった。混乱していても土木魔法を試している事は覚えていた。
目の前の土がモコモコと身じろぎした。
「これも1m四方ぐらいか。この大きさが標準なのかもしれないな。確かに普段使いなら良い大きさかもしれない。……土もふかふかだし良い魔法だ」
ルクレイは気持ちを切り替えて魔法を褒める事にした。発動している事を魔力くんに感謝した。落ち着いたルクレイは次に移る。
「整地!」
目の前の1m四方の地面にデコボコがなくなり平坦になった。ただ少し沈み込み周囲より少し低くなった。
「んー、平らだし……硬くなったな。つまり転圧がセットになってるのか? 転圧ってこの間の水壁で叩く作業と同じだよな」
ルクレイは手に紐付けした水壁を発動した。その水壁で地面を叩き始めた。周囲に「ドォォーン」と音が鳴り響き地面が揺れた。
「ふむ……こっちの方が転圧としては圧が掛かるな。かなりへこんだけど。おまけに平坦にもなる。唯一の欠点はこの形の水壁は丸い形だから勝手が悪い……」
「レイはなぜ水壁で地面を叩いたのですか?」
ルクレイが考えているとヴィオナが近づき声をかけてきた。
「えっ?……こっちの四角い方が魔法の『整地』で整えた方何だけど転圧が少し弱いかなって思ったの。なので前にやった転圧を試してみたの」
「鍛錬場でやってた方ですね。確かに……整地の方は少し緩い感じですね。でもレイの転圧……転圧ってどういう意味なのですか?」
「ん?……ちょっと待って。答える前に試してみる」
ルクレイは少し移動し地面に向けて「転圧!」と発動言語を唱えてみた。
音はしなかったが地面がへこんだ。ルクレイは地面を触ると「そういう事か」と顎に手を当てた。背後にヴィオナが近づき覗き込んだ。
「検証はできないんだけど『転圧』という発動言語があるかもしれない」
「えっ?……大全にない土木魔法ですか?」
ヴィオナは新しい発動言語と聞き目を見開いた。
「さっき転圧の意味を聞いたよね? 転圧ってこんな感じで上から圧力を掛けて固める作業の事なの。水壁で叩いても魔法を使っても結果は一緒なんだ」
ルクレイは顎に手を当て首を捻ったが「保留」と呟いた。
「造土をやってみるね。その後は粉砕をやるからその時は下がって風壁で防御してね。土木魔法大全でも粉砕はかなり危険と書かれてたから頼むね」
ルクレイはヴィオナに流れを伝えた。
「造土!」
ルクレイが唱えるとパラパラと土が空中に生まれ地面に積もった。両手で掬えるぐらいの量だった。ルクレイはヴィオナに合図を送った。
ヴィオナは頷き下がって風壁を展開した。
風壁の魔力を確認してルクレイは小さな水壁を自分の周りに展開した。土木魔法大全には前方が危険で術者は術者保護で護られると書かれていた。
「粉砕!」「ドゴォォーーン」
ルクレイは「はぁ?」と起きた事象に驚いた。前方の地面が吹き飛んでいた。目測で3m四方が吹き飛び50cmぐらいの穴が開いていた。
「何で粉砕だけ基準がおかしいんだ?」
ルクレイは池を作るのに役立ちそうな土属性の魔法を試してみた。ルクレイの基準でショボいものばかりだったが粉砕だけ威力がおかしかった。




