第七節 竈と庭園と池は家族の憩いと工作談義
メルカド伯爵邸の工房から少し離れた小道をルクレイとヴィオナが歩いていた。ルクレイが池を作りたいと言い出し庭師と相談していた。
発端はリューウェンで作った二人の竈を庭に置いて食事しようとした事である。ただの竈だけでは風情もないのでヴィオナとユミナが庭園計画に引き上げた。
家族全員でも利用できるようにと規模が大きくなった。
そうとは知らずルクレイは試験場的な池を作ろうと思いついた。これは試験場という理由は含まれているが借りて読んだ『土木魔法大全』が原因である。
多くの男の子は重機が好きである。ルクレイの前世はヨットにのめり込んだが重機も大好きだった。職業にはしなかったが土木好きなまま大人になった。
『土木魔法はホントに土木寄りだよな。発動言語は作業名が多くね? 粉砕とか掘削とか整地とかそのまんまだよ。開墾とか伐根は土木か微妙だけど重機は使う』
深夜に土木魔法大全を読んでいたルクレイの思考が変な方向に向かうのは必然だった。これらを使って土木したいと緩んだ思考が支配されていった。
『そうだ、SUPや小型推進魔道具の試験にプール必要だよな。……プールは難しいな。コンクリとかあるのか?……そうだ湖だ!……はデカいから池ぐらいか?』
完全にルクレイの作りたい病が発症した。
◇ ◇ ◇ ◇
「わたしもレイの横で作業を見たいから土木魔法は昼食の後でしましょうね。午後は乗馬服にするので小道の先にも入れます」
「もちろんヴィーに見てもらいたいな。でも危ないかもしれないからユミナと一緒に風壁で防御してね」
ルクレイはニコニコしながらヴィオナに答えた。
「そうだ、ちょっと気になったんだけどドレス風の乗馬服ってないの?」
「ドレス風ですか?……ユミナは知ってる?」
突然の話題転換にヴィオナは首を傾げた。
「聞いた事はありません。乗馬服の上にドレスというわけではありませんよね……生地として乗馬服のように足を別に仕立てるけどドレスみたいですか……」
ユミナは眉を寄せ考えるがイメージが湧かなかった。
「こうやってエスコートしている時はお淑やかなヴィーを引き立てるの。でも動く時は活発で可愛いヴィーになる感じ。今の髪型でとっても映えると思う!」
「素敵な服です! ユミナ! 考えてみましょう!」
頬をうっすらと染めたヴィオナが宣言した。
『ルクレイ様の明らかに天然ド直球なダダ漏れでヴィオナ様のテンションが振り切れました……。サラリと髪型も持ち上げてますし好きですね……この髪型』
「分かりました。本館の服飾師に声を掛けますのでルクレイ様はメモに思っている事を書いてください。……奥様にも声を掛けさせて頂きます」
ユミナは回避不能と判断して服飾師とカリスタ伯爵夫人を巻き込んだ。
「そうだ! 髪を留めてるレジン糸を髪飾りで隠してるよね? 色を髪の色にしたり……そう! レースとか綺麗な布を付けてみない?」
ルクレイはポンと浮かんだシュシュも映えると思った。
「綺麗な布ですか? レースという事は薄い感じですね……ユミナはどう思いますか? 隠しリボンなどもありますし可愛く仕上がりませんか?」
お洒落はユミナに全振りするヴィオナはニコニコしたいた。
「それはアリだと思います。リボンの土台にすれば留める部分が解消されますから自由度が増えそうです。かなり可愛くリボンを配置できそうです」
リボンにだいぶ意識が寄っている状態だがヴィオナを飾り立てるのは可能と判断した。リボン自体を縛る必要がない点はかなり請求力が強かった。
『あの髪型にする理由の補強にルクレイ様が本腰を入れ始めました。髪を傷めにくいレジン糸の太さと柔らかさにも拘ってましたし……これ流行りますよ?』
ユミナはルクレイの本気度を感じていた。そして何気にこの髪を纏めるレジン糸は流行るだろうと確信していた。そこに飾り立てる仕組みが加わった。
「気になってたんだけどレイは届いた木材って見てませんよね? 間伐材を乾燥させた物が届いたと昨日お父様が昼食の時に言ってましたよ?」
ヴィオナが首を傾げてルクレイの忘れ事を指摘した。
「あっ……忘れてた。リゾリカさんが来た時に木材があるって認識はしたんだ。それを検分するのすっかり忘れてた。昼食まで作業場でお茶にしよう」
ルクレイはヴィオナの指摘で思い出した。検分する間はヴィオナに待ってもらうため冷たい紅茶でお茶してもらおうと考えた。
作業場に到着するとユミナに冷たい紅茶を頼んだ。ルクレイはテケテケっと間伐材の木材に近づきいきなり棒を切り出した。
「あら……レイは……タープの準備を始めたのですね」
ヴィオナはルクレイの動きでタープを準備し始めた事に気が付きくすくすと笑った。素早い動きだがヴィオナのいるテーブル付近はまだ日陰だった。
タープを張ろうとして日陰に気が付いたルクレイは「念のため」と真面目な顔でタープを張った。ヴィオナは可笑しかったが心遣いに「嬉しい」と答えた。
『冷却保管箱を取りに工房に入った時間でタープを張ってます……。全力すぎませんか? タープを張っただけで糖度が上がってるんですけど……』
ちょっと工房に入ってる間の短時間で糖度が上がりヴィオナがニコニコしていた。木材を検分しているルクレイは少し挙動不審に見えた。
ユミナはお湯を沸かし紅茶を淹れた。粉末果物は爽快の実を溶かし込み冷却保管箱に仕舞った。
「凄いよー。間伐材を乾燥させた木材はほぼ自由水が抜けて結合水までいってなかった。あれなら収縮や割れは起こり難い。従業員さんたち凄い目利きだよ」
ルクレイは届いた木材の乾燥具合に驚いていた。
「レイ、その『自由水』や『結合水』って何ですか?」
ヴィオナは新しく聞いた言葉に口角が上がった。
「えっ?……概念はあると思うんだけど。自由水は丸太を置いておくと抜ける水分だよ。結合水は製材工房で加熱して抜く水分のことなんだよね」
ヴィオナが優しく問いかけたのでルクレイは素直に答えた。
「難しいですね。最初の自由水は丸太を放置ですよね? 前に聞いた話だと南方木材は一年ほど。北方木材だと三年以上でしたっけ?」
ヴィオナは首を傾げてルクレイに問いかけた。
「そうだよ。品質的には自然に任せた方が良くなりやすいと思う。管理はかなり大変だなって思うけど。でも間伐材が押し寄せてくるから仕方ないよね」
「そうですね。間伐材がどう使われているのかは分かりません。でも森林管理でこの後は大量に出てくる事は理解してます。乾燥魔道具が役に立つ事もです」
間伐材が領の負債になり掛けているとヴィオナは理解していた。
「でね、ゴリゾンさんが用意してくれた大きな木板も運ばれてきてた。湖を渡るのに使う予定何だけど見てみる? ほんと大きいんだよ」
ルクレイは両手を広げて大きいを強調しヴィオナはクスッと笑った。
ルクレイが席を立ち資材置き場に向かい巨大な木の板を持ち上げて戻ってきた。流石に想定外の大きさでヴィオナは息を呑んだ。
ルクレイは胸を張って木板を縦に地面に置いた。
『杉? 長さ4m、幅800mm、厚さ150mm、重量249.6kg(全乾燥192.0kg)』
ルクレイは分析をしてうんうんと頷いた。普通に考えて重すぎる木板である。ゴリゾン製材工房の従業員でも四人掛かりで運んでいた代物である。
「大き過ぎません? その大きさで水に浮くの?」
「このままでも浮くよ。でも軽くしないと人が乗れない。厳密に言うと中をくり抜いて中空にしてあげる感じになるかな。でも大きいでしょ?」
ルクレイが木板をペチペチ叩きヴィオナに説明した。話を聞いたヴィオナは少しクラッときたが諦めて頷きを返した。
「ほんとはこんな立派な木板は勿体ないんだけど……使わないのは失礼だから使います。簡易版はゴリゾンさんとリゾリカさんに任せれば良いよね」
既に簡易版は丸投げ予定のルクレイだった。
「昼食までこの木板を加工してていい?……ありがとう。外側を予定してる形に整えてみるね。基本的にはサーフボードに似た形だけど厚みが違うの」
ヴィオナの了解が得られたので地面に工作用マットの水壁を発動した。木屑が多くなりそうなので縁の段を大きくし敷布を敷き詰めた。
「まずは少し粗めだけど全体の形を整えるね。水に浮かべて進ませるから滑らかな形にするんだよね。帆船と一緒で前と後ろは形が違うんだ」
ヴィオナに話しかけながらサンダーを発動して角を取りSUPの形を削り出していく。前の形状は絞らず揚陸艇のように幅を残す事にした。
「相変わらずレイは目測だけで綺麗に形を作るわ。綺麗な曲線なのに左右で揃ってます。わたしも風壁で削る技術を高めたいわ」
「ヴィーは僕みたいに大きな物を扱うより小さい物をたくさん削った方が良いと思うよ。小物に使うレジンや木片なんか良くない?」
「小物ですか?……確かにその方が活用する場面が多そうです。レジンや木片から削り出せたら小物の幅が広がりますね。少しやってみますね」
ヴィオナがやる事を決めた。ルクレイは材料置き場から厚めの木板を適当に切ってヴィオナに渡した。ヴィオナは穴を開ける鍛錬を始めた。
ルクレイは少し考えて底面側を表にした。
「フィンは何とかするけど直進性を確保しておこう。名前は覚えてないけど底にへこみを入れると良いんだよね。シングルとダブルは覚えてる」
ルクレイは首を傾げ「10ミリぐらい?」と呟いた。
「レイ、ミリって何ですか?」
ヴィオナが新しい言葉に反応してルクレイに尋ねた。
「えっ?……えっと、一単位の十等分のひとつをセンチってしたでしょ。その一センチを十等分した時のひとつを一ミリって言うんだけど……細か過ぎかな」
「でも小物だとそれぐらいの大きさになりませんか?」
細かいと言われた理由が分からずヴィオナは問い返した。
「なるとは思う。でも数字は人に伝えるために出す事が多いよ。ミリだとたぶん相手が再現できない。工作精度って言うんだけどミリは扱いきれないと思う」
「なるほど……それは理解できます。今だと『一ミリ削って』と指示されても精度は出せません。わたしとユミナだけで使いますね」
ヴィオナは無理な理由が理解できたので引いた。
「底を少しへこませると真っ直ぐ進みやすくなるんだよ。これは一本の竜骨と逆の発想だね。真ん中を残して二つのへこみだと竜骨と似た発想になるかな」
工作を再開したルクレイは再び話しながら削る作業続けた。
「竜骨って船の底にある出っ張りでしたっけ? 子どもの頃にレベナで陸揚げした連絡船を見学したの。その時に聞いた記憶が微かにあるわ」
ヴィオナも穴あけ鍛錬に戻りつつ会話を続けた。
「それだよ。あれは船の強度を高める意味がある。そして真っ直ぐ進むための役割もしてるんだ。さらに船が横に滑らないように頑張る役目もあるんだよね」
話の流れが竜骨に逸れていった。
「竜骨は頑張っていたのですね。もう少しきちんと見学すべきでした。レベナ探検に気を取られすぎでしたわ。あまり探検する場所がなくガッカリしてました」
ヴィオナはやはり冒険派だった。
会話はしていてもヴィオナはもらった木板にルクレイが使うドリルビットのような風壁を発動して穴を空けていた。少しずつ穴の大きさが小さくなっていた。
「さて、本館から侍女が来たみたいだから身支度で戻ろう。午後の土木魔法が楽しみだね。やる事は穴を掘ったり耕したりと地味だけど」
ルクレイは木屑を木屑入れに投入して片付けを済ませた。ヴィオナに手を差し伸べてエスコートし本館に向かって歩き出した。




