第六節 土木魔法は土と木ではなくて池が欲しかった
メルカド伯爵邸にあるガゼボはいつも陽が昇る時間になるとルクレイがやって来る。紅茶を淹れて日の出を見て手を合わせていた。
「ふふ、女神様のおかげでヴィーと毎日楽しく生活しています。女神様も楽しくお仕事をして頂けていれば幸いです」
毎日のように『創世の女神』にルクレイは感謝の祈りを捧げていた。
お祈りが終わったルクレイはガゼボに戻り書物を開いて読みふけっていた。ヴィオナから借りた『土木魔法大全』という大全シリーズの土属性編であった。
「知らずに表紙を見たら土属性と木属性の大全シリーズとか考えちゃうよね。土属性って異世界テンプレだと使い勝手が良かったりするけど……」
ルクレイは独り言を呟きながらページを捲っていく。昨日は読み始めたら夜が更けて慌てて寝るほどにワクワクするほど面白かった。
「本当に土木に特化させたような魔法に見えるよね。魔力から作れるのが土と石の二つとか微妙に突っ込みたくなるよねー。金属を作らせろーって感じだよ」
「金属が作れたら歴史に名が残ってしまいますよ」
独り言のつもりが突っ込みが入りルクレイはビックリして顔を上げた。眼の前にはポニーテールにした笑顔のヴィオナがいた。
「おはよー素敵な髪型で息が止まるかと思ったよ」「おはよー」
挨拶を交わすとヴィオナはルクレイの差し出す手を借りてちょこんとルクレイの横に座った。ルクレイが意図的に横に置いているヴィオナが座る椅子である。
「土木魔法って面白いよ。普段粉末果物を作ってる粉砕魔道具は土属性の粉砕が元になってるとは聞いてたよ? でも粉砕って粉々にして吹き飛ばすんだって」
ルクレイはページを捲り粉砕のページを開いてヴィオナに見せた。
『近いですよ? ルクレイ様が横を向けば頬にキスする距離です。まぁ、キスするときは照れもなくしますが。というかさらっと挨拶で糖度を上げましたね?』
ヴィオナの分の紅茶を淹れながら横目でヴィオナたちをユミナは見ていた。
「後ね読んでて『ん?』と思ったのが開墾なんだよね。これ土を柔らかくする魔法なんだけど開墾って名前が限定的だと思わない?」
ルクレイは土木魔法大全をネタに会話を始めた。
「そうですね。開墾というと新たに畑とかを作る意味ですよね。土を柔らかくして畑にするから開墾という事でしょうか。というより土木なのですか?」
ヴィオナもルクレイの話に乗って思った事を返した。
「そこだよねー。開墾は土木か? というと微妙な気がする。逆に平らにして固めるのが整地って言うんだよね。土属性の発動言語が凄く雑な気がする」
全体的に土属性の発動言語は他の属性より俗っぽく感じていた。
「確かに風属性だと『そよ風』とか詩的ですよね。効果は微妙ですけど名前のセンスは良いと思います。まぁ『種火』や『飲水』とかは名前が微妙ですね」
「土属性だと『造土』が一番の基礎らしい。大全シリーズだと事象は書いてあるんだけど量は書いてないんだよね。この量が書いてないのは解釈が難しい」
各属性の初級魔法は基本的に練習用で実用的でないと考えられている。そのためか発動言語がかなり適当というのがルクレイの見解だった。
「どういう事ですか?」
ルクレイが言った解釈の意味が分かり難くヴィオナは問い返した。
「僕たちは魔法が想いで発動する事を知ってるよね? 大全シリーズの記載だと重要な要素が抜けているような気がしたんだ」
「なるほど……恐らくですが大全シリーズを買える家は魔法の教師も雇います。つまりそういった部分は教師の見本となる魔法を見て決まるのではないですか?」
ルクレイの言いたい事が何となく理解できたヴィオナが答えた。
「人の発動を見て量だったりを覚えるのか。だからヴィーに魔法を教えようとした教師が見下してヴィーに嫌がらせしたという話に繋がるんだね」
「結果的にはそうなりました。発動が上手くいかないわたしを見下して舐めた態度を取ったので物理で制裁しました。バレて違う制裁も受けてましたけど」
魔法の教師が見下し十歳の少女をバカにして体罰まで与えようとした。体術では高い才能を見せていたヴィオナが拳で教師をボコボコに叩き潰した。
この場合、ヴィオナに体罰を与えていたら教師は即斬首となっていた。
王国は在地貴族の権限が強い。そしてメルカド伯爵家は武門貴族なので舐められたら武力で解決する事を当然の権利として行使する。
メルカド伯爵家は数代前の当主が武力での解決を避けていた時期があった。これがメルカド伯爵家が侮られ舐められる事になった元凶である。
貴族家は舐められたら得意分野で徹底的に相手を叩き潰す覚悟が必要だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっと池みたいな感じの物が必要なんだけど池って作っても大丈夫かな?」
話の流れを完全に切ってルクレイは謎の話に進んだ。
「えっ?……繋がりが全然分かりませんよ? なぜ池が出てきたのですか?」
「あっ、ごめんね。池が必要と思った理由は二つ。湖を渡る道具を試す場所として水面が欲しかったの。あと小型推進魔道具を試したいかなって」
「つまり水遊びしたいのですね。……そうですねぇ」
ヴィオナは丸めて水遊びの場と認識して可能かどうかを考え始めた。ヴィオナの中では作る方向で考えているので竈の設置に絡める方向でユミナに尋ねた。
「ユミナ、例の庭園計画ですが池が入るとどうなると思う?」
「池は周囲の気温を下げますので夏の風向きを考えるとアリだと思います。場所と大きさは庭師と相談になりますが良い案だと思います」
ユミナは淀みなく答えた。ルクレイは「庭園?」と首を傾げていた。
「という事なので庭師に聞いてみましょう。庭園の設計を任せている庭師は話が分かる人なので良い場所を教えてくれます」
ヴィオナが席を立った。ルクレイは今ひとつ状況が分からなかったがエスコートを申し出た。ガゼボを出ると離れの方を指示されたので誘導した。
「竈の設置を検討してたの。竈を増やして外で集まって食事ができる場所にする事にしたのね。で、やっぱり綺麗にしたいので庭園を組み込む事にしたのよ」
ヴィオナがルクレイに竈を設置するため造園する話をした。
「竈に庭園が組み込まれる流れが意外だけど理解したよ。竈の増設は良い案だと思う。リオやリクは参加したがるだろうしお祖母様も喜びそうだよね」
「でしょ? うちの場合は仲間外れにすると拗ねるから気を使うの。家族全員が入れるか二人専用にするかの二択なのよ。二人専用なら誰も気にしないわ」
メルカド家の家風として拗ねる属性がチラチラと見え隠れしているとルクレイは思っていた。拗ねない方向に最初から舵を切ろうと考えていた。
「二人だけでの食事は絶対にやるけど家族全員も絶対にやりたいね。そう考えたら庭園という形にした方が収まりが良い。さすがヴィーは考えてるね」
ルクレイは『大は小を兼ねる』と考えた。
「楽しみだわ。開催前にはレベナにエビのちゅ……そうでした! 浜焼き場にみんなを連れて行かないとまずいです。話を聞いて期待してるはずです」
戻って数日なので大丈夫だが誘い忘れるとまずい事にヴィオナは気が付いた。
「えっ?……期待されてるのか。双子が戻ってきたら話を振るか。代官さんにしてみれば準備が整う前には来て欲しくない気がするんだよね」
ルクレイの気遣いに「確かに」とヴィオナも理解を示した。理由が明確なら時期がズレても誰も気にしないから代官に報告を頼めば良いと割り切った。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイとヴィオナは完全に庭園デート気分になっていた。花壇や木漏れ日の演出を見ながら小道を進んでいく。しばらく進むとユミナから声が掛かる。
「庭師はこの辺りで木の剪定をしているはずです」
ユミナの情報を元にルクレイとヴィオナがキョロキョロと周囲を確認した。ヴィオナは探知を発動して周囲の確認を進めた。
「この先の木の上に反応があります」
ヴィオナが言葉にするとルクレイはそっと誘って歩みを進めた。少し進むとルクレイも気配を感じ取った。上を見ると男性が木の上で作業をしていた。
ルクレイが声を掛け庭園計画に池を加えたい旨を伝えた。池を作って良い場所と大きさを考えて欲しいと頼んだ。
「池は良い考えと思います。作れる場所は一箇所しかありませんのでご案内できます。ただ、木々の配置の関係で水路を直ぐに決めるのが難しいです」
庭師は水路の経路を考えたが答えが出なかった。
「水路の候補は考えたら教えて。悪いけど池の場所と大きさを教えてくれるかな。そっちは時間が取れるタイミングで作ってみるから」
「ルクレイ様が作られるのですか?」
ルクレイが作ると聞いて庭師が驚いた顔をした。
庭師の案内で離れの工房が見える場所まで戻ってきた。ルクレイが庭園に考えている案を尋ねたので庭師は歩きながら庭園の構想を説明した。
竈と食事をする場所を基準に花壇や木々の配置と小道の経路などを説明した。食休みで散歩などをする動線も考えられていた。
「テーブルにタープみたいな日除けを考えてるの? 確かに陽射しに当たりながらは辛いから日除けは必要だね。そこは僕も考えてみるよ」
食事をする場所は都度テーブルを出す形にして日除けの設置も考えられていた。ルクレイが考えているよりも多くの要素が検討されていた。
『庭園の造成って大変だな。外側からの視線とかは分かったけど小道の動線とかも考えるのか。しかも完全な死角は作らないようにするとか難しすぎだ……』
庭師の構想は多岐に渡りルクレイは感心しかなかった。
池の候補地に着いたのでヴィオナには小道で休憩してもらった。今日はドレスだったので小道を外れるのはアウト判定とユミナに諭されていた。
『そういえばスカートに見えるけど違うっていう服があったな。異世界テンプレでもあった気がする。乗馬服なんだけどスカート風なんだっけか?』
ルクレイは前世の記憶を漁ったがこれといった情報がなかった。その服ならマナー的に大丈夫という根拠になる情報もうろ覚えだった。
『これはそれっぽい形でメモに描いてユミナに見てもらうか』
お洒落の番人であるユミナにルクレイは相談する事にした。
ルクレイが違う事を考えている間に庭師は池の形を決めていった。ルクレイは工房が見えたのでロープを取りに戻った。杭は木板から切り出した。
ルクレイが木板を加工している姿を庭師は目を丸くして見ていた。木板がどんどん切られて簡易な杭に姿を変えていく。不思議な光景に見入っていた。
ルクレイは庭師が示す位置に杭を打ち込みロープを結ぶ。それを繰り返して池の形が浮かび上がった。深さ自体は庭師の指定がなかったので自由となった。
「ロープを張るだけで分かりやすくなりますな」
庭師はロープだけで池のイメージがハッキリと浮かび上がった。頭の中で構想していた庭園に池の姿がストンと収まり風景としてひとつの形になった。
「素敵な庭園にしてみせます」
庭師の声は静かだったがルクレイの耳に届いた。ルクレイはロープを張った池の造成地を見て身一つで造成できるこの世界にワクワクしていた。




