第一節 光ったイヤーカフと伝える先の選定
メルカド伯爵領の領都にある伯爵邸のガゼボを中心に混沌が包み込んでいた。双子は目を押さえルクレイにしがみついていた。
「うー、目が痛い……。ルクにぃ、今の光は亀裂の時の光と同じやつだよね? あの時は見えるようになったときルクにぃが転がりまくって面白かった」
視力が戻ったリドルがルクレイに尋ねた。
「んー、そうだね。目を瞑ってたんだけどリオやリクが来たのが想定外だった。リオ、リクは目は大丈夫? かなり眩しかったから目が痛かったでしょ?」
ルクレイの問いかけに「「痛かったー」」と双子は抱きついた。
ルクレイは双子とリドルを誘ってガゼボに入った。席に座らせルクレイが冷えた紅茶を準備した。ユミナはまだ回復しきれていなかった。
「ルクにぃ、あの光は何だったの?」
マルセリオがルクレイに尋ねた。
「あれは……きちんと話してなかったか。洞窟とかで入手する小箱から出た物に魔力を流した結果なんだよね。原理は分からないんだけどめっちゃ眩しい」
「姉様とルクにぃの着けてる手袋?」
フィリクスがルクレイの手袋を指差して尋ねた。
「今回はイヤーカフの方だね。イヤーカフに魔力を流すの忘れてたから流してたんだ。たまたま、光るときにリオとリクがガゼボに到着したんだよね」
ルクレイが事の流れを説明した。
「アル兄さんたちも着けてるイヤーカフですよね? 眩しく光るという話は聞いてない。……ルクにぃは亀裂で光ったから気が付いた感じなの?」
リドルは情報のズレに気が付きルクレイに尋ねた。
「そうだね。ほら、ユリウスさんが『流して』って言ったでしょ? たぶん流すというのは正しいんだけど量に関しての情報不足って気がするかな」
ルクレイの答えにリドルは「流す量ですか?」と首を傾げた。
「この件は内緒ね。アルフォンスさんたちに直接話すのは良いけど伝言的な伝達はダメだからね。ユリウスさんもリドルから話すのは禁止にしとくね」
「ユリウスさんもですか?」
亀裂を管理しているユリウス公爵子息に内緒の理由が分からなかった。
「ユリウスさんだってアルフォンスさんに話を持っていくしかない。おまけに知ってもたぶん活用できないから意味がない」
「あっ……。話を聞いてしまうと対処するために動かなくてはならないって事ですね。確かに単に負担を掛けるだけの要らない情報といえますね」
リドルはルクレイの言葉の意図を理解した。
「イヤーカフに魔力を流して光ったのは分かったけど効果は?」
リドルはあまり深く考えないまま質問を口にした。
ルクレイは「んー」と小首を傾げヴィオナに視線を向けた。ヴィオナは苦笑いを浮かべていたがリドルをチラッと見て頷いた。
「リドルは質問の答えを聞いてどうするの?」
答える前にルクレイはリドルに気付かせるための質問をした。
「えっ?……あっ! ごめんなさい……」
リドルは貴族として情報を扱う心構えを失念していた事に気が付いた。
「前にも話したけど貴族にとって情報は武器だよ。常にどう扱うかを考える癖は付けようね。そこを考えないまま情報を求めるのは貴族として悪手だからね」
ルクレイの指摘にリドルは「はい……」と答え萎んだ。
「「リドにぃ頑張れ!」」
「ふふ、リドルは身内だから話はするけど注意はしてね。現状、中心にいるアルフォンスさんやリュミエールさんに相談した方が無難な件が多いからね」
リドルは「はい」と真剣な表情でルクレイに応えた。
「さて、説明はここまでの話としてイヤーカフは『魔導通話機』という魔道具のような物ね。機能はイヤーカフを持っている人と話ができるだろうって感じだ」
ルクレイは「質問はダメ」と付け加えた。そして握ったままだったイヤーカフをテーブルに置きジッと見て『登録方法は?』と魔力くんに伝え分析した。
『魔導通話機 登録方法は共鳴石を接触させ持ち主が魔力を流す』
「そう来るか。……まずは手順を先に進めよう」
ルクレイはイヤーカフを持ちヴィオナに石の部分を接触させるよう願いした。
「分かりました」
ヴィオナは答えてイヤーカフの石をルクレイの石にそっと触れさせた。
「また光るかもしれない。眩しいのが嫌な人は目を瞑ってね。……それじゃ、ヴィーはさっきと同じように魔力を渡してあげて」
ルクレイはイヤーカフに魔力を流した。ルクレイの言葉を受けたヴィオナもイヤーカフに『魔力を渡すね』と想いを伝えた。
ヴィオナのイヤーカフに『淡い藍色』の光が灯り、ルクレイのイヤーカフは『濃い青色』の光が灯った。光はキラキラと光の粒子になり零れ落ちて消えていった。
『ヴィオナ・メルカドを通話先に登録しました』
ルクレイの頭の中に事務的な声が響いた。ヴィオナは「えっ?」と驚きの表情に変わったことでルクレイはそっとため息を吐いた。
「ヴィーは僕が通話先に登録されたって聞こえた?」
ルクレイの問にヴィオナはこくこくと頷きを返した。
『だいぶテンプレ的になってきたかな。名前のおかげで驚きが少なかったけど……。たぶん普通に念話的なやつだろう。ここでは繋がるかだけ確認だな』
「その声が実際に聞こえているのかは置いておくね。まずは寂しいしイヤーカフを着け直そうか。僕のイヤーカフを着けてもらっていいかな?」
ルクレイはイヤーカフをヴィオナに渡して両耳に着けてもらった。お返しにヴィオナの耳にイヤーカフをそっと着けて「やっぱり似合う」と言葉をかけた。
赤くなったヴィオナの頭をそっと撫でてルクレイは席に戻った。
「それじゃ少し試してみようか。ヴィーは落ち着いて状況を把握してね」
ルクレイは検証する事をヴィオナに伝え『ヴィーに通話』とイヤーカフに魔力を流しながら頭の中で考えた。
ヴィオナの肩がビクッと動き「えっ?」と声を上げ小首を傾げた。ルクレイはヴィオナの反応を見てイヤーカフに流していた魔力を止めた。
「たぶん声が聞こえたと思うけどその声に関しては一旦置くね。ヴィーは僕に通話するって考えてからイヤーカフに魔力を渡してみて」
ルクレイは優しい声でヴィオナに指示を出した。
ルクレイの声にヴィオナはハッと顔を上げてルクレイを見た。そしてクスッと笑って「分かった」と弾む声で答え目を瞑った。
『ヴィオナ・メルカドから着信しました。通話を受けますか?』
再びルクレイの頭の中に事務的な声が響いた。苦笑の表情を浮かべたルクレイは『受ける』と考えてイヤーカフに魔力を流した。
繋がった感覚を得たルクレイは会話を意識して『ヴィー、聞こえますか?』と考えた。そして続けて『話しかける感じで考えて』と伝えた。
『えぇー、レイの声が頭の中で響いて幸せ過ぎるわー』
ルクレイの中に涼やかで心地良いヴィオナの声が響いた。内容的には色々と漏れていたのでルクレイの口角がフッと上がった。
「一度ここで切るよ。使い方のコツも後で一緒に話し合って会話をたくさん楽しもうね。これから楽しそうでめっちゃワクワクしてるよ」
魔力を止めてルクレイは言葉でヴィオナに検証の予定を伝えた。ヴィオナは満面の笑みでルクレイに頷きを返した。
「さて、このイヤーカフだけどさっき言ったようにイヤーカフを持っていて登録した相手と会話できるのが確定ね。制限は登録する必要があることになるかな」
ルクレイはポカーンと見ていた双子とリドルに説明を再開した。
「「会話?」」
状況が今ひとつ分からなかった双子が首を傾げた。
「話すことだよ。今、少しだけ僕はヴィーに話し掛けてたんだ。でも、これは実際に体験しないと意味が分からないと思うから説明はここまでにするね」
ルクレイは説明の必要性を感じなかったので止めた。
「滑車や歯車のように実際に体験しないと理解し難いという事ですね。ところで情報はアル兄さんに伝えるのですか?」
体験と聞いてリドルはルクレイの言いたいことを理解した。言葉だけでは理解の及ばない事が増えていた。リドルは気になる点だけを確認することにした。
「アルフォンスさんには伝える。正直なところ僕たちよりアルフォンスさんたちに必要な情報だと思ってる。どこまで離れて話せるかは分からないんだけどね」
リドルの問いにルクレイはアルフォンスに伝えると言い切った。
「距離ですか?」
リドルは言葉の意味を確認するため質問した。
「イヤーカフの説明に到達距離は魔力依存となっていた。この説明は意味は分かるんだけど実際に会話できる距離が分からない状態だからね」
どう依存するのか不明だよとルクレイは答えた。
「ただ、忘れないで欲しいのはイヤーカフを持つのは僕たちとアルフォンスさんたちだけ。つまり、六人以外には何の役にも立たない情報ということ」
「広める必要がない。むしろ広めてはいけない情報という事ですね」
リドルはルクレイの言いたい事を理解した。
「僕たちは知っておいて欲しい人に伝えるぐらいだね。リオとリク、そしてリドルには伝えた。後はお義父さんやお義母さんに伝えるぐらいだね」
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ?……そのイヤーカフでヴィオとルクレイは離れていても話せるのか? そんな話は聞いたことがないんだが……母上は聞いたことありますか?」
朝食の席でルクレイは人払いを頼み伯爵夫妻たちにイヤーカフの説明を試みた。
「あるわけないさね。知っとったらバルに自慢して話とるに決まっとる。まったく少しは考えろ。ルクレイは届けばヴィオと連絡できるってこった」
イゼルダ前伯爵夫人は呆れた顔と声でバルテア伯爵に突っ込みを入れた。
「いや……確かに母上なら隠しはしないですね。そもそも、そのイヤーカフは婚約のために用意したとは聞いたが……最近は王都で売ってるのか?」
「ん?……あれヴィーは話してないの?」
イヤーカフの認識のズレを感じたルクレイはヴィオナに尋ねた。
「えっ?……わたしはレイにプレゼントされたという事実しか話してませんよ? お母様とお祖母様にはガゼボでのやり取りをほじくられて恥ずかしかったわ」
細かい事は端折ったとヴィオナは伝えた。
「そうなの?……お義父さん、このイヤーカフは最近流行りの小箱から出た不思議な魔道具みたいな物です。機能を調べて離れていても話せると分かりました」
ルクレイは改めてかなり雑な説明をバルテア伯爵にした。
「小箱?……なんか聞き覚えが……」
「何ボケてるんだい! 陛下からの通達に洞窟や亀裂から出る小箱の話があっただろ。木工屋の小箱から出てきたら私でもビックリするわ!」
小箱にピンと来なかったバルテア伯爵にイゼルダ前伯爵夫人が突っ込む。
「まあまあ、バルに突っ込みを入れても埒が明きませんわ。ヴィオとルクレイは必要なら離れていても連絡がつくという情報は助かります」
カリスタ伯爵夫人がくすくすと笑いながらイゼルダ前伯爵夫人を宥めた。そして話せるという機能に期待を膨らませていた。
「ヴィオが行方不明になってもルクレイと一緒なら元から安心です。そこに逸れていてもルクレイに言えばヴィオを見つけてくれます。これは朗報ですわ」
「おお、確かに不安の種はルクレイに任せられるな!」
カリスタ伯爵夫人とイゼルダ前伯爵夫人が楽しそうに笑った。
「ちょっ、まるでわたしが行方不明になる前提で話すのは止めてください! ふと……レイに探してもらうのはアリかなって思ったけど思っただけですよ!」
あまりな話にヴィオナが母親たちに苦情を上げた。
『ヴィオナ様、そのダダ漏れは悪手ですよ。大奥様と奥様の口角が上がってます。昨日の街中歩きもバレてますし奥様はからかう準備を整えてます』
事情を知っているユミナは食堂に残っていた。ユミナは気配を消しマナーハウス劇場を楽しんでいた。ヴィオナのダダ漏れを見て楽しくなると期待していた。
「まぁ、あー、ルクレイ頼んだぞ」
バルテア伯爵は周囲の気配の変化に気が付いた。バルテア伯爵は真面目な顔でルクレイと話すことにした。女性陣は既にヴィオナで遊び始めていた。
「ヴィーの事は任せてください」
周囲の空気は感じていたがヴィオナが楽しそうとルクレイは判断していた。バルテア伯爵の言葉にルクレイは胸を張って答えた。
マルセリオとフィリクスは話の流れがよく分からず首を傾げていた。リドルは『楽しい家族だな』と感心しながら双子を誘い食堂を後にした。




