第八節 竈の庭園計画と溢れる光がガゼボを包んだ
メルカド伯爵家にあるガゼボは早朝にも関わらずルクレイが何かをしていた。ガゼボの前で地面に直座りして丸太を相手にしていた。
「製図道具を作るには直線と直角をきちんと出さないとダメだよな。直線はカットソーで簡単に出せるから乾燥させた木材でベースを作っておこう」
ルクレイは丸太をヒョイっと置いた。少し輪切りして短くなっているが3m以上は残っていた。太さは30cmはあり間伐材ではなかった。
「端材がどう出るかとかは分からないから厚さ30mmの板にしようか。中心部は使い難いから60mmの角材候補にしておこう」
ルクレイはメモに数値を書き始めた。中心に60mmの角材候補として30mmの板材を三枚として両側で六枚とした。端材もある程度の大きさとなった。
ルクレイはベースとなる面を作ることにした。
丸太の先を鍛錬場に向けた。そして『地上から30mmの位置に幅40mmで発動したら直進』とカットソーを発動した。
丸太の中をカットソーの水壁が通り抜けた。
「不思議だ……。カットソーはカットするために高速で回転してる。外周で切ってる……はず。表面が防御面なのはそうしてるから確かで側面は抵抗なしだよね」
前世の知識から刃の厚さ分だけ削れると理解していた。ルクレイは刃の厚さを1mmぐらいと考えていた。しかしカットソーで切り出しても木屑が出なかった。
「魔法だからと言えばそれで良いんだけど……刃の厚さは考えている事と結果が一致しない点は気になるんだよね」
ルクレイはブツブツとこぼしながら平面を出した丸太を作業用マットの上に置いた。端材は再利用できるので端に寄せておいた。
「次に行くよー。次はカットソーを七枚並べるからね。下からの間隔だけど30mmで三枚、60mm、そして30mmで三枚として横幅は全部400mだからね」
ルクレイは発動イメージを固めでカットソーを発動した。
「後は丸太をカットソーに向けて押し出していけば切れると。魔法って原則として発動者を保護するらしいけど……小箱の手袋が防御力高くて危険がないからな」
丸太を押し出して末端まで切断すると手がカットソーに当たる。しかし、術者保護というより手袋の保護で単に障害物に手が当たった程度の感覚であった。
板材一枚を残して切り出した板材たちは邪魔なのでガゼボの隅に積み上げた。
「しかし製図というか基準を取る道具は作るとなると悩むな。差金やスコヤは単純の極みなのに作ろうとすると難しい。良くまあ昔の人は作ったよな」
ルクレイは板材の横に周りカットソーを発動して端から300mm程度の辺りを切り飛ばした。長い板材を隅に寄せルクレイは板を持ってガゼボに入った。
紅茶を淹れて一息つくことにしたルクレイはのんびりと紅茶を口にした。
「レイ、おはよー」
身支度の終わったヴィオナがガゼボに顔を出した。いつものようにユミナが後に続きそのまま紅茶の準備を始めた。
ルクレイは席を立ちヴィオナに駆け寄った。
「おはよー。今日は久しぶりに糸で束ねたんだね。とっても可愛い。その髪型はヴィーの可愛らしさを引き立ててるよね」
ポニーテールに仕上げたヴィオナは「ありがとう」とはにかみ笑顔を向けた。
「僕の方はまだ短いから早く髪が伸びないかなぁ。お揃いにしてリガレアの街中を一緒に歩きたいよね。レベナの海岸も良いしたくさん散歩したいね」
ヴィオナに手を差し伸べてルクレイはエスコートを自然としていた。
『明らかにルクレイ様は糸で髪を纏める髪型が好きですね。いつも甘い空気を早朝から撒き散らしますがこの髪型の時は糖度が高いです。頻度を増やしますか?』
ヴィオナに紅茶を配膳しながらユミナはルクレイをチラリと見た。
「今日の午後はイゴルトさんが馬車の件で来ますよね? 午前は予定はなかったように思いますがレイは何をする予定になっているの?」
紅茶を楽しみながらヴィオナはルクレイの予定を聞いた。
「今のところ決めてないよ。昨日、ヴィーへの説明を保留した独り言があったでしょ? その辺りを作ってみようかなって試行錯誤しようとしてた」
「あら、それは楽しみです。ところで、トイレでしたか……レベナに置き忘れてきた物はどうします? あと、タープも棒は暫定と言ってました」
ヴィオナが覚えていてルクレイが忘れている点を確認した。
「あー忘れてた。トイレは早急に作って使い勝手を色々な人に聞かないと。木材でとりあえず試作するから……イゴルトさんを巻き込めば良いか?」
トイレの基本構造は難しくないとルクレイは丸投げの態勢に入った。
「そういえば形は単純でしたね。魔道具は……消臭と調湿と加熱でしたっけ? 魔道具はカンコールさんに任せるという選択肢も十分にありそうですね」
ヴィオナは被害者の拡大をルクレイに提案した。
「確かに。基本は箱に木屑を入れるだけだからねぇ。今だと消臭と調湿は普通の組み合わせだし濡れた木屑を調湿だけでなく加熱で乾燥させるだけだもん」
ルクレイはうんうんと頷き「イゴルトさんに話してみよう」と呟いた。
『忘れ物をスルスルと丸投げする流れにしてますね。ヴィオナ様の口元を見るに一緒にいる時間を増やすために丸投げの流れを意図して作ってますね?』
静かに様子を見ていたユミナはヴィオナの内心を想像していた。ユミナの見立てだと手伝えなさそうな工作をばら撒く方向で考えていると想定していた。
「ヴィオナ様、忘れていたというと竈の場所が確定してません。あとルクレイ様、リガレアにお戻りになりましたので『爽快の実』の件は喫緊の課題かと」
ユミナは二人が忘れている重要案件を伝えた。
「あー、やばい! 『爽快の実』はかなりの量を確保しておかないとニロンが怖すぎる。ユミナありがとう。ヴィー、お義父さんに話してくるから待ってて」
慌てたルクレイが水壁をばら撒いて空中を駆けて本館に向かった。
「あら……レイは慌てん坊さんです。あの時の樵さん達の処遇も聞いてませんし朝食の時にゆっくり聞けば良いと思いません?」
駆けていくルクレイを見ていたヴィオナがくすくすと笑った。
「ヴィオごめんね。折角の早朝の時間なのに伝えるタイミングが悪かったわ」
ヴィオナの楽しみを壊してしまったユミナはシュンとして項垂れた。
「問題ないわ。それよりも竈はどこが良いと思う? 庭園から見える位置はちょっと止めた方が良いかなって思うの。そうするとテラスの傍?」
ヴィオナの興味は持ち帰った竈の設置場所の選定に移った。
「竈だけど一つだと調理が大変よ? ヴィオとルクレイ様が追加で作って三つにしましょう。それを纏める感じでガゼボみたいに屋根を付けるのはどう?」
話の切り替わりを感じたユミナは現実的に竈を使った野外活動を考えた。
「それ良い!……テーブルも固定しないで日除けが必要そうならタープでゆったりした空間にすれば良いわね。離の傍だけど庭園の一部みたいにしましょう」
さらにルクレイと共同で活動できそうな案にヴィオナは手を叩いて喜んだ。
「庭園に組み込むのであれば庭師に花壇や小道も作ってもらえば? あと、マルセリオ様やフィリクス様にも竈を作って頂ければ調理できる量が増えるわ」
ユミナの提案はヴィオナとルクレイだけでなく伯爵家全体を巻き込んだ竈を使った新たな場の創設という話に膨らんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ん?……確か『爽快の実』って樵たちが作ってた果樹園だったか?」
突然執務室に飛び込んできたルクレイに驚いたバルテア伯爵が答えた。
「はい……そういえば樵たちの処遇ってどうなりました?」
完全に樵の存在を忘れていたルクレイは苦笑いを浮かべ訪ねた。
「樵たちか? ルクレイの報告で石碑を動かした点は処罰を考えてる。ただ担当する部局も決まってないから棚上げ中だな。樵たちは村で奉仕活動中だ」
バルテア伯爵は「優先度が低かった」ともう少し時間が掛かると肩を竦めた。
「領都近辺の間伐は問題ないと報告があったから村周辺の間伐をさせてる。他にも契約が切られていた村もあったから近隣で融通し合って対処中だな」
森林管理作業の一つである間伐作業を進めていると説明した。
「契約が切れていた狩人と樵で何人かは見つかっているから再契約を打診中だ」
領地を管理する上で狩人と樵は重要な人材である。そのためバルテア伯爵は他領にまで手を広げて契約を打ち切ってしまった狩人や樵を探していた。
「分かりました。狩人や樵が見つかったのは朗報ですね。間伐材に関しては午後にリゾリカさんと少し話す予定です。積み上がる前に対処を始めたいですね」
バルテア伯爵は「そうだな」とルクレイの動きを肯定した。
「で、『爽快の実』だったな。人を派遣して確認したがかなり大きな果樹園で驚いている。有志を集め収穫作業を進めているから街中で売られると思うぞ」
バルテア伯爵は当面の収益は伯爵家が没収する形にすると説明した。ただ、果樹園は樵たちの資産なので最終的には樵たちが管理していく予定と話した。
「石碑の件は情報がなかったからな。反省はしてるみたいだし処罰は前向きな罰にするつもりだ。果樹園も領に利益をもたらすから尚更だな」
「爽快の実ですがニロンの大好物になってます。ちょっと伯爵家で確保する分を多めでお願いします。乾燥エビも好きみたいで食費が嵩みそうです」
ルクレイのお願いにバルテア伯爵は苦笑いを浮かべた。母親であるイゼルダ前伯爵夫人の相棒であるニロンを実はバルテア伯爵も少し苦手だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまー。お義父さんと話してきたよー」
ルクレイはガゼボの入口まで戻ってくるとヴィオナに声をかけた。
「レイ、おかえりなさい。お父様と話せたみたいですね。どうなりました?」
ユミナと竈を使った庭園設備の話を進めていたヴィオナが顔を上げた。ユミナは冷やした紅茶の準備をするため席を立った。
「樵さんたちは村でまだ奉仕活動中みたいだよ。まぁ、間伐しないとだから領都から派遣みたいなものだよね。契約を切った狩人と樵はまだ探してるとこみたい」
ルクレイはバルテア伯爵に聞いた話をヴィオナに伝えた。
「そうですか。信頼のできる狩人や樵は領地にとって必要な人たちですから戻ってくれると良いですね。レイの対処が適切でしたから立て直せそうですね」
「ふふ、狩人や樵がとても大事なことはヴィーが教えてくれたんだよ?」
ルクレイが笑顔で伝えるとヴィオナは「嬉しい」と微笑みながら答えた。
「そうそう、忘れてた件でもう一つ思い出した。リューウェンから戻る連絡船の中でイヤーカフの話をしたでしょ? 戻ったから少し見てみようか」
ルクレイは耳からイヤーカフを二つとも外してテーブルに置いた。ヴィオナも頷いてイヤーカフをそっと外してルクレイのイヤーカフの横に置いた。
「ずっと身に着けていたいから外すと寂しいですね。ふふ、レイに貰ったイヤーカフと手袋とアームリングに包まれていると幸せです」
ヴィオナはイヤーカフをツンツンと突きながら言葉をこぼした。
「僕もイヤーカフを外すと寂しく感じる。せっかくヴィーに着けてもらったのに残念。後で、また着けてもらっても良いかな?」
ヴィオナは「着けてあげるね」と答え「レイも着けてね」と耳に手を当てた。
『始まったわ。イヤーカフは甘くなる要素しかないので致し方なしですが……。ヴィオナ様がアームリングを混ぜたのは何かプレゼントを狙ってますよね?』
ユミナはイヤーカフだけで糖度を上げる二人を観察していた。
ルクレイは「任せてね」とヴィオナに答えた。そして、テーブルに置かれたイヤーカフをジッと見て分析しようと意識を集中した。
『魔導通話機 登録した相手と通話が可能 通話距離は魔力依存』
頭に浮かんだ内容に「やっぱり……」とルクレイは眉を寄せた。名前自体は王宮で分析した結果として覚えていた事で驚きは少なかった。
「イヤーカフは『魔導通話機』という手袋と同じような魔石を使わない魔道具みたいなものだね。機能としてはイヤーカフを持つ人と話すことができる感じ」
ルクレイは簡単な説明をヴィオナに伝えた。
「通話ですか?……通話という言葉に聞き覚えはないですが『話ができる』という意味であれば分かるわ。今こうして話しているのとは違うの?」
ヴィオナは聞き覚えのない言葉に首を傾げて疑問をルクレイに伝えた。
「名前にある『通話』というのはたぶん『離れていても話せる』という意味だと思う。分析の情報に『通話距離』というのがあるから大体あってると思う」
「離れていても話せるのですか! それっていつでもレイと話せて嬉しい」
離れていても話せる事にヴィオナは目を輝かせて声を上げた。
「まずは使えるように魔力を流してみようか。たぶん、めちゃ眩しい光が溢れると思うから流し始めたら目を瞑ろうね。ユミナも危ないから目を瞑って」
眩しい光に翻弄されたルクレイは警戒感を見せながらイヤーカフを手に取った。ヴィオナもテーブルに置いたイヤーカフを手の中に包んだ。
「ヴィーは前と同じように渡す感じで大丈夫だよ」
ルクレイはヴィオナとユミナが目を瞑ったのを確認した。確認してからルクレイもイヤーカフに魔力を流し始め目を瞑った。
しばらく静かな時間が過ぎると「「ルクにぃー」」と声が聞こえた。
双子の声にルクレイが慌ててガゼボの入口を見ると双子が手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。その後ろにはリドルが苦笑いを浮かべていた。
「あー、目を閉じ――」
ガゼボを包む空間に白い光が溢れた。ルクレイの視界から双子たちが消え目に強い痛みが駆け抜けていった。
「目がいたーい」「いたいよー」
白い視界の中で痛さを堪えていたルクレイの耳に双子の声が聞こえた。見えない世界の中でルクレイは席を立ち記憶を頼りに双子に駆け寄った。
「目が痛いですー」
手に人の感触を感じたルクレイが抱き寄せると背後からユミナの声が聞こえた。
「レイの言う通りにこれは設計ミスですね」
ガゼボにヴィオナの涼やかな声が流れ白い世界が少しずつ崩壊していった。




