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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第十章 新たなる物作りと工房主たちの暴走的なやる気

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第七節 製材工房でやらかし事案と木工工房での驚き

「こんにちはー、ゴリゾンさんいますかー」


 ブカゾール鍛冶工房の用事を済ませたルクレイは乾燥魔道具を搬入したとブカゾール工房主に聞いたのでゴリゾン製材工房を訪れることにした。


「ルクレイ殿! お久しぶりです。リューウェンを訪問していると聞いてましたがお戻りになられたのですね。以前、話していた大きな板は出来てます!」


「えっ?――『行き先バレすぎ』……えっと大きな板ですか?……あっ! 聞いただけだったんですが……作ってくれたんですか? 繋ぐの大変ですよね?」


 ルクレイは先手を取られて思考が揺れた。


「リゾリカに手伝ってもらいました。中々に木工は奥が深いですね。乾燥させてる時で手すきな従業員が端材で楽しそうに木工してます」


『ヤベェ……こっちも情報収集がそのまま動き出してるじゃん。レベナは染色だけだったけど……そういえば馬車止めに丸太以外にも積んでる物があった……』


「いやー助かります。ちょっと作ってみたい物があったんですよね。ところで、今後は間伐材が増えていく想定なんだけど何か聞いてる?」


 ルクレイは乾燥の話に戻そうと話題を逸らした。


「午前中に領主様よりルクレイ殿が木の乾燥を魔道具で試したいと伺っています。乾燥魔道具はブカゾールから受け取りましたので従業員が始めてます」


『はやっ! もう動き出してる。検証をお願いしやすいから助かるけど』


 展開の早さにさすがに驚きが隠せないルクレイだった。


「そちらも助かります。乾燥魔道具の設定だと乾燥させ過ぎるとたぶん割れます。現状、魔道具を止めるのは皆さんの勘頼りなのですがお願いするね」


 ルクレイの言葉に「任せてください」とゴリゾン工房主は胸を叩いた。


「試し切れてませんが乾燥中に木材の上から均等に圧力を掛けてみて。少し薄くなるけど反りとか歪みが小さくなるかなって思うんだよね」


 ついでに乾燥時の圧縮もお願いすることにした。


 ゴリゾン工房主に案内され乾燥魔道具を置いた製材場に足を踏み入れた。そこでは従業員たちが乾燥させた木材を並べて話し合っていた。


「ルクレイ殿が様子を見に来てくださったぞ!」


 いつの間にかゴリゾン工房主の中では視察扱いになっていた。お願いに来たはずのルクレイは少し頬が引き攣った。


「「「うぉぉーー」」」


 従業員たちが歓声を上げた。


『ヤベェ……何もしてないのに持ち上げられる前触れじゃん』


「この乾燥魔道具は凄いです! 試しに敷地の隅に生えていた木を伐採した木材を乾燥させてみたら乾燥しました! さすがルクレイ様です!」


「割れる木材もあるので違いを話し合っていたところです」


 賛美に湧く従業員から一人の従業員が状況を伝えてくれた。


「ルクレイ殿は割れる可能性を予言しておられたぞ! 頃合いは俺たちの目利きが頼りって事だ! お前らの経験こそがルクレイ殿の力になるぞ!!」


「「「うぉぉーー」」」


 ゴリゾン工房主の微妙な煽りに従業員たちが嬉しそうに歓声を上げた。


「それに加え! 乾燥中に重しを乗せれば歪みが少なくなると教えてくだされたぞ! 納品前に歪みまくったせいでバタバタしなくて済むかもしれん!!」


「歪んだ木材を抜く作業がなくなるのか!!」


 ゴリゾン工房主の衝撃的な一言に従業員の一人が大声を上げた。


「「「うぉぉーー」」」


 今までで一番の盛り上がりを見せる従業員たち。


『やっぱり歪むんだ……。でも泣くほど嬉しいの? ていうか歪みがゼロにはならないと思うけど……この場で言うのはさすがに無理だよなぁ』


「親方! 重しと言えば鋼ですぜ!」


「おぉ、確かにそうだな。鉄だと錆びたとき困るからな。……分かった! ブカゾールに声を掛けて均等に圧力を掛けられる鋼な重しを作ってもらうぞ!!」


「「「うぉぉーー」」」


『この工房の従業員たちってノリがすごく良いよね。力を合わせる作業が多いからなのかな。ただなー、なんか絶対に変な噂がリガレアに流れるよな……はぁ』


 ルクレイは遠くないどころか速攻で流れる噂に項垂れた。


「えっと、今回の乾燥魔道具での乾燥について少し説明します」


 色々と生まれている状況を諦め意を決してルクレイが声を出した。それまで騒がしかった従業員たちがぴたりと口を閉じルクレイに注目した。


「事の発端は北方木材不足です。その原因が森林管理の失敗なのは知っていますね?……木は伐採して年単位で自然に乾燥させます。これが本来の形です」


 ルクレイは静かに発端から話し始めた。


「しかし、間伐が不適切だった森林を整えるには大量の間伐材が発生します。伐採直後の丸太は製材できないし燃やすことも難しい負の資産と言えます」


 伐採直後の水分含有量が多い丸太は扱いが難しく対処は大きな負担になる。


「このままでは行き場のない間伐材が領内に溢れてしまいます。乾燥魔道具で乾燥させるという方法は強引ですが間伐材対策の切り札として考えています」


 乾燥魔道具の使用は領地が背負う負担を減らす策であることを示した。


「この工房で乾燥の知見が得られれば各地の丸太集積所で乾燥させる道筋が整います。森林管理が安定するよう頑張るために皆さんの経験を貸してください」


 ルクレイは静かに頭を下げ説明を終わらせた。


「もちろんです! 製材する丸太が減っていると気が付いていたのに……見て見ぬふりをしてきました。それが故郷を痛めていると薄々気が付いててもです」


 ゴリゾン工房主は涙を流しながら訴え始めた。


「我々の経験が微量でも領地を救う力になるなら全力でやりますぞ! なあ?」


「「「もちろんでっさーー」」」


 ゴリゾン工房主に煽られた従業員たちも大音量で叫んだ。


『やっちまった……説明の方向性を間違えた感がスゲェある……』


「ここまでルクレイ様が領地を愛し色々と策を講じてくだされているんだぞ!」


「きっちりやるぞぉーーー!!!」「「「うぉぉぉぉーーーー!」」」


 従業員の一人が気合を入れると大歓声に包まれた。従業員たちも叫びながらお互いに抱き合い気合を入れる光景にルクレイは諦めの表情を浮かべた。


「僕はこの後もちょっと用事があるので……」


 ゴリゾン工房主に断りを入れてルクレイはゴリゾン製材工房から逃亡した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「うーん、なんであの流れになったのか全然分からない……。最後の部分も工房の人たちが頼みだよっていう他力本願だったんだけど……解せぬ」


 リガレアの街中をテクテクと歩きながらルクレイは困惑顔で悩んでいた。


「ほんと『覆水盆に返らず』って名言すぎるだろ。……あっ! SUP用の板を貰うの忘れてたよ。まぁ、戻るのは悪手だから仕方がないか」


「覆水盆に返らずというのはどういう意味なのですか?」


 独り言のつもりが横から涼やかな声が聞こえた。


「えっ?……ヴィー! あれ? いつから横に?」


「今ですよ? ユミナと撥水糸を作っていて中々に良い感じの糸ができたのでレイに見せようと探してたのです。製材工房にいると聞きこちらに来ました」


 隣を普通に歩くヴィオナに驚いたルクレイにヴィオナは小首を傾げて説明した。


「そっかー待たせちゃったね。思ってたより長居しちゃったからなぁ。この後はリゾリカさんのところに寄ろうと思ってたけど、戻ろうか」


「木工工房に向かっても大丈夫ですよ? 戻ってお茶も良いですがリゾリカ木工工房と言うことは馬車の件ですよね? 早い方が良いかなって思います」


 ヴィオナはルクレイの予定を優先するように伝えた。


『ヴィオナ様、徒歩で街中の移動は奥様にバレるからアウトですよ? しかも、一緒に歩きたいから工房の予定を推しましたよね? まぁ、気持ちは分かります』


 ヴィオナの後ろからユミナが冷静に見ていた。伯爵邸マナーハウスを出るときにユミナは馬車を使うように進言はしていたので免責の感が強かった。


 ヴィオナが小首を傾げたままルクレイを見ていた。


「あっ……えっと『覆水盆に返らず』だよね? これはお皿に入れたスープをこぼしてしまうと溢れたスープを元に戻せないよね?」


「侍女に新しいスープを入れ直してもらえば大丈夫ですよ?」


 ルクレイの質問に素で解決方法をヴィオナが伝えた。


「んん?……確かに。溢れたらもう一度注げは良いよね。ん?……あのすれ違いをやり直す? ムリだな。 別の噂……いや、それは悪手だ……」


 ヴィオナの正論にルクレイの思考がおかしな流れに吸い込まれていった。そこにヴィオナが「何かあったのですか?」と優しく問いかけた。


 ルクレイはヴィオナにゴリゾン製材工房で発生した行き違いによるよく分からない流れを歩きながら説明していった。


「レイはメルカド領の事を愛してますよね? 心配もしてくれてるわ。だから特に行き違いはなかったと思うのだけど……ユミナはどう思いますか?」


「ルクレイ様が皆に感謝されるのは女神様のご意思ですから致し方ないと思います。いつものように諦めるのが宜しいと愚行致します」


「そうよね! 女神様の意思ですもの。……そういえば女神様から新しい業務連絡は入っていないのですか?」


 ユミナの魔も蓋もない返事の断片だけ拾いヴィオナは話を変えた。


「えっ?……女神様からの業務連絡? 特にないよ? たぶん忙しいか問題がないかのどっちかだと思うけど……いつも通りで諦めるしかないのか〜」


 創世の女神から特に連絡は入っていないのでルクレイはその点を流した。そしてゴリゾン製材工房での出来事は諦めるしかないと項垂れた。


「そうですか。まだレイの礎石を拾いに行く準備も終わってないですし保留ですね。それよりも、木工工房に到着しましたよ?」


 横にいたヴィオナは歩みを止めて先に進み続けているルクレイに声を掛けた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「えっ?……こんにちはー、リゾリカさんいますかー」


 ヴィオナに呼び止められたルクレイは慌てて戻り工房の中に声を掛けた。


「これはルクレイ殿とヴィオナ様。ようこそおいで下さいました」


 工房で資料を見ていたリゾリカ工房主がルクレイとヴィオナに挨拶をした。


「今日はちょっと馬車の修理の件で顔を出しました。きちんと確認できていないのですが木材が積んであったのはリゾリカさんですか?」


 ルクレイは工房の馬車止めに置いてあった木材の出処を確認した。


「あぁ、すみません! 馬車の外板用に整えた板を置いた時に執事さんに伝言をお願いするのを忘れてました」


 ルクレイの問いにリゾリカ工房主は頭を掻いて謝った。


「いえいえ、わざわざ木材の仕立てをして貰えて助かりました。これなら予定していたよりも早く馬車が仕上がりそうでとっても嬉しいです」


 ルクレイは笑顔を向けて感謝を伝えた。


「あと、客室を伸ばすための改修は終わってます。側面の扉用の柱材を転用すると聞いていましたのでその形で三十単位から四十単位に伸ばしてあります」


 リゾリカ工房主は追撃のようにルクレイが想定していなかった改修を伝えた。


「えぇぇー。それ滅茶苦茶に面倒な作業ですよ。ちゃんと作業に掛かった費用を出してくださいね。勿論、外板用の板に関してもです!」


 ルクレイは驚きで目を丸くし慌てて費用算出をお願いした。


「分かりました。とても楽しく作業できたので満足してるところはあるのですが……その方がルクレイ殿にとって良い事であれば計算します」


「うんうん。お願いね。そうでないとお願いし難くなっちゃうからね!」


 ルクレイはくすくすと笑いながらリゾリカ工房主にお願いした。


「明日、馬車の説明でお伺いしてもよろしいですか?」


 リゾリカ工房主が改修内容と外板用の木材の説明をすると話し掛けた。


「問題ありません。あっ、できれば午前中にゴリゾンさんのところで乾燥検証を始めた木材を検分して欲しいかな。午後に工房に来てくれると嬉しい」


 ルクレイは乾燥魔道具で乾燥させた木材の評価をリゾリカさんに頼んだ。そして木材を少し伯爵邸マナーハウスに持ってきて欲しいと希望を伝えた。


 ルクレイとヴィオナがリューウェンに行っている間に動きが進んでいたメルカド領は更に動きを早めていく。その速度はルクレイの想定を超えていた。


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