第六節 歯車は計算で設計され巻上魔道具は試作に入る
「こんにちはー、ブカゾールさんいますかー」
いつものようにルクレイは元気良く声を掛けた。昼食が終わり木材で作った巻上魔道具の模型を持ってブカゾール鍛冶工房を訪れていた。
「ルクレイ殿、こんにちはですな。ガラスの生産の話ですな。ヨルダム! ガラスを生産する話をするぞ! こっちに来い!」
「師匠……席に着くところです。この工房は確かに広いですけど別に遠くにいるわけではありませんよ?」
ブカゾール工房主にやれやれといった空気でヨルダムが答えた。
「あぁ……ガラスもだったね。先にガラスの話をしておこうか。原料なんだけど伯爵邸の工房に置いてあるよ。添加物もあるから当面は取りに来てね」
ルクレイは話の流れをガラスに変えた。
「はい! 小さい時から兄達に遊びと騙され木材運びをしてましたので体力と力はあります。荷車は工房にありますから全く問題ありません」
ヨルダムは真面目な顔でルクレイに答えた。
「えっ?……小さい時から?……まぁ、分かった。そうそう、本格的に着色するのは少し先だけどブカゾールさんと相談して着色も試しておいて欲しいかな」
首を傾げたルクレイにヨルダムは「承知しました」と答えた。
「ブカゾールさん、水で冷ましたガラス片は尖っていて危ないでしょ? 鍋みたいなのに入れてグルグル回して擦り合わせて処置してみてもらって良いかな?」
水冷カレット化の対処をブカゾール工房主に頼んだ。
「問題ありませんぞ。ガラス片同士で尖りを潰すんですな。鍋の形と回し方はヨルダムと確認してみます。ヨルダム、色々と忙しいが頼むぞ」
ブカゾール工房主の言葉に「任せてください」とヨルダムは頷いた。
「で、実はブカゾールさんにお願いがあるの」
ルクレイは本題の巻上魔道具をテーブルに置いた。
「これは巻上魔道具をとりあえず木材で作ったの。これを金属製の外装として仕上げて欲しいんだ。精度より時間を優先したくて心苦しいかな……」
品質より時間と頼むルクレイは頭を掻いた。
「試作ですから理解できますぞ。前の歯車基盤など意味が分からず品質など吹き飛んでましたわ。動く事こそ必要とされる物があると勉強しましたな」
ブカゾール工房主はガハハと笑い声を上げた。
「助かります。簡単に説明しますね」
ルクレイは笑顔で頷き模型をバラしながら構造と意味を説明していった。内歯歯車にブカゾール工房主が食いついたのでルクレイは実演を見せ説明した。
「基本的に歯の個数はセンチという新しい基準で決まります。歯車の大きさをセンチで数え十を掛ける事で基本の歯数が決まります」
センチというのは普段使っている一単位を十等分した一つを指すと説明した。歯車は一単位より小さい場合が多いのでセンチを使うようお願いした。
歯車の歯数は一センチにつき十個とメモに書いた。そして今回の外歯歯車が六センチなので歯数は六十個と書き込んだ。
「ここで歯数の基準になる歯数定数を決めます。今回は二としてます。六センチの歯車の基準歯数は六十個で歯数定数の二で割り歯数は三十個となります」
ルクレイは外歯歯車を指差し歯数を数え三十個であることを確認した。ブカゾール工房主とヨルダムは真剣な表情でルクレイの話を聞いていた。
「こちらの内歯歯車は十八センチでしたな。ということは基準歯数は……百八十個になると……。歯数定数が二だから……九十個……確かに九十個ですな」
ブカゾールさんはメモに数値を書いて計算した。そして実際に数えて確認し顎に手を当てた。ヨルダムも別のメモに書き込んで眉を寄せていた。
「この辺りは慣れれば良いです。重要なのは歯数定数です。この値が同じ歯車同士はきちんと歯が噛み合います。通常は二を使うと勝手が良いでしょう」
ルクレイは笑顔でブカゾール工房主に話し掛けた。
「分かりました……女神様に最大の感謝を」
ブカゾール工房主はボソッと創世の女神に感謝を伝えて祈りを捧げた。
「えっ?……女神様がどうしました?」
突然ブカゾール工房主の口から出た『女神様』という言葉にルクレイは戸惑った。祈りを捧げるブカゾール工房主に思わず問いかけてしまった。
「この新しい知識は創世の女神様がルクレイ様を助けた事で教えて頂けました。ルクレイ様だけでなく女神様にとても感謝しております」
真面目な顔でブカゾール工房主は答えた。
「えっと……女神様には僕も毎日感謝を伝えてます。僕の方ははヴィーとの出会いに関してが大半ですけど……。まぁ、感謝を伝える事こそが重要です」
頬が少し引き攣ったルクレイは頓珍漢な返しをした。
ヨルダムはジトッとした目で二人を見ていたか言葉にはしなかった。ただ、歯車という物には興味が惹かれた。形も珍しくガラスで形にしてみたかった。
◇ ◇ ◇ ◇
気を取り直したルクレイがロープを巻くドラム部分の説明を進めた。
「この巻き取る部分は船で使う巻き上げ機と同じですな。巻き上げ機は軸に棒を差して四人で回します。ロープは別の船員が絡まらないよう並べています」
ドラムの構造を見たブカゾール工房主は腕を組んで頷いた。帆船に積まれる錨の巻き上げ機と同じ構造である事を理解した。
「あー、そうそう。グラナム号の錨を巻き上げるのと同じだね。ブカゾールさんは巻き上げ機を知ってたの?」
ブカゾール工房主の口から帆船の巻き上げ機が出たことにルクレイは驚いた。
「メルカド伯爵家所属の連絡船に搭載しているのはワシが作りましたぞ。整備や修理でレベナに行きますからな。船体はリューウェンで建造されたものです」
ブカゾール工房主は少し胸を張ってルクレイに答えた。
「そういえば巻き上げ機は鉄が使われてたね。あれって鋼でなく鉄なのに何か理由ってあるの? 錆がなくてきちんと手入れされてるって感心しちゃった」
ルクレイは連絡船の巻き上げ機で感じた手入れの良さを話題にした。
「あれは魔鉄ですぞ。鉄や鋼はやはり海では厳しいですから魔鉄を使います。魔鉄は魔力を通さないので変形が出来ませんが錆ない鉄なので使っとります」
「えっ?……錆びないの? そもそも魔鉄って何?」
ルクレイは疑問だらけになったのでブカゾール工房主に尋ねた。
「魔鉄は鉄に似てますが採掘される鉱石からして違いますぞ。魔力を通さないため魔導炉で溶かすのが面倒な上に硬くて鍛造も難しい素材ですな」
「えー、そんなのがあったの? 今ある?」
ルクレイが尋ねるとブカゾール工房主は「ありますぞ」と棚から見た目がほとんど鉄と変わらない素材を取り出しルクレイに渡した。
ルクレイがジッと魔鉄を見ると『不錆鋼?』と素材の名前が浮かんだ。
『げっ……不錆鋼ってステンレスじゃん。なんで見た目がほとんど鉄と同じなの? いやいや……これがあればヨットの装備がかなり作れるよ!』
「これって硬さは……鋼と同じぐらい? 魔鋼でなくて魔鉄なのは見た目?」
ルクレイはほぼ無意識でブカゾール工房主に質問していた。意識の多くは魔鉄に魔力を流し込み感触の確認に向かっていた。
「詳しくは分かりませんな。恐らくですが、鉱石の見た目も鉄によく似とります。最初は鉄と思って溶錬したけど上手くいかなかったようですな」
ブカゾール工房主は魔鉄の鉱石を溶錬する時点から鉄と違い魔鉄の鉄片を混ぜると説明した。入れなくても可能だが鉄片を混ぜることで溶かしやすいと話した。
「精錬も鉄より高い温度が必要なので魔導炉を選びますし魔石の消費も多いですぞ。うちの魔導炉は魔鉄を扱えるので自前で魔鉄を用意できます」
ブカゾール工房主は「先代のおかげですな」と笑顔でガハハと笑い声を上げた。ガラスまで溶かせる高機能な魔導炉をベシベシと叩いた。
「魔鉄は後で少しちょうだい。話を戻して、巻き取る部分はブカゾールさんにお願いね。巻き取る回転力を内歯歯車から貰う形で大丈夫だから!」
ルクレイは全体的な外装に当たる部分をブカゾール工房主に任せた。
「任せてください。試作ですからこの部分は鉄にしようと思います。それはそうと、外歯歯車が歯車基盤ということでしょうか? 筒の部分が分かりませんぞ」
「歯車基盤は強度的に弱いので外歯歯車に埋め込みます!」
ブカゾール工房主の疑問にルクレイが答えた。鋼で作った外歯歯車に歯車基盤の形でへこみを作り埋め込んで留めるとルクレイが説明した。
「歯車基盤の歯に大きな負荷が掛かると折れるよね? でも埋め込んじゃえば一体化してたぶん壊れません!……埋め込めますよね?」
ルクレイが胸を張って答え首を傾げて尋ねた。
「……可能ですな。抜けないように少し保持すれば問題なさそうです。この構造は……弱い金属の基盤を頑丈にするのに理にかなっとります」
「ふふ、ヴィーが補強すれば良いって発想をくれたんだよね!」
補強というヒントでルクレイが考えた方法であった。
「で、後はこの筒ね。これは魔道具の起動と停止のスイッチです!」
ルクレイは外歯歯車に付いていた筒を外してバラしていった。筒には二つのリングと二つの折れ曲がった棒と透明な部品が二つ付いていた。
「この丸いのと棒は基盤で使う溶剤を固めたやつです。丸いのは実際は基盤に固定して起動と停止の陣式に繋げておきます」
ルクレイは歯車基盤は回転するため停止したくても停止のスイッチが押せないと解説した。そのため回転する部分を円状にすることで解決していた。
「えぇぇ……ルクレイ殿……意図は分かったし理解できるのですが……いえ、確かにそうすれば停止スイッチは同じ場所でも陣式に繋がりますな!」
ブカゾール工房主は納得感のなさに目を瞑り答えた。
「でしょ? でね、この透明な部品は新しい素材でレジンというの。触ると分かるけどプニプニしてるんだよね。これで棒を支えて少し浮かせてたんだよ」
ルクレイは筒にレジンの部品を戻し棒を差し込んだ。棒を上から押すと沈み込む動きを見せた。押すのを止めると棒がまた浮き上がった。
「レジンですか?……確かに潰れるのに元に戻りますな。これはうちでは作れませんがルクレイ殿が提供して頂けるという事ですかな?」
「これはヴィーが作ってくれたよ! 何個かあるから置いていくね」
ルクレイは荷物から小袋を取り出しテーブルに置いた。
「一応説明はこんな感じかな。前の歯車基盤はまだあるよね? それを埋め込む感じでお願い。分からないとこがあったら伯爵邸に伝えて! 顔出すようにする」
ブカゾール工房主は「任せてください」と頷いた。これにより巻上魔道具の作成が正式に始まった。ブカゾール工房主はワクワクを感じていた。
「あっ! もう一つお願いがあったんだ!!」
容赦のないルクレイのお願い攻撃が追撃戦に移行した。




