第五節 巻上魔道具のモック作成と撥水糸の作成準備
メルカド伯爵邸の離れにある工房は早朝にも関わらずルクレイがごそごそしていた。ルクレイはリューウェンから持ち帰ってきた荷物の整理をしていた。
「飾り針を入れた木箱と髪留めはユミナが持って行ったから大丈夫。グラスもみんなに晩餐時に渡したから良いでしょ。乾燥エビとかは料理長に渡してある」
ルクレイは手離れしているお土産などをメモを見てうんうんと頷く。予備のグラスはカリスタ伯爵夫人に渡して管理をお任せしてあった。
「レジン粉とガラス原料はかなり多い……。おまけに添加物も揃え過ぎだよなぁ。同封してあった添加物レシピでヴィーの個人色が出せそうなのは助かるけど」
工房主たちに渡された原料たちがとにかく大量で結局は全てリガレアに運んで管理することにした。レベナからは多くの荷馬車で運び込む事になった。
「ブカゾールさんの工房はあくまで鍛冶工房だからガラスの原料たちの保管をどうするか決めないと。硝子工房の場所だけ確保して置いておくとか……かなぁ」
伯爵邸の工房として使っている離れは大きい建物なので全て収まってはいた。少しずつ整理しながら倉庫としての使い方を決めていくことにした。
「帆布は助かったけど場所は取るな。馬車止めにタープとして使うか。資材置き場も少し兼ねるから厚めの帆布……支柱を先に用意しておくか」
ルクレイは整理を一旦終わらせた。工房に置いておいたヴィオナに作ってもらったレジン液の鍋と加熱魔道具を抱えテクテクとガゼボに移動した。
「巻上魔道具は横置きドラム型で10mmのロープを最低でも一巻分は巻き取れるサイズを目標にしよう。イメージは車のウィンチでいいからざっくり作れる」
作成予定の巻上魔道具をルクレイは考えながら歩いていた。
「あー、歯車基盤は外径が50mmで軸穴は10mmまでが最低ラインだよなぁ。この制約は小型化のネックなのは確か。組み合わせを今度考えてメモしておこう」
今回はリングギアで用意した歯車がピッチ径180mmで外径200mmとなっていた。切り出した後に乾燥させた事でズレが出ているがルクレイは誤差とした。
ガゼボに着いたルクレイは荷物をテーブルに置き紅茶の準備をした。温かい紅茶に柑橘系の粉末果物を溶かし込んで口を付けた。
「魔道具の外径はリングギアをベースに200mmの筒で考えよう。ロープを巻くドラムは内径を50mmで外径は……170mmぐらいで幅は120mmで仮決めしよう」
ルクレイは棚から乾燥魔道具を取り出しテーブルに置いた。そして隅に転がしてあった丸太を展開した作業用マットの上で200mm程度で輪切りにした。
「これを乾燥魔道具で乾燥させるけど……範囲が分からないから適当に圧縮しながらやるか。大きめにして後で帳尻を合わせよう」
ルクレイは輪切りした丸太を水壁で挟み乾燥させながら圧力を掛けていく。両端から圧縮した丸太の大きさを分析するためジッと見つめた。
『杉? 直径340mm、長さ130mm』
ルクレイはうんうんと頷き紅茶に口を付けた。
「レイ、おはよー」
ガゼボの入口からヴィオナが入りルクレイに朝の挨拶をかけた。ルクレイは席を立ち「おはよー、ヴィー」と声をかけエスコートして席に誘導した。
「レイは早朝からもう工作ですか?」
テーブルの上に広げられた輪切りの丸太を見てくすくすと笑った。ユミナはヴィオナとルクレイの紅茶を準備し配膳しテーブルの隅に腰を下ろした。
「だいぶ適当だけど巻上魔道具の模型を作ってしまわないと落ち着かなくて。午後は馬車の方も見てみようと思ってる。予定はそれこそ流動的なんだけどね」
ルクレイはヴィオナに苦笑いで答えた。
「わたしは……レジンで撥水糸を作ってみようかしら。昨日はレイが調子に乗るから散々だったわ。その後の撫で撫ではとても心地良かったので許します」
ヴィオナは笑いを堪えすぎた事で結局は母親のカリスタ伯爵夫人とユミナに介抱される事になった。ルクレイは強請られて頭を撫で続ける事になった。
「あはは、昨日はごめんね。リオやリクの反応が面白すぎてちょっとやりすぎちゃった。お祖母様にも窘められちゃったんだよね。でも、とっても楽しかった」
ルクレイは頭を掻きながらヴィオナに謝った。
「それでは少しレジン糸を作ってしまいましょう。撥水糸は初めてですからソフィの普通レシピですね。ユミナ、普通のレジン液を多めにつくりますよ」
ヴィオナとユミナは棚から幾つかの鍋を取り出し給水魔道具で水を張った。ルクレイは輪切りの丸太から部品を切り出す作業に戻った。
ヴィオナは鍋を攪拌棒でレジン液を掻き混ぜ水流を作っていく。安定した水流を作り出したヴィオナは右手で撹拌を続け左手で鍋に魔力照射を行った。
綺麗な水流の中に魔力を照射するとレジン液は個体化していく。水流が十分な速度になっているとレジン液は綺麗なレジン糸に姿を変え鍋の底に沈んでいく。
「ユミナは鍋の底に溜まったレジン糸を回収してね。回収する時は魔力照射を止めるので息を合わせていきましょう」
ヴィオナはレジン糸を作り続けタイミングを測って魔力照射を止めユミナに合図を送る。合図を受けたユミナは底に溜まったレジン糸を掬い上げ皿に積み上げた。
「そういえば糸巻きがないですね。硬さの種類を増やしても糸巻きに巻いておかないと管理できません。仕方ないわ……レイ、撥水糸のレシピは工房ですか?」
辺りをキョロキョロしていたヴィオナがルクレイに尋ねた。
「あっ、工房の荷物の中にある。ちょっと取ってくるから待ってて」
ルクレイはヴィオナに尋ねられると席を立って工房に駆けて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
ガゼボから飛び出したルクレイを見やりヴィオナはクスッと笑った。
「撥水糸を作る準備だけしておきましょう」
ヴィオナはユミナと棚に置いてあったガラス片とガラス粉を作るための粉砕魔道具も棚から持ち出した。
「乾燥果物は柑橘系でなくても大丈夫とレイは言ってわね。わたしは甘い香りの方が好きですが……柑橘系にしておきましょう」
テーブルの上にはルクレイが好む柑橘系とヴィオナが好む甘い果物の粉末果物が既に置かれていた。少し悩んだヴィオナは柑橘系の瓶を引き寄せた。
「乾燥果物は粉砕して粉末果物にした事があるけどガラスは初めてだわ。ガラス粉は吸うと危険みたいだからレイが来てから作業に取り掛かりましょう」
粉砕魔道具にお試しで乾燥果物を置いてヴィオナは粉砕を試していた。
「このガラス片は透明ですが色付きも作るのですよね? ルクレイ様は添加物で色が変わると言ってましたがヴィオはその辺りの事を聞いてますか?」
ユミナは色付きガラスの仕組みがよく分からずヴィオナに質問した。
「何を混ぜれば良いかは知りませんよ? そこを期待してはダメです。レイが添加物のレシピを貰っていたのでわたしの期待は大きく大きく膨らんでますよ?」
ユミナの質問にヴィオナは期待するなと答えた。
「あぁ、ヴィオの個人色で『淡い藍色』でしたね。イヤーカフで見慣れてはいますけど綺麗な色ですよね。私にも個人色があると良いのですが……」
ヴィオナは『淡い藍色』の石が付いた左右お揃いのイヤーカフを着けている。ルクレイはペアと言える『濃い青色』のイヤーカフを着けている。
魔力の個人色に関しては詳細は不明だった。ただ、アルフォンス情報としてルクレイがユリウス公爵子息から話を聞いてヴィオナも教えてもらっていた。
「魔力を外に出せれば色は分かりますよ? ただ、ユミナは魔力はあるけど魔力制御の鍛錬不足で表に出せてません。これだと色は見れないですね」
通常、魔力を体外に出せる人は殆どいない。ルクレイとヴィオナは意識して放出することができた。ヴィオナは常に放出しているためかなり特殊と言えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「おまたせー。撥水糸のレシピ持ってきたよー」
離れの工房までレシピを取りに行っていたルクレイがガゼボに戻ってきた。
「おかえりなさーい。レイが戻るまでガラス片を粉砕するの待ってたの。ガラス片を粉砕してガラス粉にする時の手順を教えて〜」
ヴィオナがルクレイにお願いするとルクレイは「それはねー」と手順をヴィオナに説明し始めた。端的にそのまま粉砕すると回収が難しいという話だった。
「どうしても粉砕したガラス粉を綺麗に回収が出来ないんだ。残ったガラス粉が飛び散って危ないんだよね。ガラス粉をガラス瓶に仕舞う準備を先にするの」
ユミナが空のガラス瓶を見繕いテーブルに持ってきた。その間にルクレイは少し歪な木の浅いお皿を粉砕魔道具に設置した。
「実は布や木材は粉砕されないんだよね。だから木皿は粉砕した受け皿にできるの。前に木を粉砕しようとして……何も起こらなくてびっくりしたんだ」
「ちょっ、それ重要な情報ですよ! ちゃんと教えておいてください!」
ぶっちゃけたルクレイの新情報にヴィオナが苦情を入れた。
「普段は気にしてないから……。粉砕するの乾燥果物ぐらいでしょ? たぶん粉砕果物をアルフォンスさんたちは敷布や木皿の上で作ったんだと思うよ?」
布が木が粉砕されない理由をルクレイは想像で話した。
「これからはガラス片の粉砕が増えそうだから何か考えるかー」
粉砕したガラス粉をガラス瓶に移しやすい木皿の形をルクレイは考えていた。
ヴィオナとユミナは木皿にガラス片を並べていく。ブカゾール鍛冶工房で作ったガラス片は水冷でカレット化されているため並べる時は注意が必要だった。
「レイ、このガラス片はちょっと危ない感じがしますよ?」
ヴィオナは手で並べるのを諦めてスプーンで掬い木皿に積んでいた。
「あっ、そうだった。そのガラス片は溶けたガラスを水で一気に冷やして作ってるの。荒く砕いた状態だからあちこち尖っていて確かに危ないね」
ヒョイッと覗き込んだルクレイは顎に手を当てた。
「これ、ガラス片を鍋に入れてグルグル回したりしてガラス片同士を擦り合わせると危なくなくなるんだよ。……歯車基盤で工夫できそうな気がしてきた」
ルクレイがガラス片を生産するに辺り安全にする方法を考え始めた。
ヴィオナとユミナは木皿にガラス片を置いて粉砕魔道具を起動した。木皿の上に置かれたガラス片がボロボロと崩れ始めガラス粉に変わっていった。
「レイ、融合魔道具の方なのですが分量がレシピを見ても分かりませんよ? これは糸に対してどれぐらいガラス粉と粉砕果物を置けば良いのですか?」
ヴィオナから出てきた苦情に「えっ?」と思考から抜け出たルクレイがレシピを覗き込んだ。レシピには標準の糸一巻に対する量が記載されていた。
「えっと……一巻に対してガラス粉がスプーンで二杯? 粉末果物がスプーンで一杯ってスプーンなの? あれ?……スプーンって結構大きさ違うよね……」
レシピの記載内容を見たルクレイも首を傾げた。
「んー。これもちょっと検証しないとダメかもしれないね。一巻分の糸を作るのは結構大変だよねぇ。……あっ、とりあえずスプーンで掬ってみようか」
ルクレイはヴィオナに試すことを提案した。
「でも、レイは巻上魔道具を優先した方が良いと思うわ。午後か晩餐後に時間が取れそうなら試すぐらいで良いと思うの。ガラス粉を作ってますね」
ヴィオナは優先順位が高い方を勧めた。
「ヴィオナ様、ルクレイ様。残念ですが優先順位は朝食となります。本館から侍女がこちらに向かって来ていますので移動の準備をお願いします」
朝食までの早朝時間が切れたことをユミナが二人に告げた。――ルクレイとヴィオナはササッと片付け仲良くエスコートして本館に向かった。




