第四節 遊星歯車のお披露目と頭を撫でるのはご褒美?
メルカド伯爵領の領都を駆け抜けたルクレイは伯爵邸の門を通り本館に入った。そのままテクテクと移動してラウンジに顔を出した。
ラウンジにはマルセリオとフィリクスがソファーでぐったりしていた。リドルは書類に目を通していたがルクレイの入室で顔を上げた。
「ただいまー。ヴィーは身支度中?」
ルクレイは唯一反応しそうなリドルに話しかけた。
リドルは「さっき帰ってきて身支度に向かったよ」とルクレイに簡単に返した。
「そっかー。僕も身支度で湯殿に行くけどリオとリクはどうする?」
「疲れてるけど……」「湯殿に行くー」
もっそりと起き上がりソファーから立ち上がってフラフラと扉に向かってきた。ルクレイは苦笑しながら双子を縦抱っこで湯殿まで輸送した。
◇ ◇ ◇ ◇
「あっ、ルクにぃ。折を見てレベナに行くね。イゴルトさんの工房が問題なく厄介草を処理できていたらそのままリューウェンに向かう予定にしてる」
四人でのんびりと湯船に浸かっているとリドルが話し始めた。
「あれ? リューウェンに用事?」
リドルがリューウェンに向かうと聞いてルクレイが尋ねた。
「コロコロの効果が大きいから改善提案を王宮に上げる流れになった。改善提案にメルカド伯爵の署名が貰えたら父上に署名を貰って王都に送る流れなの」
作業工程は改善中だが提案を上げて王宮を動かすとリドルが説明した。魔道具の活用と後工程の作業改善は検証中として付記する程度に留める形としていた。
「おぉ。そこまで話が進んでるんだね。僕の方は巻上魔道具の試作案が進みそうな感じ。そういえば、製糸工房の魔道具は外装を用意してるとこだったよ」
「外装出来たら」「僕たちが持っていく……」
静かに半分ほど湯船に沈みかけている双子が声を出した。
「メルカド伯爵夫人がやる気満々だったから難しくない?」
リドルは午前中にメルカド伯爵と提案書の詰めをしていた。何故か離れの工房でビシバシと双子が勉強で扱かれている事を知っていた。
「「お母様が怖すぎるー」」
ぶくぶくと沈みゆく双子をルクレイが回収して湯殿を出た。
◇ ◇ ◇ ◇
身支度が終わりルクレイたち四人はラウンジに戻った。ラウンジではヴィオナが冷たい紅茶を飲んで寛ぎユミナと雑談をしていた。
「ヴィー、戻るの遅くなってごめんねー」
ルクレイはヴィオナの隣に腰掛けて遅くなった事を謝った。ヴィオナは首を傾げ「大丈夫よ」と答えユミナにルクレイの紅茶を頼んだ。
「歯車は食後に完成させよう。あと、ブカゾールさんのとこからガラス片と融合魔道具を持ってきたから撥水糸も試せるよ」
ルクレイはお試しする物が多いねとヴィオナに笑顔で話しかけた。
「そうだ、リオとリクがブカゾールさんに滑車頼んでたでしょ? あれ二つ使っても良いかな? 巻上魔道具の試作に使いたいんだ」
「いいよー」「あれはルクにぃの分だよー」
双子はソファーで冷たい果実水を飲んで回復に努めていた。
「ありがとう。後は木材で巻上魔道具の模型を作ってブカゾールさんに渡すだけだな。ブカゾールさんが金属製にしてレオナールさんに送れば次のステップだ」
荷物を減らすためルクレイは詰め込みで作業する事にした。
「模型って何ですか?」
ルクレイの呟きを拾ったヴィオナが新しい言葉に反応した。
「えっ?……見本? サンプルみたいな感じ? 前に馬車の車軸みたいな感じで作ったでしょ? 実物でない物を模型って表現したんだけど……変だった?」
「変ではありませんよ」
ヴィオナは小首を傾げルクレイに微笑みを向けた。
◇ ◇ ◇ ◇
晩餐の後に再びルクレイたちはラウンジに集まった。ルクレイは丸太を切り分けた物を持ち込んできた。後にはテーブルを運ぶ従僕が続いて入室した。
テーブルに敷布を広げて丸太を置いた。ユミナが預かっていた歯車たちをテーブルに置く。ルクレイが席に着くとヴィオナが横の席に着いた。
「レイ、この歯車たちってそれぞれ名前があるのでは? レイがたまに言葉に間があるのは名前を言わないようにしているのでしょ?」
ヴィオナが目を細めてルクレイに名前を教えるよう圧を掛けた。
「うー、バレてたかー。説明しながら教えるね。この中心にある歯車がサンギア、その回りに置いた三個の歯車はプラネットギアというんだよ」
「サンギアとプラネットギアですか」
ヴィオナはルクレイの説明に出てくる名前をメモの隅に書き込んでいく。
「この三個のプラネットギアは固定されているんだ。固定する部品をキャリアって言うんだけど作って固定してみよう」
ルクレイは三個のプラネットギアを重ね展開した作業用マットの上に置いた。防塵用水壁も展開し『10mmの円柱』とカットソーを発動して穴を開けた。
キャリアの材料は内歯歯車を作る時に切り抜いた円板を利用した。
「この円板をもう少し圧縮乾燥してみるね」
ルクレイは試しに乾燥魔道具の上面に位置固定で薄い水壁を展開した。その上に円板を置き魔道具を起動し水壁を使い圧力を掛けていった。
『杉? 外径176mm、厚さ19mm、重量338g(全乾時268g)』
ルクレイは分析の情報を見ながら時間を掛けて圧縮乾燥を行った。
「この円板がキャリアになるんだ。ちなみに外側の内歯歯車はリングギアって名前ね。リングギアの中にキャリアを入れて外歯歯車を戻していく感じ」
サンギアとプラネットギアを戻して防塵用水壁を展開し『9mmの円柱』とカットソーでプラネットギアの穴の中心軸を合わせてキャリアに穴を開けた。
ルクレイは丸太から100mm程度の輪切りを切り出した。
「キャリアとプラネットギアを固定する棒を作り忘れてた。あと、サンギアに軸を付けたいから四本ほど棒を作ろうと思う」
ヴィオナに説明したルクレイは60mmの輪切りを防塵用水壁に入れた。そして『9mmの円柱』とカットソーを発動して四本の棒を切り出した。
ルクレイはついでにサンギアの中心に9mmの穴を開けた。
「この棒をキャリアの穴に差し込むの。ヴィーがやってみる?」
ルクレイがヴィオナに問いかけると「やるやるー」と棒を受け取り差し込んでいく。ヴィオナは「固いよ?」と首を傾げたので「力技!」と促した。
ヴィオナは頷き「ゴンゴン」と手で叩いて棒を叩き込んでいった。
『ヴィオナ様、二人で良い空気感の中で素手でゴンゴンと叩き込むのはどうなのでしょうか? あざとさは要らないと思いますが普通に叩き込めるのは……』
棒を叩き込んでいるヴィオナを見つめるユミナは可愛らしさが少ないと感じた。
キャリアに棒を叩き込んだヴィオナはルクレイの説明を受けてプラネットギアを棒に差し入れた。サンギアも渡されたのでこちらも棒を叩き込んだ。
ヴィオナがサンギアに棒を叩き入れてる横でルクレイはキャリアの中心に10mmの穴を開けていた。
「サンギアを組み込んで棒を奥まで叩き込んじゃって」
ルクレイに頼まれヴィオナは「はーい」と答えサンギアをプラネットギアの中心に置いた。そしてサンギアの棒を更に叩き押し込んでいく。
「これで完成! これを全体でプラネタリーギアって名前なの。実は他にも名前があって遊星歯車って名前もあるんだよ」
ルクレイがとりあえずの完成を宣言しヴィオナはパチパチと拍手をした。
「ここまでやって分かった。巻上魔道具の模型に遊星歯車は使いません! これを金属製にするのはブカゾールさんでも時間がかなり掛かります」
作業を振り返りルクレイは遊星歯車は保留すると決めた。そして、遊星歯車の特性をこっそりとヴィオナに話した。
「これは内緒の情報ですが、この遊星歯車は構造的にヴィーがサンギアを回すとキャリアからはヴィーの力が四倍になって出てきます」
ルクレイが倍力効果の話をしたがヴィオナは首を傾げてキョトンとした。
『んー、これこれ。ヴィーの可愛い表情が見れるのが本当に楽しいし嬉しい。倍力効果は正直よく分からないから何とか実演で見せたいところだな』
「よし! 完成したから動かしてみよう。サンギアに軸を通したから前よりは回しやすいよ。前みたいにリングギアを抑えるから回してみて」
ルクレイがリングギアを固定するため支える形で手を添えた。
ヴィオナはそっと軸を摘み右回りでクルクルと回した。周囲にある三個のプラネットギアが左回転しゆっくりと右回りで動いていく。
「えーーなにそれ!」「すごい! クルクル回ってる!」
ルクレイたちの工作が終わったようなので近づいてきたマルセリオとフィリクスが歓声を上げた。一緒に見ていたリドルは驚きの表情を見せた。
上がった歓声に興味を示したバルテア伯爵とカリスタ伯爵夫人がテーブルに近寄ってきた。少し遅れてイゼルダ前伯爵夫人もテーブルに顔を出した。
「ほぉ……これは何か凄いな」「綺麗な動きですね」
バルテア伯爵とカリスタ伯爵夫人が目を丸くして遊星歯車の動きに驚いた。ヴィオナがクルクルと軸を回すだけで多くの歯車が規則正しく動いていた。
「面白い絡繰りだのう」
イゼルダ前伯爵夫人はヴィオナが軸を回す速度を変える度に歯車たちの動きが揺れ動く絡繰りを楽しそうに見ていた。
「ヴィー、回転を止めて」
ルクレイが頼むとヴィオナが「はーい」と軸を回すのを止めた。
「今度はリングギアでなく周りにあるプラネットギアを固定するよ」
ルクレイはプラネットギアから飛び出している棒を指差した。
「この三個の歯車はプラネットギアというの。三個は繋がってるから棒を一つ抑えると三個とも動かなくなるよ。リオとリクはどう動くか想像できる?」
ルクレイは目を細めて双子に難問を出した。初見の双子に出す問題としては破格に難しいにも関わらずルクレイは軽い調子で質問した。
「「えー」」「うーん……」「分かんない……」
双子は腕を組み眉を寄せたが結論は分からないだった。
「そっかー。この問題はかなり難しいからね。実際にどうなるかを見て何故そうなるのか考えてみよう。……ヴィー回して良いよ」
ルクレイは真面目な顔でヴィオナに回し始めるように頼んだ。ヴィオナはくすくす笑いながら「はーい」と答えて軸を右回りに回し始めた。
「「えーーーー」」「何で外側の歯車が動くの?」「どういうこと?」
プラネットギアはその場で左回りで回転し外側のリングギアが左回りで回り始めた。ヴィオナも声は出さなかったが目は大きく見開いていた。
「中心の歯車から順番に回転の方向を追ってごらん」
ルクレイは双子に歯車の動きを追う事で仕組みを考えてもらおうと指示した。
「んー、中心の歯車は右に回ってるよね」「回ってる」
マルセリオは指で回転を追い掛けた。噛み合っている外側の歯車に指をずらして「こっちは左に回ってるよね」と呟く。
「ルクにぃが抑えてるからその場で左に回ってるね」
フィリクスはルクレイが抑えている手に注目して見ていた。
「そして一番外側の歯車が右……あっ! 歯が内側に付いてるから内側の歯車と同じ方向の左側に回ってるような気がする!」
フィリクスが噛み合った歯同士が同じ方向に動く事に気が付いた。
「あっ! 外側に歯が付いてる歯車同士は違う方向に回るんだね」
フィリクスの考えにマルセリオも追いつき外歯同士の関わりに気が付いた。
「おぉ、二人とも凄いよ。全体の動きと細部の動きを見る事で仕組みに気が付いたね。それは本当に凄い事だよ! さすが僕の弟だけの事はあるね」
ルクレイはマルセリオとフィリクスを手放しで褒め称えた。
「「やったーーーーーー」」
マルセリオとフィリクスは飛び上がって喜びそのままルクレイに抱きついた。
「リオとリクは凄いわー。わたしは細部を見ても正直分からなかったのよ。二人はわたしたちにとってとても誇らしい弟よ!」
軸を回す手を止めてヴィオナが二人に話しかけ外側から抱きしめた。
『ヴィオナ様、それはアウトです。二人を抱きしめる振りをして一緒にルクレイ様を抱きしめてますよね? 奥様が複雑な表情に変わりましたよ?』
外から見ていたユミナがヴィオナの暴挙を評価していた。
「あー、んー、ゴホン」
バルテア伯爵が困った顔をしながら咳払いをした。
抱きついていたヴィオナがハッとした顔で飛び退った。ルクレイは双子をそっと床に降ろして苦笑いを浮かべていた。
「ルクレイ、そもそもの話なんだが……その絡繰りはどういう意図があるんだ?」
バルテア伯爵は話の矛先が変な場所に行く前にとルクレイに質問した。
「えっ?……あぁ、この歯車を使った絡繰りは少し不思議な特性があります。少し分かり難いかもしれませんが実演という形で確かめてみましょう」
ルクレイはバルテア伯爵の問いかけに軽い口調で実演を提案した。
「そうだなぁ。力加減というか、ここはリオとリクにやってもらうか。リクが中心の軸を回して。リオは僕がしていたように三個の歯車が動かないようにして」
ルクレイはヴィオナに場所を譲ってもらいマルセリオとフィリクスに配置についてもらった。ルクレイは最初にしたように外側のリングギアを抑えた。
「リクは軸をゆっくりと回して。ゆっくり回す分だけ力を入れてね。リオは動き出したら僕がやっていたように歯車の移動を止めてね」
「「あいあいさー」」
双子がルクレイに応え二人で歯車と対峙した。
「えっ?……ちょっと……止まらないよ!」
動き出した三個の歯車を止めようと格闘するマルセリオだが止まられず慌てた。
「止まらないかー。よし! リオは歯車を止める役目をリドルと交代して。リドルはお兄ちゃんだから絶対に止めてくれるぞ!」
「えぇーー」「「頑張れリドにぃ!」」
突然振られたリドルは慌て二人は純粋にリドルを応援し始めた。それを見ていたヴィオナの肩がかなり揺れていた。
「リドにぃ勝負だ!」
応援していたはずのフィリクスが軸を回しながらリドルに勝負を宣言した。ヴィオナは堪らずに少し離れた場所に移動し「これはムリ」とこぼし震えていた。
「えっ?……ちょっ……止まらないんだけど!!」
リドルは場の空気には勝てず歯車の移動を止めようと手を出すが止まらなかった。慌ててしっかり止めようとしたがどうにも止まらなかった。
「なんと! リドルでもダメか……では、お義父さん」
ルクレイがバルテア伯爵に白羽の矢を立てた。
「えっ?……俺かよ」
茶番を楽しんでいたバルテア伯爵は突然の指名にたじろいだ。
「リドル、安心しろお義父さんが敵を取ってくれるぞ!」
ノリノリになってきたルクレイは場をさらなる混乱に落とした。そしてヴィオナがピクピクし始めユミナとカリスタ伯爵夫人が駆け寄った。
「うおっ!……リク……いつの間にこんな力持ちに!」
仕方なく参加したバルテア伯爵だったが本当に止まらなかった。慌てて真面目に力を入れるとやっと止まった。
ヴィオナはソファーに寝かされユミナが背中を撫でていた。カリスタ伯爵夫人は扇子で風を送りながら少し肩が揺れていた。
「ルクレイ、やりすぎじゃ」「すみません」
ルクレイはイゼルダ前伯爵夫人に静かに説教されていた。――この後、ルクレイはソファーで横に座ったヴィオナの頭を長い時間撫でる事になった。




