第三節 魔道具の話とガラス生産の視察をした
メルカド伯爵領の領都をルクレイはテクテクと歩いていた。あちらこちらから声を掛けられルクレイはニコニコと手を振って挨拶を返していた。
ルクレイが足を止めたのはカンコール魔道具工房であった。
「こんにちはー、カンコールさんいますかー」
ルクレイはいつものように扉を開けて声をかけた。
「うぉ、……ルクレイか。相変わらず声がデケェが久しぶりだな。リューウェンに出かけてると聞いてたが戻ったのか」
カンコール工房主はルクレイと気が付き挨拶を交わした。
「リューウェンから戻ったんだけど色々と詰まってるんだよねー。だからカンコールさんにも手伝って欲しくて顔を出しました!」
ストレートな物言いに「手伝いかよ!」とカンコール工房主は突っ込んだ。
「えっと……これ! 船舶風壁魔道具の設定資料を貰ったから渡しとくね。伯爵家の連絡船は三隻だから順番に搭載しようと思うの」
ルクレイは反応を気にせず荷物から設定資料をカンコール工房主に渡した。
「風壁魔道具と頑強吹飛魔道具の設定資料は後日届く予定なので届いたら渡すね」
流れるように押し付けてくるルクレイに「はぁ」とカンコール工房主は答えた。既にカンコール工房主の顔には諦めの表情が浮かんでいた。
「それと前に渡した簡易防寒魔道具何だけど落水しても寒くない優れものだった。船乗りの必需品になるのは確実だから生産計画を作ろうね」
少し遠い目で「確かに必要だな……」とカンコール工房主は答えた。
「あっ! そうそう、消臭と調湿の魔道具何だけど合わせて使うことが多いから消臭調湿魔道具に纏めたいの。纏める良い案があったら教えてね」
少し遠い目で「そうか便利そうだな……」とカンコール工房主は答えた。
「それとー。温水の出る魔道具を作りたいの。給水魔道具の設定変更で何とかならないかなって考えてるんだ。魔法陣の設定を陣式にする方法って知ってる?」
ルクレイは軽く尋ねたがカンコール工房主は目を丸くした。
「あー、魔法陣から陣式にする方法は知らん。王国でその辺りを知ってるのはグラナート殿か賢者のセレスタン様ぐらいだと思うぞ」
「賢者!……ん? グラナートさんの名前は聞き覚えがある……リドルか! 確かバストリアにいる人でアルフォンスさんの関係者だった気がする」
カンコール工房主の返事を聞いてルクレイの記憶に引っ掛かった。
「確かにグラナート殿はバストリアに滞在してるって聞いたな」
念のためルクレイは「設定も分からない感じ?」と確認の質問をした。
「厳密に言うと違うぞ。造水の魔法陣をそのまま陣図にしたみたいで機能区画と設定区画が別れてねぇ。設定が入ってる陣式が分からんからダメだ」
カンコール工房主がルクレイの質問に答えた。
「あー、機能区画の陣式が設定区画の設定を使えるようにする必要があるのかぁ」
カンコール工房主は「そういうこった」と答え肩を竦めた。
「そっかー。そこは後で考えることにしよう。直ぐに動けるのは防寒魔道具だけだね。そういえば製糸工房の魔道具ってどうなってるの?」
ルクレイは製糸工房で使う予定の魔道具に話を変えた。
「そっちか。リドル様から魔石の提供があったから準備中だな。乾燥と加熱は両方とも陣図を変えるのは保留にして五台を纏める外装を兄貴に頼んでるとこだ」
カンコール工房主は兄のブカゾールに丸投げしていた。
「なるほど。ちなみに乾燥魔道具って設定は変えられそう? ちょっと木材を乾燥させたいの。今の設定だと乾燥深度が強いから弱くして乾燥をゆっくりにしたい」
ルクレイはしれっと話の流れを変えた。
「はぁ?……木材……イケそうな気がするな。ただ、設定を変えるのは至難だぞ? 乾燥魔道具は機能区画が複数あるし設定区画もかなり複雑なんだよ」
カンコール工房主は眉を寄せ難しい顔をした。
「そっかー。設定はそのままで検証するか。大型化した乾燥魔道具を伯爵邸にも回して。木材はだいたい四十単位だからその大きさが欲しい」
カンコール工房主は「分かった」と諦め顔で了承した。
「ぶっちゃけ、ルクレイが兄貴に直接頼んだ方が張り切るぞ?」
カンコール工房主はルクレイを兄に押し付け始めた。
「そう?……この後に寄ってみる。ガラスを溶かしてないか確認しないとだった。冷却設備を整えないとマジで事故になっちゃうからね」
前科のあるブカゾール工房主をルクレイは確認することにした。
「あぁ、それ聞いたぞ。ワシんとこに泣きついてきたから給水魔道具を渡しといた。たぶんそれ使って冷却設備は作ってんだろ」
カンコール工房主が先に手を打ってくれていた。
「助かる! 確認して問題なさそうだったらガラスの生産に入れるよ。……しまった融合魔道具の基盤作り忘れてた。ヴィーも欲しがってたから急がなきゃ」
ルクレイは慌ててカンコール工房主に暇の挨拶をして工房から駆け出した。
「ルクレイは忙しそうだな。防寒魔道具はこっちでやっとくか。船乗りに必要とか出る数が読めねえだろ。リューウェンのリベランが対応してると思うがな」
カンコール工房主は防寒魔道具の生産計画を立て始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「こんにちはー、ブカゾールさんいますかー」
ルクレイはいつものように扉を開けて声をかけた。
「うぉっ……これはルクレイ殿! リューウェンにお出かけと聞いてましたがお戻りでしたか! リガレアに明るい未来が戻りましたな!」
ブカゾール工房主はルクレイに気付くとおかしくなった。
「カンコールさんから聞いたけど冷却設備って完成した?」
ルクレイはブカゾール工房主に冷却設備の件を切り出した。
「はい! 前回は本当にご迷惑をお掛けしてすみませんでした。給水魔道具を都合してもらいましたのでしっかりした冷却設備を整えましたぞ!」
ブカゾール工房主は胸を張った。
「おー、それならガラスの生産を始められそうだね。今日はちょっと時間が足りないから次回にでも話し合いをしようね」
ルクレイは返事を聞いてうんうんと頷いた。
「分かりました! 先にガラスをやりたい人材がいたので紹介しますぞ。おい! ヨルダム! ルクレイ殿がわざわざ来てくださったから紹介するぞ!」
「師匠……すぐ後ろにいます。まるで遠くにいるみたいに呼ばないでください」
ヨルダムと呼ばれた十歳ぐらいの少年がボヤいた。
「ルクレイ様、僕はヨルダムと言います。ゴリゾンの息子で三男です。家業の製材は継がなくて良いのでガラスの製造に携わらせて頂きます」
ヨルダムは名乗りルクレイに挨拶した。
「おー……って製造工房のゴリゾンさんの息子さんか。見たところ十歳ぐらい?」
「十歳で祝福の儀は終わっています。土属性でしたので木材よりはガラスの方が相性が良いはずです。初めての事ばかりですがよろしくお願いします」
自己紹介をしたヨルダムはペコリと頭を下げた。
「言葉遣いは普通で良いよ? ガラスは未経験者ばかりだからそこは気にせずにね。ブカゾールさんは一応作れるからそこから学んで。怪我だけは注意だよ」
ルクレイの言葉にヨルダムは「分かりました」と答えた。
「で、ブカゾールさん。今日はお願いがあって来たんだよね。大型にした乾燥魔道具の外装を作ってるよね? 四十単位の木材が置ける台数を回して」
容赦のないルクレイのお願いが始まった。
「四十単位ですか?」
ブカゾール工房主は目を丸くした。
「先ずは伐採直後の間伐材を製材して乾燥させるのに使うの。製材はだいたい四十単位みたいだよ。検証用だから木材さえ置けて重量で壊れなければ大丈夫!」
ルクレイは笑顔でお強請りを押し付けた。
「間伐材をそのまま乾燥なんて出来るのですか?」
実家にも関わりそうな話が飛び出してきたので思わずヨルダムが尋ねた。
「使える状態に出来るかを検証するの。間伐材は当分多くなる想定なんだよね。積み上がると大変でしょ? その辺りをゴリゾンさんに協力を頼むつもり」
ルクレイはしれっと製材工房を巻き込むと告げた。
「強度的にはたぶん問題ありません。元々の乾燥魔道具もかなり頑丈です。同一素材で収納出来る基盤を増やした感じで仕上げていますぞ」
「なら大丈夫そうだね。さっき言ったように四十単位の木材を乾燥させるから用意できたらゴリゾンさんのところに届けて」
ルクレイのお願いに「分かりました」とブカゾール工房主は答えた。
「そうでした! マルセリオ様とフィリクス様より鉄製の滑車を頼まれてましたぞ。……こちらが滑車ですが出来はどうでしょうか?」
ブカゾール工房主は工房の棚から滑車を取り出しルクレイに渡した。
「えっ?……鉄製の六連滑車……。これをリオたちに頼まれたのか。……動作的に問題なさそうだけど鉄でなくて鋼なんですね。これなら大丈夫です」
ルクレイは構造を確認して問題ないと答えた。
「そうそう、実はガラスを混ぜて撥水糸にするのに融合魔道具が必要なの。ちょっと基盤を作るから外装をお願いしたいけど良いかな?」
さらなるお願いにルクレイが出る。
「新しい魔道具ですな。基盤の材料はありますから使ってください。外装は乾燥魔道具と似た感じで問題ないですかな?」
受ける前提でブカゾール工房主は質問した。
「うん。リューウェンで見たけど乾燥魔道具みたいな形だったよ。糸とガラスと粉末果物を融合するから置く場所が分かるようしてあったぐらいかな」
ルクレイは答えながら棚から基盤の素材を取り出した。荷物に入れてある溶剤も取り出しテーブルを借りて基盤に陣図を描き始める。
「ルクレイ殿が基盤を作るのであればガラスを溶かしてみて良いですか?」
ブカゾール工房主は恐る恐るルクレイに確認した。ルクレイは「いいよー」と軽く答えそのまま基盤に陣図を描く作業を続けた。
しばらく集中して陣図を描いていたルクレイが顔を上げた。
「基盤は作り終わりましたよ。そっちのガラスはもう溶けた?」
ルクレイはブカゾール工房主に声を掛けた。
「えっ?……えぇぇー。まだ鐘半分ぐらいしか経ってませんぞ。もう陣図を書き終わったのですか? その陣図は今まで作られていないですよね?」
魔導炉を確認していたブカゾール工房主が驚いた顔で振り返った。
「終わりましたよ。……もう少し掛かりそうですね。ブカゾールさんはちょっと基盤が収まる外装を検討してください。魔導炉はヨルダムくんと見てます」
ルクレイも魔導炉内を見てまだ溶け切っていない事を確認した。
ブカゾール工房主は「速すぎる」と首を振りながら基盤の確認作業に入った。
「もう少しですね。冷却設備の準備はどう?」
ルクレイはヨルダムに準備状況を確認した。
「満水になってます。追加する場合に使う給水魔道具の魔石も確認済みです」
ヨルダムはルクレイの質問に即答した。
「ヨルダムくんは取り出しできる?」
「持ち上げるのは問題ありません。ただバランスが取れないためふらつきます」
ヨルダムは身体のバランスを鍛えますと答えた。
「事前に確認する姿勢はとても良いです。慣れると省き始めてしまうところです。常に作業前に確認して作業に入るよう癖として残すよう心掛けてね」
ルクレイの指導に「はい!」とヨルダムは元気良く答えた。
「ブカゾールさん、もう良さそうですが外装はどんな感じですか?」
魔導炉内を見ていたルクレイがブカゾール工房主に声を掛けた。
「んぁ?……乾燥魔道具の外装を少しいじって入れてみました。収まりに問題はなさそうです。外装の表面は乾燥魔道具のままですが……」
ブカゾール工房主が融合魔道具の基盤を入れてルクレイに渡した。
「溶けたのでブカゾールさんがガラスを取り出して冷却設備に入れてください」
「分かりました!」
ブカゾール工房主は溶けたガラスを取り出して冷却設備に流し込んだ。
「ジュワーーー」
大量の水に熱を奪われたガラスは固化しカレットとして底に沈殿していく。減った水をヨルダムが給水魔道具で補充していった。
「んー、冷却設備の容量も問題ないですね。ヨルダムくんは溶かした原料の量と掛かった時間をメモしてください。あと給水魔道具の使用回数も記録です」
ルクレイはヨルダムに記録を指示した。
「出来たガラス片は……問題なさそうですね。撥水糸を僕の方で作ってみます。ガラス片の一部を持ち帰りますね」
ルクレイは荷物を片付け滑車や融合魔道具を受け取って暇の挨拶をした。
「ちょっと遅くなっちゃった」
工房を駆け出たルクレイは領都の街中を駆け抜けて伯爵邸に向かった。




