第一節 ルクレイたちの報告となぜか甘い魔道具談義
メルカド伯爵領の領都に帰還したルクレイとヴィオナは身支度で一度別れた。
湯殿に向かうルクレイにマルセリオとフィリクスが纏わりついていた。リドルも双子の纏わりつきに苦笑しながら一緒に湯殿へ向かった。
「ルクにぃ僕たち大変だった」「ダンスは厳しかった」
マルセリオとフィリクスは執事長が開催しているダンス教室に強制参加させられた。そしてダンス教室は果てしない修行だったと口々に不満を漏らした。
「んー、執事長から及第点はもらえた?」
ルクレイは愚痴の温度感から結果を推測しながら双子に成果の程を確認した。
双子は「「勝ち取った!」」と胸を張った。
「それは凄いな。リオとリクの頑張りが目に浮かぶよ。次のステップは七歳か八歳の頃のはずだからしばらくダンス教室はない感じだね」
ルクレイは双子を褒めつつ先があると嫌な情報を伝えた。
「まだやるの?」「もうダメだ……」
双子は絶望しかない顔で湯船に沈んでいった。
「ほら、僕は十歳ぐらいの想定だったからその辺りのダンス教室も終わらせてるからね。大変だったけどヴィーとダンスを踊るのが凄く楽しみなんだよね」
ルクレイは湯船に沈みゆく双子に苦笑いを向けた。
身支度を終わらせ昼食のため食堂に向かった。少し湯当たりした双子は赤い顔でフラフラしていた。見かねたルクレイが二人を両手に縦抱っこした。
「ルクにぃの縦抱っこ」「久しぶりなのー」
食堂に入ると伯爵夫妻と前伯爵夫人が先に座っていた。双子を降ろし軽めの挨拶をしてルクレイはヴィオナの到着を待った。
「お待たせしてすみません」
ヴィオナがユミナを連れて食堂に入った。
ルクレイがスッとヴィオナのエスコートに入り二人並んで帰還の挨拶を行った。
「リューウェンはどうだった?」
バルテア伯爵が代表して昼食の話題としてルクレイたちに尋ねた。
「とっても楽しかったわ。多くの工房を回りましたし新しい名所も見れました。子爵邸のガゼボから見たリューウェンはとても幻想的で素敵でした」
ヴィオナが率先して満面の笑顔で楽しかったことを伝えた。
イゼルダ前伯爵夫人が「新しい名所?」と首を傾げた。
「リューウェンから内陸に入った森林地帯に多くの湖が見つかっています。その中でグレアル子爵に勧められた『小島の湖』を見に行きました」
説明をルクレイが引き取りイゼルダ前伯爵夫人に答えた。
「森林地帯の中に湖があったのかい。良くまあ探せたもんだね。それこそ騎士団でも遠征させて探索させたのかい?」
目を丸くしたイゼルダ前伯爵夫人は疑問を口にした。
「アルフォンスさんとリュミエールさんで駆け回ったようです。あの二人と魔馬が四頭ですから魔物は邪魔にもならず動けたと思います」
ルクレイが森林地帯を探索できた種明かしをした。
「はぁ……。英雄さんたちは相変わらずだねぇ。カリスタから話は聞いたが物語としか思えなかったよ。溢れを二人で殲滅して回るとか尋常じゃないさね」
イゼルダ前伯爵夫人は首を振って驚きを表現した。バルテア伯爵たちも驚きリドルも聞いていなかったのか驚いた顔をしていた。
「今回の異変ですが西部は概ね片付いたようです。アルフォンスさんたちは東部に移動してます。領内に石碑が見つかっているので調査は僕たちが行う予定です」
ルクレイは領内調査を言葉にしてヴィオナに顔を向けた。
「はい。わたしとレイで確認しますね。ただ、『深緑の湖』に行くので時期は調整するわ。リューウェンで仕込みもしたので忙しくなりますよね?」
ヴィオナがルクレイに確認した。ルクレイはヴィオナに頷きレベナで動き始めた案件から報告を始めた。
製糸工房は双子とリドルの手配で余力が生まれたこと。新しい糸の生産準備に入ること。染色工房の立ち上げ準備が進んでいることを説明した。
「あと漁に使う船の建造に着手しました。検証の段階なので間伐で出る木材をそのまま使います。正式な建造は北方木材の流通が戻ってからを予定してます」
ルクレイは楽しみの造船に関しても報告した。
「相変わらず動きが早すぎだぞ。しかし、聞く限りではどこにも負担が偏ってないな。製糸工房と色染めはリオたちから聞いたが染色工房も立ち上げるのか」
バルテア伯爵は首を振り呆れ顔でルクレイに答えた。
「どれも時間の掛かる案件です。方針と予算があれば動きますので案件の立ち上げを優先しました。出来る事から取り掛かってくれると思います」
「間伐材ということは乾燥なしで造船に使うの?」
聞き手に回っていたリドルが造船に関わる部分に反応した。
「そうだよ。今は漁に河川船を使ってるでしょ? 北方木材が不足してるから建造が出来ないんだ。だからレベナで使う漁船として検証用に建造しちゃう」
ルクレイはリドルに発想の転換を示した。
「検証用なら南方木材でも生木でも十分。狂いが出たら張り替えだね。ついでに乾燥魔道具で生木を乾燥させる検証もやる予定だよ」
「えっ?……乾燥魔道具で生木を乾燥……出来るの?」
木材の乾燥まで検証対象と聞いたリドルは驚きルクレイに尋ねた。
「レベナで試した限りだと見込みはあるんだ。乾燥魔道具の設定を調整出来るかが未知なんだけどそれも含めて検証と考えれば悪くないよ」
ルクレイは試せる検証はやるべきとリドルに答えた。
「全ての木材が完璧に乾燥されてる必要性はそもそもないからね」
製材における木材の乾燥度合いにルクレイは触れた。
「ん?……確かに、乾燥で出てくる狂いは使用場所で許容範囲が変わるな。交換が容易な場所であれば追加乾燥なしでも十分に実用と考えられそうだな」
話の流れを注視していたバルテア伯爵はルクレイの言葉の意図に気が付いた。
「そうですね」
ルクレイは同意し思い付いた例として建物の話を始めた。
「リガレアの建物は定期的に色を変える家が多いと聞きました。重要な柱や屋根は追加乾燥して交換可能な外壁などは交換前提とすれば使えます」
交換費用が安ければ十分に可能とルクレイは話した。
「森林管理が滞り今後は一時的に間伐材が増える想定です。多少の狂いを気にしなければ間伐直後に製材した木材を安く提供することも可能かなって思います」
レベナ近郊ですら間伐が必要な状況であることを確認していた。ルクレイは領内の間伐材はかなりの量になると見込んでいた。
「大量に出てくる間伐材は処分に困るからな。乾燥させないと燃やすことも難しい。乾燥魔道具が使えれば使うにしろ処分するにしろ負担を少なくできる」
バルテア伯爵は納得顔でうんうんと頷いた。
「必要な魔石は『深緑の湖』で集まると思うので乾燥魔道具の件はカンコールさんと後で詰める予定です。ガラスの生産も冷却の目処がつけば進められます」
「目まぐるしいな……。ルクレイとヴィオに負担が集まってるが大丈夫か?」
「軌道に乗れば産業局の出番になります。お義父さんたちには部局の正常化がありますのでお願いします。部局が整って工房も動き出せば回り始めます」
ルクレイはバルテア伯爵の心配に感謝を示しながら問題ないことを伝えた。
「ふふ、そこは任せな。ビシバシ鍛えてやるよ」
イゼルダ前伯爵夫人が不敵に笑った。
「あっ! お母様。リガレアに調薬師は不在と以前聞いた記憶があります。治療局や調薬師ギルドはどうなっているのでしょうか?」
ヴィオナは部局と聞き母親のカリスタ伯爵夫人に尋ねた。
「あら、ヴィオがその話題を出すのは珍しいわね。そうねぇ、現状は私が治療局の局長を兼任してるわ。調薬師ギルドは薬草の産地ではないのでありませんよ」
メルカド伯爵領は薬草の産地でないため片手間とカリスタ伯爵夫人は答えた。
「調薬師は王宮の治療局に斡旋をお願いしてる状況ですけど無理でしょうね」
カリスタ伯爵夫人は肩を竦めた。ポーション類はかなり潤沢に手配できるため優先順位が下がったままと説明された。
「ヴィー、午後に僕はカンコールさんの工房に顔を出してくる。ヴィーは引退した調薬師さんに腰痛の事を聞きに行くのお願いして良い?」
ルクレイはヴィオナにお願いをした。
「良いよ。腰痛の治療方法があるのかを確認するんだよね? 子どもの頃にお世話になったから挨拶がてら行ってくるわ」
バルテア伯爵が「腰痛?」と首を傾げた。
「レベナで製布工房をしていた工房主が腰痛って聞いたの。腰痛はよく聞くけど治療はどうやるのか気になったから聞いて来るだけですよ?」
ヴィオナが軽く経緯を説明した。
「良い情報があったら教えてくれ。最近、書類仕事が続いて腰がちょっと痛くなってるんだ。身体を動かすように注意してはいるんだけどな……」
バルテア伯爵の嘆きにヴィオナはくすくす笑いながら頷いた。
昼食後、ルクレイとヴィオナは一息入れるため鍛錬場の傍にあるガゼボを訪れていた。ユミナが冷たい紅茶を準備する横で宿題の話をしていた。
「馬車の駆動補助を考えてたけどイケそうな案はできたんだ。ただ、ちょっと難しそうな気がしてどう進めるか悩んでる感じなの」
「悩んでるのはどういったことですか?」
ヴィオナが小首を傾げてルクレイに尋ねた。
「前に送った試作品は歯車という物を見せるためだけの試作品だったのね。で、今考えてるのは巻上魔道具と駆動補助魔道具の二つ」
ルクレイは考えている魔道具をヴィオナに伝えた。
「巻上魔道具は聞いているので何となく分かるわ。筒にロープを繋げてクルクル回してロープを巻き取るのよね? 駆動補助魔道具ってどんなものなの?」
ヴィオナは想像し難かったようで眉を寄せルクレイに尋ねた。
「駆動補助は馬車の車輪が回るのを補助して馬の負担を減らす魔道具かな。ざっくりと筒を回すか車輪を回すかの違いになるのかな」
「それだけ聞くと同じような仕組みですね」
ルクレイの説明にヴィオナは更に違いのポイントが分からなくなった。
「大きな違いは耐久性かな。馬車は丸太を載せるからとにかく重い。今の歯車基盤だと柔らかいから絶対に壊れる。あー、巻上も柔らかいから危ないか」
駆動補助魔道具は馬車の重量が掛かるとルクレイは説明した。
「硬さが問題ですか。リューウェンで見た推進補助魔道具みたいですね。歯車基盤は北方木材のように硬くならないのですか?」
使用する材料の変更で対応できないのかヴィオナは確認した。
「基盤の材料は決まってるからなぁ。材料的に強度を変えることは無理かな……。ん?……そうだ、補強だ。何らかの形で補強すれば良いと考えるべきか」
基盤の強化でなく補助的に強化できる道があるとルクレイは気が付いた。
「以前、レイがグラナム号に助けられた後に船首静索が壊れてて船員たちが修理して補強したという感じの話ですか?」
補強という言葉で連想した記憶をヴィオナは言葉にした。
「そうそう。力が掛かる部分を硬くしてあげる感じ。何か道筋が見えてきた感じで助かったよ。よくヴィーはグラナム号の話を思い出せたね」
ルクレイは嬉しそうに笑顔をヴィオナに向けて感謝を伝えた。
「あら、レイが助かった直後に活躍する話ですもの。忘れるはずがありませんよ。子どもが生まれたら伝えるべきお話ですよ」
ヴィオナが当然と胸を張り子どもという単語に二人は赤くなり視線を逸らした。
『二人きりになると不思議とこれです。糖度を上げる失言が溢れ始めます。魔道具の話なのに二人の子どもの話が突然出てくる流れが理解できません』
ユミナは二人のコップにカラフェから紅茶を注ぎ乾燥果物を補充した。
「そういえば難しいと言ってましたが?」
ヴィオナが会話の流れを最初に戻した。
「ん?……あぁ、考えている歯車がこんな感じなの」
ルクレイは気を取り直してメモにざっくりと歯車を描いた。描いた歯車は前世の記憶から引き出した遊星歯車の簡略図だった。
「えっと……これ歯車が四個ですか?」
「えっとこれはね、真ん中に一つあって周りに三個あるよね?……で、実は外側にもう一つあるから全部で五個だよ。一番外側は歯が内側に付いてるの」
「内側に歯ですか?……それってアリなのですか?」
「アリかナシかで言うとアリなんだ。外側に歯があるのは外歯歯車で内側は内歯歯車って言うんだ。重要なのが歯の噛み合わせなんだよね」
ルクレイはメモに歯の印を書き足した。
「噛み合わせ……。ちょっと分かりません」
ヴィオナは眉を寄せ首を傾げた。
「分かった! 木で作ってみよう」
困った顔のヴィオナに慌てたルクレイは断りを入れて席を立った。ガゼボを飛び出して離れの工房に凄い勢いで駆けて行った。
「そこまで急がなくても良いのに」
慌てて駆け出したルクレイにヴィオナは目を丸くした。駆けていくルクレイを目を細めて眺めくすくすと楽しそうに笑い出した。




