第八節 レベナからリガレアは近いから会話が続く
レベナから領都リグリアに向かう街道をルクレイとヴィオナがニロンに乗り移動していた。ナンニに乗ったユミナもニロンを追い掛けていた。
昨日の浜焼きは大盛況のまま終わった。代官も気に入り浜焼き場として整えるために朝から町中に出かけていた。浜焼きの噂はすでに広がっていた。
「浜焼きのお土産を運ぶときにレジンを追加で運んでもらえることになって良かった。色々と試したいから夕食後はまた遊ぼうね」
ルクレイは嬉しそうにヴィオナに声をかけた。
「楽しみ。わたしは固めた小物を少し作りたい。色はお試しでリンダさんから赤色をもらったの。可愛い案があったら教えてね」
前席から振り返ったヴィオナが笑顔で答える。
「今日の髪型も可愛いね。前席に座るのをユミナが考慮したのかな。振り向いたときの髪の流れ方が凄く綺麗だね。ヴィーに相棒ができてもたまに乗ってね」
ルクレイはふわっと揺れた髪に触れながらお願いした。ヴィオナは頬を染めて「わたしの指定席」と嬉しそうに答えた。
相変わらずイチャするばかりでニロンは我関せずと街道を黙々と北上していく。小川で良さそうな畔の場所も知っているため休憩の管理もニロンがしていた。
『甘い空気の呪いは相変わらずですが……ニロンは馬なのか疑うほどにマイペースで頭が良いです。乾燥エビのお土産もかなり確保してました……』
ユミナは二人だけでなくニロンも観察していた。ユミナの作る噂集はイゼルダ前伯爵夫人の楽しみのひとつである。そしてニロンの話も好評だった。
実はこういった話をカリスタ伯爵夫人に報告するのは責務のひとつである。そしてお小遣いがもらえる実益にもなっている。もちろんヴィオナは知っている。
コツコツと書き溜めていた噂集がかなりのお小遣いになったこともヴィオナは知っていた。なぜなら、ヴィオナも愛読者となっていたからである。
『最近ではヴィオナ様が噂になりそうなネタを仕込んでいる節が見られます。代官に何やら吹き込んでましたしレベナの人達も協力的です』
ユミナは多少の波風は伯爵家の楽しみと考えて最近は完全に放置していた。
「レイは戻ったら馬車を直すの?」
ヴィオナは戻った後のルクレイの予定を確認した。
「状況次第かな。レオナールさんの課題は一旦送ったけど不十分なんだよね。馬車で考えてる方式を一部流用して馬車用の巻上魔道具の見本を作ろうかな」
「駆動補助魔道具でなくて巻上魔道具を作るの?」
「坂を登るのに駆動補助魔道具だけでは難しいって思ったんだ。そもそもの方向に戻して巻上魔道具に滑車を組み合わせて見本を作る予定」
「滑車と魔道具ってどうするの?」
「滑車で遊んだときにヴィーも末端のロープを引いたでしょ?……巻上魔道具がロープを引いてくれれば滑車くんが力を貸してくれるからイケると思う」
ヴィオナは「なるほど……」と首を傾げた。
「結局は歯車の組み合わせで筒を回してロープを巻き取るの。ただ、綺麗に巻き取る方法が思い出せそうで思い出せないんだよね。まぁ保留かな」
ヴィオナは「保留が好きね」とクスッと笑った。
「進めるうちは前に進む。考えすぎると煮詰まって動けなくなるよ。手を動かしていれば問題にぶつかるでしょ? その時に悩めば良いだけだよ」
ルクレイはさらっと先延ばしを正当化した。
「それに目的は登坂。ロープが綺麗に巻けなくても登れれば良い。登り切った後に綺麗に巻け直せばば良いのさ。面倒でも馬車を押すより簡単だよ」
悪戯顔でルクレイがヴィオナに話した。
「駆動補助魔道具の方は大変そう?」
「んー、基本構想は大体できてる。鍛冶でどこまで……って、そうだった。まずは木で作れば良いか。歯車基盤ができたから金属に拘ってた」
ルクレイはパッと笑顏になりヴィオナを後ろからそっと抱きした。そして耳元に口を寄せて「ありがとう」と囁いた。
『どう見てもアウトですが……イゼルダ様が手を叩いて喜ぶ姿しか浮かばないのでスルーしましょう。ルクレイ様を既に孫の婚姻者と認識してますよね……』
ユミナとしては牽制して奥歯の奥が痒くなる空気は減らしたいと思った。しかしメルカド伯爵家は二人が仲良くしているとニコニコして流していた。
『思うのですが国王陛下に言えば婚姻も整うのではないでしょうか……って、それって今と何も変わらないですね……詰んでます』
ユミナは噂集の他に『甘々語録集』の編纂を考えた事もあった。あまりに自身にダメージが来そうと判断して編纂する事を断念していた。
「後は……湖を渡るための板?」
ヴィオナも準備するものは覚えていた。
「基本的な考え方はサーフボードと同じだよ。ただ、浮く力を高めて幅を広くする必要があるんだ。水壁を活用できないかなっていうのも考えてる」
「水壁を使うの?」
「水壁や風壁は発動時に何かに紐付けるよね。自分だったり物だったり。海でも結局のところ移動は階段のような感じだったでしょ? 渡る物が必要」
肩を竦めたルクレイは「単純にする」と妥協を口にする。
「サーフボードに僕が乗ればとも考えたんだけど……やっぱり安定性が今ひとつだから水壁でもちょっと危ないかなって思った。まぁ、簡単な工作の予定」
ヴィオナは「工作は楽しいよね」と相槌を打った。
「ガラスが軌道に乗ったらガラス細工もやろうね」
ルクレイがヴィオナを誘うと「やる!」と気合を入れた。
「あっ、木屑を入れた……ねぇ、普段は『便所』って言わないよね? やっぱり言葉として良くないからなのかな?」
「あー、色々と誤魔化しますね」
ヴィオナは苦笑いを浮かべた。
「身内だけで良いから『トイレ』って呼ばない? ダメかな?」
ヴィオナは「トイレにしましょう」と即答した。
「じゃそれで。で、トイレの見本を浜焼き場に忘れてきた。なので後で作って魔道具を組み込んだら離れで試用してみるつもり。清潔に使えると良いなぁ」
ルクレイは少し遠い目をした。
「今でも消臭魔道具で良くなってますよ」
ヴィオナは当然のように快適性を主張した。
「あれは本当に画期的だよね。リドルから聞いたけどアルフォンスさんがテントで快適に過ごすために作ったらしい。快適さには手を抜かないらしいよ」
ヴィオナは「レイもね」と揶揄りくすくすと笑った。
その後も色染めを体験した感想やルクレイが伐採した木の話など尽きることなく二人は話していた。
それほど大きくない森林地帯に入ると話題は木に移っていった。ルクレイは教えてもらった間伐の目安をヴィオナに話した。
「あの木は間伐対象ですね! レイなら一発で伐採できますよ」
「今ならヴィーが殴っても伐採できるよ」
ルクレイの一言に「酷いー」とヴィオナが返した。
「あっ、森林から出るよ。リガレアまであと少しだ。リオとリクは何してたかな。執事長のダンス教室が始まってたけど……毎日だと辛い……かな」
ルクレイが話を逸らした。
「もう、殴る話は放置ですか? まぁ、わたしはお母様に教えてもらったから大変ではなかったですよ? ダンスなのか武術なのか分かりませんでしたが……」
ヴィオナは少し膨れて話を合わせた。
「時間取れそうだしダンスの練習しようね。ヴィーをちゃんとリードできるようになるよ。たくさんクルクル回しちゃうぞー」
「あら、わたしのターンは褒められたことしかありませんよ? 見惚れたレイが足払いで転ぶ姿が思い浮かんでしまいました」
ヴィオナの言葉に「なぜ足払い!」とルクレイは思わず返した。
ヴィオナが目を細めてくすくす笑った。
小高い丘を越えると領都の防壁が見えた。ニロンは軽めの速歩のまま街の入口に向かって進んでいく。
「リューウェンも良い街だけどリガレアも落ち着いた佇まいで良いよね。街中は思い思いの色の家が建ち並んでて可愛い家が多いしね」
ルクレイが楽しそうにリューウェンと比較した。
「リューウェンのあの統一感というか白い家たちは可愛いです。湾の入口から見たリューウェンはおとぎ話に出てくる街そのものです」
ヴィオナは「それでも」と言葉を続けた。
「わたしはリガレアの雑多で可愛い色使いの家々が好きです。少し経つと色が変わるんですよ。結構こまめに色を変える家が多いの」
変化を楽しむのも好きとヴィオナがルクレイに伝えた。
リガレアの街中に入るとあちこちから挨拶が飛んでくる。ルクレイとヴィオナは手を振って挨拶に応えながら伯爵邸を目指す。
ルクレイとヴィオナが乗ったニロンは当然のように伯爵邸の門を通過した。常歩でゆっくりと玄関に向かった。
「ルクにぃー」「ヴィオ姉様ー」「「おかえりー」」
玄関の前に小さな双子とリドルが待っていた。
「「ただいまー」」
ルクレイとヴィオナは手を振り大きな声で返した。
玄関前でルクレイが降りヴィオナをニロンから降りるのを手伝う。双子はルクレイとヴィオナに飛び込んで抱きついた。
帰宅の抱擁が済み五人はすでに馬房に向かい進んでいるニロンを追い掛けて馬房に向かう。笑い声や元気な子どもたちの声が庭園に優しく響いていた。




