第五節 新たな工房の芽生えと混ざった船の発注
大量の乾燥させたエビやタコとカイをお土産に浜焼き場候補地を後にした。ヴィオナはニロンの後席に乗りユミナはナンニに騎乗して速歩で駆けていた。
「レイ、どこから町に入るの? その荷物はかなり邪魔だと思うわ。伝令通路に向かいますか? あの場所が一番無難だと思いますよ」
ニロンの上からヴィオナが横を駆けているルクレイに話しかけた。
ルクレイは「伝令通路にしよう」と軽く答えた。
ルクレイは伐採した丸太を肩に担いで駆けていた。ニロンたちの速歩に余裕で並んで駆けているため光景が酷かった。
事故とはいえ木を伐採してしまったので放置せず持ち帰る律儀さは評価できる。伐採直後の丸太をルクレイが欲しかったという側面もあった。
伝令通路の門が見えたのでルクレイが手を振り声をかける。門兵が慌てて門を開けた。レベナでルクレイを知らない者はいないし一目で判別できた。
「ルクレイ殿……その丸太は?」
「ちょっとした事故で伐採してしまったので持ち帰ったの。リガレアに運んで活用しようと思ったんだ。また今度差し入れに来るね〜」
伝令通路に入りニロンたちも並足で通路をゆっくりと抜けていった。ルクレイもテクテクと丸太を担いだままヴィオナと雑談しながら歩いていく。
町中も担いで歩いているとあちらこちらから挨拶が飛んでくる。ルクレイとヴィオナは笑顔で応えながら代官屋敷を目指して進んでいく。
代官屋敷に到着してニロンたちの手入れを先に済ませた。沢山の果物を供えてヴィオナは身支度で館に入りルクレイは厨房の方に回った。
「ビットさん調子はどう?」
屋根だけ建てた即席魚粉の製造場所で今日も漁師たちのリーダーであるビットが即席魚粉を作っていた。少しずつ人が増え工夫も進んでいた。
「ルクレイ殿こんにちは。人手も増えて昨日の祭りでかなり意見が集まり順調です。……彼が手を挙げてくれたのでリーダーになってもらってます」
ビットは青年を押し出して紹介した。
「ロックといいます。ルクレイ殿に初めて挨拶させて頂きます。実はリューウェンで魚粉工房にいたのですが親方にレベナで立ち上げろと言われて来ました」
青年は名乗り立ち上げのため実家に戻ったと経緯を簡単に話した。
「なるほど。言葉はいつも通りでいいよ。頼もしいリーダーが来てくれて心強いや。ぜひ工房の立ち上げを視野に頑張ってね。領で支援はするから」
ロックは「頑張ります」と力強く答えた。
「そう言えばルクレイ殿は色染めの話をしたようですね」
ルクレイはビットに振られ「ん?」と首を傾げた。
「イゴルトさんの工房が染色工房になりかけてます。先日、リドル様が来てイゴルトさんと町中で色染めの経験者を探してあっと言う間に工房が占拠されました」
ルクレイは「そうなの?」とキョトンとした。
「えぇ。妻が婚姻前に王都の染色工房で働いていたので色染めと聞いてすっ飛んで行きました。妻は色染め大好きでこっちの手伝いは吹っ飛びました」
ビットはガハハと笑った。
『ビットぐらい若くてもガハハなの?……幅広だな』
「そっかー。色染めは染料の話を聞いただけなんだけど……やりたい人が増えるのは良いね。ぜひとも染色工房の立ち上げまでお願いしたいな」
ルクレイはレベナの工房が増える道筋が整い始めたことを感じて嬉しかった。
「妻に伝えておきます」
ビットは笑顔でルクレイに答えた。
「あっ、ルクレイ殿。河川船はやめて櫂船を考えてるのですがどうでしょうか? リドル様に相談するよう助言を頂いてます」
ビットは漁に使う船を沿岸船に変更を相談した。
「えっ?……船の変更を考えてるのか。……だったら建造しようと考えてるから明日は一緒に造船工房に行こう。櫂船に簡易な帆を付けるのを考えてるんだ」
ルクレイは新造を進めると話した。
「建造ですか……。費用的に大丈夫でしょうか?」
「あぁ、その建造費用は僕が負担するから気にしないで。ただ、少し試験的になるのと改造する可能性があるかな。何隻か建造する予定なの」
ルクレイの予定にビットは目を丸くした。
「ただ、北方木材はかなり在庫が厳しいから南方木材を使って建造するつもり。耐久性は落ちるけど改造したりするし木材が集めやすいからね」
「なるほど。色々と試してみるのですね」
試すための造船と聞きビットは驚きを感じた。しかしルクレイの行動を考えると十分に納得できた。新しいことに挑戦する姿は眩しかった。
「そうそう、ビットたちはエビを捕獲するときって潜ってるの?」
ルクレイは気になっていたことを思い出した。
「はい。釣るわけにもいきませんので潜って捕まえています」
ビットは頷きながら答えた。
「防寒魔道具って知ってる? あと捕獲しててエビって減ってる感じあるかな?」
ルクレイは矢継ぎ早に質問をビットにした。
「防寒魔道具ですか?……知らないです。寒さを凌ぐ魔道具なのでしょうか?」
ルクレイは「後で渡すね」と答え促した。
「エビは特に減ったという感じはありません。あまり長くは潜れませんので捕獲量は多くない感じです。乾燥魔道具が使えるので増やし始めました」
ルクレイは「なるほど」と頷いた。
「防寒魔道具は……これ。使えば海に入っても寒くない優れものね。使ってみて。魔石は代官屋敷に置いておくから補充が必要なら代官に声掛けて」
今日使ったものと予備で持っていた防寒魔道具を二つビットに渡した。
「エビとかの数が減ったり増えたりしたら代官に伝えて。長く獲ることになるから減るようであれば対策を考えないといけないからね」
ビットは「了解しました」と頭を下げた。
ルクレイは断りを入れて身支度のため館に入り湯殿で潮を流してさっぱりした。夕食まではヴィオナと糸を作って遊んでいた。
夕食後は太めに作った柔らかい糸でポニーテールにしたり違う髪形をユミナが主導して整えたりして過ごした。糸は火を当てると燃えやすいことを確認した。
「燃えやすいけど加減すると繋ぐこともできるね。強度は落ちるから少し溶かした液に浸けて魔力を流せばかなり良い感じになる。不思議な粉だよね」
ルクレイは思い切って白い粉に『レジン』と名付けることにした。余りにも『白い粉』は言う度にヤバいと思考に浮かびうんざりし始めたからである。
『繊維にレジンはどうかと思うが背に腹は代えられない……。気持ちの安寧を優先しよう。イゴルトさんから流していってもらえば王都まで届くはず』
ルクレイは糸の原料に『レジン』と名付けようとヴィオナに提案した。溶かしたら『レジン液』という感じでと話した。
「それ良い! 白い粉って小麦粉とかも白いから分かりにくかったの。さすがレイね。とっても良い名前だわ、代官に伝えて広めましょう」
ヴィオナはラウンジから飛び出して行った。
なぜかルクレイが関わる情報の伝達速度は異様に早い。三日後には王都に伝わった。そして三日後には公爵家の騎士通信でバストリアまで届いていた。
このとき、エビやタコなどの名付けもルクレイの名で流れヴァルディス国王の耳に入り悪い顔で裁可して王国内に布告した。ルクレイの名が王国中に流れた。
後から知ったルクレイはヴァルディス国王の悪ノリに苦笑するしかなかった。エビやカニの名付けまで押し付けられることになるとは想像の域を超えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、そんな事態になるとは知らずにルクレイとヴィオナはビットを連れてゾルバン造船工房に向かった。そこには寂れた工房が佇んでいた。
「当初のカンコールさんのとこよりはマジだけど……寂れてる。基本、修理や整備しかないって話だから仕方ないのかもしれないけど……」
双子勇者がいれば話は進むが眺めるルクレイと目を丸くしているヴィオナでは直ぐには動かなかった。ビットが苦笑しながら工房に声を掛ける。
工房から男性が出てきてゾルバンと名乗り挨拶を交わす。
「ルクレイ殿とヴィオナ様に訪問頂けるとは感無量です。最近のレベナの活気は我が事のように嬉しい限りです。今日はまたどのような要件でしょうか?」
「造船を頼みに来たの。船種としては櫂船で簡易な帆も付けるよ。用途はひとまず漁業で使う釣り船でビットたちに使ってもらうの」
ルクレイは軽く船を建造する話を始めた。
「造船ですか……。現状、船を建造できるだけの木材がありません……」
深々と頭を下げゾルバン工房主はルクレイに謝った。
「頭は上げてね。北方木材がないのは承知してるよ。試験的な船だから南方木材で建造するから木材は何とかするよ。最悪、乾燥が不十分でも大丈夫」
ゾルバン工房主は「えっ?」と目を丸くした。
「最初は漁での使い勝手を確認するのが目的だよ。改造したり釣り船として整えてレベナの標準船にしたいよね。乾燥する過程で狂いが出ても直せば良いんだよ」
ルクレイは常識から逸れても気にせず提案した。
「レベナの漁師の船だからレベナで建造するんだ」
言葉を聞いたビットとゾルバン工房主は唖然とした後に少し目に涙を浮かべた。そして不思議とやる気がコンコンと湧いてきた。
やる気になったゾルバン工房主にルクレイは基本的な船の仕様を話し始めた。
『最初の試作は20ft級モノハルでカッター寄りだな』
「大きさですが全長は六十単位で幅は二十単位ぐらいかな。櫂は片舷二本で先端は少し小さめ……誘導船は六単位ぐらいだったと思うから半分の三単位ね」
ルクレイは製材工房で聞いた木材の単位で指定した。一単位は10cm位なので6m位の船ということになる。オールは推進力より持久力を重視した。
「想定してる人数は六名で四名以下でも動かすことは可能だと思う。帆は補助で考えてマストの高さは五十単位程度でオランド号で予定してる三角帆を付ける」
ゾルバン工房主は「三角帆ですか?」と訝しげに尋ねた。
「オランド号がアルフォンスさんの船になったのは知ってる?……知らないか。今は『異変の英雄』のアルフォンスさんがオランド号の所有者になってる」
ゾルバン工房主は唖然とした顔になった。
「アルフォンスさんがオランド号に三角の帆を付ける指示をして今は本帆の作成中。これと同じ系統の帆を予定してるんだ。この帆に帆桁は不要ね」
ゾルバン工房主は「帆桁不要?」と呟いた。
「マストは船底と横木……厚めの横板かな。そこで自立させるよ。静索は船首に一本で片舷と船尾は二本って感じで七本で支えるようにしたいかな」
ゾルバン工房主は「そこは普通ですな」と雰囲気が緩んだ。
「三角の帆は船首静索とマストの間に付くからね」
ゾルバン工房主は「はぁ……」とまた萎れてきた。
「そうそう、竜骨なんだけど……一単位より小さいのはなんて言うの? 一単位は製材工房で教えてもらったんだけど……」
「特に決まった言い方はありませんな。ほとんど単位で済みますから……。それだと不便でしょうか?」
ルクレイは首を傾げメモに手を伸ばした。メモに線を引き十等分の目盛りを書き込む。つい分割したひとつに『センチ』と書き込み竜骨の絵を描いた。
「とりあえず一単位を十個に分割した一つをセンチとするね。竜骨は船首側は三センチで船尾側を七センチぐらいで斜めにして欲しいの」
ヴィオナが「センチね」とうんうん頷いていた。
「それで竜骨の下には一センチぐらいの鉄板を付けてね。浜に上げる可能性があるから頑丈にしてみたい。鉄がどうなるのかも知りたいかな」
ゾルバン工房主は慌てて今までの話をメモに書き不明点を潰していった。一通りのメモが書き上がったので設計に入ると請け負った。
ルクレイたちが帰ったあとの工房で造船技師を集めてルクレイから発注があったと伝えた。メモを片手に説明を行い設計するので手伝いたい者を募集した。
造船技師全員が参加を表明した。やはりルクレイのやることは手伝いたいと声を揃えた。家族に自慢できると工房の中が明るくなり活気が戻ってきた。
ゾルバン工房主はルクレイの発想の凄さを感じていた。櫂船に帆を付け取り外せるマストや三角の帆など新しいことばかりが詰まった船だった。
気合を入れたゾルバン工房主は船の設計を始めた。




