閑話 ルクレイ帰るがリューウェンの工房主は忙しい
ルクレイが帰った後のベリアード造船工房の片隅でベリアード工房主とダニエルが話をしていた。ルクレイからの指摘が発端となった件である。
「小型推進の基盤が持つ機能に引っ張られたな。ルクレイ殿の言うように全部を網羅した小型推進魔道具は無理だ。周囲の海水の存在を忘れるとかダメだな」
ベリアード工房主は工房が海を活動の中心としているのにと苦笑を浮かべた。
「船体構造であれば海流や引き波は大前提となる要素ですからね。私は造船技師でないルクレイ殿がバシッと指摘したことに感動しました」
ダニエルは発言したときのルクレイを思い出していた。
「そして何より『陸風が終わっても出港できる』という言葉に痺れました。視点が遙かに広いです。海風の中を出港する連絡船が頭の中に浮かびました」
心の底からダニエルはルクレイを尊敬する空気が漏れる。そして利用範囲という言葉からダニエルは一つの悪戯というか考えが浮かんでいた。
「親方、思ったんですが河川船用の小型推進も設計を進めて良いですか?」
ベリアード工房主が「河川船?」と首を捻りハッと気が付いた。
「許す! 小型推進の基盤設定としては弱めでも河川船なら十分な推力だ。そして、弱めの設定なら南方木材でも推進力に耐えるということだろ?」
ベリアード工房主の言葉にダニエルは「耐えられます」と答えた。
「河川船用に構造設計し直してバストリアに送り返すぞ。くくく、そこに『弱設定で十分』とメモを付けておけばバストリアの連中は目を丸くするぞ」
ベリアード工房主はガハハと笑いダニエルも笑い出した。
ベリアード工房主とダニエルは河川船で使える小型推進魔道具の外装を整えてバストリアに送り返した。これにより河川船の造船工房が混乱に落とされた。
そして、バストリアは更に二つの情報が転がり込み魔道具工房と製材工房も河川船を軸にして騒動に巻き込まれていく。
ベリアード造船工房は河川船の混乱を横目に連絡船用の小型推進魔道具を公開した。そして後付する方法の長い試行錯誤が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイが帰った後の漁師ギルドは未だに興奮の波が押し寄せていた。
「いやー、ルクレイ様から命名してもらったサバとアジは幸せものだな。幸運が押し寄せて豊漁に違いない。ところでコチで思いつくやついるか?」
舞い上がったギルド長が職員たちに質問した。
「頭が平たくて口が横に広いやつですよね? この辺りでもたまに釣れます。浜焼き場の生簀でも見たことあります。確か……大口って呼ばれてたと思います」
男性の職員がギルド長に答えた。
「そうか! よし、お前は休みの時に浜焼き場に出向いて確認してこい。獲れていたら浜焼き場で『コチ』という名前を広めて周知しておいてくれ」
男性の職員は苦笑いを浮かべ「家族と行ってきます」と答えた。
「あと、漁師が釣ってきたら名前を伝えるのを忘れるなよ!」
ギルド長は名付けてくれた『女神様の愛し子』であるルクレイに報いたいと精力的に指示を出した。そして暴走の矛先は隣のレベナにも向いた。
「ルクレイ様の本拠地であるメルカド伯爵領のレベナは漁師ギルドがなかったな。悪いが調整して数名で向かってレベナの漁師たちとギルド設立の相談を頼む」
漁師ギルドは産業局傘下のギルド組織である。ギルド長に設立の権限はないがテンションが振り切れているギルド長の暴走は止まらなかった。
『まぁ、漁師ギルドは基本的に零細だからな。あっても邪魔にはならないから話を持っていくか。魚粉需要で正直なところレベナにも協力を頼みたいし……』
副ギルド長が少し思案してギルド長にレベナに人を送ることを了承した。
リューウェンの漁師ギルドとレベナの漁師たちは良く分からない大波に巻き込まれていく。レベナに漁師ギルドが誕生したのは少し後のことだった。
そして、浜焼き場で浜焼きを家族と楽しんだ男性がギルド長に『タコ』と『シイラ』の名を伝えた。気が付けばどちらも店先で売られる商品になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイが帰った後のゼルトラ鍛冶工房でゼルトラ工房主は『飾り針』の型を取り出した。そして棘のある釣り針をジッと見ていた。
「ふむ、棘のある元の針は釣り針だった可能性があるか……。アルフォンス殿から始まってるが伝聞交じりで良く分からんうちに恋愛成就になったからな……」
ゼルトラ工房主も釣り針は作っていた。ここ最近は魚粉増産の煽りで釣り針の注文が増えていた。実は型で作った飾り針の棘を取って納品していた。
「棘付きで良いなら棘を取る手間もなくなるし納品も楽になるな」
ゼルトラ工房主はルクレイに頼まれた棘付きの釣り針の型を作り始めた。釣り針の大きさも種類を増やしたいと頼まれたので楽しそうに作り込んでいく。
後日、棘付き釣り針を漁師ギルドに持ち込みギルド長に話した。ついルクレイ発案と漏らしたことで大騒ぎになった。大量の発注は用意した型が大活躍した。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイが帰った後のレブコン製布工房でレブコン工房主が従業員に帆布の搬出指示を出していた。
「帆布にも種類があるから見本として少し見繕って一緒に運んでくれ。あと色染めに関する資料も複写して後で送ろうと思ってるから頼むぞ」
レブコン工房主はルクレイから頼まれた色染めの指示も従業員に出していた。
「おーい、レブコン。撥水糸の見本を持って来たぞー」
工房にナンニル工房主が顔を出した。ナンニル製糸工房で撥水糸を作り始めたのでレブコン工房主がお願いしていた件である。
「おー、助かる。織るための情報が足りてないからな。オランド号の帆布だからきっちり仕上げないといかん。特に今回は三角と歪な四角だから糸を頼むぞ」
レブコン工房主はオランド号に新たに付ける帆布を作ろうとしていた。アルフォンスが考案した帆ですべてが手探り状態で設計を進めていた。
実際に仮帆という形で何度か試作しオランド号で確認していた。
最終的な本帆を作る段になり撥水糸という帆にとって夢のような糸が王都から流れてきた。帆布を作る工房として見逃せずナンニル製糸工房に殴り込んでいた。
「バストリアに工房用の製糸魔道具を頼んであるぞ。直ぐには入手できんが届けば量産できる。レベナの分も頼んであるから楽しみで仕方ない」
ナンニル工房主の言葉に「はぁ?」とレブコン工房主は呆れた。
「ナンニル……レベナの分もって勝手すぎるだろ。いやまぁ……ルクレイ殿なら欲しがるから良いとは思うんだが……あまり押し付けるなよ?」
レブコン工房主は苦笑いを浮かべナンニル工房主に注意だけした。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイが帰った後のキメラン硝子工房の中でキメラン工房主がジッとガラス片を見ていた。透明度もだがガラス片を作るという流れが気になっていた。
「師匠、そのガラス片は何ですか? 添加物の入ってないやつですけど……すごく透明度が高いように思います。壊したとすると勿体ないっす」
作業員の少年がテーブルでガラスを真剣な顔で検分しているキメラン工房主に話し掛けた。周囲の作業員は真剣な顔をしているのに勇者すぎると慄いていた。
「こいつはこの形で作られたガラスらしい。溶かした後の工程を考えてない鍛冶師の工房で、ルクレイ殿が温度を下げるため大量の水で冷ましたらしい」
キメラン工房主はガラス片に光を通して透明度にため息を吐いた。
「それは……事故寸前ですよね? 高温の溶けたガラスはヤバいっすよ」
話を聞いた作業員の少年はドン引きした表情で呟いた。
「ルクレイ殿だから止められたな。そういう英雄的な行為をひけらかすのでなく失敗として話す姿はまさに愛し子様としか言いようがない」
キメラン工房主の目には敬愛の色が浮かんでいた。
「ルクレイ様はパネェっす」
「お前、言葉遣いに方言がまた混ざりだしてるぞ?」
キメラン工房主の目には呆れが浮かび少年に突っ込みを入れた。
「あぁ、すみません。油断すると入ります……すごく話しやすいんです。地元だとポンポン出るので会話に品がないって親父たちには怒られるんですけど……」
少年は頭を搔きながらペコペコと謝った。
「まぁ、癖ってのはそんなもんだな。ここにあるカラス片を小型魔導炉で少しずつ暖めろ。溶ける温度は記録しろよ。上手くすればお前たちの教材になる」
キメラン工房主はガラス片は低めの温度で溶けて細工できると考えていた。




