第一節 突発ホルン肉祭りと白い粉でアウト判定
晴天の海岸航路を東に向かう連絡船にルクレイとヴィオナは乗船していた。船首側の甲板に陣取りニロンの風寛魔道具で寛いでいた。
「レイどうしたの?」
ヴィオナが荷物を開いて何かを探しているルクレイに尋ねた。
「昨日の浜焼きで釣った魚の頭と骨を冷却保管箱に入れてたから煮てみようと思ったんだ。仕舞い込んだから見つけるのに時間掛かった」
「それは仕舞い込んだからというより冷却保管箱が多いのよ。レイはなぜそんなに持ってるの? たぶん十個以上ありますよね?」
「えー、工房には転がってるけど今は五個だよ? ニロンの果物、昼食のホルン肉、乾燥果物と頭と骨だよ。ニロンが爽快の実を食べ切ったから空いたやつ」
ヴィオナが「臭いがつくわよ」と呆れ顔で指摘した。
「消臭魔道具も入れてあるから大丈夫。……えっ? 果物が食べたいの? 爽快の実はニロンが食べきってるよ。収穫を始めたみたいだから帰ってからね」
ルクレイは荷物をゴソゴソ探してリンゴのような果物を冷却保管箱から出してニロンに渡した。少しふてながらもニロンはもぐもぐと食べ始めた。
ルクレイは荷物の果物袋からリンゴのような果物を取り出した。そして冷却保管箱の隙間に詰め直して再び荷物の中に仕舞い込んだ。
ルクレイは隅からテーブルを持ち出し組み立てた。そして加熱魔道具と鍋を用意する。侍女のユミナがジッと見ていたので「煮るだけだよ」と話しかける。
「魚の頭と骨ですよね? 煮ても骨は……食べれませんよね?……まさか食べれたりするのですか?」
ルクレイは「食べれないよ」と苦笑を浮かべた。
「お昼はさっきのホルン肉のステーキにしようよ。即席魚粉とウル粉はかなり買ってもらったからお土産にもなるよ。というかお土産を運ぶのが大変そう……」
あちこちの工房を回ったことで妙に運んでいる荷物が多かった。丸太、白い粉、ガラス原料と添加物、試作の魔道具といった感じである。
工房主が「港に運ぶ」と言っていた荷物は連絡船に積み込まれていたのでルクレイも把握していなかった。レベナから何台馬車が必要か不明だった。
「あら……何となく良い匂いですね。お魚の身の入ってるスープの匂いに近いです。お昼はもう少し後なのに空腹のような気がしてきました……」
「あっ……巻き上げ機があるから匂いが巻いたか。匂いは良いけど今は匂いだけだよ? 頭と骨だから具は入ってないからね」
ルクレイはテーブルを持ち上げて少し船尾側に移動した。
「仕方ありませんからホルン乾燥肉で誤魔化します」
ホルン乾燥肉をもきゅもきゅしながらヴィオナは耳に手を当てた。
「そう言えば、このイヤーカフは魔力を流さなくても良いのですか? このイヤーカフも小箱から出たものなのですよね?」
「あっ……忘れてた。イヤーカフは王宮に向かうときに分析してあって確か……『魔導通話機』ってなま……ヤバい名前だったー」
ヴィオナは「まどう……?」と首を傾げた。
「ねぇ『つうわ』って聞いたことないよ? そう言えば……リュミエールさんが『方位じしゃく』って聞いたことない名前だったとリアが言ってたかも」
『んんん、通話と磁石はこっちに概念がないのか? そう言えば磁石の起源とか流石に知らない……。通話は話せるってだけだよな……』
「んー、説明が難しいかな。その辺りは帰ってからゆっくりしていこう。実物ないとどうにも分かり難いというか説明できる自信もない」
「あぁ、滑車みたいな感じなのね。滑車は今でもよく分からないから分からないものがあっても仕方ないよね。レイも気落ちしないでね」
『なんか凄く認識にズレが生まれてる気がする。……まぁ、別に困らないから良いか。魔力を流して眩しいとこまでは進める? 船上は危ないか……』
「魔力流すのは帰ってからにしよう。もし船長さんたちが見ちゃって目が痛いとかで操船に支障が出るかもしれない」
ヴィオナは「そうですね」とイヤーカフを撫でる仕草を止めた。
ルクレイは鍋から頭と骨を取り出しユミナに手伝ってもらい一度濾した。そしてヴィオナも参加していつもの具材を用意してスープを煮込んだ。
「イヤーカフと手袋って実は魔道具じゃないんだよ」
ヴィオナは「えっ?」と目を丸くした。
「魔道具の定義は魔石で動く道具なんだよね。イヤーカフの石は見てないけど手袋に魔石は入ってない。つまり手を保護してるけど魔道具ではないんだ」
「だとするとなに?」
「ユリウスさんは不明って言ってた。アルフォンスさんは肩を竦めてたみたい。ただ、『悪意はない』ってアルフォンスさんは判断してて支持されてる」
「不思議だけど便利なもの?」
ヴィオナは不思議そうな顔で尋ねた。
「そんな感じかな。ちなみに、手袋を分析したときの情報は『飛竜の皮膜』だった。飛竜って知ってる? そうか……この頃は疑問形ではなかったっけ」
ヴィオナは首を振り「知らない」と答えた。
「だよねー。この名前が浮かんだ直後に光で世界が白くなって目の痛さで転がってたらユリウスさんとリドルは大笑いしてたんだよ……酷くない?」
ヴィオナは「見たかったわ」とくすくす笑った。
「なんにしろ小箱から出てくる物は謎しかないんだ。アルフォンスさんたちも王家も受け入れている。僕たちも受け入れる気持ちで付き合えば良いと思う」
◇ ◇ ◇ ◇
連絡船は順調に帆走しレベナの桟橋に接岸した。
あちこちから荷車や荷馬車と人手を借りて連絡船から荷を降ろして代官屋敷に運んだ。丸太だけは重くルクレイが担いで運び込んだ。
ヴィオナは「力持ち!」と喜んで見ていたが周囲の人たちはドン引きしていた。そして一番の驚きは連絡船の冷却室から沢山出てきたホルン肉だった。
「グレアルさんが気を利かしてくれたみたいだけど……これは多すぎだよね」
冷却室に詰め込まれていたのは十体分の小ホルン肉だった。実は洞窟産の解体肉は腐らないのだが知らなかったルクレイたちは食べる選択肢を取った。
ルクレイとヴィオナは荷物整理もあるのでレベナに滞在することにした。ホルン肉は運べる分を伝令隊に頼み領都に運んでもらった。
「代官屋敷の消費分を除いたホルン肉で肉祭りですか?」
代官はルクレイの提案に目を丸くした。
「大型の冷却室がないので食べてしまいましょう。広場で焼いていれば人は集まりますよ。なくなったら終了とすれば良いです」
肉屋と串肉屋に先触れが走り広場でホルン肉が焼かれ始める。騎士団の駐屯地からも調理の支援が入り町中に宣伝が走って広場に人が集まった。
露店も開き屋台も集まり酒屋も広場に店を出してお祭り騒ぎになった。果物屋も在庫を並べ子どもたちが群がった。ビットたちは試作魚粉の感想を集めていた。
ルクレイとヴィオナは特設テントに陣取り食べ物を取り寄せて楽しそうに広場を眺めていた。すでにホルン肉は食べ尽くされているが祭りは続いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
祭りは続いているがルクレイとヴィオナは代官屋敷に戻った。お土産の仕分けを済ませる必要があったからである。
「さて、思いのほか大物は白い粉とガラス素材と添加物だよね。ガラス関係はリガレアに運ぶしかない。白い粉は十袋ほどリガレアで後はイゴルトさんに頼む」
「これ……お金は払ってない分だよね? なんか工房主さんたち商売がどこかに飛んでったのかしら。とりあえず目録は作らせないとダメね」
ヴィオナが眉を寄せ常識を疑う量の原料を睨んだ。
「まぁ、後でリドルと相談かな。次は……四枚のはずの帆布がかなり多い。メモには色々な種類があるから見本と書いてあったけど……多過ぎると思う」
レブコン工房主が届けた帆布は頼んだ連絡船用の帆布が四枚に加えて十枚分ぐらいの帆布が並んでいた。見本である以上はリガレアに運ぶしかなかった。
「そして小型推進魔道具の試作品……。形が違う外装が六個もある。海で使うけど……レベナで預かれる人がいないからリガレアだよね」
ルクレイは眉を寄せ魔道具を見た。
「何とか稼働試験をしてみたいから考えよう……」
ヴィオナは「丸太は?」とルクレイに振った。
「重いは重いけど運べるはず……。これは乾燥させるお試し用なんだよね。乾燥の考え方は乾燥魔道具と同じで水分を抜くことなんだよね」
「それってレオナールさんたちと話したことに繋がる感じ? 丸太の乾燥って年単位って話してたよね」
ヴィオナは顎に指先を付けて小首を傾げた。
「そうそう。急激に乾燥させると間違いなく割れるから加減の見極めと限界の確認かな。本格的なところは誰かに任せる予定なんだけどね」
丸投げ発言にヴィオナは目を丸くしてくすくすと笑い出した。
「ちょっとやることが多い状態だからね。乾燥魔道具を使うからカンコールさんは巻き込むの確定だけど。やっぱり製材工房の人なのかなぁ」
ルクレイは誰を巻き込むか考えていた。
「細々した物もリガレアに送ろう。竈も離れの工房に設置するから運ばないとね」
ヴィオナは「うん」と嬉しそうに頷いた。
ルクレイは見本の帆布から良い感じの一枚を抜き取り確保して代官を呼んで輸送の手配を頼んだ。
晩餐を食べた後はラウンジでヴィオナと糸作りに再挑戦することにした。ヴィオナにはソフィア王女レシピを柔らかいから硬いまで試しに作ってもらった。
『溶かして魔力を通すと固まる特性は繊維というよりレジンぽいと思うんだよね。色を付ける用意はないけど丸太の木を少し使って試してみよう』
ルクレイはヴィオナに断って丸太から輪切りの木材を切り出してきた。レシピで一番硬い濃度で白い粉を溶かし準備を進める。
『簡単なので円柱を作ってみよう』
ルクレイは水壁で工作用の作業空間を用意した。これはイメージとしては硬質マットと飛散防止の工作ドームで構成されている。
「チュィーーン」
木材にドリルビットの水壁で円柱の穴を開ける。その後は円柱のビットで円柱の穴の内部を綺麗に研磨して木くずを工作ドーム内に残し取り出す。
「レイは何を作るの?」
木を加工し始めたルクレイを首を傾げ眺めていたヴィオナが気になって尋ねた。
「試しに丸い棒状の物を作ってみようと思ったの。ヴィーの魔力で固まったのを参考にしてるよ。型を作って固められたら小物とかに使えそうな気がしない?」
ヴィオナは「使える!」と目を輝かせて隣に移動してきた。
「やっぱり。この鍋のは一番硬いレシピのやつ。これを掬って入れるからヴィーが固めてくれる?」
「やるやる! 任せて」
ヴィオナはなぜか腕まくりをして準備した。ヴィオナの鍋を世話していたユミナは首を左右に振った。
「ふふ、お願いね。それじゃ注ぐよ」
ルクレイはスープを掬う調理器具を使い円柱の穴に器用に注ぎ込んだ。そしてヴィオナが優しく魔力を注いで固まらせた。
「うわー、今の魔力を注ぐのすごく滑らかだったよ。優しく固まらせたからたぶん簡単に取り出せそう……って、反対にしたらコロンと出てきた」
ルクレイは両手を挙げてヴィオナの魔力制御を褒め称えた。
『糖度がグンッと上がりました。並んで座る前から空気は甘かったのにどんどん上がります。絶対にまだ上げてきます』
ユミナは下がることのない糖度に奥歯の奥が痒くなりながらも観察していた。
「うわー、透明で綺麗! 丸い棒なんだけど可愛い。色を付けて並べたらすっごく可愛くなると思う。レイ、色は付かないのですか?」
「色を付けるのは考えてるよ。ヴィーの淡い藍色は絶対に出してみせるよ。いや……知見はないから染料の材料からお勉強なんだけどね」
ヴィオナはウルウルして「わたしの色……嬉しい!」と抱きついた。
『あー、婚約者でもギリアウトですが……奥様でもこれはスルーすると思うので後で報告だけにしておきましょう。で、この空気はどうしたらいいの?』
アウト判定はしたがユミナは見てるだけにした。
ルクレイとヴィオナは赤くなりながら染色するために必要な物を話し合っていた。――既にイゴルト製糸工房は染色工房に侵略されていることを知らずに。




