第七節 家族たちの憩いと赤くなる海の呪い
刺繍糸が巻かれた恋愛成就の釣り針を海釣りに使うという暴挙に出たルクレイ。磯場で釣りをしていたルクレイの釣り針に魚が掛かった。
「思ってたのと違って大きいのが掛かったね。ヴィーはこの魚って知ってる?」
ルクレイはジタバタと暴れる魚の頭を掴んだままヴィオナに聞いた。ヴィオナはフルフルと首を振って小首を傾げた。
『うわっ、今の仕草がめちゃ可愛かった』
可愛い仕草を記憶に留めルクレイは魚のエラを引き抜き水属性の魔力で血抜きをした。血抜きが終われば水壁のドリルビットを頭部に差し込み締めた。
魚を置いて糸を手繰り寄せ棒を回収して地面に置いておく。
水壁の板を自分に紐付け発動し魚を乗せた。子どもたちに声を掛け引き連れヴィオナをエスコートしながら浜焼き会場に戻った。
「随分と大物を釣り上げたな。そいつ、アルフォンス殿が小さいのを釣ってたぞ。結構美味しかったとリュミエール嬢が話してたな」
「オランド号で釣ったの?」
ルクレイはテーブルに水壁のマットを発動して魚を置いた。メダル船長と話しながらカットソーの水壁で頭と尻尾を切り離した。
侍女からナイフを受け取り腹を割いて内臓を取り出し桶の中に入れた。
「そうだな。あの『飾り針』を海面に流してリューウェンの近くで掛かったな。俺は見たことはあるが食べたことはないぞ」
ルクレイは名前がないのか確認しつつ身を三枚に切り分けていく。骨はカットソーで適当に小さくして頭の横に置いていく。
「ルクレイは器用に切り分けていくな。そう言えば、魚のことを料理長は少し知ってたとアルフォンス殿は言ってたけど名前は聞いてないな」
「私も子どもの時に見たことあるわ。近所の魚屋に置いてあったの。名前は知らないから『頭でっかち』と呼んでたけど名前ではないわね」
ルクレイは「なるほど」と答えた。すでに身から皮は剥ぎ取られ適度な切り身に切り揃えられ並べられていた。ナイフを侍女に返して男の子たちを見た。
「食べてみる冒険男子は……手を挙げろ!」
ルクレイの号令に全員が手を挙げた。
ルクレイは頷いた。切り身にパラパラと塩を振りタコで使った小麦粉を貰い切り身に付けた。そして侍女にタコと同じように鍋で炒めてもらう。
「すっかりクネクネしてたやつを忘れてたね」
ルクレイはヴィオナに苦笑いを浮かべ話しかける。
「そうでした! もう冷えてしまいましたね……」
「まぁ、冷えてても味は分かるから摘んでみよう」
ルクレイは皿に並べられているタコを摘んで口に投げ込んだ。ヴィオナが「あっ」と目を丸くしてアワアワしだした。
「んー、やっぱり食感が少し不思議だな。でも鍋でコロコロしてるこれは味が染み出す感じ? 悪くないと思うかな。魚粉を足してみるかな」
ルクレイはさらに魚粉を摘んで口に投入した。
「あっ! これ結構美味しい」
「レイ、お行儀さんが逃げてますよ。メッです」
ヴィオナに怒られたルクレイは頭を掻きながら謝った。
とりあえずテーブルの上を片付けたルクレイは頭を半分に割り骨も桶に水を出して洗っていく。魚を炒めている侍女とテーブルに配膳する侍女に分かれた。
「なんか普通に手際がいいな。確かにこの白いのは食感が面白いというか不思議だな。味も悪くない。魚粉を掛けると旨味がかなり強くなるな……」
「そうね、不思議ですが後に引く感じがします」
「レイ! これとっても美味しいわ。乾燥エビも好きですが……ねぇレイ……このクネクネしたのに名付けてください。あと、乾燥させたのが食べたいの……」
あまりのあざと可愛さにルクレイはクラッときた。気を立て直し子どもたちにもひとつずつ食べさせた。そしてクネクネしたのを頼んだ。
子どもたちは騒ぎながら散りクネクネを探しに行った。
「ルクレイ、あの魚も美味いぞ。リュミエール嬢が美味しかったと言ったのが分かった。淡泊なんだが油で炒めたからかかなり美味い」
「レイ、このお魚も美味いです。このお魚にも名付けしてあげてくださいね」
すでに流れが止めようがないとルクレイは悟った。仕方がないので紅茶用の柑橘系粉末果物をヴィオナに渡しつつ名前を発表した。
「あー、名付けですが……クネクネしてたのは『タコ』とします。そして魚は……『シイラ』とします。まぁ、定着するかは分かりませんが」
「レイ! この粉末果物を少し掛けるとあっさりなのに風味が立ちました! これ凄いです! 粉末果物にこんな使い方があるなんて……」
ヴィオナは渡された粉末果物を特に考えることなくパラパラと振りかけ食べていた。ルクレイは自然体でさらに場の混乱を助長していた。
「いいですか!……この場にいた貴方達は幸運です。レイ……ルクレイが命名しました。クネクネしていたのは『タコ』、釣った魚は『シイラ』です!」
堪能していたヴィオナが席を立ち周囲に宣言を始めた。ルクレイはヴィオナを目を丸くして凝視した。周囲にざわめきが生まれ広がっていく。
『あっ……これ漁師ギルドと同じ流れだ……』
周囲から『タコ』や『シイラ』が連呼され広がっていった。ルクレイにはこの不思議な連帯感の意味が分からなかった。
ヴィオナは「ふぅ」とやりきった感を出して座った。
「あとは男の子たちが『タコ』を入手してくれれば乾燥タコが食べれます。あら……焼いたタコはまだ食べてませんでした」
ヴィオナは存在が忘れ去られていた焼いたタコの皿を引き寄せナイフとフォークを使い綺麗な所作で食べ始めた。一口食べると頬が緩み笑顔がこぼれた。
男の子たちが桶にタコを入れて集まってきた。
「みんなありがとうね。これからルクレイが下拵えの見本を見せます。みんなも覚えて調理できるようになってください。浜焼きの新しい名物ですよー」
ヴィオナがなぜか仕切り下拵えの実演することになった。
ルクレイは諦め説明を始めた。侍女からナイフを受け取りタコを持ち上げて眉間にナイフを差し込む。クネクネしていたタコが動かなくなる。
「「うおぉーーーすげぇーーー」」
盛り上がる周囲に付いていけないルクレイだった。淡々と水壁のマットを発動してタコを置き塩で揉み始める。頃合いで桶に水を溜め洗い流す。
ルクレイはタコを近くの男の子に渡した。
タコは人々の手を渡り歩き歓声が波のように流れていった。それを横目にルクレイはもう一匹の下拵えを済ませる。
少し考えたルクレイは鍋にお湯を沸かしてもらう。
「レイ、お湯を沸かしてどうするの?」
ヴィオナに聞かれたルクレイは「少し茹でるの」と答えて沸いたお湯に足からそっとタコを沈めていく。
「あーー、タコまで赤くなった! もう……なんでみんな赤くなるの! 綺麗なエビさんも赤くなるし海には赤くなる呪いでもあるのですか?」
赤くなったエビを思い出したのかヴィオナはプンプンと頬を膨らませて鍋の中のタコに説教を始めた。
ルクレイはヴィオナの頭をポンポンしてからタコを鍋から取り出す。すると周囲からざわめきが生まれ「さすがルクレイ殿だ」と声が広がっていく。
『おかしい……特に何もしていないはずなのに評価だけが積み上がる。悪いことではないし訂正する行為は謙虚とか二次被害に繋がるから取れない……』
ルクレイは悟った顔で茹でたタコを乾燥魔道具に乗せて起動する。しおしおと萎びていくタコを見て萎びたヴィオナを思い出し前向きに行こうと考えた。
「はーい、さっきの男の子たちは集合ー」
前向きになったルクレイはタコを集めるために散った男の子たちを呼び寄せた。
「ちょっと冷えたけど魚も食べるまでが冒険だよ。魚粉とウル粉と乾燥果物があるから試してね。家族に一口渡すのも家族思いでアリだからねー」
ルクレイはさりげなく魚料理にウルフ肉を乾燥させて粉末にしたウル粉を混ぜ込んだ。魚粉は風味と味わいを変えるがウル粉はコクを上げる調理料である。
「このシイラって美味しー」
男の子たちの声に周囲が反応していたがルクレイは気にせず乾燥したタコをバラバラにして薄めに切り揃える作業を行なっていた。
「ヴィー、乾燥させたの置いてくよ〜」
ヴィオナに声をかけて切る先からヴィオナのお皿に積んでいく。
「!!……これ美味しい! リアンさん美味しいですよ」
ヴィオナは乾燥タコも気に入ったのかもぎゅもぎゅと食べ始めた。声をかけられたリアン夫人も食べて二人で楽しそうに感想を話し合っていた。
薄く切る作業を目敏い侍女に見つかり奪われたルクレイは桶を持って生け簀に向かった。朝見たガザミが食べたくなった。
「おー、まだいる……増えてる」
大きめのガザミが増えていた。生け簀番の男の子に聞くと大きめは危ないので見つけたら大人に伝えて捕獲するようになっていた。
『あー、ガザミは喧嘩早いから気が付かないと危ないって感じから排除して生け簀に入るのか。磯場は子どもには堪らない遊び場だよなー』
ルクレイはガザミを二匹ほど桶に入れてもらった。
さらに生け簀を回っているとウニを見つけた。生け簀番が女の子で聞いてみるとイタズラされたと話した。男の子たちがウニを入れて逃げるという話だった。
「それ、食べるとこが少ないけど海にたくさんいるんだって。男の子は海の中で割って魚を集めて捕まえるのに使ってるみたい」
女の子の話では完全に遊び道具の扱いだった。
『ウニは好みが分かれるから仕方ないのかな。身を集めようと思うとかなり面倒だし。ウニは放置で良いか。食べたくなったらレベナで探そう』
生け簀を回っていると男の子のイタズラが多いことに気が付いた。ナマコやウミウシなどもイタズラで生け簀にこっそりと投げ込まれていた。
生け簀を堪能して会場に戻るとヴィオナがトコトコと駆け寄ってきた。興味津々でヴィオナが覗くと身を引いた。
「その黒っぽいのなに?」
「あー、これは男の子たちが遊びで投げ込んだやつ。他の遊び道具は少しネバネバしてたんだ。これはネバネバしてないので海に投げる用?」
話を聞く中でウミウシは女の子も結構触れるので海に投げ込むがナマコはダメという反応だったのでルクレイが拾い集めてきていた。
『なぜウミウシは大丈夫なのにナマコがダメなのか理解はできなかった。まぁ、邪魔なら掃除の手伝いぐらいは軽いものだし』
ヴィオナの珍しい反応を見たメダル船長とリアン夫人が近寄り桶を覗くとリアン夫人が後ずさった。
『女性陣たちのナマコ人気がガチでなさすぎる件』
メダル船長もリアン夫人の珍しい動きに首を傾げルクレイを見た。ルクレイは肩を竦めることぐらいしかできなかった。
ルクレイは再びお湯をお願いしてガザミを竈に置き火を熾し直した。逃げようとするので裏返しにして背中から焼いていく。
ヴィオナが焼いているガザミをジッと見ていた。
「やっぱり……海には赤くなる呪いがあるのよ……」
赤くなるガザミを見て呟いた。
「赤くなるって分かれば気にならなくなるよ。実は赤が嫌で違う色に偽装してるのかもしれない。そこは見て見ぬふりをするのが良いかもしれない」
ヴィオナは「微妙……」と眉を寄せた。
ルクレイはもう一匹を沸いたお湯に投入した。
焼いたガザミはルクレイがハサミをもいで身を皿にほぐして積み上げた。眉が寄り気味のヴィオナにフォークに乗せて食べさせる。
「美味しー。このカニの身は美味しです!」
ルクレイはお皿を渡し魚粉のお皿も傍に置いた。
もう片方のハサミの中身を皿に盛り付け味見する。濃厚な甘みと旨味で頬が緩んだ。魚粉をパラリと掛けて実食すると風味に変化が出て美味しかった。
『魚粉はアルフォンスさんたちが危機感を持って再建したって聞いたけど納得だわ。これだけ使いやすいと理解されたら半端ない販売量になる……』
茹で終わったガザミも回収してハサミの身を皿に積んでヴィオナの傍に置いた。胴体を開き肩の身も皿に積み上げる。
『さて……カニ味噌をどうするか。見た限りこのまま食べるかパンぐらいしか合いそうなものがない。かき混ぜてメダル船長の前に置いておくか』
ルクレイはカニ味噌をフォークでかき混ぜてメダル船長の前にそっと置いた。念のためパンも添えておく。これもまた好みの分かれる食材である。
ルクレイは一日岩場の磯で楽しく遊べたことが嬉しかった。レベナの磯を見つけて整えメダル船長たちを招待するという計画を心に決めた。




