第二節 メダル船長と奥さんと晩餐したら工房を巡る
ノルド領の名所とグレアル子爵に聞き『小島の湖』から領都に戻ってきたルクレイとヴィオナは門を通り街中をゆっくりと移動していた。
子爵邸に入るとガゼボにそのまま向かった。ガゼボに着きニロンから降りた二人が後片付けをしているとユミナが合流しヴィオナの身支度で本館に向かった。
ルクレイはニロンの手入れを丁寧に行い労をねぎらった。
「ルクレイ! 久しぶりだな」
本館の方から声が聞こえルクレイが振り返るとメダル船長が手を振っていた。
「メダル船長! 久しぶりー」
ルクレイは駆け出してメダル船長に飛びついた。ヒョイッとメダル船長が受け止めそのまま肩車した。ルクレイはケラケラと笑った。
「あらあら、どう見ても貴方たちは親子そのものですよ」
一緒に歩いていた女性がくすくすと笑いながら声をかけた。
メダル船長はヒョイッと肩からルクレイを降ろして女性の前に立たせた。
「妻のリアンだ。いつも航海で出てる時に家を守ってくれている」
「メルカド伯爵領の落とし人でルクレイと言います。もう少しでヴィオナが来るから紹介と報告はそのときにするね」
ルクレイはメダル船長とリアン夫人をガゼボに招き入れてテーブルを囲む。
「レベナで分かれた後も結構バタバタしてたんだよ。二度目の王都にも行ったんだよね。王都からリガレアに戻ってリューウェンに来た感じだよ」
ルクレイが話し始めると「レイ〜」とヴィオナの声が聞こえた。
ルクレイは席を立ちテケテケと本館から歩いてくるヴィオナに合流しエスコートしてガゼボまで戻ってきた。
「お初にお目に掛かります。メルカド伯爵家長女のヴィオナと申します。ルクレイと婚約を結びましたのでこれからもよろしくお願いします」
ヴィオナは名乗りスッと軽めのカーテシーを取った。
「丁寧な挨拶痛み入ります。オランド号船長のメダル、こちらは妻のリアンです」
メダル船長とリアン夫人はヴィオナに軽く頭を下げる。
「ふふ、メダル船長。僕とヴィーは陛下の許可も頂いた婚約者なんだ。陛下から婚姻許可書も貰ってるから成人の儀が終わったら夫婦になるの」
ルクレイは胸を張ってメダル船長に報告した。
「おぉ、それはおめでとう!って婚姻許可まで出てるのか? 相変わらず陛下はやることが楽しさ優先だな。それ、メルカド伯爵の許可前の話だろ?」
メダル船長は目を細めルクレイの頭を撫でながら尋ねた。
「良く分かったね! そうなんだ。陛下と会ったときに僕の年齢を十二歳に変更してくれたし婚約と婚姻の許可書もくれたよ」
「陛下は色々と悪戯する方だからな」
メダル船長がクククと喉を鳴らして答えた――。
「ヴィー、そろそろ日が落ちるよ。帆船たちが急いで港に入ってきてるね。暗い中での接岸はちょっと勘弁して欲しいってことだよね」
ルクレイはヴィオナに微笑んで夕陽が沈もうとする水平線を指さした。
「すごい! 夕陽に照らされた海面と帆を畳んで進んでる帆船。何より夕陽に染まった家々がとにかく素敵! 朝陽と全然ちがう景色だわ」
「この時間のリューウェンは俺も好きだな。海から見ると帰って来たと心から実感する。親父がオランド号の船長だったときから変わらん風景だ」
メダル船長が懐かしい顔で夕陽に染まる街並みを見ていた。
ヴィオナは沈みゆく夕陽をうっとりと眺めていた。
「ヴィー、街並みも見てごらん」
ルクレイに促されヴィオナが街並みを見ると家々に明かりが灯っていくことに気が付いた。周囲が暗くなる中で灯りが増え人々の営みを感じた。
「人々の生活が作り出す景色もあるのですね……」
周囲は完全に暗くなった。そして暗くなることで気が付く光が存在した。天空にすでに控えていた月からの明かりである。
「月の光で微かに海面が煌めいてる。明るいときは気が付かない光ですね……」
ルクレイはガゼボの灯光魔道具を起動して暖かな光がガゼボに広がった。
晩餐は洞窟から得たものや海岸で得たものが並びとても豪勢だった。ヴィオナは乾燥エビを使ったスープを絶賛しお代わりをしていた。
「レイ、何としてもエビを獲る方法を考えましょう。エビや乾燥エビを領内で食べれるようにしたいです。何か良い方法はありませんか?」
ヴィオナは真剣な顔でルクレイに尋ねた。
「リューウェンの捕獲方法を見せてもらった方が良いかな。レベナでどれぐらい獲れるか分からないけど足並みを揃えた方が結果的に良くなると思う」
ルクレイは「視察しようね」とヴィオナに答えた。
「ルクレイの活動はリューウェンで噂を含めて潤沢だぞ。王都の話も流れてきてる。実は『露店広場の英雄』はリューウェンで定番ネタになってる」
ルクレイとヴィオナは目を丸くした。
「最新情報で実は王都だとヴィオナ嬢との婚約は事実として認識されてるみたいだ。……いまさらだが『女神様の愛し子』の件は済まなかったな」
メダル船長は眉を下げてルクレイに謝った。
「謝らないで。愛し子に戸惑いはあったけど嫌な二つ名でないし光栄だと思ってる。あの時、あんなに評価してもらえてとっても嬉しかったんだ……」
「レイ、内緒話をした方が良いと思うわ」
ヴィオナが話を引き取り侍女たちに外すように指示した。そしてユミナにも外すように命令した。
「ヴィー、ありがとう」
ルクレイは静かに湖で起きたことをメダル船長とリアン夫人に話した。女神様と話したこと。女神様にお願いされたこと。また連絡すると言われたことを。
「ルクレイは生まれた二つ名を回収して回ってるな。王都の露店広場はもう確定してずっと残りそうだ。そして表に出さなくても愛し子まで確定だな……」
メダル船長は呆れた顔でルクレイに突っ込んだ。
「リアン、俺たちの息子は王国で有名になりそうだ。何か切っ掛けがあればアルフォンス殿より有名になりそうだ。この歳でワクワクしてきたよ」
リアン夫人に笑顔を向けた。
「ヘブラナで会ったことが奇跡みたいなものよ。ルクレイが愛し子ならメダルと会ったのも女神様のお気持ちなのでしょう。あの浮かれ具合は楽しかったわ」
思い出したリアン夫人はくすくすと笑った。
正式な親子になることはヴィオナの婚約者になったことで断念となる。しかし、メダル船長もリアン夫人もルクレイもまったく気にしていなかった。
少し遅い時間まで晩餐は続いた。
ルクレイは明後日の昼食は調査を兼ねて浜焼きを実施すると宣言した。そして、メダル船長とリアン夫人の参加を要請し了承を得た。
メダル船長たちが帰るときは門までルクレイたちは見送った。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日の早朝、ガゼボで紅茶を飲みルクレイとヴィオナは今日の予定を話し合っていた。予定としては工房を巡って色々な案件を進めていくことになっていた。
ニロンにお願いしてルクレイとヴィオナはリューウェンの街中に繰り出した。
「すみませーん」
目的地であるベリアード造船工房に着いたルクレイは工房内に声を掛けた。
「これはルクレイ殿、お久しぶりですな。小型推進の基盤をリベランから受け取り試作は順調に進んどります。今日は何用ですかな?」
事務仕事をしていたベリアード工房主がルクレイに気が付き挨拶を交わす。
「試作品がどうか気になったので顔出しです。彼女は婚約者のヴィオナ」
「お初にお目にかかります。造船工房のベリアードです」
ベリアード工房主がヴィオナに挨拶をした。
「構造材は変更したので強度は問題ないです。今は構造そのものを試験中です。吸水面が狭いので形状の差が大きく少しだけ迷走してますな」
ベリアード工房主がガハハと笑った。
『迷走を楽しんでる風だな。シミュレーションもできないから試行錯誤だよなー。ただ、形状の差ということはターゲットが広すぎかもだな』
「もしかして一つで賄おうとしてる?」
ベリアード工房主が「と言いますと?」と答えた。
「速度が変われば水流も変化するよね? 引き波の影響が強く出たりしそうだよ。そう考えると使用する速度域を決めた方が良いのかなって思うよ」
「なるほど。言われてみればその通りですな。目指す速度で船体も変わりますな。いやー、目が覚めましたぞ。お礼も兼ねて試作品を持ち帰ってください」
ルクレイは「えっ?」と目を丸くした。
ベリアード工房主はスタスタと工房の奥に歩き始めた。追いかけるルクレイの横で楽しそうにヴィオナがくすくす笑っていた。
以前も案内された部屋にベリアード工房主はスタスタと入り声を上げた。
「ダニエル! 方針を変えるぞ!」
ダニエルは「えっ?」と振り返った。
「あっ、ルクレイ殿! 久しぶりです」
ルクレイも挨拶を返しベリアード工房主に話した内容をダニエルにも伝えた。
「確かに……この小型推進魔道具が推力を変えられるのに引きずられました。まずは使用目的を決めて調整した試作品を作ります」
ダニエルがニパッと笑った。
「破損しない非効率なら残しても良いよね。特に速度が上がって非効率になるなら壊れない限り非効率も許容範囲って考えちゃえば良いかな」
ベリアード工房主とダニエルは目を丸くした。
「連絡船に搭載すれば陸風が終わっても出港できるよ。これって大きいと思う。特に船舶風壁で移動時間が短縮できてるから喜ばれるよ!」
ベリアード工房主が「喜ばれる……」とこぼした。
「ダニエル、まずはそれだ! 連絡船に後付や交換できる設計を優先しよう。まずは連絡船を出港時間帯の制約から解き放とう!」
ダニエルは「はい!」と力強く答えた。
そしてルクレイは試作品の山を渡された。港に運んでおくと言われたので大人しく頷いた。ヴィオナは肩を震わせ赤くなりながら何かから耐えていた。
ベリアード造船工房から港に向かう途中に漁師ギルドの建物があった。
「すみませーん」
事務室にいた職員が振り向き目を丸くした。
「これは……ルクレイ殿でよろしいのですよね? なぜこのような辺鄙なギルドにわざわざ……大変光栄でございます」
ギルド長が土下座しかけない勢いでペコペコした。
「あー、ルクレイです。彼女は婚約者のヴィオナ。言葉遣いはいつも通りで。今日はリューウェンの漁師さん達がどういった漁をしているのか確認に来ました」
ルクレイは訪問理由を話した。
「ほら、僕は『落とし人』でしょ? 海で働く人たちに感謝してるんだよ。あとね、レベナが不漁で少し困ってるの。何とかしたいなーって考えてるとこ」
「漁師にまで気をかけて頂けるとは……ルクレイ殿はまさに『愛し子』です。今日という日は漁師ギルドに刻まれます」
『ヤベェ……もう愛し子が迷走してる。二つ名の暴走は方向性が分からないから対処不能だよ……。とりあえず何とか軌道を整えたい……』
眉をへにょんとしたルクレイをヴィオナがガン見してニヨニヨしていた。それを見たユミナが処置なしと見なかったことにした。
「とりあえず漁具と船を見たいけど漁師さんたちは漁に出てるよね……見れる場所に誰か案内してくれると助かるかなー」
「だっ……大丈夫です。この時間なら速歩を獲りに行ってる船が水揚げで戻ってます。そちらに案内します。おーい、案内を頼むぞー」
『案内は大丈夫ぽいけど〈はやあし〉ってなんだ?……あれか? 足が速いってやつか? 痛身と良い勝負になるのか? 分からん……』
漁師ギルドの裏に回り少し歩くと小さな波止場があった。細身の櫂船が数隻ほど桟橋に接岸し積み荷を桟橋に上げていた。
ルクレイはヴィオナに待つように頼んで近づいた。
「こんにちはー」
ルクレイが声を掛けると漁師達がルクレイを見た。すると「おおー」とざわめきが広がりペコペコと挨拶を始めた。
『うそっ……漁師さん達まで動きがおかしい』
ルクレイは内心でかなり困ったが笑顔で押し切ることにした。ニコニコ笑顔を作り近づいて降ろしていた籠を覗き込んだ。
『やっぱりサバだ……』
「この魚が〈速歩〉って言うの?」
漁師たちはペコペコと肯定した。
「リューウェンだと〈速歩〉って言うんだね。この魚はレベナだと〈痛身〉って言ってた。分かりにくかったからレベナで〈サバ〉と名付けしたんだよ」
漁師たちがざわめき「サバ」と連呼し始めて頷き合っていた。
『ヤベェ……これ……流れと雰囲気はやっちまった感がある……』
「サバですか! 分かりやすいです!」
漁師ギルドの職員が大きな声でサバを連呼しながら駆け戻っていった。それを見やったルクレイがヴィオナをチラ見すると楽しそうに笑ってた。
「漁に使ってる漁具ってどんな感じ?」
色々と諦めたルクレイは先に進めることにした。
漁師が見せてくれた漁具は確かにレベナで見た漁具とほとんど同じだった。返しのない釣り針と糸のカッタクリだった。
ルクレイはお礼を伝えて漁師ギルドに戻った。
「レイはどこに行っても有名で尊敬を感じるわ。婚約者としてとても誇らしいの。まるでリューウェンがレイを祝福しているようだわ」
ルクレイは「ありがとう」と頬を引き攣らせて答えた。
『ヴィーのテンションが揶揄なのか本気なのか判別しにくい。感じるのは本気なんだけど……ヴィーが可愛いから良いか……諦めは処世術……としよう』
漁師ギルドに戻ると事務室はざわめいていた。ギルド長が駆け寄り名付けについて尋ねられた。
「速歩をサバというのは簡潔で呼びやすいです! 他にも名付けた魚はいないでしょうか?」
ギルド長の剣幕に負けたルクレイはレベナで薄身と呼ばれる魚にアジ、名前は聞いていないが頭が平たく口が左右に広い魚にコチと名付けたと答えた。
ギルド長はエビ、カニに続く新しい名付けと喜んだ。
ルクレイは工房を回るからと漁師ギルドを後にした。
「エビとカニはアルフォンスさんが付けたんだよ。アルフォンスさんが魚にも名付けてくれれば良かったのに……。嫌な予感がしてるんだけど……」
「レイが名付けた魚たちは幸運よ」
ヴィオナはルクレイのボヤキの部分はスルーした。




