第一節 朝陽の煌めきに感動したら女神通信が着信
日が出る少し前の静寂が支配する時間帯のガゼボにルクレイとヴィオナは日が出るのを待っていた。テーブルには温かい紅茶と果物が並んでいた。
ノルド子爵領の領都は海の民が欲した巨大な湾の奥に作られた港街である。まだ少し暗いが日の出間近で水平線から明かりが漏れていた。
「まだ少し早いけど陸風になってるから帆船が出港を始めたね。もう日が上がる。眩しさで目をやられないようにね。めっちゃ目が痛いから」
ルクレイの言葉にクスッと小さくヴィオナが笑った。
水平線から光が溢れた。あまりの眩しさにルクレイとヴィオナは手をかざし目を細める。明るさに慣れると世界は煌めきの中にあった。
海原は光を乱舞させていた。湾の中を疾走する帆船たちの航跡が白い道になり湾外に続いていた。穏やかな湾内で白い帆船だけが動いていた。
「凄い……日の出は見たことあるわ。でも……こんなに煌めくなんて思わなかった。見続けていても飽きないような気がするわ。これってレベナで見れる?」
「レベナは湾が小さいから帆船は諦めて。朝陽と煌めきは見れるよ。ここは場所が高いよね。レベナは低いから違った景色になると思う」
「そうね、同じ景色はないよね。沢山の景色で変わらないのは朝陽と煌めきだけなのね。そんな景色を見てみたいというのは贅沢かしら?」
小首を傾げたヴィオナにルクレイは微笑む。
「冒険派のヴィーには自然な感情では? 冒険は未知に飛び込みたいという欲求のひとつの形だと思ってるよ。僕とヴィーなら行けるよ」
ヴィオナは「行こうね」と答えルクレイの肩に頭を乗せた。
『素敵な光景ですから甘い空気は仕方ありません。許容範囲……です。問題は冒険です。まさか洞窟の後は海なのでしょうか……専属として気になります……』
ヴィオナの専属侍女として海原で冒険するとなるとついて行くことになる。過酷そうな冒険にユミナは少し不安になった――。
ルクレイとヴィオナはニロンに騎乗し馬房から出ようとしていた。
「ヴィオナ様、私もナンニがいますので同行を希望します!」
ユミナがヴィオナに同行を願い出た。
「同行は許しません。理由はナンニではニロンに着いてこれないこと。そして森林地帯はユミナの騎乗技術では単なる足手まといだからです」
ヴィオナは冷たい声で事実を突きつけ拒否した。
「ユミナ、あなた少し驕ってませんか?」
ヴィオナの視線から熱が失われ冷たいものに変わっていく。
「申しわけありません……。私はヴィオナ様の専属侍女です。ヴィオナ様の行く場所にお供する責務を全うできず不明を謝罪いたします」
ユミナが深く頭を下げた。
「ユミナ、向かう場所に魔物がいないと確信がない。戦闘侍女でないユミナは現在与えられている職責では同行そのものが禁止されている」
ユミナは「申しわけございません」と再び頭を下げた。
「ヴィー、職責の境界を忘れるのはダメだよ。連れて行くと言っていても僕が止めてた。二人とも職責の資料をきちんと暗記すること……いいね?」
ルクレイに怒られた二人は「「はい」」とションボリした。
ルクレイはニロンに合図して子爵邸を出て外に向かった。
リューウェンを出たルクレイたちは平原を北上していた。ニロンはいつもより速度を上げて気持ちよさそうに疾走していた。
『ニロンは隠す気がなくなった? 考えられるのはお祖母様が活動的になったことなのかな。以前より明らかに駆ける速度域が高くなってる……』
ルクレイたちはグレアル子爵に聞いた『小島の湖』に向かっていた。名所を相談したところ地図を出して勧めてきたのがそこだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「その湖には小島があってとても良かったとリュミエール嬢が言ってたぞ。アルフォンスたちに同行しているノックスという魔馬の仔馬がいた場所らしい」
名所と聞かれたグレアル子爵はノルド領の水源の一つを提案した。
「仔馬! 仔馬は可愛いですよね。……仔馬が湖にいたのですか?」
「ん? そう聞いている。今ひとつ流れが分からなかったがノックスという仔馬は湖の小島にいたらしいぞ。弱ってたそうだが今はかなり元気だ」
仔馬と聞いて興味を引いたヴィオナが『小島の湖』に行きたいと主張した。距離は概算でも往復すると晩餐にギリギリだがルクレイは頷いた。
グレアル子爵はアルフォンスたちの掃除で魔物はほぼいなくなったが注意はするように忠告された。そこを押したグレアル子爵にルクレイは少し呆れた。
◇ ◇ ◇ ◇
ニロンは指示された道に入り西に進路を変えた。
しばらく進むと森林地帯が見えてきた。ニロンはブルルと鳴き森林に入り込む。
「頭上だけ注意しろって。ニロンも流石に僕たちの頭まで責任持てないって」
ヴィオナは「注意するわね」とくすくすと笑い前方に意識を向けた。
途中、何回か休憩を挟み進んでいく。ルクレイは『ペースが早い』と思いながらも特に触れることもなくニロンに任せておおよその方向だけ指示した。
森林の中を抜けると木漏れ日を受ける湖が視界に飛び込んできた。水面を風が駆け抜け波紋を作り空の景色に歪みを作っていた。
「すごーい! めっちゃ綺麗。湖に小さな波紋が浮かんでるし小島も浮いてる〜」
ヴィオナは突然現れた湖にテンションが振り切れた。
ルクレイは周囲の気配がガラッと変わった点が気になっていた。今まで感じていた違和感がスッと湖畔に着いた時点で消え去っていた。
『あれか……違和感に対して分析ぽいのをやっておくべきか。湖畔を出れば違和感があるから先に確認しておいた方が良さそうだな』
「ヴィー、ちょっと気になるから少し戻って確認してくる。ここでお茶会の準備をお願いして良いかな? 冷たい果物の付け合わせが良いな〜」
ヴィオナが振り返り「良いよー」と答えた。ルクレイはニロンから降りてヴィオナをそっと降ろした。
ルクレイはテケテケと少し湖畔から離れるように移動した。すると、それほど移動しない場所から違和感が戻ってきた。
「んー、この辺りに境界があるみたい……何の境界なんだろう。魔力くん、この違和感って何だと思う? 俺さ……広場で噴出してた魔素の一種だと思うんだよね」
ルクレイは分析を忘れ魔力くんと会話という独り言を呟いていた。
「おっと、魔力くん、分析ぽいのするね。……って魔素か。そして、視界が少し灰色になった……。これって、テンプレの魔素とちょっと違うかもしれない」
ルクレイの考える魔素は魔力の元という認識を持っていた。しかし、魔力は普通に使え特定な場所で違和感を感じ魔素が分析に掛かることに違和感を覚えていた。
ルクレイは湖畔に戻りヴィオナと合流し小さなお茶会に参加した。冷えた果物が美味しく湖面を抜ける風がとても気持ちよくまったりとした時間を楽しんだ。
ルクレイが魔力を見る状態で小島を見ると白い霧が掛かったように見えていた。
「あの小島なんだけど……ちょっと気になることがあるんだよね」
ルクレイは「あの小島に渡っても良い?」とヴィオナに問いかけた。
「しかたないですねぇ。風壁だと落ちて濡れるかもしれません。レイが抱っこして連れて行ってくださいね」
ルクレイは「良いよー」とそっとヴィオナを横抱きにした。
「直ぐに戻るからニロンは待ってて」
ルクレイは「掴まってね」とヴィオナに囁いて水壁を小島まで並べて駆け抜けた。小島に到着してヴィオナを降ろしキョロキョロした。
「あった。そこの地面に何か埋まってる」
ルクレイが地面に埋め込まれた石の板を発見した。
ルクレイが分析すると『転生礎石』と頭の中に浮かび上がった。
『それは安全に転生するため置いてあるので動かさないで下さいね』
頭の中に女性の声が響いた。
『えっ?……テンプレきたー! 初めてテンプレぽいシチュエーションなんだけど……えっと、転生する時の安全性?……ここ安全?』
ルクレイは湖の中に浮いている小島を見回して首を傾げた。
『えー、元は窪地でしたが地形が少し変わってしまったようですね。理の違う魔素が湧かない場所なので変えたくはないのですが……』
「レイ、大丈夫?」
ヴィオナが心配そうに覗き込む。
「僕は大丈夫だよ。ちょっと……たぶん女神様と話してる感じかな」
ヴィオナが「愛し子?」と目にからかいの色が混ざる。
「場所的なものもあるとは思うけど……聞いてみる」
『えっと、話せるのと愛し子は別という認識でよろしいでしょうか?』
『転生した命は愛し子と言っても間違いではありません。ただ、そちらの言葉に込めた意味合いとは違いますね。話せるのは貴方の言う場所がほぼ正解です』
「やっぱり場所が大きいみたい。『転生』という言葉を僕が言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ。中身はエルフ族の話のときでしょ?」
「うん……でね、この石は『転生礎石』という名前で転生する時に必要らしい。まぁ、よく分からないのでそんな感じのものでいいかな」
ヴィオナは「難しいよ?」と眉を寄せた。
『そこは少し不便そうなので石は持ち帰って下さい。良さそうな場所が見つかりましたら連絡します。あと、貴方が出た場所は海底に石が落ちていたようです』
女神様が割り込んで話しかけてきた。
『海底の石を確保するのは難しいと思います』
海の底は無理だなとルクレイは念を押した。
『そちらは当面諦めます。貴方も石を海に落とさない様に注意して下さいね。それではまた今度……』
女神様からの声が止まった。
「ごめんね。ちょっと女神様から割り込みがあった。細かい話は後でするね。どうやらこの石は回収して持っていて欲しいみたい」
「女神様にお願いされるなんて……さすがわたしのレイだわ。その石を回収して戻りましょう。女神様から連絡きたら必ず教えてね?」
ルクレイは「必ず話す」と苦笑いを浮かべ誓い小島の『転生礎石』を回収して荷物に詰めた。
ルクレイが「あっ!」と声を上げるとヴィオナが振り向いた。
「あまりに事務的な会話だったから……転生して海から拾い上げられた幸運と、ヴィーに出会えた幸運のお礼を女神様に伝えるの忘れてた」
ヴィオナはクスッと笑い「次で十分よ」と囁いた。
ルクレイは「そうだね」と答えヴィオナを優しく横抱きして湖畔に戻った。待たされたニロンがブルルと鳴き果物をカツアゲされた。
ルクレイとヴィオナは昼食を食べることにした。荷物にはニロン用の果物がいつもより多く仕舞われていた。ニロンに果物を渡し自分たちの準備を始める。
加熱魔道具でスープを作り作ってきた肉を挟んだパンをモグモグと食べた。食後の紅茶を飲みながら女神様の話を続けた。
「わたしもレイに会えたお礼を伝えたいわ。女神様にお礼は何が良いか聞いてくださいね。それと、レイに関わる石がどこにあるかもですよ」
ルクレイは「えっ?」とヴィオナに顔を向けた。
「海に沈んでる石はレイに関わる石です。必ず入手して飾りましょう」
飾ると聞いてルクレイは唖然とした。
ルクレイたちは『小島の湖』を離れ森林の中をリューウェンに向かうため駆け抜けていく。帰路は第一拠点に寄らずそのまま平原を南下して街道筋に出た。
街道沿いをリューウェンに向かって移動する。時間帯の関係か多くの馬車や旅人が街道を進んでいた。多少の注目を浴びつつ街中に入った。




