第四節 水壁は便利すぎる工具となり白い粉はヤバい粉
ルクレイが工作用の水壁を発動した事で発生した『陥れ騒動』はマルセリオとフィリクスがカリスタ伯爵夫人に呼び出されて有耶無耶となった。
ルクレイは苦笑いを浮かべ工作用で発動した円形の水壁に歯車を置き直した。歯車の基盤を磨くためツルツルした円形で少し小さい水壁を発動した。
「その水壁で磨くの?」
ヴィオナに聞かれたルクレイは頷き簡単な説明を始めた。
「たぶん風壁もなんだけど、回転するように発動すると回転するんだよね。最初はゆっくりとした回転で発動した方が危なくないかな」
ルクレイは回転する小さな水壁をヴィオナに見せた。回転する水壁をジッと見たヴィオナが目を瞑り風壁を回転させる鍛錬を始めた。
ツルツルした水壁をそっと歯車に当て表面を磨いていく。基盤としては不要な作業ではあるが綺麗になる歯車を見ているとルクレイは楽しくなった。
『歯車を使ったサンプルみたいな物だから綺麗に仕上げないとだよねー。同じ大きさの歯車で意味はないけど三個ほど組み込んで軸を回す絡繰にしよう』
三個の歯車を綺麗に磨いて歯のかみ合わせを確認する。歯車の歯の部分に多少デコボコがあったので細い棒状の水壁を発動して削り整えていった。
『水壁のサイズは結構簡単に変えれるな。発動した後に形状を変更できないのが制約なのか未熟なのか判断できない……。まぁ、これも保留と……』
ルクレイはついでに軸になる鉄棒も磨き始めた。鉄と言っても磨けばかなり綺麗になった。ヴィオナは綺麗な歯車を転がして遊んでいた。
『基本的に削るを軸にするものをトリマー、切るを軸にするものをカットソーという名前で定義しよう。発動時に僕に紐づけるか場所かで使い方も変わる』
風壁や水壁は発動時に紐付ける対象を選択する。基本動作としては術者本人となるようだが場所や物を選択する事もできた。
『カットソーは大きさを変える発動で十分な場合が多そう。トリマーは用途が広い感じだからビットという概念を持ち込んで基本的な形を定義しよう』
基本的に発動言語は発動する魔法を固定で定義している。ここに『こうしたい』という想いが発動に影響を与えるという点がアルフォンスの考え方だった。
ルクレイは一歩進む形で名前を付ける事で『こうしたい』という部分の多くを省略しようとしていた。ヴィオナはルクレイの影響を強く受ける事になる。
ルクレイは『魔力くん』と相談しヴィオナは『魔力ちゃん』と相談していた。
「レイー、見て見て乾燥果物は削れたよー」
気が付けばヴィオナがテーブルの上に乾燥果物を置いて風壁で削っていた。
「おー……あっ、ヴィー、テーブルも削れてるよ……」
ルクレイはヴィオナがテーブルも含めて粉末にしている事に気が付いた。指摘されたヴィオナは目を丸くして頭を掻いた。
「レイが下に出してた水壁はこのためだったのね……」
ヴィオナは少し唇を尖らせた。
「まぁ、作業用のテーブルだし次から注意しよう。あと、果物を削るのは粉砕魔道具の方が綺麗にできると思う。受け皿とかきちんとしてるからね」
その後、ルクレイは鉄棒をカットソーと名付けた水壁で切断して研磨した。お試し工作を続けヴィオナは飽きて紅茶を飲みルクレイの作業を見ていた。
暇そうにしているヴィオナに気が付いたルクレイはマット状の水壁に誘い体術の鍛錬を始めた。踏めば沈み込む水壁は容赦なくヴィオナの体力を削った。
「これきつーい。またレイは疲れてない顔してる〜」
疲れて座り込んだヴィオナはルクレイに苦情を伝えつつ抱っこして運ぶように要求した。ルクレイはふわっと横抱きにして水壁を降りて椅子に座らせた。
『またです。魔法の鍛錬をして飽きたら体術の鍛錬。ここだけ抜き出せばとても勤勉です。しかし、最近はヴィオナ様まで空気を作るから頻度が上がってます』
ユミナは冷やした紅茶を準備して配膳しながら二人を見ていた。
晩餐にはまだ早い時間だったが切りも良かったのでルクレイとヴィオナは身支度のため本館に戻りそれぞれ湯殿に向かった。
「ふー、水壁を電動工具のように発動できて良かった。工作は正直なところ電動工具なしでDIYは無理だからな。職人とは勝負にならないのがDIYというものだ」
技術の拙さを誤魔化すのが電動工具である。職人とDIYの大きな違いは『売り物』を作れるかどうかと言っても良い。売れなくともDIYは満足度で勝負なのである。
「水壁のトリマーは幅を広く定義してるんだよね。回転数を制御できるから研磨目的でも使えるところが電動工具との違いだな。速度調整は壊れやすかったし……」
ルクレイはトリマーの定義をかなり曖昧に定義していた。イメージだけでストレートビットやボトムクリーニングビット、スパイラルビットなどを実現できた。
「何ていうか……魔法って絶対不思議だよな。見た目はストレートビットなのにドリルをイメージするとドリルビットになるとか魔力くんの底力がすごい」
ふと「ピットって必要なときに見つからなかった」とルクレイは遠い目をした。
気をつけていてもちょっとしたビット交換時にポンと置いてビットが行方不明になる事件は多かった。なぜか寝室から出てきたりと意味が分からなかった。
「今世はビットの管理は不要だからいっか。それより圧倒的に使ったのはインパクトドライバーだけど再現をどうするかな……ネジ見てないけど……」
ルクレイとしてはネジは便利だからあれば使う位に留める事にした。一からねじ切りするのは面倒だった。そこでふと『ネイルガン』を思い出した。
『釘はあった気がする。トンカチでも良いけどネイルガンみたいの欲しいな。いや……使うとこあるか? 馬車の組み立てで使わないから出番は少ない?』
ルクレイは考えたが使うシチュエーションが思いつかなかった。とりあえずネイルガンは明日にでも試してみようと決めた。
「ネイルガンは空打ち禁止だからな。水壁で発動して飛び出したら絶対危ない。ていうか水壁で打ち込んでも意味がないか? 土属性も視野に入れとこう」
ルクレイが気が付くと脱衣所が騒がしくなった。双子とリドルがワイワイと騒ぎながら湯殿に入ってきた。
「「ルクにぃは終わり?」」「ダンス教室」「辛かった……」
疲れた顔の双子に聞くと母親のカリスタ伯爵夫人からダンス訓練の指示が入り、今日から執事長のダンス教室が開催されたようだった。
「あー、執事長のダンス教室は厳しいよね。ほら、僕も受けたでしょ? でもアレのおかげでヴィーのエスコートが……あれ?……ダンスはしてない?」
ルクレイの頭の中ではダンス教室の記憶が大半だった。役に立ったのは合間合間でやったエスコートだった事実に少し心がやさぐれた。
「あっ、ルクにぃ。さっき馬車が到着して白い粉とガラスの原料が届いたよ。ガラスの添加物は今回の便には含まれてなかったみたい」
リドルが荷物の到着をルクレイに伝えた。
「白い粉かー。ホントに名前を付けないよね。草の名前も『名の無い雑草』のままなんだよね? とりあえず、ヴィー、夕食後に試してみない?」
『まて、白い粉を試してみないって……マジヤバい感じの語感だよな……。できた物を見て適当に名前つけるか?……アリだな』
「やるー。粉から糸ができるんでしょ?」
「みたいだね。リューウェンで糸は見たけど綺麗な糸だったよ。着色しないと透明……なんで白い粉が透明になるんだろ……」
「「ルクにぃ」」「試してみれば」「わかるわかるー」
「確かに。晩餐の後は糸作りをしてみよう。ただ、明日はガラスと魔道具のどちらを進めるかな。……んー、ガラスの原料を届けてもらって様子見に行くか」
ルクレイは侍女にガラスの材料を運ぶ手配と明日顔を出す先触れを頼んだ。
晩餐も終わりラウンジにルクレイとヴィオナが侍女たちと加熱魔道具と鍋を持って入室した。双子とリドルはすでに寛いでいた。
三人はまだ魔力が扱えないため製糸そのものには興味を示さなかった。少し小さい鍋に水を注ぎ加熱を始める。一応、お試しのためユミナも参加させた。
『俺の分は試しに自分で水を出そう。魔力くん、お水を鍋に出そうと思うんだ。魔力を水にするイメージで良いんだよね? 量は1Lにしよう』
ルクレイは指先を鍋に入れて水が出てくるイメージにしてみた。前世の記憶だと空中に作ったりしているものもあったが鍋に入れる時の事故を警戒した。
『安心安全。先ずは常温で1Lだよ。ラウンジだから溢れると掃除が大変だからね。よーし、イメージは分かったかな? 発動!』
ルクレイの指先から蛇口を捻ったような感じで水が流れ出してきた。鍋にジョボジョボと水が溜まっていく。目分量で良い感じの量で止まった。
「あー、レイはお水を出せるようになったの? すごーい。これなら給水魔道具を忘れても大丈夫ね」
「いや、ちゃんと荷物の点検はしようね? そうだ、明るいときに庭園で水まきしてみようよ。水壁と違うキラキラが見れるかも?」
ヴィオナは「やるー」とルクレイに笑みを向けた。
三個の鍋はお湯になったので加熱を調整して白い粉の分量を量り投入していく。量に関しては基本量が手順書に含まれていた。
「この分量レシピはソフィが作ったみたいね。謎の指標になってるわ。粉末果物のレシピもだけどソフィはこういうの好きね」
ヴィオナは少し柔らかい糸を目指した分量を投入して撹拌棒で混ぜ始めた。クルクルと搔き回し白い粉が綺麗に溶けるまで様子をうかがっていた。
『あれ?……白い粉が固まるトリガーって魔力だよな……あっ!』
「ヴィー、あまり手を近づけたらダメだよ!」
ヴィオナは「えっ?」とルクレイを見た。左手で掻き混ぜながら右手で魔力を入れてみようとしていたヴィオナは左手が動かなくなった事に気が付く。
「あー、やっぱり表面がもう固まり始めてる。ヴィーの漏れてる魔力が反応しちゃったんだ。とりあえず撹拌棒を持ち上げちゃって」
ヴィオナが撹拌棒を持ち上げると透明な塊が撹拌棒に付いていた。
「えー。勝手に固まったら糸にならないよ? これって糸になるのよね? 不具合だわ!……って誰に苦情を上げればいいの? レイ?」
ルクレイは苦笑いを浮かべヴィオナの頭を撫でた。
「僕も糸ができるって思い込んでた。これ、糸になるのではなくて文字通り固まるんだよ。ソフィア王女たちは魔力の当て方で糸にしたんだ……すごいな」
ルクレイはヴィオナの攪拌棒から塊を外した。
「ヴィーは魔力が元から出てるから近づく距離に注意して。魔力を見て魔力が掛からない位置取りをすれば大丈夫」
ヴィオナは「分かったわ」とルクレイに頷いて位置取りを検討し始めた。
「これはどうやって魔力を当てるかだよね。一番簡単なのは鍋の端からちょこっとだけ魔力を鍋の内側に通す感じなのかな。たぶん最適解ではないと思うけど……」
バタバタしたことで興味が向いたマルセリオとフィリクスが近寄り鍋を覗き込んでいた。ルクレイはマルセリオに攪拌棒を渡した。
「この攪拌棒でお湯をクルクルしてもらっていいかな?」
「いいよー」「僕もー」「「かわりばんこー」」
フィリクスもやりたがり交代交代でかき混ぜる事で合意していた。
『前にヴィーに魔力を見せたときのように手の平の上に魔力を集める。……よし。これをもう少し小さく纏めて指先に移動……。これ結構難しいな……』
首を捻っていたヴィオナがルクレイの行動に気が付きジッと見ていた。
『リオのクルクルで水は回ってるから魔力を置けば勝手に魔力を通過して固まる仕組み。妙だけどそういう特性と分かれば糸にはできそうだな』
ルクレイは「リオ、始めるよ」と声をかけて小さくした魔力を鍋の中に入れた。
魔力と接した水は少し白く濁った感じで固まり糸のような感じで底に沈んでいく。マルセリオとフィリクスが歓声を上げて水流が乱れると形が不揃いになった。
『そうか、水流自体が安定していないと歪みが出て白く濁るんだ。そして形が不揃いになるのは水流の速度の変化が形になってるのか……面白いなぁ』
「うわー、糸ぽくなって底に沈んでる。でも、少し白くなるんだね。リク、わたしの方の鍋を混ぜてちょうだい。魔力の方に集中するから」
「あいあいさー」
フィリクスはヴィオナから攪拌棒を受け取ってマルセリオに笑顔を向けて掻き混ぜ始めた。双子は力の加減などを話し合いながら工夫も始めた。
ルクレイがユミナを見ると溶かし終わったが魔力を当てる部分で苦戦していた。
『魔力が見えないと厳しいか。というか魔力が身体から漏れてないし出てるようには見えないな。ユミナは確か火属性とヴィーが教えてくれたっけ』
「ユミナは魔法って使えるんだっけ?」
ジッと鍋を見つめていたユミナが「種火は何とか……」と答えた。
ユミナの母親はタウンハウスで副侍女長をしているが元男爵令嬢だったとのこと。伝手を頼りメルカド伯爵家に侍女として採用された。
母親は婚姻で平民となった。ユミナとアユナは平民として生まれ魔法は特に力を入れなかったが伯爵家の好意で基礎魔法は習ったとの事だった。
『リドルは魔力制御と魔力操作の話をしてた。元は魔力制御のみだったと考えると制御が甘いって事か。魔力操作は扱いが難しいから一旦諦めよう』
「なるほど。ユミナはいったん抜けて良いよ。たぶん、レオナールさんたちが製糸魔道具を作った動機は魔力を当てる部分が難しいからだと思う」
「あっ、ヴィオ姉様、糸ぽいものができ始めましたよ!」
フィリクスがクルクルと撹拌しながら真剣な顔で魔力を当てているヴィオナに声援を送った。ヴィオナは口角を少し上げて真剣味を増した。
『うんうん、ヴィーがめちゃ凛々可愛い。こういう集中力はやっぱり高いよね』
ルクレイはマルセリオに撹拌を止めてもらい別の作業に着手した。それは覚えさせられた全自動製糸魔道具の陣図を描き出す作業だった。
「カンコールさんに解析してもらって魔力を当ててる陣式を特定しよう。上手くすれば魔力を当てる部分だけ魔道具で置き換えられる」
全自動製糸魔道具はバストリアでも重鎮級の魔道具工房主たちが限られた基盤に陣式を詰め込んだ物である。ある意味で非常識なほど複雑な陣図だった。
ルクレイはすべての陣式を描き出すのに苦労する事になった。
そして、バタバタしている間にバストリアから工房用の製糸魔道具がレベナに届いた。夜なべでコツコツ描いていたルクレイは愕然とする事になる。




