第二節 馬車改造の相談と滑車くんの実力を検分
離れの建物の影からヴィオナが馬車止めに向かってトコトコと歩いてきた。
「レイ、馬車のかい……ってもうバラバラになってる〜。すごーい、まだ鐘二つぐらいしか経ってないよ?……それって水壁……よね?」
敷布の上に鎮座している大きな水色の塊をヴィオナは指さした。
「ん?……そうだよ。それ、結構重いから直に置くと持ち上げるのが大変そうだったから浮かしてるの。置く場所を準備しなかった手順ミスなんだけどね」
ルクレイはポリポリと頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。
ヴィオナとテーブルを囲みユミナが冷えた紅茶をカップに注いでくれた。近くにいた従僕に果物を持ってくるように指示した。
「昼食までは鐘一つぐらいか。ブカゾールさんが来ると思うけど少し馬車の改造に関して話し合っておこうか」
ルクレイは改造の方向性として居住性の改善を考えているとヴィオナに伝えた。冒険デートは馬車で移動するからと話すとヴィオナは目を丸くした。
「わたしの馬車ってあるよ? うちの場合は、リオとリクがまだ小さいから正式に割り当てられていないけど五台の馬車がマナーハウスにあるよ」
ルクレイは「そうなの?」と目を丸くした。
「もちろん、故障したりで足りなくなる場合もあるけど……。でも、冒険デート用に馬車を改造するのよね? とっても嬉しいし楽しみだわ」
「そう? ヴィーが楽しみにしてくれるなら改造を頑張っちゃうね」
『普通は壊れた馬車を修理でなく改造しようと考えません。ヴィオナ様は凄く嬉しそうなので良いとは思いますが……ルクレイ様の勘違いは奥が深いです……』
「でね、今は六人+侍女なんだけど僕たち二人とユミナで三人でしょ。リオとリクは小さいから四人+侍女にしようと思ってる」
搭乗人数を減らし空間を捻出するとルクレイは話した。そして、現在は後ろの荷物入れを外して客室を延長する考えもヴィオナに伝えた。
『客室の全長を3mから4mに延長すればかなり空間が作れる。構造材の延長は扉を支えてる柱の流用とかで捻出できる想定だし十分いけるはず』
「人数はそれで大丈夫だと思うわ。リオとリクが大きくなるころには状況は随分と変わってるはずですし。それよりも客室って大きくできるの?」
ヴィオナはよく分からず首を傾げた。
「木材があればできるよ。今の木材を流用するからざっと考えた範囲では大丈夫。多少木材が不足しても何とかなるかな」
ヴィオナは「できるのね」とやはり不思議そうな顔をした。
「でね、馬車の中に小さな厨房と便所と水浴び場を作ろうと思ってる」
言葉を聞き目を丸くしたヴィオナは「本気?」と尋ねた。
「小さくなるけど試してみたいかなって。実は、この部分はヴィーも少し考えてみて欲しいんだ。今ある魔道具や必要そうな魔道具を考えるの」
ルクレイは魔道具で強引に形にすると宣言した。
「魔道具で無理やりでも作ってみるって……強引すぎるわね。レイならできそうな気がするけど。そうね……消臭や調湿魔道具みたいな感じね?」
「そうそう。例えばその二つは別の魔道具だよね? 別にまとまった調湿消臭魔道具でも問題はないよね。合わせて便所に置くとかそういう感じかな」
ヴィオナは顎先に指を当てて「それならできそう」と呟いた。
本館から従僕が駆けてきてブカゾール工房主が訪れたと報告を受けた。ルクレイはここに誘導するように指示を出した。
「思ってたよりも早かったかな。用件的には配達だからこれぐらいなのかな。ちょうど頼みたいこともあったしお願いしちゃおう」
ルクレイの独り言にヴィオナはくすくすと笑みを漏らしていた。
「ルクレイ殿、ご注文の歯車と基盤を持ってきましたぞ。あと鉄の棒とかですな。従僕の方々が運んできてくれます」
ブカゾール工房主はルクレイに挨拶し用向きを話した。
「ありがとう。昨日、言えば良かったんだけど鉄の滑車と鉄板もお願いできるかな? 集まったら声を掛けてくれれば取りに行くよ」
ルクレイは忘れていたお願いを持ち出した。
「了解しました。カンコールにも基盤を頼まれてるので一緒に持ってきますぞ。それはそうと、そこにあるのが解体中の馬車ですか」
ブカゾール工房主は了承し話を馬車に変えて尋ねた。
「そうそう……ってこっちもお願いがあった! ブカゾールさん来て来て」
ルクレイはブカゾール工房主を車体の場所に呼び寄せて板バネを見せる。
「これ何か知ってる?」
「これは……何ですかな?……鉄の板を積み上げてありますな。少し歪ませてますが……何でしょう?」
『板バネも歯車と同じで存在するのに知らないやつか……』
「これの上に馬車の客室が乗ってたんだ。四箇所で支えてたみたいだけど重いものを支える仕組みなのかなって思うんだよね。客室はめちゃ重いのに潰れてない」
ブカゾール工房主はマジマジと板バネを見て首を捻っていた。
「ブカゾールさんはこれを外せる? もし外せるようであれば同じ物を試しに作ってみて欲しいんだ。上手く作れたら四個ほど欲しいけど作れそう?」
頼まれたブカゾール工房主は板バネをいじり始めた。
「これは……っと、外れましたな。なるほど、単純そうですが鉄としては強度が高めで曲げの技術が高いですの。明らかにドワーフ族が作ったものです」
ブカゾール工房主は「これなら作れますぞ」と答えたのでルクレイは頼んだ。一緒に後輪車軸の鉄芯も見せてお願いした。
ブカゾール工房主はお願い内容を確認して楽しそうに離れを後にした。
「ブカゾールさんはレイからたくさん頼まれたのに楽しそうだったね。頼まれた物が目新しい物ばかりだからなのかな」
ヴィオナは二人のやり取りを見ていて楽しそうに笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
昼食を取った後はガゼボで騎士たちの鍛錬を横目にお茶を楽しんでいた。
ルクレイは魔道具用の汎用基盤に調湿と消臭の陣図を描き込んでみた。統合は難しいので個別の陣図だが魔石の配置などを調整したりと工夫を入れていた。
ヴィオナは既存の魔道具で快適に過ごすのに必要な魔道具を考えていた。
「「ルクにぃ! ヴィオ姉様! ただいまー」」
双子が本館の方からバルムとフリムに騎乗したままゆっくりとガゼボに向かって移動してきた。リドルとヘラムも騎乗のまま一緒に向かってくる。
「リオー、リクー、リドルー! お帰りー!」
ルクレイは笑顔でガゼボを出て三人を出迎えた。ヴィオナも出てきて三人の無事な帰還に声をかけた。リドルたち三人はそのまま馬房に向かった。
「あっ、リドルに滑車の原理を話す件を忘れてたな」
ヴィオナは「滑車の原理?」と首を傾げた。
「前にノルド家のフェリア号で内覧会したときに舵柄室に入ったんだ。舵柄を動かすのに滑車を使うんだけどリドルが原理を知らなかったから教える約束したの」
ヴィオナと話していると執事が先導して漁師のビットが落ち着かない面持ちでガゼボに向かい歩いてきた。
「あー、ビットさん久しぶりー。わざわざ呼び出してごめんねー」
ルクレイは思ったよりも早く漁師のビットが訪ねてきて少し驚いた。漁師に即席魚粉をお願いするのは暴挙であると多少なりとも自覚していた。
「お久しぶりです。ルクレイ様のお呼び出しとあれば来ないわけにはいきません。レベナのこと、漁業に関して立て直しに尽力して頂けると聞きました」
「ん? なるほど。言葉は普段通りでいいよ。そっかー、僕が呼んじゃうとそうなっちゃうか。まぁ、漁業は立て直すよ。お祖父様の心残りだからね」
ビットは「お祖父様ですか?」と首を傾げた。
「僕はヴィオナと婚姻するからヴィーのお祖父様は僕のでもあるんだ。お祖父様はレベナでやり残したことがあって、製糸工房と漁業に心を残して亡くなったんだ」
ビットが「先代様が……」と少し項垂れた。
「お祖父様の孫であるリオとリク、そしてヴィーと僕でレベナをお祖父様が立て直した以上にするよ。それが意志を受け継ぐって事だからね」
ルクレイはヴィオナと笑顔を交わすとビットに想いを伝えた。
ビットは深く頭を下げ「私にできることは頑張ります」と真摯に答えた。
「期待してるよ。魚粉は魚がなければ作れない。ビットたち漁師さんに沢山獲って貰わないとだからね。そのためには不漁の対策も考えないとだよ」
ルクレイはユミナにアユナを呼ぶようにお願いした。
「即席魚粉を作るための資料を渡すからついてきて」
ルクレイはヴィオナに手を出しエスコートして離れに向かった。ビットもルクレイたちの後についていく。
離れに到着したルクレイはビットに手伝ってもらい馬車止めの休憩所を拡張した。一つだったテーブルは三つになり椅子も増えた。
「即席魚粉はこのテーブルを使ってね」
ルクレイはテーブルを指定して加熱魔道具と鍋を置いた。ビットと従僕に厨房から適当な魚とレシピにある食材であるものを持ってくるように頼んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
双子とリドルがワイワイ騒ぎながら馬車止めに到着した。双子は駆け足でルクレイに飛びついた。ルクレイは二人を受け止めクルクル回し始める。
「「キャーーーー」」
双子は笑顔でクルクル回され喜んだ。ルクレイは少し厚めのマットのような水壁を発動した。そして双子をポーンと水壁に投げ込んだ。
「「ヒャァーーーー」」
投げ飛ばされた双子は歓声を上げて水壁の上に落ちた。双子はふよふよな水壁の上で跳ねて転がった。双子は「「たのしぃーー」」と転がり回った。
「あれは……風壁と違いますよね?」
リドルは見たことのない魔法に目を丸くしてルクレイに尋ねた。
「あれは水壁。リュミエールさんが完成させたと聞いたから試して使えるようになったよ。風壁も硬さを変えられるから水壁もふわふわにしてみた」
リドルは「簡単に言わないでください」と遠い目をした。
「ヴィーは風壁をソフィア王女とリサリア嬢から習って習得しているよ。前にリドルに言ったでしょ? 危険な言葉だから心してって。これが言葉の結果さ」
ガックリと項垂れ「心します」とリドルは答えた。
「リオー、リクー。これから滑車で遊ぶよ〜」
双子は「「分かったー」」と水壁の上を転がりながら端に向かっていた。チラ見するとヴィオナは隅に座り感触を楽しんでいた。
ルクレイは馬車の車体を動かして向きを整えた。離れから持ってきたロープと六連装の滑車ブロックを持って木に向かい滑車を木にロープで繋いだ。
「調子に乗って六連装で作ったけど過剰だよなとりあえず三個の滑車だけ使うか。滑車の難点はこのロープを通すところだよね」
木に繋いた滑車と手元の六連装滑車の三個を使いロープを通していく。確かに半分は使わない滑車と考えると明らかに頑張り過ぎであった。
「さて、今日は『滑車』に関してお勉強というか遊びです。この滑車は丸いクルクルと回るものが入ってるよ。こんな感じでロープを通して使う道具だね」
ルクレイはロープを通した六連装滑車を見せた。使っていない滑車のひとつにロープを通して両端をマルセリオとフィリクスに持たせ交互に引かせる。
「リオとリクは引っ張って分かったと思う。滑車はロープの向きを変えたりするのに使われていて帆船では沢山の滑車が活躍してるんだよ」
双子がパチパチと拍手をして「「すごーい」」と歓声を上げた。
「では次にロープの端を馬車に繋ぐよ。そして固定した滑車を通して三人で引っ張ってもらうね。馬車を動かせれば三人の勝利です!」
「「僕たちは勝つ!」」「いや無理だから」
リドルの真面目な反応にルクレイはケラケラと笑った。
マルセリオからロープを受け取り馬車の先端に結んだ。フィリクスが持っていたロープを三人に引っ張ってもらった。
「「ルクにぃに」」「またもや」「騙された!」
ルクレイは「ごめんごめん」と謝りながら馬車に繋いだロープを外した。六連装滑車と馬車の先端をロープで結び滑車を固定した。
ルクレイは木の方の六連装滑車に繋がっているロープを引っ張り六連装滑車間で繋がっているロープの弛みをなくした。
マルセリオにロープを渡して三人にロープをゆっくりと引くように指示した。
「「えいやー」」「そーれー」
三人が力を入れてロープを引くと「ガラガラ」と馬車が動き始めた。
「「うごいたーーーー!」」「動いたよ……」
水壁に座ったまま眺めていたヴィオナがパチパチと拍手を贈った。興味を持ったヴィオナが近づいてきて三人と変わってロープを軽く引いた。
「ガラガラ」
ヴィオナは事も無げにロープを引いて馬車を動かした。今度は双子とリドルがヴィオナに拍手を贈った。
「すごーい。この馬車って結構重いよね?」
ヴィオナは首を捻り馬車を直接押し戻す形で押してみる。
「おもーい。これとっても重いよ。馬さんたち大変だよ?」
「誰も載ってない四人乗りの馬車でも車体だけのこれよりは重いよ? 馬さんたちには感謝を常に持たないとダメですよ」
ルクレイはヴィオナに答え馬車を元の位置まで押し戻した。双子とリドルとヴィオナは軽々と押し戻しているルクレイにジト目を向けていた。
「よーし、勉強という名の最後の実演はみんな馬車に腰掛けてー」
ジト目を気にせず馬車の車体に乗るようにルクレイは指示を出した。双子とリドルは協力して登りヴィオナはルクレイに抱っこで乗せてもらった。
「リオとリクは足を踏ん張ってね。……そうそう、そんな感じで良いよ。よしよし、リオとリクだけでロープを引いてー」
双子が引っ張った時点で最初から車体が「ガラガラ」と動き出した。双子とリドルは歓声を上げヴィオナは目を丸くして拍手を贈った。
「ちょっと模型を作ってる時間がなかったので実物の馬車で実演としました。みんな滑車くんの隠された実力が分かりましたかー?」
「「滑車くん」」「めっちゃ」「すごいよー」
双子のマルセリオとフィリクス、そしてリドルは思ったよりも高い実力を隠し持っていた滑車くんに盛大な拍手を贈った。




